第47話:ハーフエルフの青年
森を抜けると、不気味な雰囲気が辺り一面に広がっていた。薄暗い空の下、ハッターの姿が急にくっきりと現れるようになり、アリスは驚きの表情で彼に問いかけた。
「ハッター、急に姿がはっきりしてきたけど、何か特別な場所なの?」
ハッターは微笑んで頷く。
「ええ、この辺りは魔素が非常に濃いんです。我々ゴーストには最高の場所ですよ!」
カイルは険しい顔つきで周囲を見回しながらつぶやいた。
「魔素が濃いってことは、魔物やアンデッドがうようよ集まってくる可能性があるってことか……」
ハッターは少し真剣な表情になり、考え込むように答えた。
「その通りです。魔素の濃さは我々にとっても魅力的ですが、それは同時に危険も増すということです。」
アリスが首をかしげて「魔素って?」と疑問を投げかけると、エレオノールが穏やかに説明を始める。
「魔素は、魔力の源となるエネルギーの一種よ。魔素が濃い場所は、魔法や魔物の力が増す一方、魔力を持たない人には害を及ぼすこともあるの。」
「我が君、体調にお変わりはないでしょうか?」とハッターが心配そうにアリスに尋ねる。
アリスは自身の体調に意識を集中させたが、特に異変は感じなかった。
「私は大丈夫みたい、特に問題はないみたい。」
エレオノールは安心した表情で、「アリスが魔法を使えるのは、魔力が備わっているから。だから耐性があるのね。このキャラバンのバリカントスは皆魔力持ちだから平気よ」と言った。
カイルは頷きながら、「俺たちインフェルナ族も同じだ。だけど、普通の人間には厳しい場所だろうな。」とつぶやく。
アリスは少し不安そうにしながらも、新たな知識を得たことに内心の喜びを感じていた。
アリス達は森を抜けると、墓地が並ぶ古びた教会が姿を現した。夜の静寂が墓石に重くのしかかり、教会の窓はひび割れ、月光が不気味な影を落としている。
「ここがキャットの言っていた安全な場所……なのかな?」アリスが尋ねる。
カイルはうんざりした様子で膝をつき、「幽霊屋敷の次は今度は教会かよー!!!」と叫んだ。しかし、ハッターはまるで実家に帰ったかのように墓地を飛び回り、歓喜の声を上げた。
「ああ!素晴らしい!ここには高濃度の魔素が溢れているばかりではなく闇の魔力も非常に強く感じられます!!嬉しいくらいに住みにくい!!」ハッターは興奮を隠せず、笑みを浮かべた。
しかしカイルは困惑気味に「それって良いことなのか……?」と呟いた。
幽霊的には住みにくいというのは褒め言葉らしく、浮かれているハッターを他所に辺りを見回す。
古びてぼろぼろの教会の周りには朽ち掛け、荒んでいる墓地が密集し、かなりの歴史と古さを物語って居た。
エレオノールは周囲を見渡しながら、「気味の悪い場所ね……でも、町の住民が近づかないのは当然だわ」と冷静に言った。
「とりあえず屋根はありますし、教会にお邪魔させてもらいましょう。」
キャラバンを止めると全員がそれぞれの荷物を持って教会を目指して敷地に足を踏み入れた。
すると
「あ゛あぁぁ……」
墓地のあちこちから呻き声がする。
「アンデッドだ!」カイルが叫び、すぐに剣を抜いて道を切り開き始めたが、切り裂かれたアンデッドは再び動き出し、彼らを取り囲んだ。
「ダメージが入ってない……?」アリスは驚いた。
「アンデッドには物理攻撃も魔法攻撃も効かない!復活する前に教会に逃げ込め!」カイルは必死に叫んだ。
カイルが迫り来るアンデットを切り裂きながら告げる。アリスたちはその言葉の通りにカイルが切り開いた道を進んで教会の中へと駆け込みドアを閉めた。
「申し訳ございません、我が君……私はアンデッドの一人なので、守りきれませんでした。」とハッターは悲しげに言った。
アリスは笑顔で応えた。
「大丈夫、誰も怪我をしていないし、アンデッドが多いなら、ここは逆に安全ってことだよ。」
アリスとカイルは安堵の吐息を吐く。バリカントスの一行も一息ついて荷物を下ろす。
エレオノールが辺りを見回しながら呟く。
「随分と荒れ果てているわね……放置されてから何百年たっているのかしら。」
ハッターも教会の内部を見渡しながら、考え込むように言った。「この形の石造りの壁から見て、おそらく300年ほど前のものですね。元は立派な教会だったようですが、神聖な力はまるで感じません。むしろ、私の魔力が増大しているのを感じます。この場所には何か異常があります。」
その時、ハッターの帽子をかすめるようにして一本の矢が飛び、扉に突き刺さった。直後、低く唸るような声が響いた。
『立ち去れ、人間ども……ここは我らアンデッドの聖域だ……これ以上進めば、死よりも恐ろしい呪いが待ち受けているぞ……』
その声にカイルは驚いてエレオノールの背後に隠れる。エレオノールは冷静に周囲を見渡しながら、「私たちだってここに長居したいわけじゃないけど、外はアンデッドだらけで出られないのよ。もしあなたがアンデッドのボスなら、彼らをどうにかできないかしら?」と呼びかけた。
その言葉に、声の主は驚いた様子で戸惑いの色を見せる。
『そ、それは無理だ……ここは呪われた地なのだ……さっさと立ち去れ……でないと、命はないぞ……』
ハッターは空中を浮遊しながら声の主を探し、梁の上に弓を構えた人影を見つけた。にやりと笑いながらその人影の背後から近づき、静かに囁いた。
「Boo.」
「わあっ!?」人影は驚いて飛び上がり、梁から落ちてしまった。
ドン!ガラガラガシャン!と大きな音を立てて教会の祭壇が崩れた。エレオノールはため息をつきながら、その人物に近づく。
「それで、“命がない”という脅しの続きは?」と彼女は問いかけた。
そこには、茶色の髪にオレンジの瞳を持つ、若いエルフの青年が立っていた。彼は慌てて両手を上げ、敵意がないことを示そうと必死だった。
「ち、違うんだ!僕はただ、あの町の人間たちから身を守るためにここに住んでいるだけなんだ……僕はオーリン、ハーフエルフだ……」
ハッター、カイル、エレオノールはその言葉に驚きを見せた。アリスは状況が飲み込めない様子だったが、オーリンに歩み寄り、手を差し伸べた。
「初めまして、オーリン。私はアリス。私たちも町の人から逃げてここにきたの。あなたの居場所だったみたいだけど……私たちもここに居させてもらえないかな。」
「……黒い髪……?」
オーリンはアリスの黒髪を見て一瞬ためらい手を引っ込めた。アリスはその言葉に少し悲しげな顔をしたが笑顔を絶やさなかった。
ハッターがすかさず彼の言葉を遮り、「ご主人様に対してそのような言葉を使うのは許されません」と低く唸りながらナイフを突きつける。しかし、アリスは落ち着いた声でハッターを制した。
「大丈夫だよ、ハッター。オーリンが言っていることもわかる。私もあの町で同じように恐れられていたから……」
ハッターは不満そうにしながらもアリスの言う通りにオーリンを離した。オーリンはアリスの傷ついたこめかみを見て、その言葉の重さを感じ取る。彼は息を呑みながらも、静かに問いかけた。
「じゃあ、君たちは本当に……ここに避難してきたんだね……」
「そうだよ。私たちはただ、居場所を求めているの。もしよければ、私たちもここに居させてもらえないかな?」アリスは優しく問いかけた。
オーリンは少し迷いながらも頷いた。
「そ、それは……ここには僕の他には他に誰もいないし……ここも僕が所有している訳じゃないから……君たちの好きにしたらいいよ。」
エレオノールが優しい表情でオーリンに向き直り、「ありがとう、オーリン。ここで過ごせるなら、とりあえずは一安心ね」と感謝の意を伝える。
アリスはしゃがみ込みながらオーリンに話しかける。
「あなたに何があったのか、あの町で何があったのか聞かせてくれる?」
アリスは再びオーリンに手を差し伸べる。
オーリンはその手を躊躇いがちに握ると立ち上がり、気まずそうにしながらも小さく頷いた。




