第23話:ネイリスト、お風呂に入る!
その日の晩。
「つ……疲れたぁ〜〜!」
全身が筋肉痛で痛むし、バケツの水を何度も被ったから寒さで震えていた。
魔力のコントロールを身につける前に筋肉痛と風邪で倒れるかもしれない……。
「はっくしゅん!」
鼻を啜りガタガタと震えながら暖炉の前で体を温めていると先生が私を呼んだ。
「アリス、下に降りてこい。」
「ふぁーい……へくしゅっ!」
下に降りると先生の部屋の隣の廊下から、暖かい蒸気を感じた。
これって……。
「湯浴みの準備をしておいた。今日は冷えるだろう。体をしっかり温め、疲れを癒してこい。」
「湯浴みってことは……お風呂!?お風呂に入れるなんて!」
「着替えも置いておいた。お前のサイズに合うかはわからんが好きに使うといい。私は上にいるぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
お風呂!!この世界に来て初めてのお風呂だ!私は急いで服を脱ぎ、風呂場へと向かった。
先生は汚れた時は泉で体を洗っていたし、風呂という習慣はこの世界にないのだと思ったが……まさかお風呂に入れるなんて!
「ああ〜!神様仏様女神様!!ありがとう!!」
私は大急ぎでその湯船らしき木の窪みに体を押し込んだ。
「……」
せまい。
え、せまい。せまくない!?私がおっきい!?
いや、私よりも遥かに背の高い先生がここで湯浴みをしているなら狭いわけがない。
でもどんなに頑張ってもせいぜい激安アパートのキッチンサイズ!どうなってるの!?この世界のお風呂!
湯船の深さも浅くて私のへそまでしか届いていない。あ、もしかして半身浴の習慣がある?ってんな訳あるか!こんな寒い日に半身浴なんてやってられるか!
それかあれかな、妖精さんとかドワーフさん用の小型サイズとか……いやいや身長180cmはあろうかという先生が生活しているスペースにそんな極小サイズの風呂があるはずない。
私はほとんど水たまりのような場所で固まっていると先生が入ってきた。
「アリスすまん、石鹸を渡すのを忘れ…………何をやっているんだ?」
「……湯浴みです。」
「…………」
「…………」
私たちはお互いに見つめ合ったまま固まった。
私は極浅の水たまりのような場所に体を押し込め膝を抱えている。
その姿を見て先生は絶句したかのように硬直して居たが、先生から恐る恐る尋ねられた。
「お前まさか……これまで湯浴みをしたことがないのか?」
「そんなことないですけど!?むしろどんなに残業して遅くなっても毎日お風呂は入っていましたよ!!」
「ざん……?とにかく、それはそうやって使うものではない。出ろ。」
「はえ?」
私は先生に手を引かれるとそのあっさい湯船から引きずり出された。
そして小さな木の椅子に座らせられると桶を使って先生が頭から湯をかけてくれた。
「ぶわっ!」
「じっとしていろ。」
先生は石鹸で泡を立てると私の背中や髪を洗ってくれた。
シャンプーなんていうものはきっとないのだろう。この世界では石鹸も高級品かもしれない。
あまり泡立ちのよくない石鹸で先生は丁寧に私の体を洗ってくれる。それが心地よくて、なんだか恥ずかしくて私は居た堪れない気持ちになった。
「あの……ありがとうございます。」
「まさかお前が湯浴みの仕方も知らないとは……流石の私も驚いたぞ。」
桶でお湯をくんではまた私の体にかけてくれる。
そうかあれはお湯を溜めておく場所で湯船ではなかったのか……。
「えへへ、すみません……私の祖国では湯をたっぷり入った湯船というものに浸かるのが習慣だったもので。」
「湯船か……それは贅沢だな。できても王族くらいだろう。」
その言葉に日本での生活を思い出す。
そうか、私が当たり前にしていたことはこの世界ではとても珍しいことで、滅多に味わえないことだったのかな……。
そう考えると不思議な気持ちになったが、不思議と帰りたいとは思わなかった。
なぜなら私は、この世界と先生との暮らしにとても満足しているからだ。
修行は辛いし、ご飯は美味しくないし、お風呂も満足に入れないけど、それでも今の私にはこの生活が楽しくて仕方なかった。
「先生。」
「なんだ?」
「私、幸せです。」
「そうか。」
あまり興味なさそうに返ってくる返事の中に、先生が小さく笑っているのを感じた。
これも魔力コントロールの修行の成果かな。背後からは穏やかな流れと優しい暖かさを感じる。
こうして最初の湯浴みは先生の手によって介護されるような形で終わった。




