第44話:キャラバンを救え!
アリス、カイル、ハッターは、襲撃の音を聞きつけ、駆けつけると開けた場所に出た。数台のキャラバンが盗賊たちに囲まれ、必死に抵抗している様子が目に飛び込んでくる。夕焼けが赤く染まる中、煙と叫びが混じり合う。アリスの胸には、彼らを助けたいという思いが燃え上がる一方で、緊張が走った。
「分が悪いですね。敵の方が無駄に数が多い……アリス様、ご命令を。」
「え、えっと……」
ハッターの冷静な声が響くが、アリスは突然の状況に一瞬戸惑った。しかし、目の前のキャラバンの人々が危険に晒されているのを見て、助けたいという強い気持ちが彼女の中に湧き上がった。
アリスの動揺を察したカイルが、剣を構えながらアリスに向けて言った。
「お前がしっかり命令してやれ。そうすることで、従者は本来の力以上の能力を発揮するんだ。」
「そうだったんだ……わかった!」
アリスは深呼吸してからハッターを見上げ、力強く命令を下す。
「ハッター、あの人たちを助けて!でも、できるだけ敵を傷つけないで!」
「かしこまりました、我が君。」
ハッターは瞬時にその場から姿を消し、次に現れたときにはキャラバンの前で盗賊たちに立ちはだかっていた。突然の出現に驚いた盗賊たちは、戸惑いを隠せない。
「なんだ貴様!どっから来やがった!?」
「構わねぇ!殺っちまえ!!」
盗賊の剣がハッターの身体を切り裂く。その光景を見て女性の悲鳴が聞こえる。しかし、剣は身体をすり抜けるだけでハッターに当たることはない。
「な、なんだ!?剣がすり抜けやがる!当たらねぇ!!」
「残念ですが私もう、死んでおりますのであなた方の攻撃は当たりませんよ。」
「なんだ、こいつゴーストなのか!?」
突然現れたゴーストに驚きを隠せない盗賊たち。どれだけ剣で切り裂かれようが槍で貫かれようがハッターにはなんのダメージも与えることができなかった。ハッターは不気味に微笑み、透けた体を見せつける。盗賊たちは恐怖に駆られ、後ずさりする。
「Boo!」
ハッターが脅かす様に盗賊たちに向かって恐ろしい顔を見せた。驚いた盗賊の何人かは身を引き逃げ出すが、すかさずそこにカイルがやってきて双剣を振るう。
「おりゃあ!!」
「うわぁっ!」
突然の奇襲にキャラバンから身を引く盗賊達。すぐさまアリスが駆けつけキャラバンの中にいる人たちに声をかける。
「大丈夫ですか?」
盗賊に襲われていたキャラバンを覗くと怪我をして動けなくなっている女性と数名の女子供がいた。怪我をしている女性が彼女達を庇っているようで、片手に小さなナイフを握りしめ震えている。アリスが状況を制しているそのその背後からアリスを取り押さえようと盗賊の影が近づいてくる。
「私のご主人様に何用だ?」
ハッターが突然現れ、盗賊の前に立ち塞がる。銀製のトレイを手にした彼は、それを巧みに操り、盗賊たちを次々と切り裂いていった。
「御礼斬!」
トレイはまるでブーメランのように飛び、盗賊たちを次々と打ち倒し、再びハッターの手に戻った。盗賊たちは恐怖で足がすくみ、その場に留まることができなくなっていた。カイルの勢いある剣裁きも敵を圧倒するには十分な威力だった。
「お前たち、何をしてる。」
そこに響く唸るような低い男の声が響いた。
その姿の方に目を向けると黒いロングコートの下に、レザーアーマーを着た屈強な身体を持つ男が現れた。茶色がかった金髪はライオンのたてがみのようだ。金色に怪しく光る瞳と、顔には大きな傷が入っていた。
彼の風貌は威圧的で、その姿からただ者ではないことが一目で分かる。
アリスはその男がこの盗賊団のリーダーであることを直感で感じた。彼女はキャラバンの人々を守るため、短剣を構えた。
「このキャラバンは俺の獲物だ。悪いことは言わない手を引け。そうすれば命までは取らない。」
男は冷静な声で言った。金色がかった茶髪が風になびき、鋭い金色の瞳がアリスたちを見据える。
「この人たちを傷つけることは許さない!」
アリスは短剣を抜き構える。アリスは自らの決意を胸に秘め、短剣に魔力を込める。その時、月光が彼女を照らし、短剣が淡く輝き出した。
「手を引く気はないのか……。」
相手の男も短剣を抜く。手のひらでは短剣が踊る様に動いている。明らかにアリスよりも短剣の扱いに慣れており、器用そうだ。
「我が主人に手を出そうというのか……!」
「ダメ、ハッター。傷つけないで。」
「……しかし!」
「……」
「おーおー、お優しいこってぇ。だがなぁ、お嬢ちゃん。世の中そう甘くはねぇんだぜ。」
この状況でも尚、できるだけ敵にも傷ついてほしくないという気持ちが薄れないアリスに苛立ちを隠せないハッター。それを煽る様に笑う盗賊団の男。アリスは本能的に彼は自分が相手にしなければいけないとそう悟った。盗賊団の男はそれを見ると面白いと言いたげに笑った。
「いいもん持ってるなぁ、お嬢ちゃん。そいつもついでにいただくとしようか。」
「アリス、気をつけろ!その男、強いぞ!」
戦士の勘なのかカイルが叫ぶ。その言葉を皮切りに盗賊団の男がアリスとの間合いを詰めてきた。大きく短剣を振りかぶる。しかし、アリスは尋常じゃないスピードでそれを交わす。
「なに……!?」
(私は足にラピッドネイルを塗ってある!あなたよりずっと早く動けるはず!)
アリスは素早く動き回り盗賊の男と激しい剣戟を交わし合った。力では圧倒的な差があるが、魔力とネイルによる増強効果で両者互角にやりあっている。
「す、すげぇ……あの小娘、お頭と対等にやりやがってる……。」
「ああ!さすがアリス様!戦う姿もなんと麗しい!!」
謎の賛美の声に若干引く盗賊たち。しかし、ゴーストであるハッターには手を出せずただやられる一方。徐々に盗賊団全体が引き始めていた。
(勝てる……!)
ラピッドネイルで底上げされたスピードには盗賊団の男もついてこられない様子だった。躱わすのが精一杯の様子で、アリスの猛攻撃を必死に耐えている。
「どいて!」
キャラバンの奥で怪我をしていた女性が出てくるとハッターとカイルを押し除け手を翳す。
「踊れ、炎の精霊よ!我が身体に宿り、敵をその業火で焼き尽くせ!」
女性の美しいエメラルドグリーンの瞳が真っ赤な炎のような色に変わると彼女の身体を包むオーラが炎の様に燃え盛っている。翳した手の先に大きな炎が渦巻くと盗賊をどんどん蹴散らしていく。
「早く彼女の所に!あれは盗賊団のボス、ライオネルよ!ここらじゃ有名な盗賊団で、腕も立つ。あの子が危ない!」
怪我の痛みに耐えながら女性は叫ぶ、その言葉にはっとしたカイルは急いでアリスの加勢に向かう。
「うらぁ!!」
カイルが両手に構えた双剣を振り翳し、ライオネルに切り掛かる。しかしライオネルはそんな攻撃など見えていたかのように鮮やかに交わし替わりにカイルの腹部に向かって強烈な回し蹴りを喰らわせた。
「ぐはっ……!」
「カイル!」
ハッターも加勢しようとナイフを手に握る。しかし怪我をしたキャラバンの女を守るのに必死でその場を動けない。
「アリス様!」
「……!」
「さぁ、どうする。お嬢ちゃん。アンタのお仲間は助けには来てくれなさそうだ。」
短剣をくるくると手のひらで遊ばせながら楽しげな笑みを浮かべるライオネル。アリスは覚悟を決めて短剣に魔力を込める。雲間の隙間から月光が差すと月光の短剣が美しい輝きを放ちアリスは渾身の力を込めてその短剣を大き振りかぶる。
「はあああ!!」
ズパンッ!!
ライオネルの真横を掠める様に大地が切り裂かれた。また、盗賊団が乗っていたであろう荷馬車が真っ二つに両断されその場にいた全員が硬直した。
しばらくしてからライオネルが大きな笑い声を上げるとアリスに短剣を向ける。
「ははは!!面白ぇ。やるな、お嬢ちゃん!俺は盗賊団プライドクロウのライオネル。お前の名前を聞いておこうか。」
「……私の名前はアリス。」
「アリスか。覚えておこう、お嬢ちゃん。おい野郎ども!今日のところは引け!」
「お頭、でも荷馬車が……」
「持てる荷物だけ持ってあとは捨てろ。いくぞ!」
ライオネルと盗賊団は荷物を持つと馬に乗ってその場から走り去っていった。無事、盗賊団を撃退することに成功したアリスはほっと胸を撫で下ろしその場に座り込む。
「こ、怖かったぁ……」
「お前すげぇな、アリス!そんな力を持ってたのかよ。」
「流石アリス様!そのようなお力を持っていたとは……このハッター、感動致しました!」
二人が盛り上がっているところアリスは笑って対応する以外できなかった。初めて人と対峙し、剣戟をすることになるなんて想像もして居なかった為、その反動でとても疲れてしまっていた。するとキャラバンの人間が何人かアリスに近づき、感謝する様に頭を下げた。
「ありがとう、あなた達のおかげで助かったわ。まずはお礼を言わせて。私はエレオノール……見ての通り、バリカントスの一族よ。」
エレオノールと名乗るその女性は、エキゾチックな美しさを持ち、濃い褐色の肌をしていた。彼女の長い髪は腰まで伸び、赤みがかった茶色の黒髪が美しいウェーブを描いている。先ほどまで赤く染まっていた瞳も元に戻り、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳は、深い知識と経験を物語るかのように輝き、見る者を魅了するような魅力を持っていた。情熱的で力強い眼差しでアリス達を見つめていた。
「私はアリス。こちらはカイルとハッター。私の仲間です。皆さんが無事で本当によかった…。」
キャラバンに乗っていた面々もアリス達にお礼をいう。
「ありがとう、本当に助かった。」
「一時はどうなるかと……」
「うっ……!」
エレオノールが引きずっていた足を押さえてその場に倒れる。
「エレオノールさん!?どうしたんですか!?」
「奴らとやり合ってる時に足を切られたのよ……大丈夫、薬を塗ればなんとかなるわ。」
「見せてください。」
アリスはエレオノールのスカートを少し捲ると深い傷に眉を顰めた。傷が深いのか血が止まらない。
「酷い傷ですね……手当をしないと……。」
確か月光の短剣には傷を癒す力があったはず。でもどうやって……。
「お困りの様ですね、我が君。」
「ハッター……この短剣には傷を癒す力があるはずなの。でもその力の使い方がわからなくて。」
「これは……エルフの神話級の秘宝、月光の短剣ですね。以前文献で目にしたことがあります。癒しの力を発動させるためには月光の光に照らし、術者の血を一滴捧げる必要があったはずです。」
「わかった、試してみよう。」
アリスは月明かりに月光の短剣を照らす。するとほんのりと短剣が淡い輝きを帯びて光出した。するとアリスの心の中に言葉が浮かんできてどうすればいいのかが本能的にわかった。
アリスは短剣を握りしめ、心を落ち着けて呪文を唱える。
「月の光よ、我が剣に宿り、傷を癒す力を与えたまえ。」
そう呟くと自分の指先を短剣で切り刀身に血を塗る。血はすうーっと吸収されるとアリスの指先の傷もあっという間に修復された。
アリスはエレオノールのもとに近付くと短剣を片手に彼女の足に手を添えた。
「痛くないですから動かないでくださいね。」
そういうとアリスは月光の短剣をエレオノールの足に突き立てる。その場にいた全員が驚き、悲痛な声を上げる。
「なんていうことを……!!」
「黙って。」
ハッターだけはアリスの意図を理解し、周りに静止するように告げた。
月光の短剣で刺された場所からは血は出ておらず、剣が光って肉体を貫いているようが痛みも感じて居ないようだった。エレオノール自身も驚いているが、先ほど盗賊につけられた傷や痛みも引いていくのがわかった。短剣を抜くとエレオノールの足の傷が全て消え、短剣で刺した場所も何事もなかったかのように傷は残っていなかった。エレオノールは立ち上がると普通にいつも通り歩ける様になった。
「痛くない……傷も治ってる……歩ける……!」
その場で足を踊る様に動かし、動作に問題がないか確かめる。エレオノールは以前と同じだけ動ける様になり痛みも後遺症も残っていない様だった。
「すごい!もうちっとも痛くもないわ。ありがとう、アリス!」
エレオノールは感動した様にお礼を言った。仲間の一人が口を開く。
「エレオノールはバリカントスの踊り子でね。足を怪我した時はもう踊れなくなるんじゃいかと皆ひやひやしたよ。治癒師を頼る金なんてないし……もう私たちは終わったかと思っていたよ。」
「よしてよ。私のダンス以外でも稼ぐ方法はいくらでもあるんだから。それにしても本当にありがとう。助けてくれただけじゃなくて傷まで治してくれて……なんてお礼をいったらいいか。」
「お役に立てたならよかったです。皆さんが無事で私もほっとしました。」
「ああ、幸い俺たちも大きい怪我はしなかったしな。良かったぜ。」
腹部を摩りながらカイルがいう。その様子を見て横から顔を出したハッターがにっこりと笑う。
「私は無傷ですがカイル殿は治療が必要なのでは?」
「うっせぇな。ちっと痛いだけで怪我って程じゃねぇよ。にしてもあの回し蹴り……彼奴、あれで手加減してやがった。くそっ。」
カイルは悔しげな顔をしつつ剣を鞘に収めた。その言葉にアリスは驚いたがアリス自身にも心当たりがあった。初めて剣を使った戦いをしていたのにほぼ互角にやれたのはいくらラピッドネイルでスピードをあげたからといってもありえない。ライオネルほどの腕の立つ人間と対等にやりあえたなんて、彼が手加減して居たとしか思えない。でも、一体どうして……。
その答えは考えてもわからなかった。




