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第34話:炎の悪魔《-第二章-サンクトリア編》

 ああ、聞いておくれ、我が友よ。この地に伝わる物語、勇敢なるアリスと彼女の仲間の冒険譚を。彼らの旅路は、幾多の困難と試練を乗り越えていく中で、友情と信頼の絆を深めるものであった。今宵はその続きを語らせていただこう。


リュートを手に取り吟遊詩人は、柔らかい旋律を奏で始める。

彼の声は静かな夜風に乗って、集まった人々の心に響く。


私が語るのは嘘偽りのない真実の物語。ここから先、我らがアリスがどうやって旅をしたのかをお教えしよう。


––––––––––––


 アリスはセシルの元を無事に旅立ち、禁忌の森から一番近い位置にあるサンクトリアという町を目指していた。緑豊かな森を抜け、険しい山道を越え、昼も夜も歩き続けた。道中、鳥のさえずりや小川のせせらぎが彼女の耳に心地よく響くが、心は常に警戒心でいっぱいだった。まるで張り詰めた弦のように、常に周囲を警戒しながら進んだ。どんな危険が彼女を待ち受けているのか……彼女はそれを恐れながら歩き続けていた。


夜の帷が訪れ、辺りを一面の闇に染めるとアリスは鞄の中のランタンを取り出した。ランタンの中には光るクリスタルが入っており彼女の道を明るく照らしてくれる。それでも道は薄暗く、野営をするために安全そうな開けた場所を探しては荷物をおろした。


「今日はここで少し休もう……。まず火を起こして、少し食事を取ろう。」

アリスは鞄の中から火打石を取り出すとカチカチと音を立てて焚き火を作った。練習の成果もあってか無事火をつけることに成功した。焚き火の前に座ると蓄えの水を少し飲みながら、シルヴァーベアの干し肉を齧る。ふと空を見上げれば眩いばかりの星々が彼女の瞳に映った。


「綺麗……。」

森の中では木々が生い茂り、あまり星をしっかり眺めることができなかったが、山中の開けた場所は辺り一面が星の海のように彼女を包み込んでいた。夜の闇の中でも星と月明かりが彼女を照らし、彼女の月光の短剣ルナリスもほんのりと輝きを放っていた。


彼女は気晴らしでもしようと鞄を開け、中に入っていたネイル道具を広げると月明かりの中、自分の爪にネイルを施し始めた。彼女にとっては安らぎのひとときだったに違いない。色とりどりのネイルの中からムーンリリーネイルとアクアネイルの塗料を取り出し指先に塗っていく。もしかしたら、移動が少し楽になるかもしれないと彼女は靴を脱ぎ、足のつま先にはラピッドネイルを塗り始めた。ふうっと魔法の一息でネイルを乾かしては、キラキラと輝く星と見比べるように自分の爪を眺めた。


「魔法の力がなくたって、やっぱりネイルは魔法だよ。こんなに綺麗で……こんなに心が安らぐもの……。」

星空と同じように輝く自分の爪を眺めながらアリスは横になり、星空の下で穏やかな眠りについた。



 山を越えても尚歩き続け、野営をする日々の繰り返しだった。精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていたが、用意していた食事と水のおかげで飢えることはなかった。幸いにも用意していた水には魔力が含まれていたし、回復効果もあったため、翌日に歩き出すには十分な体力が回復していた。


独り道ゆく孤高の旅。何日歩いても人と遭遇することはなく、アリスはどこか心寂しくなっていた。森での生活では恩師セシルがずっと側にいたし、妖精や精霊の存在を感じられていたが、ただの平原、ただの道。そこには何も感じられず誰の存在も見つけられないまま孤独な旅が続いていた。


その日も開けた場所で野営をすることにした。毎日、干し肉ばかりで流石に飽きてきたが、貴重な水と食料を必要以上に失うわけにはいかないため、料理をすることもできなかった。食事の貧しさが彼女の神経をすり減らしていく。そんな時、鞄の中にあるものを見つけた。石鹸だ。

恩師セシルがアリスが道中疲労に負けないようにと癒しのハーブを混ぜて作ってくれたものだった。その香りを嗅ぐと心が少し落ち着くのを感じた。ミストリーフの甘く優しい香りと、ヒーリングハーブの草っぽい緑の豊かな香り。その香りを嗅ぐと森の日々を思い出し、セシルとあの森が恋しくなって涙が出そうになったがアリスはぐっと堪え空を見上げた。


「先生、私……頑張っていますから。」

そう呟いた時だった。


「やめろ!あっちいけって!」

男の大きな叫び声が聞こえる。声のする方向を必死で探すが、暗闇でどこに誰がいるのかは分からない。でも何か危険な目にあっているに違いない。アリスは直感し、首から下げていた魂の羅針盤を握り締め強く願った。


「お願い、この人を助けたいの。この声のする方へ連れて行って。」


キィーン––––……


羅針盤は宙に浮かぶと一点をしっかりと指していた。その先に誰かがいるんだ。そう直感したアリスは羅針盤の示す方へと駆け出した。


森の奥深くへ進むと、一人の青年が魔物に襲われているのが見えた。

青年は昆虫型の魔物にしつこく襲われ、パニックに陥っていた。両手にした双剣を必死に振り回すが、その攻撃は当たらない。苛立ちと焦りが青年を焚き立てるのか、青年の体がバチバチと音を立てて光り始めると、一気に全身が燃え上がり始めた。


「やめろぉぉぉおお!!」


怒号と共に燃え上がる爆炎に魔物たちは驚き退散していく。しかし、草や木々にも火が燃え移り始めてしまい辺りはあっという間に火の海と化してしまった。青年は慌てふためくも全身が燃えているためなす術がない。アリスは勇気を振り絞って青年に声をかける。


「大丈夫ですか!」


「あ……あ……、逃げ、……」

アリスを見て体を隠すようにしゃがみ込む青年。しかし火の手は広がり続け、森の木々にも燃え広がり始めていた。アリスは突然のことに混乱していたが、両手を掲げ、水の精霊に強く念じた。


「親愛なる隣人よ!お願い、力を貸して!」

アリスの頭上に大きな水の塊が現れ、彼女の呼び声と共にそれは大きく爆散した。辺りに嵐のような大粒の雨が広がり、火は次第に勢いを失って消えていった。アリスはさらに水を操り、青年に大量の水をかけた。


「ぶはぁ!!」

水をかけられた青年は火が消え、元の人間の姿に戻っていた。服は焼けこげ、所々ボロボロに崩れてしまっている。アリスは自分のローブを外し、彼の体にかけてあげた。そして彼に手を差し伸べた。


「あっちに私のキャンプがあるの。行きましょう?」

青年は沈黙したまま小さく頷くと双剣とばらばらになった荷物を拾い上げ歩き始めた。アリスも彼の荷物を持ち、来た道を戻る。幸いなことに焚き火も消えておらず、荷物も無事だった。安心したアリスは地面に腰掛けると彼の方を見た。


「何があったの?魔物に襲われていたみたいだけど……」


「…………」


「よかったら話してくれない?私はアリス。」

青年は警戒するようにアリスを見つめ一瞬沈黙した後、静かに口を開いた。


「俺はカイル……カイル・インフェルナ……まぁ、見たらわかると思うけど。」

アリスはカイルの言葉の意味がわからなかった。インフェルナ……どこかで聞いたような名前ではあるが、なんとなくふんわりとした記憶だった。


「見たらわかるって……魔物に襲われていたのが?」


「ちげーよ!俺がインフェルナ族だってことだ!お前も見ただろ、人体発火を起こしたところを……俺たちインフェルナは感情が昂ると体が燃えちまう特殊な体質なんだ。」

カイルは膝を抱えながら申し訳なさそうにそう告げた。アリスは思い出した。師匠のセシルがいっていた、“炎の悪魔”と呼ばれ忌み嫌われている種族の名前だったということを。


「そっか、辛いことを聞いてごめんなさい。私、この世界に来たばかりでまだこっちのことがよく分からないの。」


「大陸の奴らじゃないってことか……お前、……魔女か?」

カイルは戸惑いと疑念の瞳でアリスを見つめながらそういった。アリスはその言葉にはっとして髪を触るが、ローブを彼に貸してしまっていたので隠すことができなかった。カイルの疑念が宿る視線に臆するも正直に答えることにした。


「ううん、私は魔女じゃないよ。魔法が使えないもの。」


「嘘をつけ!さっきあんな強烈な水の魔法使ってたろ!……あ、あれのお陰で助かったけど……」

カイルの中では色々な感情が渦巻いていた。助けられた相手は人間で、しかも黒髪の魔女。魔法を使えないといっているが強大な魔法を見せられた手前、それを信じることはできなかった。


「嘘じゃないよ。本当なの。私はネイルの力で魔法が発動できるだけ。私自身に魔法を使える力はないんだよ。」

アリスは自分の手を差し出してネイルを見せる。初めて見る爪先の装飾にカイルも少し驚いて身を乗り出してその手を見つめた。


「青い爪……それのお陰で水の魔法が使えたってことか?」


「そうだよ。それ以外にもムーンリリーのネイルも混ぜているから月夜だと特に魔力が増すの。私は魔法使いでもなんでもない。ただのネイリストのアリスだよ。」


「ネイリスト……俺はインフェルナ族の戦士、カイルだ。強くなるために修行の旅に出てたんだが……ああやってパニックになっちまうと全身が燃えちまう……。」

カイルはローブを外し素顔を露わにした。燃える様なオレンジの赤髪に、緑の瞳。肌は火傷などしていないようだったが服は燃えてボロボロになってしまっている。戦士というだけはあって鍛えられたしっかりとした体をしており、背もアリスよりも幾分か大きいようだ。


「よろしくね、カイル。私も修行の旅みたいな感じなんだ。今はサンクトリアを目指しているの。」


「サンクトリア……!俺もその町を目指していたところなんだ。」


「そうなの?だったら一緒にその町までいかない?もしまた発火してしまっても私ならあなたを止めることもできるし。」


「…………」

カイルは考えた。目の前にいる女に危険な様子はない、敵意も殺意も感じないし、むしろ何も考えておらずにこにこしているだけに見える。でも相手は人間でしかも黒髪の魔女。ネイルという未知の魔法を使ってくる上に相手の力量が分からない以上、考えてもどうすればいいか分からなかった。

そんなカイルをよそにアリスは鞄の中からネイル道具を取り出す。


「何をするんだ?」


「感情が昂ったり、パニックになるから燃えちゃうんだよね。だったらそれを少しでも抑制できないかなって思って……手を出して?」

カイルは不審に思いながらも手を出す。アリスは簡単にプッシュアップとクリーンナップを済ませると、ミストリーフとヒーリングハーブ、ミスティックブルームで作った、精神を癒す効果のある『リラクゼーションハンズ』を塗布した。5本の指に透明なリラクゼーションハンズの塗料を塗っていく。ふうっと魔法の吐息で乾かすと今度は反対の手にも同じ様にネイルを塗布した。


カイルは心なしか精神が安定し、穏やかな凪いだ海のような心になっていくのを感じていた。今まで抱えていた旅のストレスや不安、魔物への恐怖がすーっと溶けて消えていく。穏やかな気持ちになると表情も和らぎ、アリスが嬉しそうに微笑んだ。


「ね?少し落ち着いたでしょ?」


「あ、ああ……これがお前の魔法なのか?」


「私じゃなくてネイルの魔法だよ。私が作る塗料には魔法の力が込められているの。それを塗るといろんな効果を受けることができるんだよ。今あなたに塗ったのは精神の安定と精神を癒す力のある『リラクゼーションハンズ』だよ。」


「リラクゼーションハンズ……」カイルはぼんやりと自分の爪を見つめ、その不思議な感覚に驚いていた。


「とりあえず、サンクトリアまで一緒にいくかは寝て起きてから決めよう。今日は疲れただろうし、早めに寝よう。」


「そうだな……。」


「おやすみね、カイル。ゆっくり眠ってしっかり休んでね。」


「ああ……。」アリスは久しぶりに誰かといられることが嬉しく、幸せな眠りについた。カイルもアリスに不信感は抱きながらも、リラクゼーションハンズの効果で久しぶりに穏やかな心地で眠りについた。


翌朝、眩しい陽が指してくる頃にカイルは目覚めた。ふと自分が彼女のローブを借りたまま眠ってしまっていたことを思い出す。アリスは朝の寒さに小さく震えながら縮こまって眠っていた。カイルは慌ててローブを脱ぐとアリスに羽織らせた。


「お前……!!その格好で寝ていたのか?寒かったんじゃないか?」


「あ、カイル……?おはよう。えへへ、そうだね。朝はちょっと冷えるね。」彼女の顔は少し青ざめていて寒さにやられていることがすぐに分かった。アリスはローブを羽織ると小さく震える指先に吐息を吹きかける。それを見てカイルはそこらに落ちていた木の棒を拾い上げ握るとあっという間に火を灯し、消えかけていた焚き火を再び勢いよく燃やし始めた。


「わぁ、すごいね。インフェルナの魔法って便利だね。」


「お前……俺が怖くないのかよ。昨日の発火現象とかも見てたし。俺たちインフェルナは燃やすことはできてもその炎を操れない……全てを焼き尽くすまで止まれないんだ。」カイルは自身の手を見つめ拳を握りながら告げた。その顔には悔しさと自分たちの未熟さを噛み締めているようにアリスは見えた。アリスはその様子に優しく微笑むと首を振って素直に答えた。


「でも、カイルは全てを焼き尽くしたかったわけじゃないでしょ?人体発火はびっくりしたけど、炎に飲まれてもあなたは悲しそうに見えたんだ。燃やしたいわけじゃないのに……っていう後悔、みたいなものかな。そんなのを感じたから。」


カイルはアリスの言葉にはっとした。確かに感情が荒ぶって発火してしまっただけで何も森を焼き尽くそうとか、魔物を燃やしてやろうなんて魂胆はほんの僅かもなかったのだ。ただ怒りの炎に飲まれてしまっていただけで、発火したあとはどうしようもない事態にただ戸惑い、焦り、絶望していただけだった。


あの時アリスが鎮火してくれていなかったら……この辺り一面、焼け野原になっていたかもしれない。そうなったら自分をどれだけ責めても許せなかっただろう。


そんな恐怖に自分は怯えていたのに、当のアリスは自分がインフェルナであることどころか昨夜の発火現象や火事さえ特に気にもせずローブの袖に腕を通し、カイルが灯した焚き火で暖をとり暖まっていた。そうだ、と思いついた様にアリスは自分の鞄を漁ると干し肉をカイルに手渡した。


「お腹空いたでしょう?よかったらこれ食べて。まだたくさんあるから」


カイルはアリスの行動に驚きつつも、怪しむ様にその干し肉を渋々受け取る。インフェルナの住む火山地帯は生き物も少なく、地形の問題で植物も育ちにくいため、日頃から飢えに苦しんでいた。その日暮しで狩りをして食べられる日は食べて、そうでない時は空腹を堪えてきたカイルにとって、例えそれが毒であっても耐えきれそうにないくらいの強烈な空腹を感じていた。生唾を飲み込み受け取った干し肉を見つめる。


アリスはその様子に気が付いたのか特別空腹だったわけではないが自分も鞄から干し肉を取り出して目の前で食べてみせた。用意していた水も飲むとカイルの方に差し出す。


「よかったら、これも。」


カイルはその様子を見るとごくりと生唾を飲み込み、水をひったくる様に奪って一気に飲み干した。そして干し肉にもかぶりつき無我夢中で食べ始めた。アリスはその様子を見て、よほど飢えていたのだと感じながらも安心して食べられる状態になったことに安堵していた。


二人は無言で朝食を終え、アリスは冷えた体が焚き火で暖まったところで立ち上がり、火の始末をする。そして、カイルに振り向くと笑顔で告げた。


「サンクトリアまで一緒に行こうよ。」

カイルはまだ悩んでいるようだったが、どの道行き先も通る道も同じ。ここでわざわざ別行動をとっても道中どこかしらで遭遇するくらいなら……という気持ちでカイルは返事をした。


「まぁ……飯も貰ったし、一応助けても貰ったし……道中の護衛くらいはしてやるよ。でも、町に着くまでだからな!」

カイルは昨夜の礼も言えていないことに胸が少し痛んだが、今はまだ信用ならないこの黒髪の少女に対して言える精一杯の言葉だった。それでもアリスは構わず嬉しそうに頷いた。


二人は地図を広げ、サンクトリアを目指して歩き始めた。

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吟遊詩人はせっかくネームドキャラなのだから名前は出してあげて欲しい…。カンタスを気に入ってしまった私の、ただの希望です。王道ファンタジーの吟遊詩人って感じでとても好きなのです。 彼自身も差別される側の…
2024/12/05 18:23 退会済み
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