第30話:ネイリスト、主を倒す!
次の日もトレーニングと修行から始まった。
森の中を走り抜けた後、頭にもバケツを乗せ、片膝の上にもバケツを乗せて片足で立つ。しかし、魔力の流れを感知し、体幹が鍛えられたため、この修行もさほど辛く感じなくなっていた。
昼過ぎ、干し肉をかじりながら昨晩作った魔力水を背負い、森の泉を目指した。
泉の水は水底が見えるほどに透き通って美しく、周囲にも珍しい草花が咲いてまさに幻想的で美しい光景が広がって居た。
私は早速泉の近くに荷物を下ろし、ベルトと靴を脱いで泉の中に飛び込む。
泉の水は驚くほど澄んでいて美しい。水中を泳ぎながらリリーパールを探すと、ピンク色の花が見つかった。
その花の中心には確かに真珠のようなものが揺れている。私は摘み取ったリリーパールを上着に包みいくつか採取した。
(うん、これで十分なはず……)
そう思った瞬間、後ろで何かが動いた気がした。振り返ると大きな魚影が見えた。
しかし、魚にしては大きすぎる。
(なんだろう……?)
水面に顔を出すと、黒い影が泉の底を泳いでいるのが見えた。
恐怖で背筋が寒くなる。私は急いで岸に向かおうとしたが、その魚影は私を追ってくる。
「まさか、こんなところに魔物……!?」
恐怖で慌てながらも、リリーパールをしっかりと握りしめて泳ぐ。
水中の巨大な魚が迫ってくる恐怖に怯えながらも、私はなんとか岸にたどり着いた。
陸に戻ることはできたが採取したリリーパールのほとんどは水の中に落としてしまっていた。
そして、あの巨大な魚影はゆらゆらと水中を泳いでいるのが見える。
怖い。
でも、ここで諦める訳にはいかない!
息を整え、再び水中に潜る決意を固める。月光の短剣を手にし、大きく息を吸い込むと再び泉の中に飛び込んだ。
短剣を口に咥えると可能な限り深く潜ってみる。辺りを見回すが視界に魚影は見えない。
でも、気配は感じる。視線も感じる。私はじっと水中の中で息を潜めた。
その時。
ぐわっ!!
水の中でおおきな揺れを感じたかと思うと、深海魚のアンコウのような恐ろしい顔をした魚が私に向かって大きく口を開けて襲いかかってきた。
その口は私なら丸呑みされてしまうほど大きい。私は咄嗟に身を逸らして避ける。しかしその魚は大きく旋回して再び私に向かって突進してくる。
(怖い……!)
私の中で恐怖心が優った。水中では陸のように自由に動くこともできないし、今はネイルの力も期待できない。
それでも精霊の力を借りるためにはリリーパールは必要不可欠だ。
それに、かわいいパールカラーのネイルが欲しい!!あわよくばいい感じのサイズがあれば爪に飾りたい!!
私はここで諦めるわけにはいかない!
襲いかかってくる巨大な魚をかわすと、私はその魚のエラを掴んでしがみついた。
(捕まえた!)
魚の急所はエラ。私は口に咥えていた短剣を右手に構えるとエラに向かって深く突き刺した。
巨大な魚は悲鳴のような声をあげて大暴れしたが、私は必死にしがみついた。さらに引き抜きもう一度深く突き刺すと、魚はとうとう動かなくなって水面に浮かんだ。私はその魚の上に乗ったまま水面に上がると、肩で荒い呼吸を繰り返した。
「はぁっ、はぁっ……死ぬかと思った……!」
なんとかこの巨大魚を仕留めることができたが、この森の危険性を改めて感じた。
こんな美しい泉の中ですら油断ならないのか……そりゃあエルフも近付かない訳だ。
私は、もう一度呼吸を整え、再びリリーパールを目指して水の中に飛び込んだ。
別の場所にもリリーパールが咲いていたので、そちらからパールを採取し、服で包みながら岸へと上がった。
採取したリリーパールを瓶の中に沈め、いくつかはベルトのポケットに詰めた。そして、泉の周辺に咲くミスティックブルームという青い花も採取し、瓶とベルトのポケットにそれぞれ詰めた。
これで準備は完了だ。
息を整え、エレメンタル・グレイスを試みる。
心から願った。
水の精霊さん、あなたの力を借りたい。どうか私にその力を与えて。しばらく集中して念じ続けると水の精霊が姿を現した。
「人間……我の力を欲するか?」
「はい、あなたの力を貸して欲しいのです。」
精霊は私が用意した瓶に目を向けると静かに私に向き直り問いかけた。
「何を欲する。」
「あなたの力の宿った素材が欲しいんです。代価はこれです。」
精霊の前にリリーパールとミスティックブルームの入った魔力水を差し出す。
精霊はしばらくそれを静観すると片手を差し出し、中に入っていた水やパール、花がどんどん消えていき、ついには空っぽの瓶になってしまった。
「気に入った。これは我の力を高めてくれる非常に良い代物だ。よかろう、相応の力をお前に与えよう。」
真っ青な液体が瓶の底からこんこんと溢れてきた。こぼれそうになる液体に驚きつつも、慌てて瓶の蓋を閉める。
「そして貴様……泉の主を倒したのだな。」
「泉の主……あの大きな魚のことですか?」
「そうだ、あれは泉の環境を破壊する厄介者だったため手を焼いていた。おかげで助かった。これで魚たちも戻ってくるだろう。これは感謝の印だ。受け取るといい。」
精霊は手をかざし、小さなキラキラと輝く水色のクリスタルを私に与えてくれた。
「感謝するぞ、人間。また力が必要になればいつでも呼びかけろ。お前の問いかけには応えてやろう。」
精霊はそう告げると、水の中に消えていった。
キラキラと輝く宝石のようなその結晶からは強い魔力を感じる。私はそれをベルトのポケットにしまった。
そして、私は水に浮かぶ巨大魚を見た。
この魚は私が殺した。だからせめて頂けるものは頂かないといけない、そう感じたのだ。
ヴォイドリーフを編み合わせ、大きめのザルを作り、持ち帰れる素材と肉を持ち帰ろうと決めた。
再び巨大魚に飛び乗り手を合わせた。
「あなたの命を無駄にはしません。」
そう唱えると、短剣を使って魚の肉を切り取り、心臓や牙、目玉、大きな鱗などをザルに置いた。
血で汚れた手を泉で洗い流し、短剣も綺麗に洗って鞘に収めた。
脱いでいたベルトとブーツを身につけ、瓶を背負いザルを抱えて先生の家を目指した。
なかなかに重たいが……今夜は魚が食べられるんだ、と思いながら頑張って歩いた。
帰宅する頃にはすっかり夕暮れ時になっており、心配していた先生が玄関で迎えてくれた。
「ずいぶん遅かったな。……その肉は?」
「すみません、ちょっとリリーパールの採取に手間取っちゃって……これは泉の主の肉とその一部です。素材か薬品になるかなと思って色々とれるものはとってきました。ただあんまりにも大きいのでほんの一部ですけど。」
先生は私の言葉に驚きと興奮を隠しきれない様子だった。
「あの主を一人で倒したのか?すごいな。それを聞いて安心したよ。随分成長したものだな。雷系の魔法も使えないのによくやった。」
「ありがとうございます。地道に月光の短剣で刺して倒しました。今日はこの魚を夕ご飯にしましょう!」
先生は笑って頷いた。
「はは、そうだな。私はてっきり精霊との交渉に苦戦しているかと思ったが、その心配はなさそうだな。」
彼女は私の背中にある大きな瓶を見て、安堵の表情を浮かべた。
「はい、交渉自体はすんなりいきました。泉の主を倒したおかげで特別なアイテムももらえましたし。」
「特別なアイテム?」
先生は興味津々に尋ねた。
「ええ、これです。」
私はベルトのポケットから小さなキラキラと輝く水色のクリスタルを取り出して見せた。
「なるほど……それは精霊石と言われる貴重なものだな。お前がそれを得たことは誇りに思うべきことた。……さて、話は後にしてまずは食事だ。どれ、私が料理してやろう。」
「本当ですか?助かります。今日は流石にくたくたで……」
「任せておけ。」
先生はザルを持ってキッチンへ向かうと、手際よく魚を捌き始めた。
私はその間に瓶を床に下ろし、肩をほぐした。
「今日は特別な夜になるな、アリス。」
先生は魚を焼きながら微笑んで言った。
「お前の成長を祝おう。」
私はその言葉に心が温かくなり、静かに頷いた。
修行と冒険を通じて得た自信と絆が、この先の旅路を支えてくれるだろう。




