第49話:孤独の終わりに芽生えた希望
オーリンからの話を聞き終えたアリスたちは夕飯の支度を始めた。限られた食材を前にエレオノールは腕をまくり、皆に向けて明るい声をかけた。
「さあ、今日はこの材料で何とか美味しいものを作りましょう!」
オーリンは少し不安げにしながらも、アリスたちの手助けをしようとそばに立った。カイルは食器を並べ、ハッターは焚き火を巧みに調整し、スープが煮える様子を見守る。オーリンもまた、手に取った野菜を一つ一つ丁寧に皮を剥いていく。
オーリンが夕飯の準備を進めていると、アリスがそっと彼の隣に立ち、柔らかく微笑みながら話しかけてきた。
「オーリン、手つきが慣れてるね。料理は得意なの?」
オーリンは少し照れくさそうにしながらも、心の奥にある温かい記憶を思い出しつつ答えた。
「得意ってほどじゃないけど……昔、母さんとよくパンを焼いたんだ。今でもパンの焼ける匂いを嗅ぐと、家族の温かさを思い出すよ。」
アリスの目が輝き、まるで自分の思い出に触れるように優しく尋ねた。
「パンが焼けるなんて素敵!私にも教えてもらえる?お母さんとの思い出が詰まっているなら、きっと特別なお料理なんだろうね」
オーリンはアリスの言葉に心が温かくなるのを感じ、自然と頷いていた。
「う……うん、もちろん。……いつか君にも振る舞うよ。」
この何気ないやりとりは、オーリンにとって久しぶりの温かい交流であり、彼の心をじんわりと包み込んでいった。
食事の準備が整うと、皆で慎ましい夕食を囲んだ。エレオノールが心を込めて作った野菜スープの香りが漂い、カイルが焼いたキノコの香ばしい香りが空間を満たす。食事は決して豪華ではなかったが、皆が工夫して作り上げた料理に、自然と笑みがこぼれる。
「いただきます!」とアリスが大きな声で言うと全員が一瞬戸惑ったが、彼女がすぐに両手を合わせて祈りの言葉を口にした。
「真の与え手に祝福を、愛する先祖よ、私たちに糧をお与えください。」
その言葉に、オーリンの耳がぴくっと反応した。その言葉に心が震えるのを感じた。母がよく口にしていた、懐かしいエルフの祈り。その響きが、長い年月を超えて彼の心に深く染み入った。
アリスは祈りを終えて食器を再び手に持つも、こちらをじっと見ているオーリンに少し照れた様に笑いながら説明をした。
「これ、私のお師匠様が教えてくれたエルフの食事の前の祈りなんだ。……間違ってたかな?」
オーリンは驚きを隠しきれず、首を横に振った。アリスが口にしたエルフの祈りの言葉に、オーリンの心が一気に揺さぶられた。
「ううん……そんなことないよ……。その祈りの言葉、母さんもよく同じ祈りを口にしていたんだ。懐かしいよ……」
幼少期の記憶が蘇り、胸が熱くなった。アリスは彼の目に滲んだ涙を見つめ、静かに彼の隣に座り、手を合わせて再び祈った。
「一緒に祈ろう。」
オーリンは一瞬動揺したが、その優しい声に導かれるように手を合わせた。
「真の与え手に祝福を、愛する先祖よ、私たちに糧をお与えください。」
二人の声が静かに重なり、彼の心に安らぎが広がった。
アリスは祈りを終え「いただきます」と日頃の癖で口にしながらスープに口をつけた。しかし、オーリンは何処か申し訳なさそうに控えめにスープを口にする。久しぶりのちゃんとした食事は美味しかったが、彼の心には自分がアリスたちの負担になっているのではないかという罪悪感が渦巻いていた。手が止まり、スープを飲むことができなくなった彼に気づいたアリスは、そっとパンを差し出し、温かい笑顔で話しかけた。
「これ、よかったら食べて。久しぶりのちゃんとした食事でしょう?」
「え……でも、君が……」
「私は大丈夫。お腹は空いていないし、今はオーリンが食べるべきだから。どうぞ。」
その表情には、彼女自身の飢えを我慢していることなど微塵も感じさせなかった。彼女の微笑みと言葉に、オーリンは心から感謝の気持ちが湧き上がるのを感じた。アリスの優しさが、母親の温もりを思い出させ、彼の胸を温かくした。
「ありがとう、アリスさん……」
アリスは柔らかく微笑んで「助け合うのは当たり前だよ」と彼の肩を優しく撫でた。その瞬間、オーリンは彼女の手の温もりに心を打たれ、唇を噛みしめた。
食事が進む中、アリスみんなの会話を盛り上げようと自分の過去のちょっとした失敗談を話し、皆を笑顔に包んだ。彼女の明るさとその笑顔に包まれた優しい空間はオーリンに安心感を与え、この場所で彼も受け入れられていることを少しずつ感じ始めた。
食事が終わり、皆が片付けを始める中、オーリンはその場からそっと離れた。そして静かに教会の中を歩き、落ちていた小さな木片を見つめるとゆっくりと拾い上げた。彼女の無償の優しさ、祈りの言葉、そして共に過ごした時間のすべてが彼の胸に強く響き、心に染み込んでいた。どうしてもその感情を形にしたくなり、拾い上げた木片を削り始めた。
「アリスさん……」
オーリンは木片を削りながら、静かにアリスのことを思い返していた。彼女が優しく祈りの言葉を唱え、一緒に自分の母のことを思い出してくれたこと。それは、孤独に打ちひしがれていた彼の心に光をもたらした瞬間だった。
「彼女は本当に不思議な人だ……」
オーリンは自分に語りかけるように呟いた。これまでの人生で誰かが自分にこんな風に気遣いを見せてくれたことはほとんどなかった。まして、アリスが自分にパンを差し出してくれたことに彼は深い感謝と驚きを覚えていた。
オーリンはアリスのことを思い浮かべながら、無心でナイフを動かし始めた。木片に浮かび上がる彼女の姿は、彼にとって希望と安らぎの象徴だった。彼女がいる限り、自分もこの場所で生きていける。そう強く信じる気持ちが、彼の手を動かし続けた。
彼女の優しさ、笑顔、そして仲間を思いやる心が、彼の胸に強く響いていた。
「どうしてあんなに無償の優しさを持てるのだろう……」
オーリンはナイフで木片を慎重に削り続けた。彼女の微笑みや穏やかな声が、彼の心を優しく包み込み、これまで感じたことのない安らぎを与えてくれた。ずっとひとりだった彼にとって、アリスの存在はまるで暖かい炎のようだった。
木片から少しずつアリスの姿が現れるにつれ、彼の心は満たされていった。彼女の存在が、過去の傷や孤独を少しずつ癒してくれているのを感じていた。
オーリンはふと手を止め、ナイフを持つ手に力を込めた。
「彼女が僕をこんな風に救ってくれたのに、僕は彼女に何ができるんだろうか?」
自問自答する中で、彼は自分がこれから彼女を守りたいと思うようになっていることに気づいた。アリスが彼の中に新しい希望を芽生えさせてくれたのだ。
「アリスさん……ありがとう。」
彼は小さくつぶやきながら、木片に仕上げの手を加えた。木彫りの小さなアリスが完成したとき、彼の心は不思議と軽くなっていた。これからも彼女と共に歩んでいける、そんな希望が彼の胸に強く灯っていた。
まだ仲間として完全に受け入れられたわけではないが、彼女だけは信じることができた。アリスがいれば、きっと大丈夫だという安心感が、彼の心を突き動かしていた。
オーリンは木彫りのアリスを手に取り、しばらくの間その細やかな彫刻を見つめた後、自室のテーブルにそっと置いた。その隣には、彼がこれまで作り上げてきた小さな町の木彫りの人形が並んでいた。アリスの人形をその一角に並べた瞬間、彼はこれまで以上にこの場所が少しずつ「居場所」に変わりつつあるのを実感した。
彼女への感謝と共に、オーリンは深く息を吸い、心に誓った。
「僕もこれから、彼女のために何かをしていける存在になりたい……」
彼の新たな決意は、木彫りのアリスを見つめながら、心の奥底で力強く芽生えたのだった。




