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第38話:幽霊執事の悲しき過去

 三人は食事を終えると、食後のハーブティーを飲みながら暖炉の前でくつろいでいた。ヴィクターは実体化することができるようになったため、暖炉の火の暖かさも感じることができた。


「ああ、暖炉の火というはこんなにも暖かいものだったのですね……これもアリス様のネイルのおかげです。ありがとうございます。」


「えへへ、どういたしまして。……あの、ヴィクターさん。あなたの過去の話を聞かせてくれませんか?このお屋敷でどのような日々を過ごしていたのか、どんな仲間がいたのか……そしてこのお屋敷で何が起きたのかについて知りたいのです。もし、お話してくださるなら……お願いできませんか?」

ヴィクターは一瞬考え込むように口を閉ざした。彼にとってこの屋敷は喜びと悲しみでいっぱいだった。誰かにこの話を語ったことはなかったが、ヴィクターはアリスの真摯な思いと優しさに真実を語る決心をした。


ヴィクターは昔を思い出すように目を閉じた。

「この屋敷はかつて、ホーンティング家の繁栄の象徴でした。エドガー様とその妻エミリア様、そして愛らしい娘のエリザベス様がここで幸せに暮らしておられました。私は孤児で、幼い頃にエドガー様に拾われ、この屋敷で執事として育てられました。」


アリスとカイルは静かに耳を傾けていた。

「エドガー様は私にとって恩人であり、父親のような存在でした。彼は私を信頼し、屋敷の管理を任せてくれました。エミリア様は優しく、エリザベス様は天真爛漫で、いつも屋敷を明るくしてくれました。使用人たちも多く、屋敷はいつも活気に満ちていました。」


ヴィクターは一息つき、さらに深く話を続けた。

「私は幼少期、路上で孤独と飢えに苦しんでいる孤児でした。ある日、そんな私をエドガー様が見つけ、拾って下さったのです。彼は私に新しい生活を与えてくれました。エドガー様は自ら私に剣術や文字の読み書きから、上流階級のマナーまで教えてくださいました。私がまだ文字の読み書きができなかった頃、エミリア様は私に本を読み、勉学の楽しさを教えてくださいました。そして、初めて自ら本を手に取った時の喜びや、正しいテーブルマナーを身につけるまでの苦労を今でも鮮明に覚えています。」


アリスは興味深そうに聞いていた。

「エドガー様もそのご家族も、本当に優しい方だったんですね。」


ヴィクターは微笑んだ。

「ええ、彼は私をただの使用人や奴隷としてではなく、一人の人間として尊重してくださいました。ご主人様たちの熱心な教育と信頼のおかげで、私はこの屋敷の執事長にまで上り詰めることができました。執事長としての責任は重かったですが、エドガー様の信頼に応えるために全力を尽くしました。屋敷の管理から客人の対応、新人の教育まで、すべてが私の役割でした。毎日が忙しく、大変でしたが、私はとても幸せでした……。」


カイルが尋ねた。

「他の使用人たちはどんな奴らだったんだ?」


ヴィクターは懐かしそうに目を細めた。

「使用人たちはみんな仲間であり、家族同然でした。キッチンのシェフはいつも美味しいまかないを作ってくれ、メイドたちは屋敷を常に清潔に保ってくれていました。特に親しかったのは庭師のジョンで、彼とはよく庭の手入れをしながら話をしました。エミリア様が大好きだったローゼリア(薔薇)の手入れはとても大変でしたが、手間と暇をかけた分美しく咲き誇り、春はエミリア様がその庭でよくティーパーティーを楽しまれていました。ホーンティング家の皆様と使用人たちが一緒になって、ここでの生活はまるで一つの大きな家族のようでした。」


楽しげに過去の思い出を語っていたヴィクターだったが、彼の表情が一瞬にして悲しみに染まった。

「そんな暮らしの中……ある日突然、ノーザン王国からの侵略が始まりました。彼らはホーンティング家に代々伝わる、“豊穣の盃”という秘宝を狙っていました。この杯は土地を豊かにし、農作物を豊富に実らせる力を持っていました。ノーザン王国は長い間、大飢饉に苦しんでおり、この杯を手に入れることで国を救おうとしていたのです。またホーンティング家はハーランド王国で繁栄し、王族に次ぐ地位についていました。それを妬んだ貴族たちがノーザン王国と手を組み、ホーンティング家を襲撃したのです。」


アリスは真剣な表情でヴィクターに尋ねた。

「その時、ホーンティング家に何が起こったのですか?」


ヴィクターは深いため息をつき続けた。

「ノーザン王国は直接攻撃するだけでなく、内通者を使って内部からもホーンティング家を崩壊させる計画を立てていました。ノーザン王国の王は長い間、ホーンティング家が持つ豊穣の盃に目をつけており、これを手に入れるために多くの財源を投資していましたから……どんな手を使っても手に入れたかったのでしょう。彼らはホーンティング家に近い貴族たちに接触し、豊かな報酬や地位を約束することでご主人様を裏切らせたのです。」


カイルが驚いたように口を開いた。

「それで、内通者たちがホーンティング家を裏切ったのか?」


ヴィクターは頷いた。

「そうです。ホーンティング家の繁栄を妬む一部の貴族たちは、ノーザン王国の陰謀に加担しました。彼らはホーンティング家の防御を弱め、敵が容易に侵入できるように計画を立てました。やがて複数の貴族とノーザン王国の兵、そしてホーンティング家が戦争となる状態に至りました。」


そう語るヴィクターの表情は暗く沈んでいた。

「エドガー様が戦地に向かわれる時、私も同行を願い出たのですが、エドガー様は私に『この屋敷と家族を守れ』とご命令され、ご出立なされました。彼は戦場へ赴き、私は屋敷でエミリア様とエリザベス様を守ることを固く誓いました。」


ヴィクターは当時を思い出しながら説明するがその声は震え、瞳には涙が浮かんでいた。ヴィクターは当時の状況を思い浮かべ、声を詰まらせながら続けた。

「しかし、敵の攻撃は激しく、一部の家臣たちの裏切りによりエドガー様はその命を奪われてしまい、ホーンティング家は敗北しました。彼の勇敢な姿を目にすることもできず、彼の最期の瞬間も共に過ごせなかった無念が、今も私の胸を締め付けます。……せめてお側にいれば、何かできたかもしれないと思うと……自分を許せず、憎しみに飲まれそうになります。」


アリスとカイルは静かに耳を傾けていた。

「やがて屋敷まで侵攻してきた兵士達を相手に、私と残ったわずかな家臣で必死に戦いました。エミリア様とエリザベス様を守るために……何としても侵入を防ごうとしましたが……私たちの力では及ばず……彼女たちは私の目の前で無惨にも殺されてしまいました。幼いエリザベス様も……」


ヴィクターは目を閉じ、涙をこらえるように拳を握り締めた。

「あの時の光景が、今でも鮮明に脳裏に焼き付いて離れません。エリザベス様の恐怖に満ちた顔、エミリア様の悲痛な叫び声……焼かれる屋敷と、死んでいく仲間たちに、消えない断末魔……。私は最期の瞬間まで必死に剣を振い続けましたが、私もその最中に命を落としました。いつ死んだのか分からないくらい、一瞬の出来事でした。気がついた時には何もかも終わった後で……私は肉体を失い、そして生きる意味の全てを失いました。エドガー様を……ご家族様を……彼らを守りきれなかった無力感と罪悪感が、今も私をこの屋敷に縛り続けているのです。」


アリスの目にも涙が浮かんでいた。彼女は強く念じながら霊体であるヴィクターの手をそっと握ると、深い悲しみと自分の気持ちを伝えた。ヴィクターは自分の体に触れられたことにも驚いたが、自分の話で本気で悲しんでくれるアリスの姿に心を打たれていた。

「ヴィクターさん……本当に辛かったでしょうね。あなたがどれほど家族を守りたかったのか、その思いが痛いほど……伝わってきます。」


アリスはぼろぼろと涙を溢しながらも必死に堪えているのか、声を震わせながらそう呟いた。ヴィクターは涙を拭い、少し寂しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます、アリス様。こんな私のお話を聞いて下さって……あなたのおかげで、少しだけ心が軽くなった気がします。」


アリスは決意を新たにし、ヴィクターの手をしっかりと握り締めた。

「ヴィクターさん、私たちと一緒に豊穣の盃を見つけましょう。そして、この地を再び繁栄させましょう。」


ヴィクターはその言葉に大きく目を見開いた。すでに滅亡し、繁栄など考えもしなかったため、その言葉に心底驚かされた。しかし、その言葉を心のどこかでずっと待ち望んでいたのか、ヴィクターは感謝の気持ちと希望に満ちた眼差しでアリスを見つめ、静かに頷いた。

「はい、アリス様。共に参りましょう。豊穣の盃は今もこの屋敷で安置されているはずです。エドガー様は用心深く、謎解きが大好きなお方でしたから……きっと盃はこの屋敷のどこかに隠されているはずです。」


「……まぁ、俺も付き合ってやらないこともないぜ。飯も美味かったしな。」

すっかり会話に入りきれなかったカイルが漸く口をひらく。気まずそうなその様子にアリスもヴィクターも小さく笑うとヴィクターが立ち上がった。


「今夜はもう遅いですし、先にお休みになられてください。明日、豊穣の盃を探すために私もお供させていただきます。それではお部屋にご案内いたしますのでどうぞ私についてきてください。」



 ヴィクターは燭台を手にすると廊下を照らしながら屋敷の中をゆらゆらと進んでいった。アリスとカイルは彼の後を静かに追い、広い屋敷の中を進んでいった。古い絨毯や壁にかけられた絵画が、かつての栄光を物語っているようだった。


幽体のヴィクターの姿はうっすら透けており荒廃した屋敷の中はまるでお化け屋敷そのもの。その様子に怯えているのかカイルが口を開く。


「お前さ、なんかそう薄っすら透けるのやめねぇ?もうちょっとはっきり姿出して廊下をちゃんと歩いてくれよ。幽霊に案内されてるみたいでなんか気味が悪ぃんだよ。」


「おや、私はとっくに死んでおりますが。」


「だからその笑っていいか微妙なゴーストジョークやめろ。」


ヴィクターは笑顔でそう答えるが、カイルが不機嫌そうな顔でヴィクターの背中を睨みつけていた。そんな二人の様子を微笑ましく見ていたアリスだったが屋敷を見渡しながら質問を投げかけた。

「ヴィクターさん、この屋敷の中にはどれほどの部屋があるのですか?」


ヴィクターは一瞬考え込んだ後、答えた。

「正確な数は覚えておりませんが、およそ50室ほどあります。エドガー様がこの屋敷を建てた際、豊かな暮らしと多くの使用人を抱えることを見越して広々とした設計にされたのです。」


「50室もあんのか…。それだけの部屋があれば、隠し部屋や秘密の通路もたくさんありそうだな。」

ヴィクターは微笑み、頷いた。


「はい、エドガー様は謎解きと秘密の通路を作るのが大好きでした。この屋敷にはいくつもの隠し部屋と秘密の通路が存在します。それらが私たちが豊穣の盃を見つける鍵となるでしょう。」


三人はさらに進み、やがて二つの広々とした客室にたどり着いた。ヴィクターはドアを開けて中を見せた。

「こちらが今夜お休みいただくお部屋です。必要なものがあれば何なりとお申し付けください。明朝には朝食をお持ちいたします。」


「何から何までありがとうございます、ヴィクターさん。ヴィクターさんもちゃんと休んでくださいね。」


「そのお優しいお言葉、大変痛み入ります。しかし執事ですのでこれくらいのことは何てことはありません。仕えることこそ私の至高の喜びですから……ご遠慮なさらず何かあればベルを鳴らしてください。では……」

アリスは深い感謝の意を表し、それぞれの部屋に入った。ヴィクターはその場からすうっと幽霊のごとく消えると、カイルはその様子を不思議そうに見つつアリスを追いかけて部屋にやってきた。


「カイル?どうしたの?」

カイルは無言のまま、ベッドサイドテーブルに置かれているベルを握るとチリリーンと音を鳴らした。すると数秒もしないうちに壁からにゅっと満面の笑顔のヴィクターが現れた。その様子に驚いたカイルはベルを投げて思わず尻餅をついてしまった。


「どわぁ!?」


「何か御用でしょうか、アリス様!…………カイル様、大丈夫ですか?」

アリスから呼び出されたと思ったヴィクターは尻尾を振った犬のようにわくわくとした様子で命令を待っていたが、盛大に尻餅をついたカイルを見て若干哀れみの含んだ眼差しで見下ろしている。


「あ、ヴィクターさん。ごめんなさい、カイルがなんかベルを鳴らしちゃって……特に用事はないんです。」

その言葉にショックを受けたようなヴィクターはがっくりと肩を落とした。と、同時に幽霊らしい恐ろしい形相になるとカイルの方に顔をぬっと近付けた。


「カイル様、ご用があればどうぞいつでも何処でもお呼びつけてくださって結構ですが、ここはアリス様のお部屋でございます。カイル様のお部屋はあちらです。迷子になられてしまいましたか?私めがご案内いたしましょう……。」

ニタァと恐ろしい笑みを浮かべるヴィクター。カイルの体が空中に浮かぶとそのまま強制的に部屋から連れ出される形となった。


「わぁぁあ!悪かったって!いい!いい!自分の足で歩けるから!!降ろせって!!」


「それではアリス様、お休みなさいませ。よい悪夢を。」


「はい、おやすみなさい。カイルもおやすみね。」


「お前この状況でよくおやすみなんて言ってられるな!?俺を助け」


バタン


扉は誰に触れられるわけでもなく勝手に締まり、隣の部屋からはカイルの叫び声が聞こえてきた。しかしアリスはあまり深く考えずベッドに入るとそのまま翌朝までぐっすりと眠りについた。



 翌朝、アリスは明るい朝日で目を覚ました。窓の外を見ると、昨夜の嵐が嘘のように静かで穏やかな朝が広がっていた。アリスは軽く伸びをしながら、昨日の出来事を思い返した。ヴィクターの悲しい過去、豊穣の盃、そしてカイルの驚きよう。全てが新しい冒険の始まりを予感させるものであった。


アリスが身支度を整えて部屋を出ると、廊下にはヴィクターが待っていた。彼は完璧な姿勢で立っており、アリスが出てくるのを待っていたようだった。


「おはようございます、アリス様。良いお目覚めでしょうか?」


「おはようございます、ヴィクターさん。とても良い朝です。ありがとうございます。」


その時、隣の部屋からカイルが寝ぼけた顔で出てきた。彼はまだ少しぼんやりしているようで、昨夜の出来事を完全には消化しきれていない様子だった。


「おはよう、カイル。ちゃんと眠れた?」


「お、おう……まぁ、なんとか……」

カイルはまだ少し不機嫌そうだったが、すぐに自分の態度を正した。彼はヴィクターに向かって一礼し、感謝の意を表した。


「ヴィクター、昨日はありがとうな。色々と驚かされたけど、おかげで久しぶりにちゃんと休めたぜ。」


ヴィクターは微笑み、静かに頷いた。

「お役に立てて何よりです。それでは、朝食の準備が整っておりますので、ダイニングルームへご案内いたします。」


三人は広い屋敷の中を歩きながら、これからの計画について話し合った。

豊穣の盃を探すための冒険が、今まさに始まろうとしていた。アリスは希望と興奮を胸に秘め、カイルは新たな決意で臨むことを誓い、ヴィクターは長い間忘れていた生きる意味を再び見出したのだった。

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