第20話:ネイリスト、初めての施術!
セシルさんは瓶の中に透明の粘性のある液体を持ち出し、それを揺らしながら説明してくれた。
「これはルナツリーという木から取れる樹液だ。魔力を含んでおり、素材の力を引き出す効果もある。この森のルナツリーは満月の夜に特別な方法で採取するとその品質がさらに増す。今回はこれも使ってみよう。」
「貴重な品のようですが、それを使ってもいいのですか?」
「ムーンリリーに比べればこんなものいくらでも採取できるありきたりな素材だ。安心しろ。さらにここにクリスタルヴァインのクリスタルから抽出したエッセンスでムーンリリーを煮詰める。これでムーンリリーの素材の効力を最大限まで引き出せるはずだ。」
今度は大きな瓶に入ったキラキラとした液体を持ってきてくれた。それは小さな光の粒子が含まれており、ラメ入りの液体のように見えた。
不思議そうにその液体を見ている私の横で、セシルさんは早速準備を始めた。机に手をかざし魔法陣を作ると、その上に鍋を置いてクリスタルエッセンスを注いだ。
「これは?」
「火の魔法陣だ。この魔法陣の上にものを置くと加熱することができる。術者は温度を自由に操ることもできるし、旅の道中では料理や焚き火の代わりに使われることもある。」
「へぇ〜……便利な魔法があるんですね。」
「お前にも教えてやりたいが……お前には魔法の素質はないからな。手間はかかるが魔法陣を描いてから発動させる方法は後で教えてやる。」
「ありがとうございます!これで抽出作業が手際良く進みますね!」
次に私はセシルさんの指示に従い、ムーンリリーの花弁を丁寧に摘み取り、加熱したクリスタルエッセンスの中に入れた。
「アリス、ムーンリリーの花粉は薬にもなる。花芯をおしべとめしべで分けて分解し花粉は採取しておいてくれ。」
「はい、わかりました。」
私は言われた通り、花粉のついためしべをピンセットのような道具で丁寧に分けていき、小瓶に詰めた。ムーンリリーの花粉は青みがかった色をしており、これはこれで着色料として使用できるのではないかと期待に胸を躍らせた。
しばらく煮詰めていると花弁は溶け、透明かつキラキラとした細かな粒子が輝く液体ができた。火の魔法陣が消えると、そこにルナツリーの樹液を注ぎ、ゆっくりと混ぜる。しばらく混ぜていると粘性のあるキラキラの液体ができてきた。
「おお!これはまるでポリッシュのような質感!」
今までの染料と違って、粘性がありポリッシュ(マニキュア)として使えそうな仕上がりに私は興奮を隠しきれなかった。
セシルさんはポリッシュという物は分からなそうだったが、横から鍋を覗くセシルさんもそのキラキラした美しい液体に驚いた表情を浮かべる。
「本当だな。実に美しい。そして強い魔力を帯びている……。目にも見えるほどの濃厚な魔力を纏っているな。しかし、ルミナスフラワーのように光るわけではないのだな。」
「もしかしたらムーンリリーが月夜の下で輝くように、夜になると光るのかもしれません。」
「なるほどな。ムーンリリーの効果を最大限に活かせるのは満月の夜……しかし、昼間でも十分な効果を発揮しているようだ。これをベースにいろいろと試してみよう。」
セシルさんはメモを取りながら私の爪をじっと見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
「素晴らしいぞ、アリス。このネイルは月の加護の力を持っているようだ。これでお前もさらに強くなれるだろう。」
「そうなんですね。月の加護……具体的にどのような効果があるんでしょうか?」
「それはこれから実験してみない事にはわからないな。しかし、基本的に月は八大元素の中で精神と密接に関わる。精神の安定や集中力の増大といった効果は確実に得られるだろう。」
「精神の安定や集中力の増大……それは素晴らしいですね!」
私は早速自分の爪にテストで塗ってみることにした。私にはまだ上手く魔力を感知する力はないが、キラキラのネイルはまさにラメ入りのポリッシュといった感じで、適度な粘性もあって理想としていたネイルそのものだった。
私が自分のネイルの完成に喜んでいると、セシルさんも右手を差し出してきた。
「私にも塗っておくれ。」
「先生も実験に協力してくれるのですか?」
「いいや、純粋に美しいからだ。着飾るのは趣味ではないが、これは品があっていい。私の好みだ。」
「は、はい!」
私はその言葉に嬉しくなった。確かに先生はいつもシンプルな服装をしている。
ネックレス以外に特別なアクセサリーなどもあまり身につけていない。そんな先生が私の作ったネイルを気に入ってくれたことが何よりも嬉しかった。
しかし私は今、ネイルを塗ったばかり……乾燥までどれくらいの時間がかかるかわからないため、先生の手に触れられずにいた。
「どうした。塗ってくれないのか?」
「ああいえ、これ乾くのにどれくらいの時間がかかるかわからないもので……私に先に塗っちゃったのもあって、今はまだ先生に触れないんです。」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか。どれ。」
セシルさんは私の手を取るとふうっと息を吹きかけた。するとキラキラとした粉雪のようなものが舞って指先が少し冷たくなる。
試しに爪先を軽く叩いてみるとカチカチと硬くなった音がした。
「ええ!?もう固まった!」
「ルナツリーの樹液が含まれているからな。冷やせば簡単に固まるんだ。さ、私にも……」
「先生!今の魔法私にもできますか!?」
私は身を乗り出して鼻息荒く尋ねた。私の剣幕に驚いたようにセシルさんは目を丸くすると小さく頷きつつ後ろにそっと身を反らした。
「あ、ああ……これもごく初歩的な魔法だからな。むしろ先の魔法陣より簡単に習得できるはずだ。」
「本当ですか!?」
私が一人感激している様子にセシルさんは困惑しているようだった。
息を吹きかけるだけで固まるなんてまさにネイリストの夢!夢のネイル!
その完成に一人喜びを噛み締めているとセシルさんがつまらなそうな顔をして私を見つめてくる。
「……で、私にいつ塗ってくれるんだ。」
「ああ!すみません!今すぐに!」
私はキューティクルプッシャー(甘皮を押し上げる道具)を手に持つと、丁寧にセシルさんのネイルケアを始めた。水だけしかないが、それでも丁寧に甘皮を押し上げ、クリーンナップ(爪の上の余分な角質やゴミの除去)をする。セシルさんは興味深そうに私の手元を見つめながら質問してきた。
「毎度思うが、そんなに丁寧に土台作りをする必要があるのか?」
「ありますよ。ネイルで一番大事なのはネイルケアです!今やっている行為が一番ネイルでは大事なんですよ。」
「ふむ……」
「これは畑を耕すのに似ています。地味な作業ですし、無駄な行為に見えるかもしれませんが、これから生えてくる爪を健やかに育てるためには必要な手間なんです。丈夫で美しくなるための準備なんですよ。」
「なるほど。ネイルケア……爪先の手入れなんぞ、王族くらいしかできないだろうが、これは実に贅沢な気持ちにさせてくれるな。」
「今は先生が王様でいいんですよ。この瞬間だけは、誰もが皆王様です。」
「誰もが王か……素晴らしいな。ネイルケアとやらは。」
「はい!」
私は満面の笑顔で答えた。ネイルケアの大切さを理解してもらえるのは嬉しかった。
現代のネイルサロンでも主流はほとんどジェルネイルで、誰もネイルケアの大切さに目を向けない。
美しい自爪があってこそ、ネイルが映えるというのにその大切さがまだ浸透して居ない。
化粧と同じで素肌が美しくなければその上に何を重ねても、綺麗に見えなくなってしまうのと同じなのに……そんな事を考えながら丁寧に土台を整えた後、いよいよムーンリリーネイルを塗布する。
「先生、そちらの手も出してくれますか?」
セシルさんは手を差し出し、私はムーンリリーネイルを塗り始めた。
透明でキラキラと輝く液体が、セシルさんの細くしなやかな指先を美しく彩っていく。
「これは……本当に美しいな。」
セシルさんは感動するように自分の指先を見つめていた。
私はその様子が嬉しくて、以前ネイリストだった時のお客様の笑顔を重ねてしまう。
「そうでしょう?乾燥まで少し時間がかかりますが、完成したらもっと綺麗になりますよ。」
セシルさんはじっと自分の爪を見つめていたが、突然ふうっと息を吹きかけた。すると、またもや粉雪のような冷たいものが舞い、ネイルが瞬時に乾燥した。
「これで完成だ。見てみろ。」
セシルさんの爪は、ムーンリリーの美しい輝きで満ちていた。
硬化することでまるで宝石のようにキラキラと光り、セシルさんもその美しさに見惚れている様子だった。
「わぁ、綺麗ですね!」
「これが……私か……?」
「はい、先生の手ですよ。」
「実に美しいな……まるで私の指先が宝石になったようだ。」
セシルさんの言葉に、私は自分も初めてネイルをした時のことを思い出した。まるで自分が特別な宝石になったような、大切な存在になったようなあの感覚だ。
そして祖母の言葉を思い出す。
「人は自分のことを綺麗にすると、自信がもてるようになるんです。そして綺麗になった自分のことを好きになれるんですよ。自分を綺麗にして、大切にしていると……自分を宝物のように思うんです。」
セシルさんは私の言葉にしばし黙って考え込んだが、やがて微笑んだ。
「確かに……なんというか、魔力を感じるのはもちろんだが、それ以上に何か……特別な力を感じる。言葉では言い表せないが……実にいい気分だ。」
「それが今、自分を好きになったということです。」
「自分を好きに……」
セシルさんは一瞬暗い顔を見せたが、すぐにその表情を消し、また爪を見つめていた。私は微笑みながら先生に告げる。
「私は、先生のことが大好きですよ。だから先生を大切にしています。今は……もしかしたら、先生は自分のことを好きになれないかもしれないですけど、その分も私が先生のことを好きでいますから!安心してください。」
セシルさんは私の言葉に心底驚いたような顔をし、しばらくの沈黙の後、私の頭を小突いて笑顔を見せた。
「弟子が師匠に向かって生意気なことをいうもんじゃあない。」
「痛っ!」
「……ありがとうな。」
セシルさんは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう呟いた。私は頭を抑えながら、静かに笑顔で返事をした。




