第41話:新たなる主人
アリス、カイル、ヴィクターは冬の部屋で手に入れた鍵を手に、秋の部屋を探し続けていたが屋敷のどこをみても秋の部屋を見つけることはできなかった。三人は仕方なくダイニングルームに戻り、三人は再び部屋を調べ始めるが、何のヒントも見つけられずに困惑していた。
「冬の部屋の鍵をここで使うなんて、想像できないよなぁ……」
カイルがふいにそう言った。
アリスは頭をひねりながらも、何かを思い出したように目を輝かせた。
辺りを見渡せばさまざまな果実が描かれ、色とりどりの実り豊かな情景が描かれている。アリスは思い立ったように立ち上がった。
「もしかして秋の部屋がどこかに隠されているんじゃなくて、このダイニングルームそのものが秋の部屋なんじゃないかな?」
ヴィクターはその言葉にはっとし、「エドガー様が秋の収穫をご家族様と使用人たちと祝った部屋……それなら、この部屋が秋の部屋ということにも納得がいきます。毎年、必ず秋の収穫の後はこの部屋でご家族様と私たち使用人が共に祝っておりました。」と告げた。
「だとしたらよぉ、この鍵をどう使うんだ?」
カイルが問いかけた。
アリスは部屋を再度見回し、壁にかかった古い絵に目を止めた。絵には、収穫を祝う光景が描かれており、絵の裏には魔法がかかった文字が浮かんできた。アリスは魔力を込めて手を翳し浮かんできた古代エルフ語を読み始めた。
「ここに何か書かれてる。『四季が巡りて、命の灯が消えぬ時、豊穣の盃は土の中に眠る。春の芽吹き、夏の輝き、秋の実り、冬の静寂。生命の鍵は心にあり、その祝日にて扉を開く。大地に伏す影の下、隠された宝を見つけよ。』」
カイルは腕を組み首を傾げる。
「なんだか難しいな……どういう意味だ?」
「四季が通り過ぎ、季節が巡る……これは四季のサイクルを示しているのかもしれません。春が芽吹き、夏に輝き、秋に実り、冬に静かに休む。そして生命の鍵は心にあり、その祝日にて扉を開く。『大地に伏す影の下』というのは、おそらく何かが隠されている場所を示しているのでしょう。」
ヴィクターは冷静に告げた。
「手分けしてこの部屋を探してみましょう。」
三人は部屋の隅々を探し始めた。やがて、アリスがダイニングテーブルの下の床に目を留めた。
「この床、何か不自然なところがある。」
「一体なんでしょう……。私が確認いたします。」
ヴィクターは床を慎重に調べ違和感のある床板を外すと小さな鍵穴を見つけた。
「ここに……もしかしてこの鍵が使えるかも!」
アリスが冬の部屋で見つけた鍵を慎重に絵の裏の鍵穴に差し込むと、部屋全体が静かに振動し始めた。突然、ダイニングテーブルの一部がゆっくりと持ち上がり、中から隠された階段が現れた。
「まさか、ここに隠し部屋があったのか……!?」
カイルが驚きの声を上げた。
三人は慎重に階段を降り、地下の部屋にたどり着いた。そこには、古びたダイヤル式の金庫が鎮座していた。アリスが再び鍵を取り出し、金庫の正面にある小さな穴に差し込むと、ダイヤルがカチリと動いた。
「これで鍵が仕掛けなんだね……でも、何の番号を合わせればいいんだろう……」アリスが呟く。
カイルが思い出したように言った。
「生命の鍵は心にあり、その祝日にて扉を開く……なぁ、それって誕生日ってことはねぇか?」
カイルの言葉にアリスとヴィクターは顔を見合わせる。確かに誕生日の可能性は捨てきれない。普段から知的な様子は一切見せないカイルからの助言に二人は訝しげな顔をしたがカイルの方が先に動いた。
「まずは試してみるか。エドガーの誕生日は?」
「エドガー様の誕生日は、4月12日です。」
アリスは鍵を回しながら、0412と入力したが、反応はなかった。
「じゃあ、次はエミリアの誕生日だ。」
「エミリア様の誕生日は、6月18日です。」
再びアリスが鍵を回して0618を入力したが、何も起こらなかった。
「んー……じゃあ、エリザベスの誕生日は?」
「エリザベス様の誕生日は、9月23日です。」
またもや鍵を回しながら0923を入力したが、やはり開かなかった。
「全部違う……もう一度詩を思い出して。『生命の鍵は心にあり、その祝日にて扉を開く。』……」
三人は考えた。しかし詩の意味をいまいち理解できない。ましてや詩とは無縁の人生を送っていたカイルにはさっぱり意味がわからなかった。面倒くせぇと言い立ち上がると拳を扉に思い切り振り翳した。
ガン!
「カイル!?」
「いちいちじいさんのお遊びに付き合ってられるかよ!こんなもの力付くで開いちまえばこっちのもんだろ!」
ガン!ガキン!と鋭い金属音音を立てながらカイルは金庫の破壊に挑んでいる。その姿をみて呆れた様にヴィクターが呟く。
「この鉄扉はドワーフ製のミスリル合金でできています。たとえドラゴンの牙であっても貫くことはできないでしょう。第一、ホーンティング家に伝わる秘宝がそんな物理でぶっ壊して手に入るなら誰も内通者を送り込んだり、戦争なんて仕掛けません。屋敷ごと破壊してしまえばいいのですから。」
ヴィクターの言葉にごもっともだと言わんばかりに納得したのかカイルは破壊する手を止めた。そしていくら力一杯殴り続けていたとはいえ傷どころか凹みすらつかない所をみると、エドガーのお遊びに付き合わざるを得ないことを三人は悟った。
ヴィクターはしばし考えた。すると一つの言葉を思い出した。
「命の祝日……エドガー様は私を拾った日を誕生日とし、“命の祝日”と呼んでくださいました。もしかすると……」
アリスもはっとして扉のダイヤルキーに手を添える。
「ヴィクターさんの誕生日は?」
「私の誕生日は、10月25日です。」
そのやりとりに不満げにカイルが口を開く。
「そんな大層大事なお宝を隠すのに執事の誕生日なんかいれるかぁ?」
「ありえるよ、執事は大勢いたんだろうしどの執事が最もこの屋敷に貢献していたかなんて同じ屋敷にいた人間にしか分からない。しかも、そもそも隠し部屋の春の部屋にたどり着けるごくわずかな使用人の中から一人を絞り出すのは敵にはできなかったはずだよ!エドガー様はやっぱりすごい人だったんだ!」
アリスは1025と入力し、鍵を回した。すると、静かにカチリと音を立てて鍵が開きそこには美しく輝く豊穣の盃とエドガーからの手紙が置かれていた。アリスは手紙を手に取り、ヴィクターへと手渡した。
「豊穣の盃はきっとこれだね。……あとこれは……多分ヴィクターさんにだと思う。読んでみて。」
ヴィクターはアリスから手紙を受け取ると封蝋を開いて中身を読み始めた。
『ヴィクター。これを手にしているということは、お前がこの手紙を読んでいるのだろう。そう信じてこの手紙を綴る。お前にはたくさんの苦労をかけた。屋敷を任せて出立する私は、もう戻れないと思いこれを書いている。お前がこの屋敷を守り続けてくれたこと、感謝してもしきれない。そして、もし私が破れ、ホーンティング家が敗北した時は豊穣の盃を持つに相応しい人物に継承し、その者を守ってほしい。正しき道に導いて民を守れる人に託してほしい。』
ヴィクターは手紙を読み進めた。
『ヴィクター、初めてお前を見た日のことを今でも覚えている。幼いお前が路上で飢え死にしそうになっていたあの日、私はお前を拾い上げ、この屋敷に迎え入れた。お前はすぐに私たちの家族となり、そして私の右腕となってくれた。お前に文字の読み書きを始めて教えたことがまるで昨日の出来事のように鮮明に思い出せるよ。お前は飲み込みも早く、素直で本当に賢い子だった。』
ヴィクターの目に涙が浮かんだ。震える手で手紙を読み続ける。
『お前が成長し、執事長として家を支えてくれたことを本当に誇りに思っている。だが同時に、お前に全ての責任を押し付けてしまったことも心から申し訳なく思っている。お前が背負った重荷はあまりにも大きかった。エミリアもエリザベスも、みんながお前に感謝し、愛していた。お前がいなければ、私たちはもっと早くに滅びていただろう。お前がホーンティング家を支え、守ってくれたから今の私がいる。』
ヴィクターは涙をこらえるように拳を握り締めたが、一筋の涙が彼の頬を伝い手紙に落ちた。インクが滲み涙の跡が広がっていく。
『ヴィクター、私はもう戻れないだろう。この戦いで命を落とすことを覚悟している。だが、お前には生きてほしい。お前がこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいない。だが、どうか私の遺志を継いで強く生きてほしい。豊穣の盃を持つに相応しい人物に託し、その者を守ってほしい。お前の忠誠心と勇気は、誰よりも強い。お前を誰よりもそばで見ていた私が約束しよう。お前ほどの忠誠心を持つ家臣はいない。』
涙で視界が滲む中、手紙の最後の部分を読み上げた。
『ありがとう、ヴィクター。お前は私の友であり、家族だった。お前に感謝と心からの愛を込めて。私の息子よ、強く生きなさい。エドガー・ホーンティング。』
ヴィクターはその言葉に、抑えていた感情が一気に溢れ出し、膝から崩れ落ちた。大声を出して泣きながら手紙を握っていたが、その手紙が霊体の体をすり抜け床に落ちていった。いくら床を叩こうとも体はすり抜けてしまい、大声で感情を爆発させる以外に方法がなかった。
「あああ!!エドガー様!エドガー様!私は、私は、……あなた様の言いつけも守ることができず、使命も!ご家族様のお命も!!……それおろか、あなた様の遺言さえ守ることができませんでした……!!あああ、どうか、どうかお許しください!エドガー様ぁ!!」
ヴィクターの悲痛な叫びは屋敷中に響いた。アリスは耳を塞ぎたくなったが、体に魔力を流し込み霊体のヴィクターの悲痛な思いを受け止めるように彼を強く抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですから……ヴィクターさん……。」
「わああああ!!!」
「ヴィクターさん、大丈夫。エドガー様はあなたを誇りに思っています。あなたは彼の期待に応え、立派に役目を果たしましたよ。」
ヴィクターの涙は止まらなかったが、アリスの優しい言葉と抱擁に徐々に心が落ち着いていった。カイルもそばに寄り添い、無言でその場を支えた。
「ヴィクターさん、エドガー様の願いは豊穣の盃を相応しい人に継承し、あなたの忠誠心を次の主人に示すことです。あなたがエドガー様を思い続け、その願いを守りたいと思うなら、今からでも遅くない。きっと、あなたに相応しい主人を見つけられるはず。」
ヴィクターは涙を拭いながら、アリスの言葉に耳を傾けた。心の中でエドガーの遺言が響き渡り、彼の決意が新たに固まった。
「アリス様、カイル様……。ありがとうございます。私は、エドガー様の遺志を継ぎ、新たなる主人にこの身を捧げます。」
「ヴィクターさん、私たちと一緒に行きましょう!きっと新しい主人を見つけられますよ。あなたは誰よりも優秀な執事で、きっと誰よりも忠義を尽くした人ですから。」
「私の主人はもう決まっています。」
ヴィクターはアリスの言葉に深く心を打たれていた。そして、彼にはもう一切の迷いはなかった。エドガーの遺言を胸に、新たなる誓いを立てたのだ。アリスの前に片膝をついて深く頭を下げる。
「アリス様、私をあなた様の従者として迎えてください。あなたの剣となり、盾となり、この身この命全てを捧げましょう。どうか、私の忠義をあなた様に。」
アリスは突然のことに驚き慌てふためく。顔をあげてくださいという言葉にもヴィクターは微動だにせず、ただ只管跪いている。
「そして、お願いがあります。私に魂の誓いを交わさせてください。あなた様が死ぬ時、私も共に消滅するという強い契約を交わしていただきたいのです。あなた様にデメリットは一切ございません。私はゴーストとなり永遠の魂を手に入れました。ですがこの命、あなた様の為に捧げたいのです。この契約は通常の従者の契約と異なり、特別に強い効力を発揮し必ずやあなた様のお力になれるはずです。どうか、私の命をもう一度お役立てください。」
アリスには『魂の誓い』という儀式がよくわからなかった。でも彼が命を賭して自分に尽くそうとしていることだけはわかった。その言葉に戸惑っているとカイルが神妙な面持ちでヴィクターに告げる。
「待て、ヴィクター!そこまでする必要はないだろ。アリスを守るためになにも命をかけなくても……」
「私にはもうこの身以外かけられるものはございません。それに、この世に未練も、執着もありません。あとは消えゆくのみ……ならばこの命、せめてアリス様のために捧げたいのです。私の願いを聞き入れてはくださいませんか?」
アリスは悩みながらも、ヴィクターの決意の強さを感じ取った。そして、彼を従者に迎えることが彼自身の救いになるとも感じていた。彼女は深く息を吸い、大きな決断を下した。
「ヴィクターさん……あなたの決意を受け入れます。この契約はあなたのために、そして私たちの未来のために交わしましょう。」
ヴィクターは涙を浮かべながら頷いた。
「ありがとうございます、アリス様。私はあなたのために全てを捧げます。」
カイルは深いため息を漏らしながらアリスに耳打ちをした。
「お前、魂の誓いの意味知ってんのか?」
「今の説明でなんとなく……は。」
「今のヴィクターは永遠の命を持っている。その命を捨てて、お前と同じ時間……つまり寿命を共にして死ぬって覚悟を決めて申し出てるんだよ。生半可な気持ちで受けるな。無駄死にさせるだけだ。」
「…………」
アリスはこの契約が如何に重く、重要なことなのか改めて理解した。しかし彼女の決断は変わらない。
「うん、その上で私はヴィクターさんと契約を交わすよ。」
「そうか……」
カイルはそれ以上口は出さなかった。
アリスはヴィクターの手を取り、目を閉じて祈りを捧げた。彼女の指先から光が広がり、二人を包み込んだ。アリスの心に言葉が浮かび、彼女はそれを心のままに唱えた。
「これからあなたは、私の忠実なる従者、“ハッター”。私たちの魂は一つとなり、同じ時間を生きる。私に永遠の忠義を捧げると誓いなさい。」
「私の永遠の忠義を捧げます、我が君。」
ハッターを包み込んだ光が消えると、ハッターの服装が変わっていた。ボロボロだった燕尾服が新品同様になっており、シルクハットをかぶっている。長めのテールコートスタイルのジャケットには黒と白のストライプが施され、インナージャケットは白と黒のストライプという正反対なデザインになっていた。
ハッターとして生まれ変わったヴィクターは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、アリス様。これからあなた様を守り、永遠の忠義を捧げます。」
「まったく、なんて大げさな奴らだ。でも、これでいいんだな?」
アリスとハッターは微笑み合い深く頷いた。カイルもまたその光景を見守って小さく笑った。
三人は新たな絆で結ばれ、未来への希望を胸に抱き、再び暖かい火の前に戻った。彼らの冒険はまだ始まったばかりだったが、その先には希望の光が見えていた。




