第40話:夏の部屋の試練と冬の部屋
アリス、カイル、ヴィクターが夏の部屋に足を踏み入れると、強烈な太陽の光が降り注ぎ、温室の中は緑豊かな植物に囲まれていた。しかし、ほとんどの植物は萎れかけており、ヴィクターが言った通り、手入れが行き届いていないことが明らかだった。
「申し訳ございません。私一人ではこの屋敷の管理を行き届かせることは難しく……」
そう告げるヴィクターは自分を恥じているのか俯いて頭を下げた。
アリスは首を振って笑顔を見せ、カイルは気にしていない様子だった。
「仕方ありませんよ、これだけ広いお屋敷ですし……自分を責めないで、ヴィクターさん。」
「アリス様……ありがとうございます。」
ヴィクターはアリスの優しい言葉に罪の意識が和らぎ感謝の言葉を述べた。
「次の手掛かりは、太陽の光を使う仕掛けだと思う。」
アリスは部屋を見渡しながらつぶやいた。中央には大きな鏡が設置されているが、いくつもの小さな鏡が周囲に散らばっている。これらの鏡を使って、光を特定の場所に反射させなければならないが、順序や角度を誤れば、光が過剰に集中し、火事が起きる危険性があった。
カイルは鏡をあの手この手で動かしてみるが反応がない。焦りを隠せず、「どうしてうまくいかないんだ?」と苛立ちを口にする。
彼が鏡を動かすたびに、植物が焦げる臭いが部屋に広がる。
アリスも手ごたえが掴めない中、冷静さを取り戻しながら思考を巡らせた。
「ただ光を反射させるだけじゃない、きっと光の強度を調整しないと……」
彼女はネイルの魔法を試みるが、魔力の加減が難しく、再び植物が焦げるのを目の当たりにする。焦りと不安が募る中、アリスの胸にはセシルの言葉が蘇った。
『アリス、魔法はただ力を注げばいいというものではない。自然と調和する心が必要だ。』
アリスは一度鏡に手をかけるのを止め、深呼吸をした。太陽の光を感じ取り、自然との調和を意識しながら、鏡を優しく動かしていく。しかし、焦る心が邪魔をして、光の角度が微妙にずれてしまう。植物が焦げる前にもう一度冷静さを取り戻す必要があった。
『恐れずに信じなさい。自然はお前と一体だ。お前がそれを受け入れるなら、力は調和するだろう。』
セシルの声が心に響く。
アリスは目を閉じ、セシルの教えを再度思い出す。そして、深く深呼吸をすると恐怖と焦りを心から取り除き、自分自身を自然と一体にする感覚を呼び起こした。ゆっくりと息を吸い、太陽の光が肌に触れるのを感じながら、静かに鏡を動かす。今度は焦らず、太陽の光と魔力のバランスを取りながら光を導く。鏡がまるで自ら動いているかのように滑らかに調整されていき、植物が再び生き生きとし始めた。
カイルが驚きの声を上げる。
「すげぇ、アリス……これが調和の力ってやつか?」
アリスは微笑みながら頷くが、まだ油断はできない。光が中央の宝石に正確に当たるまで、完璧な集中を維持する必要がある。彼女の手が震えるたび、光の強度が微妙に揺れるが、アリスは心を落ち着け、光を正確に導くことに成功した。
ついに、光が部屋の奥にある宝石に集中し、温室の壁がゆっくりと開いていく。新たな通路が現れると同時に、部屋全体が柔らかな光で満たされ、植物たちが再び生き生きと輝き始めた。
「やった……アリス、すごいな!」
カイルが感嘆の声を上げる。
ヴィクターも深く頷き、「アリス様、あなたの冷静さと調和の精神がこの試練を克服したのです。まさにエドガー様の考えた試練に相応しい対応でした。」と褒め称えた。
アリスは胸に深い安堵を覚えながら、新たに開かれた通路に目を向けた。そして、自分の成長を感じながら、次の試練に向けて一歩を踏み出した。
アリス、カイル、ヴィクターの三人が冬の部屋に足を踏み入れると、冷たく凍えるような空気が彼らを包み込んだ。部屋全体が氷に覆われ、壁や天井には無数の氷の結晶が輝き、不気味に反射する青白い光が彼らの足元を照らしていた。中央には巨大な氷の彫刻が立ち、その中には何かが封じ込められている。
アリスが彫刻に近づき、氷の中に透明な鍵があるのを見つけた。
「この中に次の手掛かりがある……でも、急いで溶かせば全体が崩れて鍵が壊れてしまうかもしれない。」
彫像の中にはキラキラとした透明な鍵が見える。どうやらただ破壊すればいいというものでもないらしい。それはよく見るとガラスの様なものでできており、氷とよく馴染むように細工されていた。日の高い時間であったから見つけられただろう。どうやら太陽が味方をしてくれていたようだった。
ヴィクターが辺りを見渡して不思議そうに呟く。
「おかしいですね、順序通りなら秋の部屋にたどり着くはず……。エドガー様はご家族で過ごされる時間をとても大切にされていました。そのエドガー様が秋の収穫を祝う部屋を作らない訳はないのに……。」
カイルも同意するように告げた。
「確かに順番通りに進むなら次は秋の部屋で間違いはなさそうだよな。」
アリスは悩みながら「それも何かエドガー様の考えがあるのかもしれないよ。とりあえずこの氷を壊してみよう。」と提案した。
アリスは氷でできた彫刻に近づく。
「氷をゆっくり溶かさないといけないね。でも、急いで溶かしすぎると、彫刻全体が崩れてしまうかもしれない……そうしたら中に入っている鍵も壊れてしまうかも。」
アリスとカイルは二人がかりで氷を割り始めた。しかし分厚い氷の彫像はなかなか割れることはなく、カイルは小さくため息を漏らした。すると作業する手を止めてアリスを静止し離れる様に指示をした。
「こんな分厚い氷割れるかわかんねぇが、俺が試す。お前らはちょっと下がってろ。」
二人がかりで氷を割り始めたが、分厚い氷はビクともしない。カイルは苛立ちを押し殺しながら作業を続けるが、突然手を止め、炎を操ることを決意する。
「俺がやる。お前たちは下がっていろ」
カイルの体に炎が走り、彼の目の前の氷が一瞬で溶け始めたが、その勢いは制御できておらず辺りが火の海になってしまった。炎はまるでカイルの心の不安とシンクロするかのように暴れ、部屋全体が赤い炎に包まれる。カイルは必死に「収まれ……治れよ゛ぉぉお!」と叫ぶが、炎はさらに燃え上がり、彼の意識をのみ込もうとする。
アリスはその危機的状況を見て、すぐにカイルの前に立ち、冷静な声で彼を呼び戻す
アリスが急いで叫ぶ。
「カイル、やめて!このままじゃ鍵も壊れちゃう!」
しかし、カイルは炎を止められず、さらに燃え上がる自分自身の力に呑み込まれていく。彼の内なる不安が炎に反映され、制御不能な力が彼をのみ込みそうになる。「収まれ……収まれよぉ!」と必死に叫ぶカイルの声が苦悶に変わっていく。
ヴィクターは過去のインフェルナ族の恐怖が蘇り、怒りと恐怖が交錯する。
「貴様はまさか……あの忌まわしき“炎の悪魔”……!」
「お゛おお……ア゛リスぅぅッ!!」
なんとか火を止めようともがくカイル。しかしアリスは落ち着いた様子でカイルの前に立った。
ヴィクターの焦る声が響く。
「早く炎を収めてください!屋敷が燃えてしまう!」
「ヴィクターさん、落ち着いてください。カイル、聞こえる?」
アリスは優しくカイルに話しかける。カイルは小さく頷くと悲しげに炎を揺らした。
アリスはカイルに駆け寄り、彼を冷静に呼び戻す。
「カイル、私を見て!深呼吸して、私の魔法のネイルを思い出して!」
「ネイル゛ぅぅ……?」
「そう、あの日爪に塗ったよね?だから指先に集中して。深呼吸をして。」
「大丈夫、カイルならできるよ。」
アリスの声が彼の耳に届くと、カイルはなんとか指先に意識を集中させた。アリスの魔法が彼を包み、徐々に炎が鎮静化していく。カイルの体が元の姿に戻り始めた。
「私はあなたを信じているよ、カイルならできる……」
アリスのその言葉を耳にするとカイルは深く息を吐いて落ち着きを取り戻していった。アリスも共に強く指先に魔力をかけて念じる。アリスの魔法の光がカイルを包み、彼の炎は青く変わり、次第に穏やかに沈静化していく。カイルは呼吸を整え、やっとの思いで炎を鎮めた。今回はすっかり服は焼け落ち、ぼろぼろになってしまっていたが部屋にも被害は出ておらずカイルも自分自身の力で元の自分に戻れたことに興奮が冷めやらない様子だった。
カイルは荒い息を整えながら、喜びに満ちた表情でアリスに向き直る。
「やった、やったぞ!俺、自分の意思で戻って来れた!!」
「よかったね、カイル!」
アリスも安堵の表情を浮かべたが、その瞬間、部屋全体が不穏な音を立て始めた。氷の壁が崩れ始め、冷たい風が吹き荒れる。
「早く、この部屋を出るんだ!」カイルが叫び、アリスは手にした鍵を握りしめ、三人で急いで出口へと駆け出す。
部屋を脱出した瞬間、背後で大きな音を立てて氷の壁が崩れ落ちた。息を切らしながらも、アリスは鍵を見つめ、試練を乗り越えた達成感に包まれた。
「この鍵が次の手掛かりだよ!」
「やったな、今回は俺のおかげだな。」
「そうだね、凄かったよカイル!」
喜ぶ二人を他所にヴィクターは冷たい視線をカイルに向けていた。
「貴様……あの忌まわしき“炎の悪魔”だったのか……」
カイルはその視線に臆することなく胸を張った。
「ああ、そうだよ。俺はインフェルナ族の戦士カイル・インフェルナだ。俺のおかげで手がかりを手に入れられたんだから感謝してほしいもんだな。」
「お前をあの悪魔だと知っていたらこの屋敷になど踏み入らせるわけがないだろう!よくもこの私を騙したな!」
ヴィクターは怒りに震え空中にナイフを構える。その姿をみてアリスは二人の間に飛び込み、静止させるように手を広げる。
「ヴィクターさん、待って!カイルはインフェルナ族だけど自分で自分の炎を制御できるようになったんです!」
「あなた様は其奴を庇うのですか……さてはあなたも黒い魔女……?」
ヴィクターの目がぎらりと光る。明らかに殺意と敵意を剥き出しの瞳だ。アリスは一瞬おののいたが、小さく首を振ると自分の爪を見せた。
「私は魔女じゃない。確かに髪は黒いけど、私は魔法が使えないの。私が魔法を使うにはこうやって爪に特別な魔法のネイルを施してからじゃないとできない。」
ヴィクターは二人を怪しむ様に見つめる。
「それに、もし魔女だったとしても……炎の悪魔だったとしても、あなたと過ごしたのはアリスとカイルだよ。あなただってただの幽霊じゃない、ヴィクター・ホロウでしょう?」
その言葉にヴィクターはふと自分自身のことを振り返った。そもそも自分はもうすでに死んでいるゴーストで、実体もない。そんな自分を受け入れ、過去の話を聞いて自分の無念を晴らすために二人が協力していてくれることを思い出した。もう死んでしまった自分の為に……。
ヴィクターは取り出したナイフを全て消し去ると深々と頭を下げた。
「アリス様、カイル様。大変申し訳ございませんでした……そもそもお二人は私の為にこの屋敷の探索をしてくださっていることを忘れてしまいました……。申し訳ございません。実は……エリザベス様を殺した男はインフェルナ族だったのです。その時の恨みを思い出してしまい、取り乱してしまいました。」
ヴィクターは申し訳なさと共に炎に飲まれていく幼いエリザベスの姿を思い出し拳を震わせた。アリスは状況が分からずカイルの方を見る。カイルは小さくため息を漏らしながら自分達について語り始めた。
「俺たちインフェルナは傭兵として雇われることが多いんだ。戦争だったら炎の魔法が一番強いし、インフェルナの戦士は勇敢で無謀で破壊力では他の種族を圧倒する力を持っているからな。」
「そうだったんだ……。」
「ヴィクター、アンタが俺たち一族に恨みを持つのはわかるぜ。でも俺は18歳。お前の仇の何世代も後だ。それに多分、雇われた傭兵たちは皆その後殺されてるぜ。」
その言葉に驚いて二人はカイルの方を見つめる。
「インフェルナの炎は敵味方関係なしに全てを焼き尽くすからな。戦争で勝っても負けても、後で消される運命なんだ。だから俺たちは自分たちの正体を明かさずなるべく静かに暮らしたい。インフェルナって分かっただけで命の保証なんてどこにもないからな。」
そういうカイルの瞳には悲しさの欠片も感じられなかった。まるでそれが当たり前で、常識だとでも言いたげなように。至極真っ当なことを言っていように感じた。アリスはそれが悲しかった。アリスはそっとカイルの手を握る。
「私は、たとえこの旅が終わっても、カイルにはずっと生きててほしいよ。」
「……うっせぇな。お前とはどうせサンクトリアでお別れなんだよ。俺のことは気にすんな。」
そう言ってそっぽを向くカイル。アリスはどんな形ではあれカイルのことが知れてとても嬉しい気持ちになった。一方で敵意を剥き出してしまったヴィクターは罰が悪そうに俯いている。アリスはヴィクターを見上げて彼の方に魔力を込めて触れた。
「ヴィクターさんのお気持ちもわかります。それに私も黒髪がどんな扱いを受けるか、お師匠様から聞いて知っていましたから覚悟はできていました。だから、大丈夫ですよ。」
「本当に……申し訳ございません。幽霊である私を受け入れてくださったのはアリス様とカイル様でしたのに……。」
「人は未知のものを恐れます。それは、相手がどんなものでなんなのか分からないからであって、中身を知れば同じ心と血の通った生き物同士なんだって分かるはずです。私の知っている世界でも、差別はありました。それは肌の色が違うというだけの瑣末なもので、それだけで同じ人種族なのに優劣をつけ、蔑み……私はそれをとても愚かなことだと思っていました。私自身、住む国によって他国から差別を受けたこともあります。だから、私を理解しようと、信じようとしてくれるカイルやヴィクターさんはそれだけで本当に偉いと思います。私は十分嬉しいですよ。」
「アリス様……」
アリスの寛大な心に触れたヴィクターは自分の愚かさを恥じて顔を上げられずにいた。こんなにも寛大に受け入れてくれる方に、自分は考えもなしにナイフを抜いた。それは本来であれば許されることではないし、執事として客人に行う無礼でも度し難いものだった。
しかし、その沈黙を破ったのはカイルだった。
「俺は許さねーからな。」
カイルの言葉にアリスは振り返り彼を静止しようとする。しかし、その手をヴィクターが止める。カイルは続けた。
「幽霊なんぞに悪魔呼ばわりされたかねーっての!お前の方がよっぽど悪魔側だろうが!大体、ナイトフォール出身で闇の魔法の適性があるとかいってたよな?ますますお前の方が悪魔じゃねーか!俺は火の魔法の適性があって立派に戦士だ!お前なんかに悪魔扱いされて堪るかってんだ。ぜってー許さねーからな!」
カイルのその言葉にヴィクターは小さく微笑むと深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。そのまま永遠に私を許さないでください。」
「当たり前だろ!なんなら死んでても許してやんねーよ!幽霊だとか関係ねぇ!分かったらさっさとヒントを探すぞ。」
不器用ながらもカイルのお陰で和やかな雰囲気が帰ってきたのだった。




