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第39話:春の部屋の試練

アリスとカイルはヴィクターに案内されるまま、食堂へと向かった。そこにはヴィクターが用意した豊かな朝食が並んでいた。


「おはようございます、お二人とも。朝食をお持ちするところでしたが……冷めないうちにどうぞ、お召し上がりください。」


アリスとカイルは席に着き、朝食を楽しみながら今日の計画を話し合った。

「今日はまずどこから探し始めようか?」


ヴィクターは地図を広げ、屋敷の構造を説明し始めた。

「この屋敷には隠された“季節の部屋”というものがあります。まずは四季を象った“季節の部屋”から探索を始めましょう。エドガー様が特にお気に入りだった部屋であり、この部屋は私たち使用人の中でも一部の人間しか入ることが許されていない場所です。春、夏、秋、冬の部屋にはそれぞれ何かしらのヒントが隠されているはずです。」


「それなら春の部屋から始めるのがいいんじゃないか?どこにあるんだ?」

ヴィクターは地図を指し示しながら答えた。


「春の部屋はこの屋敷の東側にあります。美しい花々と新緑が広がる庭に面している部屋です。まずはそこに向かいましょうか。」


「おう!」

焼きたてのパンを頬張りながらカイルは意気揚々と返事をする。その姿に困ったとばかりに眉を顰め額に手を当てるとヴィクターは低く呟いた。


「カイル様、差し出がましい様で大変恐縮ではございますが、口に食べ物が入っている時に会話をしてはなりません。」

しかしその注意もカイルは他人事の様で全く聞いていない。一方のアリスはパンを一口大にちぎり、ゆっくりと口に運んでいる。誰が教えたわけでもなくテーブルマナーを知っているその様にヴィクターは痛く感動しアリスの方に手を向ける。


「ご覧ください、カイル様。あのようにパンは一口大にちぎり少しずつ食べるのがマナーです。さすがアリス様でございます。あなた様のどこか気品ある所作やお優しいお心はまさに高貴なお家のお生まれのご様子。私の知識が及ばぬばかりに存じ上げぬのが大変お恥ずかしいお話ではございますが、きっと名の知れた貴族のご令嬢なのでしょう!」

カイルへの説教が始まったかと思えば、過剰なまでの賛美を受けてアリスは固まった。確かに社会人として一通りのテーブルマナーは心得ているが貴族の出どころか一般庶民のどちらかといえば貧困層の家の出の上に、片親の家庭であまりいい思い出のない家の出生だったからだ。

何となくヴィクターの描くお嬢様像を壊すのも忍びなくてアリスは笑って誤魔化した。実際は焼きたてのパンが熱かったので小さく千切って冷ましながら食べていただけとはとても言えなかった。



 三人は朝食を済ませた後話し合いの末、春の部屋へと向かった。

ヴィクターの案内で広大な屋敷の中を進み、ついに春の部屋にたどり着いた。扉を開けると、庭には色とりどりの花が咲き誇り、窓からは爽やかな風が吹き込んできた。

部屋は美しい花々と新緑に囲まれているが、部屋の奥にある壁の一部が異様に古びていることに気付く。近づくと、そこにはかすかに刻まれた文字のようなものがあった。


「この文字、読めるか?」カイルが尋ねる。


アリスは顔をしかめ、文字を凝視する。

「これ、古代エルフ語だと思う。私が学んだことのある言語だけど、かなり劣化していて、判読が難しい……。」


カイルとヴィクターは驚いた顔をしてアリスの方に視線を向ける。

「アリス様は古代エルフ語がわかるのですか?あの失われた言語と言われた古の時代のエルフ語を……?」


アリスはその言葉に顔をあげると二人に説明した。

「ええ。私の先生はエルフ族だったから、古代エルフ語を日常的に使っていたんだ。だから言葉の読み書きを教えてもらっていたの。」


「すげぇな……今じゃあ読めるのは何千年も生きたエルフだけだって聞くぜ?お前本当にあの“白い魔女”の弟子だったんだな……。」

その言葉にカイルは驚くと同時に本当にアリスがあのセシル・エルサリス・ド=エルフィンの弟子だということを確信した。


アリスはやや困ったような照れたような笑みを浮かべながら答えた。

「えへへ……先生がどう呼ばれていたのかは詳しくは知らないけれど、先生は私に魔法も生きる術も教えてくれた。本当に大事な人なんだ。」


そう言ってアリスは再び文字を解読しようとするが、魔法によって書かれた文字は普通の方法では読めない。彼女は試行錯誤を繰り返すも、なかなか進展がない。

一方カイルとヴィクターも何か手がかりを探そうとするが部屋は妖精たちが魔法をかけているせいか、何かしようとする度にイタズラで妨害されてしまう。


カイルが苛立った様子で告げる。

「ああ、もうじれったいな!妖精たちが邪魔だ!」


ヴィクターが告げる。

「おそらくこの妖精たちが罠の役割をしているのでしょう。私たちを妨害するのが彼らの使命のように感じます。」


アリスも邪魔をしてくる妖精たちを振り払うように手をかかげていたが、壁に手をついてしまった。

すると文字が柔らかく光り、文字が浮かび上がってきた。


アリスは自分の爪に触れ、魔法のネイルを思い出す。

「もしかして……」


彼女はネイルに魔力を込め、文字に手をかざす。すると、劣化していた文字が浮かび上がり、鮮明に読み取れるようになる。

「ここに書かれているのは、『命の芽吹きを祝え』。次の手掛かりは花の中にあるって。」


ヴィクターが驚きながら言う。

「アリス様、さすがです。これは古代エルフの言葉、その上に魔法がかけられていたとは……」


アリスは微笑みながら、部屋の中央にある花壇に目を向ける。

「ここに何かがあるはず。」


アリス、カイル、ヴィクターの三人は、春の部屋の花壇に立ち、アリスが解読した「命の芽吹きを祝え」というメッセージに従って次の手掛かりを探していた。

部屋の中央にある花壇は、まばゆいばかりの花々で覆われ、どれも見た目は美しいが、その中には危険な罠が潜んでいることがアリスには感じ取れた。


「これ、全部安全なわけじゃない気がする……」

アリスは警戒しながら花壇に目を凝らした。


「でもどうやって見分けるんだ?どれも同じに見えるぞ。」

カイルが言うと、ヴィクターも頷いた。


アリスは思案するように指を口元に当てた後、自分の爪を見つめた。そして何かを思い出したように、手をかざし、魔力を込めた。

「古代エルフの『選別の魔法』、先生が教えてくれた方法で……」


アリスが呪文を唱えると、彼女の爪から淡い光が発せられ、それが花壇全体に広がっていく。

すると、幾つかの花が青く輝き始めた。

「これだ。この青く光っている花だけが安全なの。」


カイルがその光景に目を見張る。

「よくやった、アリス!さすがだな。」


アリスは慎重に光る花を摘み取った。

その瞬間、花びらがふわりと開き、古代エルフ語で書かれたメッセージが現れる。

「『真の命を育む者のみ、次の鍵を得る』……これは植物を育てる試練ね。」


「育てる?どうやって?」

カイルが首をかしげる。


「本来なら地道に開花を待つべきなのかもしれないけど、セシル先生に教わった『成長の加速』を使えば……でも、失敗したら花が枯れちゃうかもしれない……。」


カイルはアリスの肩を叩いて勇気づけるように告げた。

「失敗した時はまた別の方法を考えよう。まずはその魔法を試してみようぜ。」


アリス励まされ頷くと慎重に指先から魔力を送り込み、花に成長の魔法をかける。

すると、花が徐々に成長し始め、青い光がさらに強くなった。


「すごい、アリス!ちゃんと育ってるぞ!」

カイルが興奮気味に言った。


アリスは安堵の笑みを浮かべたが、突然、花が激しく揺れ始めた。青い光が不安定になり、まるで花自体が魔法に抗っているかのようだった。


「だめ……魔力が……」

アリスの額に汗が浮かび、魔力が乱れているのを感じた。彼女の手から放たれる光が一瞬途切れ、花が枯れかける。花びらが萎んでいき、今にも死んでしまいそうだった。


「このままじゃ……!!」

アリスは焦りで手が震え始める。失敗すれば、ここまでの努力が無駄になる。彼女は呼吸を整えようとしたが、魔力がうまく流れない。心の中で焦りと恐怖が膨らんでいく。


「アリス、落ち着け!大丈夫だ!」

カイルの声が遠くで響く。


その瞬間、アリスは深呼吸し、自分の内にある魔力をもう一度しっかりと感じ取った。

セシルの教えを思い出し、恐怖を押し殺し、神経を研ぎ澄ませ、魔力を安定させることに深く集中した。

カイルやヴィクターたちの声が遠くに聞こえるほど、アリスは真剣に魔法に意識を集中させた。


「お願い、もう一度……!」

彼女の指先から、再び穏やかな光が放たれ、花に優しく流れ込んでいった。今度は光が安定し、花が再び生き生きと成長を始めた。


ヴィクターが心配そうに声をかける。

「アリス様、どうかご無理はなさらないでください!」


「大丈夫……大丈夫だから……」

アリスは冷静を装いつつも、内心では失敗の恐怖と戦っていた。

だが、セシルから学んだ技術と、自分の成長を信じて、慎重に魔力をコントロールし続ける。


その瞬間、アリスの心にセシルの厳しくも温かい声が蘇る。

『アリス、魔法とは心の鏡だ。お前が恐れれば、魔力も揺らぐ。自分を信じるのだ、恐怖はお前の敵だ。』


彼女は呼吸を整えようとしたが、焦りと恐怖が膨らみ、魔力がうまく流れない。

(先生……どうすれば……)

アリスの内側で不安が渦巻く。


しかし、セシルのもう一つの言葉が頭に浮かんだ。

『アリス、困難に直面した時こそ、立ち止まって自分の力を信じるんだ。お前にはそれができる。』


アリスは目を閉じ、深呼吸をした。焦りを抑え、内にある静かな力を感じ取る。

「私はできる……先生は私を信じてくれた。私も自分を信じなきゃ……」


再び目を開けたアリスは、冷静さを取り戻し、ゆっくりと魔力を再調整した。今度は恐怖を押し殺し、内なる力を信じる心で、光が安定し、花が再び成長を始めた。


ついに、花は完全に成長し、美しい青い光を放ちながら、中央が大きく開いていった。その中から、次の部屋“夏の部屋”への鍵がゆっくりと現れた。


「やった……やったよ……先生、ありがとう……!」

アリスは息をつきながら鍵を手に取った。


しかし、その瞬間、部屋全体の花が一斉に枯れ果て、闇に包まれる。

不穏な空気に三人は息を飲んだ。妖精たちも先ほどのきゃっきゃとした楽しげなぎやかさはなく、今はけたたましい笑い声をあげている。


ここにいるのは危険だと判断するとアリスは声をあげた。

「早く、次の部屋へ!」アリスは急いで二人を促し、次の部屋へと向かう。

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