第48話:町に起きた異変
アリスたちはオーリンと向かい合って座り、全員の視線が彼に集中していた。その圧力にオーリンは居心地の悪さを感じ、視線を泳がせながら落ち着かない様子を見せる。そんな彼を気遣い、アリスはエレオノールに耳打ちした。
「大勢に見られていると話しづらいかもしれない。ここは、ハッターとカイル、あなたとだけで話して、他の人たちには外してもらえるかな?」
エレオノールはすぐに理解し、仲間たちに静かに指示を出す。
「皆、寝床の確保と食料の確認をお願い。しばらく他の作業に集中していてちょうだい。」
仲間たちは指示に従い、それぞれの作業に取り掛かり始めると、オーリンは視線の重圧から解放され、少し安堵の表情を見せて一息ついた。
「それで、私たちを攻撃してきた理由は?」
エレオノールが優しく尋ねる。
オーリンは戸惑いながら答える。
「こ……攻撃するつもりはなかったんだ。ただ、恐怖で威嚇しようとして……本物のゴーストがいるとは思わなくて驚いたんだ。」
ハッターが冗談交じりに笑いながら応じる。
「驚いたのはこちらも同じですよ。急に矢で射抜かれるなんて、心臓が止まるかと思いました……まあ、もう止まってますけどね!」この言葉にカイルは軽く笑いながらため息をついた。
エレオノールも苦笑しつつ、アリスはオーリンに優しく話しかけた。
「それで、あなたもあの町から逃げてきて、ここで暮らしているの?」
オーリンは頷き、少し戸惑いながら話を続ける。
「そうなんだ……僕はハーフエルフで、母さんが亡くなってから人間の町を離れてサンクトリアにやってきた。最初は町の人たちも僕を受け入れてくれたけど、ある日突然、態度が変わって……。」
アリスは驚いた表情で尋ねる。
「サンクトリアって、差別された人たちを受け入れてくれる町だったんじゃないの?どうして急にそんなことに……?」
オーリンは苦しそうに説明を続ける。
「サンクトリアはグリーンフェル公国のアーノルド公爵の領地で、彼は異種族や異端者を救おうと尽力していたんだ。でも、ある日、聖ベリアルス教団の司祭長エリシアがやってきてから、全てが変わったんだ。」
「エリシア?」アリスは疑問を口にした。
「そう、彼女が来てから町の政策が急変した。異教徒や異種族を排除しろという命令が出て、町の人たちは僕たちを敵視するようになった。それまで平和だった町も、内乱で荒廃してしまって……。行く当てもなくて、ここに逃げ込んだんだ。ここなら誰も来ないし、安全だと思った……。」
エレオノールは眉をひそめながら呟いた。
「あれは戦争のせいじゃなくて、内乱のせいだったのね……。自分たちの町でなんて酷いことを……。」
アリスは彼の手にそっと自分の手を重ね、優しく声をかけた。
「それじゃあ、今はエリシアが町を支配しているの?」
オーリンは小さく頷き、「そうだよ。彼女の影響力が強すぎて、誰も彼女には逆らえなかった。だから、町の人たちも従わざるを得なかったんだ。異種族や異端者は次々と追い出され、町は恐怖と憎しみで溢れてしまった……。」
アリスは考え込みながら、再び尋ねた。
「でも、どうしてハーフエルフがそんなに差別されるの?」
この質問に対して、エレオノールやハッター、カイルも一瞬固まった。彼らはこの話題が触れづらいものであることを理解していた。しかし、オーリンは苦笑いを浮かべつつ説明を続けた。
「はは……面白い質問をするんだね。……僕たちハーフエルフは、人間とエルフの間に生まれた異端な存在なんだ。エルフの中には純血を重んじる人が多く、混血を嫌う。それに、エルフの長寿と人間の短命の間に生きる僕たちは、どちらの文化にも完全には馴染めない。成長速度や寿命の違いが、周囲との違和感を生むことも多い。そして、エルフと人間の歴史的な対立や不信感もあって、僕たちはどちらの世界にも居場所がないんだよ。」
アリスはオーリンの孤独と苦しみに共感し、言葉を失いながらも、彼の手を強く握り締め、優しい微笑みを浮かべた。
「それで、あなたはここでずっと一人で?」アリスは問いかけた。
オーリンは静かに頷き、「そうだよ……ここなら町の人間はまず近づかないし……他の種族でもアンデッドの群れを掻い潜ってまでここには来ない。それに、ここは呪われた場所だから、隠れて暮らすにはちょうどいいんだ。」と答えた。
「呪われた場所?」アリスは再び首をかしげた。
「その話、詳しく聞かせてもらえますか?」とハッターが尋ねた。
オーリンは教会の背景について説明を始めた。
「ここは元々魔素が濃い土地で、教団が聖地として利用しようとしていたんだ。でも、魔素の影響で信徒たちが異常な行動を取るようになって、それが危険視された。そして、内部の権力闘争や財政問題も絡んで、この教会は放棄され、呪われた場所として忌み嫌われるようになったんだ。」
アリスは驚きの声を上げた。
「じゃあ、ここは元々聖ベリアルス教団の教会だったんだね?」
オーリンは寂しそうに頷き、「そうだよ。もう何百年も使われていないけどね……僕にはここしかなかったんだ。」と告白した。
アリスはその悲しげな表情に胸を痛めながら、再び彼の手に手を重ねて励ます。
「私たちも行く当てがないの。異端者を受け入れてくれる町だと信じてここまで来たけど……状況はご覧の通り。よかったら、私たちもここに居させてもらえるかな?」
オーリンは一瞬ためらったが、アリスの誠実な表情を見て、やがて小さく頷いた。「あ、……ああ、構わないよ……。」
アリスは微笑んで、「ありがとう。ところで、彼はハッター、私の従者のゴースト。カイルはインフェルナ族の戦士で、エレオノールはバリカントスの一員よ。」と仲間たちを紹介した。
オーリンはその紹介に驚きながらも、アリスたちが自分と同じように居場所を探していることを理解し、共感を覚えた。
カイルが言葉を続けた。「俺たちは、他の町でも受け入れられない忌み嫌われた種族の集まりさ。だから、俺たちが町に入れなかったのは、お前だけのせいじゃないぜ。」とアリスを慰めた。
アリスはその言葉に安心し、エレオノールもまた、彼らの新しい居場所に希望を見出したように、強気な笑みを浮かべた。
「なんにせよ、屋根のある家は手に入ったんだし、まずは休息を取って、次の計画を立てましょう」とエレオノールが言い終えると、仲間たちは少しずつ落ち着きを取り戻し、教会内の探索に取り掛かることになった。
アリスが周囲を見渡しながら言った。
「まずは、教会の中をしっかり調べよう。使える物資や隠し部屋があるかもしれないから。」
カイルは剣を握りしめながら、警戒心を高めつつ仲間たちに注意を促した。
「この場所が本当に安全かどうか、確かめないと。特に夜になると、何が出てくるかわからない。」
オーリンは少し戸惑いながらも、「ぼ……僕も手伝うよ。この場所のことなら、少しは知っているし、役に立つかもしれない」と協力の意志を示した。
アリスたちは教会の中を調査し始めた。
荒れ果てた祭壇や崩れた壁、古びた家具が目に入る。埃にまみれた教会内は静かで不気味な雰囲気を漂わせているが、彼らはその中で使えるものを探し、何とかこの場所を拠点にしようと考えていた。
エレオノールが手に持ったランタンで辺りを照らしながら言った。
「まずは安全を確保することが大事ね。特に夜に備えて、出入り口をしっかり閉じておきましょう。」
ハッターは幽霊らしく、空中を浮遊しながら教会の高い場所を探索し、カイルは剣を片手に慎重に扉や窓を確認していた。
「この教会は頑丈な造りだ。補修さえすれば、しばらくは使えるだろう」とカイルが言った。
「ただ、ここに長く滞在するのは危険ね。食料の確保も急がないと」とエレオノールは冷静に判断した。
オーリンが少し躊躇しながらも提案した。「近くの森にはまだ使える植物や果実があるかもしれない。僕が案内するよ。」
アリスは彼に感謝の意を示しながら、「ありがとう、オーリン。みんなで協力して、この状況を乗り越えよう」と微笑んだ。
外では冷たい風が吹き荒れていたが、教会の中でアリスたちは少しずつ、新しい希望を見出し始めていた。それぞれが自分の役割を果たしながら、次の一手を考えていた。やがて、彼らはこの場所での生活を始める準備を整えていった。




