第42話:いざ、サンクトリアへ!
その夜、アリスは静かな部屋でひとり、窓の外に広がる夜空を見上げていた。指先に残る微かな震えを感じながら、彼女はそっと手を握り締めた。月明かりが彼女の指先を柔らかに照らし、希望の光が宿るかのように輝いている。その光景に、日本での生活がふと心に浮かんだ。
「この世界でも、私はネイリストになるんだ。」
アリスはかつて自分が施したネイルアートを思い出すように、自分の指先を軽く撫でた。指が繊細な感触を記憶し、サロンでの忙しい日々や、初めて自分のデザインを褒められた時の喜びが蘇る。その瞬間、彼女は微笑み、決意を新たにした。異世界でも、自分の技術を誰かの笑顔のために使うと。
「サンクトリアに行けば、きっと私の技術を認めてくれる人がいるはず……。」
彼女は手のひらを広げ、未来への希望を込めてその手にそっとキスをした。異世界であっても、彼女の夢と情熱は変わらない。瞳には未来への期待が輝いていた。
一方、カイルは別の部屋で無言で愛剣を磨いていた。硬く引き締めた口元と、剣に映る自分の姿をじっと見つめる眼差しは、決意に満ちていた。彼はずっと力を求め続けてきたが、今はそれ以上に何かを探していた。それは、自分が本当に安らげる場所だった。
「サンクトリア……もしかしたら、俺にとっての新しい家になるかもしれないな。」
カイルはふと口元に微笑を浮かべたが、それは一瞬のことだった。剣を握る手に力を込めると、その笑みはすぐに消え、真剣な表情に戻った。
「今度こそ、力だけじゃなくて……本当の意味での居場所を見つけるんだ。」
一瞬、かつての戦場での荒廃が脳裏に浮かんだ。血と汗と涙で染まった地面、その傷跡が今も心に残っている。彼は剣の刃に指を軽く走らせ、その冷たい感触を確かめるようにした。サンクトリアがその答えをもたらしてくれることを信じ、静かに目を閉じた。
その頃、ヴィクター改めハッターは静かに部屋の片隅に佇み、エドガーへの祈りを捧げていた。心には、新たに仕えるべき主人アリスへの忠誠心が強く宿っていた。祈りを終えると、そっと目を開き、かすかに微笑んだ。エドガーの遺志を継ぎながらも、ハッターはアリスとの未来を描いていた。
「アリス様、私はあなたに全てを捧げます。」
ハッターは彼女のことを思いながら静かに呟いた。静かに部屋の窓に歩み寄り、外の景色を見つめながら、湧き上がる決意を強く感じた。この新しい使命は、彼に生きる意味を与え、胸の中にかつて感じたことのない喜びを芽生えさせていた。
心臓は動かないし、鼓動もない。それでもときめく胸に手を当て、その静けさに微笑んだ。確かに彼は胸の高鳴りを感じていた。
それぞれの願いと決意を胸に、アリス、カイル、そしてハッターはサンクトリアを目指す決意を固めた。アリスは異世界でもネイリストとしての夢を追い、カイルは安らぎと居場所を求め、ハッターは新たな主人に忠誠を尽くすために。サンクトリアは彼らにとって、希望と新たな人生の象徴だった。
数日後、アリスたちはサンクトリアの町を目指すため、豊穣の盃を持って旅支度を始めた。カイルの服はすっかり焼けこげボロボロになってしまったので、屋敷で余っている服を借りたが、彼にはどうも窮屈で居心地が悪そうだった。
「なんでこんな燕尾服やらスーツばっかりなんだよ。首が苦しい……」
「仕方ありません、ほとんど私たちの仕事着ですから。あとは……メイド服なら多少ゆったりとしていますが……いかがいたしますか?」
「だぁ!これでいい!あとは町についた時、金に変えられるものは持っていくからな!」
「どうぞご自由に。もうこの屋敷に未練はありませんから。」
カイルが屋敷の中をくまなく探索し、少しでも金目のものになりそうなものを袋にどんどん詰めていった。
ハッターは屋敷を見上げながら、エドガーの遺志を胸に、アリスに付き従い、新しい未来を築くために尽力することを誓った。
アリスとカイルも、それぞれの目的のためにサンクトリアを目指す。彼らの絆は強まりつつあったが、まだ本当の仲間になるのは先の話。
「エドガー様、あなたの遺志を継ぎ、アリス様を守り続けます。どうか天国で見守っていてください。」
彼の心の中でエドガーの声が優しく響き渡り、ハッターは新たな使命とともにアリスたちとホーンティング家を後にした。やわらかな風がまるでハッターの肩を押すかのように吹き抜け、彼は生まれて初めて自分の意思で屋敷を後にしたのだった。
こうして、悲しき幽霊執事の魂は救われ、新たなる人生を見つけることができた。我らがアリスが行く先に、果たして今後どんな苦難が待ち受けているのか。仲間となったゴーストは、今後どのようにアリスに力添えをしてくれるのか。
それはまた、次の夜に語るとしよう。
吟遊詩人はリュートを奏でながらこの物語の幕を引いた。
世にも悲しき幽霊執事と、アリスの出会いの物語の。




