第29話:新しいネイルを求めて!
その日から修行と旅支度が本格的に始まった。
午前中は体力作りのトレーニングと魔力操作の修行だ。あのバケツを使った魔力の安定化訓練や、基礎的な体力作りの訓練など。
午後は素材の調合と薬草学の勉強、そして実際の実験が続く。
「今日も一歩前進!」と自分に言い聞かせ修行に励む。
最初はまったくできなかった魔力の操作も、今ではバケツの水を完全に静止させた状態で何時間でも立っていられる。
最近では更にレベルアップし、片足立ちになっている膝の上にもバケツを置かれ、頭にもバケツを置かれた。
四箇所同時に魔力を安定させて波紋を作らない修行は最初こそ困難を極めたが、エレメンタル・グレイスも取得し魔力感知のスキルも上がった今では、その厳しい修行もこなすことができるようになった。
先生の厳しい指導に感謝し、旅への不安も次第に薄れてきた。
新しい世界への期待と、自分の力で何かを成し遂げる喜びが私を支えていた。
昼間は調合や採取に取り掛かる。
今後作りたいのは治癒効果のあるネイルと、精霊の恩恵を受けたネイル、妖精の力を封じ込めたネイル、精神を安定させるネイル、光の魔法を強化するネイル。
光の魔法はムーンリリーを使えば十分に強化できたので、今回はそれを極限まで魔力を高めたものを作るのが目的。
他のネイルは作ったことがないので試作をしながら完成を目指すことになる。
素材となるムーンリリー、ルミナスフラワー、ヒーリングハーブを乾燥させる。乾燥が完了するまで数日かかるので、その間に別の素材を取りに行く。
時間がかかる作業も先生は、「一歩一歩進むことが大事だ」と励ましてくれた。
ネイルの素材を乾燥させている間に、食料に使えそうなハーブ類もいくつか乾燥させておいた。旅の途中、ずっと味気ない食事が続けば精神的にも堪えると思ったからだ。これに先生の持っている岩塩を少しいただいて、ミックスハーブのソルトを作る。こうすれば当面の間、食事にバリエーションをつけることができるはずだ。
早速ネイルの生成に取り掛かりたいが、まずは素材の入手からだ。
先生に作りたいネイルのリストを見せると、先生はリストを見ながら私に質問をした。
「なるほどな、確かにこれらの魔法はあるに越したことはないだろう。エレメンタル・グレイスが必要になるものもあるが、水と精霊なら比較的協力してくれるだろう。問題は……妖精のネイルか。」
先生は考えあぐねるようにしばらく唸っていたが、ふと閃いたように目を開けて少し悪い顔をした。
「フラッシュフェアリーを捕まえよう。」
「フラッシュフェアリーですか?」
「そうだ。この森に住む固有の妖精で、光の速さで瞬間的に移動するから捕まえるのは至難の技だ。」
「光の速さって……そんな素早い妖精を捕まえることができるんですか?」
「ああ、できるとも。奴らの好物で誘き寄せればな。」
先生は少し悪い顔をしながらも何やらトラップのようなものを作り始めた。
甘く煮詰めたミルメルエキスに、ドロドロになったルナツリーの樹液を加え、最後にルミナスフラワーの花粉をまぶして木に吊るして戻ってきた。
「夜には捕獲できるはずだ。お前はその間、精霊たちからの力を受け取るための器を準備しておけ。」
「ありがとうございます。精霊たちの力を受け取るための器ですか?……どんなものが必要でしょうか?」
「そうだな、交渉がうまくいっている精霊の泉で試してみろ。まず清らかで魔力を含む水を用意する。それから水の精霊たちが多く住む場所にあるリリーパールを探して採取する。泉の周辺にはミスティックブルームという青い花が咲いているから、それも浄化された清らかな水の中に浸して彼らと交渉するんだ。これらは水の精霊の好物がふんだんに含まれた魔力水だ。その魔力水を作る為の魔力を含んで浄化されている水……その製造方法はわかるな?」
先生は私を試す様に言葉を投げかける。私は胸を張って答えた。
「はい!」
私は早速、森へと採取に向かった。
まずヴォイドリーフの葉をいくつか採取し、これで大きめの葉っぱの器を編んだ。先生の家から持参したロープとルナツリーの樹液で葉っぱの器から水が漏れないように補強し、次にクリスタルヴァインの太めの蔦を探す。
手が回るくらいの太めの蔓を見つけたら、今度はそれを月光の短剣で切って水分を葉っぱの器に溜める。ヴォイドリーフがうっすら光り、水が浄化されているのが分かる。魔力探知と操作の修行を続けている私には魔力が視覚で確認できるようにもなっていた。
清らかな水が揺れる葉っぱの器がいっぱいになったところで蔦を戻し、先生の家へ戻ると、先生は大きめの瓶を用意して待ってくれていた。
「よし、以前教えたことを実践できているようだな。しかもルナツリーの樹液で補強したか……やるじゃないか。」
「接着剤や補強剤にも使われていると聞いていたので試してみました。うまくいったようです。」
「よろしい。ではその水を瓶に移せ。葉っぱの底に穴を開けて少しずつ浄化された水が入る様にしておけ。」
「はい、わかりました。」
私は短剣で小さい穴をいくつかあけて、大きな瓶の上に葉っぱの器を置いた。
「よし、日も落ちたな。仕掛けた罠を見に行くぞ。」
夜になると、先生と一緒に罠を見に行った。
すると驚くほどの数のフラッシュフェアリーが罠にかかっていた。妖精たちはベトベトの罠に引っかかり、身動きが取れなくなっている。
「甘くていい匂いがするからご馳走だと思ったのに!ベトベトよ!早く誰かなんとかして!」
「言ったろ、好物で引き寄せれば簡単だって。」
先生は悪い顔をして私に耳打ちしてくる。
「それにしても……」
この光景はちょっと可哀想だ。ベタベタのトラップに引っかかってしまった虫の様な状態になっているし何よりちょっと見た目が……ちょっとグロい。
先生は何食わぬ顔で近づくと妖精たちに声をかけた。
「やあ、親愛なる隣人たちよ。どうしたんだ?」
「何って、この甘くてベトベトのものに引っかかって動けないのよ!エルフ、助けてよ!」
「よかろう。その代わり君たちの羽の粉を少し貰ってもいいかい?助けてあげる代わりの代価だ。」
「粉でもなんでも好きなの持っていっていいから早く助けてよ!」
「ありがとう。では先に妖精の粉を貰いうけるぞ。」先生はもともと用意してあったであろう羽のブラシと、四つ折りにした紙を広げると妖精たちの羽を撫でていった。妖精たちはくすぐったい!と騒ぎつつも早くこの罠から逃げ出したいのか大人しく粉を採取させてくれていた。キラキラとした粉が紙の上に落ちていく。先生はまんべんなく全員の妖精から粉を入手すると、その粉を小瓶にしまってから妖精を一匹ずつ素手で引き剥がしてあげていた。
「ありがとう、助かったわエルフ。」
「何を言う、隣人。私たちは助けあってこそだ。」
先生は人のいい笑顔を浮かべながらそんなことを言う。
自分が仕掛けた罠にかかった妖精から代価をいただくなんて、なかなかしたたかなことをする……。
妖精たちはベトベトの体に怒りながらも夜の森へと光の速さで消えていった。
あの後葉っぱとか埃まみれにならないだろうか……と私は心配していたが、先生は先ほどしかけた罠を外し今度は別の場所にしかけた。
「ええ!?その罠また使うんですか?」
「ああ、素材は余るくらいにあってちょうどいいからな。それにどこまでこの妖精の粉の力を引き出せるか知りたい。まだ夜は長い……何度か採取に来ようと思う。」
「は、はあ……。」
先生の研究熱心さには若干マッドサイエンティストな空気を感じる。
魔法の実験となれば目の色が変わって手段を選ばない感じがなんとも……。
そうして何度か自作自演の救出劇を繰り返すうちに、瓶いっぱいの妖精の粉が集まった。先生は満足げにその瓶を揺らしながら軽い足取りで家に戻っていく。
「いやー、まさに豊作だったな。一つの罠でここまで取れるとは……」
「妖精たちって案外簡単に罠に引っかかるんですね。」
「まぁ、好みを知っていれば……だな。フラッシュフェアリーは花の蜜を集めるミルメルとはあまり仲がよくないんだ。だからミルメルシロップの罠に引っかかりやすい。だが共存関係にある種族同士の場合は、好物だけでは釣れることはないな。」
「なるほど、妖精にも色々な事情があるんですね。」
「そういうことだ。」
私たちは家へと戻ると、私は先ほど採取した浄化水を確認した。どうやら浄化が全て終わって魔力を含んだ綺麗な水が完成した様だ。不純物も入っていないし、魔力も十分感じられる。
「清らかな水の用意はできたな。明日は森の泉へ向かってリリーパールを採取してくるといい。リリーパールは水中に咲く花で、その花芯が真珠の様な形をしている。宝飾としても好まれるがそれを採取したらこの水に入れて、精霊に力を貸して貰えないかを交渉してくるといい。」
「はい、わかりました。」
「そんなに難しい交渉にはならないはずだ。だが、万が一交渉に失敗したらすぐに戻ってこい。精霊を怒らせると大変だからな。」
「う……気をつけます。」
翌日の試練に対する不安を抱えつつも、成し遂げるべきことへの決意が私を支えていた。必ず成功させてみるぞ!と自分に言い聞かせ、その日は眠りについた。




