第35話:白い魔女と呼ばれた魔法使い
何もない森や平原を果てしなく歩き続ける二人。カイルはふと気になってアリスに声をかけた。
「なぁ、お前。俺と同じくらいの歳だろ。いくつだ?」
「えっと私?前は27歳だったけど……」
「前?ん?どう見ても16かそこらのガキンチョだろうが。」
「16!?えへへ、そんなに若く見えるかなぁ。」
アリスは照れながら後ろ頭を掻いた。その様子に怪訝そうな顔をしてカイルは続ける。
「なんで嬉しそうなんだよ……。」
「えへへ、だって若く見られたら嬉しいじゃない。カイルはいくつなの?」
「俺は18だ。今年で成人したから村を出た。」
「へぇ、インフェルナ族は18歳で成人と見なされるんだね。」
「正しくは18になった時に戦士としての試験を受けて合格すれば成人として認められる。そうじゃない場合は成人になるのが19や20になることもあるんだ。」
「そっかぁ、色々な文化があって面白いね。そういえばカイルはどうしてサンクトリアを目指しているの?」
「……あそこは……亜人や他の種族に差別されているような連中が集まる町だから……俺でも受け入れてもらえるかなって……。」
アリスはその言葉に少し考え込んだ。どうやらこの世界での種族間の差別というものは自分が思うほど単純な話ではない様だ。アリスはデリケートな話題だと分かりつつも慎重に言葉を選んでカイルに話しかけた。
「……他の町にいったことは?」
「あるよ。インフェルナだってバレなければそこそこに上手くもやれたし、もう少しで王国騎士団に入団できるチャンスだったんだ。でも……」
カイルは暗い顔をし悔しげに歯を食いしばった。アリスはその様子を黙って見つめながらカイルの言葉を待った。
「騎士団の入団試験の時に俺の成績は上位だった。その時に他の人間たちにハメられて……俺、キレちまって……そこで人体発火をしちまってさ……インフェルナだって分かった途端、その国を追放されたんだ。村に帰ることも考えたんだが、入団試験に落ちた上に落ちぶれて帰るってのも仲間に合わせる顔もなくてさ。行く当てもなかったから風の噂に聞いた差別された者たちの町……“サンクトリア”を目指そうって決めたんだ。」
「そうか……そんなことがあったんだね。」
カイルの過去に触れてアリスは少し考えた。
彼も道中たくさん辛い思いをしてきたのだろう。自分を簡単に信じられないのは仕方がないと。それと同時に彼の諦めない精神に尊敬の念を抱いていた。
「お前はなんでサンクトリアを目指してんだよ。」
「えっと……一番近い町だったから、かな。」
「一番近い?お前どこからきたんだ。」
「私は禁忌の森からだよ。」
「禁忌の森!?」
カイルの大きな声が森に響き渡り、鳥たちが驚いて飛び立った。アリスはカイルの驚きの声に驚いて心臓が止まるかと思った。
「あそこは人間どころかエルフですら近付かない恐ろしい場所なんだぞ!?だからこそ禁忌の森って言われてんのに……お前そこで本当に暮らしていたのか?」
「う、うん……私一人じゃなかったけど……魔法使いの先生がそこにいてね。私に生き方や魔法の知識を授けてくださったんだ。だから今日までなんとか生きてこられたんだよね。」
「それってもしかして、銀髪のエルフか?」
「あ、うん、そうだよ。カイルも先生を知ってるの?」
「いやいや、嘘だろ。禁忌の森に住む銀髪のエルフっていったらあの伝説の白い魔女……大魔法使いセシル・エルサリス・ド=エルフィンのことか……?」
「先生のフルネームってそんなに長かったんだ。確かに昔は偉大な魔法使いを何人も世に送り出してたって言ってたけど……」
「おいおい、冗談だろ!あの白い魔女の弟子なのかお前!?流石にそりゃあハッタリにも程があるぜ。」
カイルはアリスの話を信じなかった。それもそのはず。
セシル・エルサリス・ド=エルフィンと言えば古代のエルフ族の大魔法使いとして広く恐れられ、その名は伝説と共に語り継がれてきた。彼女の魔力は計り知れず、その知識と知恵はエルフ族の中でも特に尊敬され崇められてきた存在。
セシルの魔力は他のエルフを遥かに凌駕し、強力な攻撃魔法や防御魔法を自在に操ることができ、魔法や歴史、自然についての深い知識を持ち、エルフの大賢者としても知られている。彼女の存在は圧倒的であり、言葉を発するだけで人々を魅了し、畏怖させる力を持っていた程、恐れ敬われた偉大なる伝説の魔法使いであった。
「一説によればセシル・エルサリス・ド=エルフィンはこの世の全ての魔法を習得し操ることができるとさえ言われていたんだ……それに、白い魔女はもう1000年もの間、弟子をとっていないって話だ。第一、その大魔法使い様でもあの森で一人で何千年も暮らせるわけがない。」
「先生ってそんなに歳をいってたの!?へえー……もっと美容の秘訣とか聞いておけばよかった……。」
惜しむところはそこなのか?とカイルは心の中でつぶやいた。
しかしアリスがセシルの弟子であることを偽って得をすることもなければ、わざわざ禁忌の森からきたという話をでっちあげる必要があるのか疑問に思った。単純に距離だけで考えれば禁忌の森から最も近い町はサンクトリアで間違いないし、アリスの卓越した魔法を目にしたカイルにはその話がどうも嘘には感じられなかった。
「お前……本当にあの白い魔女の弟子なのか?」
「うん。ちゃんと弟子として認めてくれてたよ。たくさんのことを教えてくれたし、このローブや鞄も先生からもらったものなんだ。」
ローブや鞄をよく見ると、確かにエルフの伝統的なレリーフや刺繍が施されている。
それも今どきのエルフが作るようなデザインではなく、古代のエルフが好みそうなものだ。
カイルは冷や汗をかきつつも、アリスが本当に白い魔女の弟子なら、その力を信じてもいいのかもしれないと考え始めた。
「そ、そうか……。じゃあお前、本当にあの伝説の白い魔女の弟子なんだな……。」
「うん。先生はとても優しくて、強い魔法使いだったよ。でも、そんなにすごい魔法使いだなんて知らなかったよ。」
カイルはしばらく黙って歩きながら、心の中でその情報を消化しようとしていた。もしアリスが本当に白い魔女の弟子なら、彼女の力を信じてもいいのかもしれない。しかし、完全に信じるにはまだ時間がかかる。
「じゃあ、お前のその魔法のネイルも先生から教わったのか?」
「そうだよ。先生と一緒に魔法のネイルを作ったり研究したんだ。それに私に魔法の基礎も教えてくれたの。最初は単なる装飾のつもりだったけど、先生が魔法の力があることに気づいてくれたんだ。」
「ネイルの魔法か……。不思議なもんだな。そんなの聞いたことも見たこともないぞ。」
アリスは微笑みながら、カイルに手を差し出した。
「見て、これがムーンリリーネイル。月夜の力を借りて、魔法の効果が増すんだ。」
カイルは興味深げにアリスの爪を見つめた。青い輝きが微かに光り、魔法の力を感じさせた。
「すごいな……。お前のネイルがそんなに強い魔法を持っているなんて。」
「ありがとう。カイルも、自分の力を恐れないで。感情が昂ぶると体が燃えてしまうって言ってたけど、きっとその力をうまくコントロールできるようになるよ。」
カイルは少し笑って頷いた。
「お前がそう言ってくれると、少しは希望が持てるかもしれないな。」
しばらく会話をしたのち、カイルはこのまま警戒したままでいようと決め、その後は黙って歩き続けた。二人の間に静かな空気が流れ、互いの存在を感じながらもそれぞれの考えに沈んでいた。
夕暮れが近づき、二人は野営をすることにした。アリスはカイルに何か獲物を狩ることはできないかと尋ねた。
「あー……この辺ならフォレストラビットの一匹くらいなら簡単に捕まえてこれると思う。」
「そっか。ならその子を捕まえてきてくれないかな。あっちに小川も見つけたから今夜は何か温かいものでも作ろうと思って。お願いできる?」
「飯の用意をしてくれんのか?そいつは助かるぜ。分かった、いい獲物を捕まえてきてやるから待ってろよ。」
「気をつけてね!」
アリスはカイルを送り出すと小川で水を汲んできた。空になった水筒にも水を補充し鞄につめる。本当は抽出用の鍋だから仕方ないが、今夜はこれをつかって簡単なスープでも作ろうと考えていた。
石で簡単な炉を作りそこに鍋を置いて火打石で火をつける。途中周囲に食べられる野草やハーブを見つけてはそれらを短剣で刻んで中に入れ、カイルの帰りを待った。
ストックしていた素材のミストリーフをハーブティー代わりに飲んでいると、カイルがフォレストラビットを捕まえて戻ってきた。
「おーい、美味そうなのが獲れたぞ!」
「カイル、おかえり。ありがとう!」
「血抜きはしてから持ってきた。後は捌いたら食えるぞ。」
「ありがとう、後は私に任せて。」
水で洗った岩の上にフォレストラビットを置くと一度手を合わせ目を閉じた。
ごめんね、うさぎさん。あなたの命、大切に頂くね。
そう心の中で念じるとアリスはフォレストラビットを短剣で手際よく捌いていく。カイルはその慣れた手つきに感心しながら横から覗き込んでいた。
「へー、結構うまいもんだな。」
「えへへ、森ではシャドウウルフとか色々捌いたからね。」
「シャドウウルフ……!?お前……そいつ、食ったのか?」
「うん?食べたよ。味はあんまり美味しくはなかったけど、ソースと絡めて食べたら結構いけたかな。」
「マジか……」
カイルは唖然とした。シャドウウルフといえばこの辺りで出る最も危険な魔物の一種。
特に禁忌の森に奴らのテリトリーがあるため、他の冒険者やエルフですらあの森にはなかなか近付かない。シャドウウルフ以外にも危険な生き物がわんさかいるし、植物ですら命を狙ってくる様な危険な場所だ。本当にそんなところでこんなひよっこが生きていけたのか?カイルは強い疑念を抱きながらアリスの話を聞いていた。
アリスは手早くウサギを捌き終わると火で炙ってからざっくりと刻んで鍋にいれた。スープに香ばしい香りと油が滲み、食欲を掻き立てる香りが立ち込める。
そこに事前に作っていたミックスハーブのソルトを加えると質素ながら温かいスープを完成することができた。
「できたよ、食べようか。」
「お、おう……。」
旅の道中でこんなに美味しそうなものを食べられるとは想像していなかったカイルは戸惑いながら自分の器を差し出した。アリスは木のスプーンで中身を掬って器に盛り付けてやるとカイルにその器を返し、自分の器にもスープをたっぷり注いだ。
湯気が立ち込めハーブのいい香りが食欲をそそる。
アリスは手を合わせ、いただきますと呟くとスープに口をつけた。
久しぶりに食べる携帯食以外の食事は身に染みて美味しかった。
炙った肉は香ばしい香りをさせながらも煮込むことによってほろほろと柔らかくなっており、ハーブのお陰で臭みも感じない。ちょっとした塩分が加わることで味が一気に引き締まり、温かなスープは心を落ち着かせてくれた。
「なんだこれ!うめぇ!!」
カイルが歓喜の声を上げる。その様子にアリスも小さく微笑みながらスープを飲んでほっと一息着いた。
「はあ……美味しい……。あったかいものが食べたかったんだよね。カイルがいてくれたから助かったよ。ありがとう。」
カイルは突然の礼にがっついていた手を止めて固まる。自分はただフォレストラビットを捕まえてきただけで後はほとんどアリスが準備をしたのにも関わらず自分に礼を言うなんて……。
しかも忌み嫌われ蔑まされるインフェルナに向かって、ありがとうなんていう人間がいることにカイルは心底驚いていた。
「お……おう。」
カイルは助けられた礼も言えていないまま、自分が礼を言われる居心地の悪さに奥歯を噛み締めた。人間だとかインフェルナだとか、黒い髪の魔女だとか……白い魔女の弟子だとか。いろんな情報がカイルの中をかき乱したが、アリスの真剣な眼差しと微笑みが彼を少し落ち着かせた。
カイルはアリスに向かい、真剣な顔で告げた。
「アリス、この間は……命を救ってくれてありがとう。あのままだったら俺は何もかも焼き尽くすまで止まれなかった。それにローブも……水や飯も……与えてくれてありがとう。」
拳を握って頭を下げ、心からのお礼を告げた。その様子を見てきょとんとしていたアリスだったがすぐに満面の笑みを浮かべると嬉しそうに告げた。
「ふふ、どういたしまして!」
その日の夜は和やかな雰囲気で食事を終えた。
カイルは自分の寝袋を使い、アリスはローブに身を包んでそれぞれが眠りについた。




