第22話:ネイリスト、扱かれる!
翌朝、早朝は果実だけで食事を済ませ、すぐに修行が始まった。
森の中はまだ静かで、鳥たちのさえずりが優しく響いている。木々のざわめきが微かに聞こえ、風が葉を揺らす音が心地よい。
「って……」
私は今、片足で立ちながらそれぞれ水の入っている量の違うバケツを手のひらに乗せられている。
「これで本当に魔力のコントロールができるようになるんですか!?」
バケツを手のひらに乗せているだけでもふらふらするし、重みで今にも倒れそうだ。
一方の先生は木陰で寛ぎながら優雅にハーブティーを飲んで本を読んでいる。必死の私には目もくれず、静かにページを捲る。
「そうだ。それが一番効率よく魔力をコントロールするために必要な修行だ。」
「これ下手な筋トレよりもずっとキツイんですけど!?」
ガクガク震える足で必死に堪えながら叫ぶ。先生はため息を漏らし、私に目を向ける。
「お前は人間で、女で、体力もそこまでないし、貧弱なんだ。これくらいして筋肉をつけてやらなかったら森を出る前に死ぬぞ。それに魔力コントロールも学べて筋肉も鍛えられる。まさに一石二鳥といったところだろう。」
「私は今死にそうですけどぉ〜……!!」
片足立ちの足は大きく震え、筋肉が痙攣しているのがわかる。足が震えるほど両手で支えているバケツが波紋を広げ、全体のバランスが崩れる。
「わ、あ、あ、あ、っ!!ああ〜〜ッ!!」
バシャーン
大きな水飛沫をあげて私は倒れ込んだ。落としたバケツの水を被り全身びしょ濡れだ。
ため息をつきながらバケツを拾い上げる。先生はそんな私が見えていないかのように読書に耽っている。
私はもう一度泉から水を汲んでくると、バケツに同じ量にならないように水を入れた。
「せめて水の量が同じならバランスも取りやすいのに……」
「バランスを取るのが目的じゃない。」
一人愚痴る私の元へ先生が近づいてくると、バケツを片手に持って見せる。最初は小さな波紋で揺れていた水面がぴたりと動きを止め、完全に静止した状態になった。
「これは……」
「魔力の操作は非常に繊細で、微小な変動や流れを感じ取る能力が重要だ。手のひらに異なる重さのバケツを持つことで、微妙なバランスの変化を感じ取る練習をしているんだ。これは、魔力の細かな流れを感じ取り、制御する力を養うためだ。微妙なバランスの変化を感じ取れるようになれば波紋は生まれず、水の動きを静止することもできる。」
「なる、ほど……?」
「魔力というものはほとんどの種族が潜在的に持っているもので、人間も例外ではない。ただし、その総量はそれぞれ異なる。魔法を使えない理由は、魔力の細かい流れを感じ取る能力が不足しているからだ。この能力は生まれつき持っていることもあれば、訓練で身につけることもできる。しかし、どれだけ成長できるかは元々持っている魔力の総量によって決まるところも多いため、訓練しても全員が魔法を使えるようになるわけではない。」
「なるほど……」
「だが、お前は擬似的に魔法を使えるし特別な魔力も持っている。それはお前にしかないものだからこそ、お前自身がその繊細な流れを把握し、完全にコントロールできるようにならなければならない。今までは魔法を使えるかどうかは才能の問題が大きいと思われていたが……」
先生はバケツを置くと、私の頭を撫でた。
「お前のその力があれば全ての種族が魔法を使える可能性がある。これまで魔力を持っていても魔法を使えなかったものが魔法を使える未来がやってくる。そのためにもお前は誰よりも卓越した魔力コントロールを身につける必要があるんだ。お前が、この世界の……ルミナスリアの希望なんだよ、アリス。」
「私が……希望……」
先生はそう告げると元いた木陰に戻って行った。
私は自分に託された使命の大きさを改めて感じた。
幼い頃から内気で何もできないことで何度も挫折を味わい、いじめられ、馬鹿にされてきた。
ネイリストになってからも辛いことばかりだったが、その度に立ち上がってきた。
そんな私がこんなところで挫ける訳にはいかない!
「こんなところで弱音を吐いてちゃダメ……だよね!」
私は重さの異なるバケツを両手の手のひらに乗せ、再び片足立ちで立ち上がった。
負けない!この力で……この世界でネイリストになって、人の役に立つためには……魔力の一つコントロールできなくてどうする!
この世界で私は、この世界の人たちの可能性を広げたい!ネイルの力で、皆の役に立ちたい!
何度バケツの水をこぼしても、何も言わずまた水を汲みに行く私を、先生は微笑みながら見ていた。
私の中に芽生えた決意と使命感に気づいたのか、先生は静かに本を読みながら傍で見守ってくれていた。




