第27話:ネイリスト、魔物からネイルを作る!
その日の昼過ぎ、穏やかな日差しが森を優しく包み込む中、私は先生と一緒に質素なパンと野草スープの昼食を済ませた。森の新鮮な空気が鼻をくすぐり、鳥のさえずりが背景音として響いていた。
「まずは前回入手したシャドウウルフの素材を使って新しいネイルを作ってみようか。」
「はい、初めての魔物の素材ですね。ちょっと緊張します……。」
先生は私の肩に手を置き、力強く頷いた。
「大丈夫だ。魔物の素材を加工することには私も慣れているし、常に横で指示をしてやるから安心しろ。」
「は、はい!ありがとうございます、先生。」
私は拳を握り気合を入れ、先生が狩猟した時に集めた素材を見つめた。シャドウウルフの牙、爪、目玉、心臓……目玉と心臓は乾燥させてあり、真っ黒に変色していた。素材の見た目に少し気圧されながらも、私は作業に取り掛かった。
「下処理は事前に済ませてある。これらをすり潰して素材の効力や色味を引き出しやすくしよう。アリス、今回はこれを使ってくれ。」
先生が出してきたのはエルフ族の作った砕石器で、魔力が込められているものだった。その複雑な紋様が美しく、神秘的な光を放っていた。
「これはエルフ族の作った砕石器で、魔力が込められている。私は普段これで薬や薬品の調合をしている。今のお前は魔力のコントロールができるようになったからな。これを使って粉砕すれば更に素材の効果を引き出すことができるだろう。」
「ありがとうございます、貴重なお道具を私のために……大切にお借りしますね。」
心を静め、集中して作業を始めた。魔力を込めると紋様が柔らかい光を放ち、私は意識を集中しながら砕石器を前後にゆっくりと引いた。周囲の森の音が遠く感じられ、私は完全に作業に没頭していた。
「いいぞ、魔力をよくコントロールできている。轢く時に命に対する敬意と感謝を強く念じろ。あのシャドウウルフの命を決して無駄にはしないと。お前の力を自分が最大限に引き出して見せると……そうすると素材の質はより高くなる。」
「はい……!」
魔力を集中させながらゴリゴリと固い素材を砕いていく。集中し続ける作業は大変だったが、リリーフラワーネイルのお陰か集中が切れることはなく、指示された素材を綺麗に均一な粉末状にすることができた。
次に先生が手にしたのは真っ黒な液体で、怪しい紫の光を放つ不思議な液体だった。その素材から感じる闇の魔力に私は少し身震いした。
「これはナイトフォールでしか採れないシャドウエリクサーといってな。闇の力を増大させる効果やアンデッドなどの回復薬としても使われる。普通の生者が使えば猛毒だが、シャドウウルフも闇の眷属。このエリクサーを使ってシャドウウルフの素材の効力を引き出してみようと思う。」
「先生、これって危険なものじゃないでしょうか?」
「薬とは時には毒にもなる。使用方法を間違えなければ問題ないだろう。それに、飲んだり肌に塗ったりするわけではないからな。多少危険があってもすぐに拭えば問題ないだろう。」
先生の冷静な言葉に少し安心しながらも、私は慎重に作業を続けた。鍋の中でぐつぐつ煮え立つ黒い液体は、時々赤や紫の光を放ち怪しく光っていた。そんな中、先生が私の髪の毛を一本引き抜き、液体に入れた。
「あいたっ!……何をするんですか?っていうか髪の毛、溶けた……」
「闇の魔力がここまで増幅していると流石に危険かと思ってお前の髪を使ってバランスを取ったんだ。どうやら私の推測は正しかったらしい。ほら見てみろ。」
先ほどまでおどろおどろしくどろっとしていた黒い液体が、美しい夜空のような漆黒に変わっていた。乱れていた魔力の流れが安定し、均一に整っているのが感じられた。
「魔力の流れが安定した……?どうして……。」
「黒髪は闇と光の両方の属性を持つ特別な存在らしい。古い伝承によれば、黒髪の者は闇の力を持ちながらも、それを光に変える能力を持っていると言われている。恐らくお前の黒髪の力で闇の魔力が安定したんじゃないだろうか。」
先生は次にシャドウウルフの中から取れたという魔石を手渡してきた。
「仕上げはこれだ。ナイフで少しずつ削りながら魔力石を入れてみろ。魔力の流れをよく観察し、限界いっぱいまで魔力を込めるんだ。」
「わかりました。」
私は魔石を削り、慎重に鍋に入れていった。魔力の流れを感じながら作業を続け、限界いっぱいまで魔力を込めると手を止めた。
「上出来だ。すっかり魔力感知に関しては習得した様だな。素晴らしい出来だ。塗料としての十分な粘性もあるし……あとはこれを濾して瓶に詰めよう。」
そういうと先生は美しいクリスタルの瓶を持ってきた。
「これはクリスタルを削り出して作ったものだ。魔力を閉じ込める効果がある。今まではガラス製のものに入れていたが、あれは数日経つと中の魔力が少しずつ消耗されているのがわかったからな。私のストックがいくつかあるからお前にやろう。」
「ありがとうございます。頂けてとても助かります。」
私はガーゼで漉しながらシャドウウルフの染料をクリスタルの瓶に丁寧に詰めていった。先生はそれをしげしげと眺めると口を開く。
「うむ、いい出来だ。ただ……これは飲めば毒薬と同じだ。皮膚に触れても爛れる可能性がある。私がテストしよう。アリス、塗ってくれ。」
「え!そんな危険なものを先生に塗るんですか?」
「私はお前より魔法に耐性がある。それにエルフ族の身体は丈夫だから安心しろ。人間のお前で実験する方が余程心配だ。」
心配そうな私をよそに、先生は早くやれと言わんばかりに右手を出してきた。躊躇いがちにアセトンで爪のムーンリリーネイルを拭おうとしたが、今度は逆になかなか落ちない。
「あ、あれ?先生、ネイルが落ちない……。」
「そうか。普段は何で落としていた?」
「アセトン……アルコールの一種です。」
私はアセトンのボトルを差し出した。初めて見るプラスチック製の容器と日本語の表記に、先生は不思議そうに中身を確認していたが、考え込む様に顎に手を添えた。
「なるほど、いちいち薬品で落としていたのか……どれ、見せてみろ。」
先生は自分の人差し指で爪の上をゆっくりと撫でた。するとムーンリリーの塗料がするすると消えていき、元の自爪が現れた。
「ええ!?な、何をしたんですか?」
「魔法を消滅させる魔法をかけただけだ。なるほど、これで簡単に落とすことができるようだな。」
すでに右手を全てオフし終わった手を見せて先生は得意げな顔をした。
「すごい!それは私にもできますか?」
「ちょっと難しいが、今のお前ならできるだろうな。まず元素の理を読み解きそれを解除していく。イメージでいうなら……扉の後ろにある幾重にも重なった魔法を丁寧に剥がし、鍵を外す様な感じだな。想像してみろ。できるか?」
「や、やってみます。」
元素の理……ムーンリリーの月の光……光の元素の力……それを結んでいる魔法……幾重にも魔法が重なった層のようなものを剥がすイメージを浮かべながら先生の指を撫でる。すると意外にもあっさりと私にも魔法を消滅させることができた。
「あれ……できちゃった。」
「魔力感知の修行が役に立ったな。魔力が感知できれば、その魔法がどんな元素を元に構築されているか読み解くのは簡単だ。幾重に重なろうと一つ一つはただの単純な魔法だ。それを丁寧に剥がせばいい。呪詛や呪いを解くのにもこの方法は役に立つから、今のうちから習得しておくといい。」
「は、はい!ありがとうございます!」
今日の学びは一際濃厚だ。先生から学べることがノートに収まりきらないくらいいっぱいある。片手間に走り書きのメモを残しつつ、私はある提案をした。
「あ、あの……」
「どうした?」
「先生に何かあってからでは困るので、このシャドウウルフのネイルを塗る前に下地を作りたいんです。私たちの世界ではネイルをベースコートとトップコートという透明な層で挟むんです。それにより、より爪を強固に保護できますし、色素沈着……つまり魔法から爪や肌を守れると思うんです。今回塗ろうとしているのは特に危険なものなら必ず欲しいですし、爪への定着を安定させるためにもベースコートとトップコートは欲しいなと思っていて。」
「なるほどな、つまり体を保護できる何かがあればいいということだな?」
「はい、その通りです!」
「ならこれが一番適しているだろう。マナツリーの樹液だ。ただの樹液だが、元々この国では接着剤や強化剤などの役割を果たしているし、爪の保護剤としても使用されていたものだ。これをそのベースコートとやらにするなら十分じゃないか?」
「この世界にも爪を保護する文化があったんですね……。はい、これでも大丈夫だと思いますが……爪を健康に保つために何か他の素材は加えられませんか?」
「爪の健康まで考えるのだな?」
「もちろんです、私はネイリストですから!健やかで美しい爪を育てつつ、ネイルを楽しんでもらうのが私の使命です!」
「はは、分かった。ならヒーリングハーブを入れてみるのはどうだ?保護剤としての役割だけではなく回復効果も付与できるし、この二つの組み合わせは塗り薬や治療薬としても使われているんだ。接着効果もそのまま生きているので傷口を癒着しながら治すこともできる。」
「それはいいですね!その上に塗るカラーも定着しそうだし……」
「あとトップだとかいうものだな?それはどんなものがいいんだ?」
「トップコートはとにかく美しい艶が欲しいです。ガラスの様な……濡れた様な艶感。そして強度が欲しいです。」
「艶と強度か……組み合わせるならクリスタルヴァインから採取されるエッセンスとクリスタルの粉末が一番簡単だろうな。」
「クリスタルエッセンスはどうやって作るんですか?」
「クリスタルヴァインの蔦を切って中の水分を採取する。それを長時間煮詰めると透明で鏡の様な艶をもつ魔力の含まれた液体ができる。これがクリスタルエッセンスだ。色んな素材に重宝するから私はたくさんストックを持っている。これを使うといい。」
先生は大きな瓶の中に詰められたクリスタルエッセンスを私の前に出してくれた。反射の強い液体のようで、私の顔が鏡のように反射してみえる。
「あとはクリスタルヴァインから採取できるクリスタルを細かく粉末状に砕いて使えば強度の面は問題ないだろう。実際建築や武器の製造でもクリスタルヴァインの粉末はよく使われる。粉末を粘土に混ぜて家を建てれば丈夫な家になるし、武器の製造過程では粉末を研磨剤の代わりに使ったりもするんだ。」
「へぇ……結構いろんな使い道があるんですね。確かにそれだけ色々使用されているなら強度は保てそうですね。しかし、そんな硬い素材を砕くのは大変なんじゃ……」
「いや、これは魔力を込めた石砕器やハンマーなどで叩けば簡単に壊れるんだ。ただ、普通の剣や鋼は通じない。魔力がこもったものでなら案外あっさり粉にすることはできるぞ。」
「へぇ、そうなんですね!面白い!」
「その粉末も私は大量にストックしてあるからな……適切な量を使ってそのベースとトップを作ってくれ。」
「ありがとうございます、先生。早速使わせて貰いますね。」
先生は混ぜるための銀製の器とヘラを用意してくれた。これに先ほど言われたマナツリーの樹液と砕いたヒーリングハーブを混ぜる。粘性は十分にあるため火にかける必要はないだろう。念のため魔石も魔力総量の限界まで削って入れてみた。これでベースコートは完成。
次にトップコート。トップにはクリスタルエッセンスと、クリスタルを砕いたパウダーを混ぜる。パウダーは案外混ぜると固さが出たのでエッセンスを増やしつつ粘性を調節した。ちょうど塗布しやすい程度の粘度に仕上がったら、これでトップコートも完成だ!
ベースコートとトップコートは大量に使うからと少し大きめの瓶に入れることにした。わかりやすい様にトップの瓶には星印を彫っておく。これでベースコートとトップコートを間違えることもないだろう。
「よし!準備できました。」
「私の方も準備はできているぞ。」
先生は両手のネイルを完全にオフした状態で待ってくれていた。ムーンリリーネイルを塗ってからそう時間は経っていないので、今回は簡単なクリーンナップだけをして自爪を整え、まずはベースコートを塗った。
「自分だとそこはわからないんですが、先生がそう言ってくれるならきっとベースコートだけでも魔力を増大させる効果があるんですね。」
私は先生の言葉に少し驚きながらも、その効果をノートに書き記した。
次にシャドウウルフのネイルだ。皮膚に触れてしまわないように筆でそっと液体をとり、爪の上に慎重に乗せていく。
やっぱりアームレスト(腕置き)やネイルデスクが欲しい……どうしても塗りにくい。いつもよりは上手に塗れなかったが、ひとまず全部の指に均一に黒いネイルを塗布することは成功した。
先生に習った、ネイルを一瞬で硬化させる魔法を指先に吹きかける。
やはりカラーも一瞬で固まるみたいだ。まるで夢見たい!こんなネイルがあったら絶対世界中で大ヒットしちゃうよ!
そんなことを考えにまにま笑っている私を先生が不思議そうに見つめている。その視線に気づいて慌ててトップコートを塗って仕上げると、最後は先生が息を吹きかけ硬化してくれた。
「どうでしょうか?」
「……闇の魔力の流れを感じるな。でも安定していて、自分の手のひらで動かせる程度に手中に収めているのがわかる。私が相性がいいのは光や風といった元素だが、今なら闇の魔法も使える気がするぞ。」
「魔法には相性なんかもあるんですか?」
「ああ、あるぞ。生まれ持っての元素との相性というのがそれぞれの人間にはある。例えばインフェルナ、彼らは火の魔法が得意だが、水系や氷結系の魔法は扱えないことがほとんどだ。逆にエルフは光や風、水といった魔法は得意だが、闇や火の魔法はあまり得意ではない。使えないこともないが、適した術者よりも劣ってしまうことが多いな。」
「なるほど……」
「ではこのネイルの効果を試してみるか。」
先生はそういうと椅子から立ち上がり、森の中へと向かっていった。




