第45話:バリカントスの宴
夜空に星々が輝く中、アリスたちがキャラバンの襲撃を食い止めた後、彼らは救った人々のために手分けして作業を始めた。キャラバンの修理や怪我人の治療を行いながら、彼らは少しずつ打ち解けていく。焚き火の明かりが揺れ、周囲を温かく照らし出す。
「ありがとう。あなたたちのおかげでキャラバンも無事で、明日には出発できるわ。本当に感謝しているの。」
エレオノールが優しく微笑みながら感謝の言葉を口にする。その声には、本当に心からの感謝が滲んでいた。
アリスは少し照れくさそうに微笑み返した。
「どういたしまして。私たちもお役に立てて嬉しいです。でも、そんなに感謝されるほどのことはしていませんよ。」
「そうだ、お礼をさせてちょうだい?今夜、あなた達のために感謝の宴を開きたいの、いかがかしら?」
カイルはエレオノールの提案に目を輝かせた。
「宴か!そいつはいいな、アリス!」
「私たちのためにそこまでしていただかなくても……」
アリスは少し控えめに答えたが、心の中ではワクワクしていた。
ハッターは微笑んで言った。
「アリス様、こういう時は素直にお礼を受け取るのも一つの礼儀です。我々は彼らの命の恩人ですから、感謝の気持ちを受け取ることもまた大切なことですよ。」
アリスはハッターの言葉に頷き、決心を固めた。
「そうなんですね。それじゃあ、ぜひ私たちを宴に参加させてください。」
エレオノールの顔が嬉しそうに輝く。
「もちろんよ!皆で楽しいひとときを過ごしましょう!」
その夜、焚き火の周りで宴が始まった。焚き火の光が暖かく揺れ、バリカントスの人々が集めた食材で作られた料理が次々と運ばれてくる。香ばしいスパイスの香りが漂い、アリスたちの食欲をそそった。
アリスが呟く。
「すごいね、見たことのない料理や食材ばかり……。すごく美味しそう。」
ハッターがアリスに告げる。
「彼らはバリカントスといい、交易を盛んに行う種族です。各地の珍しいスパイスや調味料をたくさん仕入れているのですよ。また彼らは国を持たない放浪の民です。なので彼らの料理はここでしか味わえない貴重なものですよ。」
その説明にアリスは出来上がっていく料理をわくわくとした眼差しで見つめた。宴が始まり、香ばしい料理やエキゾチックな音楽に包まれながらも、アリスはどこか心の中に違和感を抱えていた。異世界に飛ばされ、目の前で広がる異国の文化に感動しつつも、自分がこの場にいることへの戸惑いが残っている。
(私、ちゃんとこの世界でやっていけるのかな……)
そんな考えが頭を過ぎる中、エレオノールが自慢の料理を持って三人の前に現れた。
「まずは私たちが各地で集めた素材を使った特製料理を楽しんで。旅の中で培った技術と工夫を凝らして作った料理よ。」
彼女は微笑みながら、料理を配り料理の紹介を始めた。
「これはフィエルノ・ガザル、サンゴの実を使ったスパイシーな煮込み料理よ。」
エレオノールが料理を紹介すると、カイルはすぐにスプーンを手に取った。
「うわ、すげぇ美味そうな香りだな!……うんめぇ!」
カイルは早速料理に手を伸ばし、その美味しさに目を見開いた。
アリスも一口食べると、その味に感動した。
「これ、すごく美味しいです!いろんなスパイスの味がして……食欲をそそりますね!」
「ふふ、まだまだ他にもあるのよ。」
エレオノールは笑顔で次々と料理を紹介していく。その中にはフルーツとスパイスを使った特製のワインや、ハーバルエールもあった。バリカントスの人々が心を込めて作った料理に、アリスたちは舌鼓を打つ。
不安が頭をよぎる中で、仲間とともに過ごす温かな時間が、彼女の不安を少しずつ和らげていった。カイルやハッターが楽しそうに振る舞い、彼らの存在がどれほど心強いものかを実感する。今夜の宴は、アリスにとって自分がこの異世界でも受け入れられ、居場所を見つけられる可能性を感じさせるひとときだった。
宴が盛り上がる中、エレオノールが立ち上がり、タンバリンを手に取って焚き火の中央に進み出た。彼女の瞳には、情熱の炎が宿っている。エレオノールが静かにタンバリンを叩き始めると、他のバリカントスの人々も楽器を取り出し、リズミカルな音楽が流れ始めた。
「今夜は特別な夜よ。私たちを助けてくれた友人たちに感謝の気持ちを込めて、この歌とダンスを捧げるわ。」
エレオノールは情熱的に踊り始め、その動きは焚き火の光と共鳴し、まるで彼女自身が炎の一部であるかのように見えた。
エキゾチックな音楽と彼女の声が静かに広がり、周囲の人々は静かに耳を傾ける。エレオノールは一瞬目を閉じ、深呼吸をした後、タンバリンを叩き始めた。その合図を皮切りに他の仲間も楽器を取り出し音楽を奏でる。リズミカルで力強いビートが焚火のリズムと重なり合い、心地よいエキゾチックな音楽が生まれる。
観客たちが期待に満ちた目で彼女を見つめる。
「♪ さぁご覧なさい!最高のダンスを 魅せてあげるわ♪」
タンバリンのリズムが高まり、エレオノールの身体が情熱的に動き始める。彼女の動きは激しく、それでいて優雅だ。観客たちの視線を一身に集めながら、彼女の声が夜空に響く。
「♪ ご覧なさい!感じて 情熱の炎 側に来て、共に踊ろう! 喜びのダンス♪」
観客たちが彼女の動きに引き込まれ、彼女の周りに集まり始める。エレオノールのスカートが軽やかに揺れ、焚火の光に照らされて美しく輝く。
「♪ 感じるわ情熱の炎、怖がらずに 共に踊ろう 舞い上がれ、炎のリズム♪」
観客たちは次第に彼女のリズムに乗り始め、手拍子を打つ。エレオノールの動きはますます激しくなり、タンバリンの音も一層力強くなる。
「おお~!!」
エレオノールのダンスは情熱そのもので、観客たちの心を掴んで離さない。彼女の動きはまるで炎のように燃え上がり、全ての視線を集めていた。
「♪ 男たち! 燃やせ情熱、赤く燃え上がれ 投げてよコイン 魅せるわよ 魅惑のダンスを♪」
観客たちが歓声を上げ、次々と彼女にコインを投げる。エレオノールはさらに情熱的なダンスを続ける。
「♪ 皆、おいで!最高の夜を 今ここで 踊るわよ 喜びのダンスを♪」
エレオノールのダンスはクライマックスに達し、彼女の声とタンバリンのリズムが夜空に響き渡る。焚火の光が彼女の顔を照らし、その瞳の中で炎が踊っているかのように見える。
踊りが終わると周囲は一瞬の静寂に包まれた後、盛大な歓声と拍手が響き渡る。エレオノールは微笑みながら、深くお辞儀をした。降り注ぐコインを彼女はスカートで受け止める。
「ありがとう!皆とこの特別な夜を過ごせて幸せよ。」
アリス、カイル、そしてハッターもその感動を共有し、彼女に拍手を送りながら微笑んでいる。彼らの心には、新たな絆と友情が深く刻まれた夜だった。
エレオノールの歌声とタンバリンのリズムは、まるで魔法のように場の雰囲気を一変させ、全員の心に深く刻まれた。その夜、バリカントスの宴は永遠に語り継がれる特別なひとときとなった。
エレオノールはコインを拾い集めるとアリスの元へとやってきた。
「どうだったかしら?」
「最高でした!歌もダンスも素晴らしかったです!」
エレオノールはアリスに近づき、コインを差し出した。
「ふふ、ありがとう。これ、良かったら受け取って。」
「いいんですか?」
アリスは戸惑いながらも、その気持ちを受け取ることにした。
「ありがとうございます、エレオノールさん。」
「私がこうして踊っていられるのもあなたのおかげだもの。治療費なんかじゃ安すぎるくらいだけど……あなたに受け取って欲しいのよ、アリス。」
エレオノールは集めたコインをアリスの手に握らせるとその手を優しく撫でた。
「私からダンスを奪ったら正直、稼ぐ方法なんて他に思いつかなかったから。踊れるのは本当に嬉しいの。だから気持ちよ、受け取って。」
「……わかりました。ありがとうございます。エレオノールさん。」
「あなたがお礼を言うなんて変な話ね。私たちバリカントスは、自分たちの国を持っていない放浪の民なの。私たちを受け入れてくれる国はほとんどない。だから私たちは私たちを受け入れてくれるサンクチュアリ……安住の地を求めて旅をしているのよ。今はサンクトリアという小さな町を目指しているの。」
「そうだったんですね……実は私たちも今サンクトリアを目指しているところなんです。」
「本当に?それならこのキャラバンに乗っていくといいわ。サンクトリアの町まではもうすぐだけど、さすがに歩きじゃあと二、三日はかかるわよ。」
「私たちもキャラバンに乗ってもいいんですか?」
「もちろんよ!目的地が同じなら乗らない手はないじゃない。本当にあなたは謙虚ね。」
エレオノールとアリスの会話が続く中、カイルとハッターも加わる。
「それは助かるな!長旅でだいぶ疲れてきたし、キャラバンに乗れるなんて最高じゃないか!」
「確かに。アリス様も少し休む時間が必要ですからね。ありがとうございます、エレオノール殿。」
「気にしないで。あなたたちのおかげで私たちも助かったんだから、これくらい当然よ。」
「本当にありがとうございます。エレオノールさん、皆さんのおかげでこの旅が一層楽しくなりそうです。」
エレオノールは微笑み、仲間たちの方を見渡した。
「それじゃあ、明日は早朝に出発するから、今夜はゆっくり休んでね。明日からは快適な旅になるわよ。」
「おう、楽しみだな!」
「アリス様、今夜はしっかりお休みください。寝床は私が用意いたしますので。」
「ありがとう、カイル、ハッター。そしてエレオノールさん、本当に感謝しています。今夜はおかげで素晴らしい時間を過ごせました。」
エレオノールはアリスの言葉に微笑んで応える。
「私も同じよ。あなたたちと出会えて本当に良かったわ。」
宴が終わり、エレオノールと別れた後、アリスは少し疲れを感じながらも心地よい疲労感に包まれていた。彼女は今夜の出来事を思い返しながら、今後の旅路に向けた決意を新たにする。自分がこの世界でどのように役立ち、どのように成長できるのか。その答えを見つけるために、彼女は前に進むしかないのだと感じていた。
そんな中、ハッターが指を鳴らすと、突然、空からふかふかのベッドがドスン!と降ってきた。
「えっ!? こんなところで……」
アリスは驚いてベッドを見つめた。周りの人々もその光景に驚き、しばらく静観していたが、ハッターはどうしても地面で眠るのは許せないと真剣な表情で言い張った。
「アリス様が地面で眠るなどありえません。どうか、このベッドでゆっくりお休みください。」
アリスは少し呆れつつも、ハッターの優しさに感謝し、ふかふかのベッドに横たわった。その瞬間、心の中に残っていた不安が薄れていき、安心感に包まれた。
「ありがとう、ハッター……。」
星空を見上げながら、アリスはこの異世界で自分が歩むべき道を、少しずつ見つけていこうと決心した。ベッドの柔らかさに身を委ね、彼女は深い眠りへと落ちていった。
周りはその異様な光景にしばらく静観していたが、満足げなハッターの顔を見ては何も言えず、バリカントスの人々もそれぞれのテントに戻り、静かな夜が訪れた。




