第13話:決別
私は部屋に戻るとすぐに魔物の素材の加工法の本を開いた。ページをめくるたびに、私の目にはさまざまな魔物の素材が飛び込んできた。
「ドラゴンの鱗はドワーフの職人でないと加工が難しいのか……でも、内臓は秘薬として高値で取引されるんだ……」
さらにページをめくり、サラマンダーという比較的簡単に入手できる魔物についての記述に目を止めた。オーアサラマンダーの鉱石の美しさとその魔法効果に心を奪われた。
「この鉱石をネイルの飾りに使えたら……なんて素敵なんだろう」
私の心は新しい可能性でわくわくしていた。その時、ムーンリリーの項目に目が止まった。
・ムーンリリー(Moon Lily)
貴重級(Rare)
概要:ムーンリリーは、この世界で最も美しく、香り高い真っ白な百合の花です。夜になると花びらが淡い光を放ち、月光と共に輝く姿が幻想的です。この花は、愛と癒しの象徴であり、その希少性から非常に高い価値を持ちます。
外見:花びらは純白で、夜になると淡い青白い光を放ちます。花びらの縁には細かな銀色のラインが走っており、まるで星の輝きを纏ったように見えます。葉茎は細くしなやかで、深い緑色をしています。葉は濃い緑色で、光を反射して輝きます。
香り:非常に香り高く、甘くフローラルな香りが特徴です。この香りは心を落ち着かせ、リラックスさせる効果があります。また悪魔や魔物はこの香りを酷く嫌うため、魔除けとしても使われます。
生息地:魔法の森の奥深くや、古代の神殿の遺跡にしか咲かないとされています。特に満月の夜にその花を咲かせることが多いです。
・特製
魔力の増幅:周囲の魔力を吸収し、それを増幅する力を持っています。魔法使いや魔法の儀式において非常に有用です。
癒しの力:花びらや香りには、傷を癒し、心を落ち着かせる力があります。特にポーションやお守りとして使われます。
愛の象徴:愛する人にムーンリリーを贈ることは、深い愛情と感謝の意を伝える最高の方法とされています。
・伝承と伝説
愛の誓い: ムーンリリーは古くから恋人たちの間で愛の誓いの象徴とされてきました。この花を贈ることで、永遠の愛と絆を誓うことができます。
魔法の祝福: 伝説によると、ムーンリリーが咲く場所には、古代の魔法使いの祝福が宿っていると言われています。
・使用例
儀式や祝典: 魔法使いの祝祭や結婚式では、ムーンリリーが重要な装飾として使われます。特に夜の儀式では、その光が神秘的な雰囲気を醸し出します。
治療と魔法: 花びらを使ったポーションやお守りは、高い治癒効果を持ち、魔法使いや癒し手たちに重宝されています。
贈り物: 愛する人や大切な人への贈り物としてムーンリリーは最適です。花を贈ることで、相手に深い愛情と祝福を伝えることができます。
「愛する人への贈り物……」
私はふとベルトにしまっていた日記帳を思い出し、それを取り出した。セシルさんの日記帳だ。
そして、ベッドの下にしまっていた絵本も取り出す。絵本の中には、男性がエルフの女性に百合の花を捧げ、永遠の愛を誓うシーンが描かれていた。エルフの女性はその行為に心を打たれ、二人は恋に落ちる。
日記を読み進めるうちに、私の脳裏にミカエルとセシルの関係が鮮明に浮かんできた。絵本の中で描かれていた愛の物語が現実にもあったのかもしれないと感じたのだ。
「ミカエルさんがムーンリリーを捧げたのは、セシルさんへの愛の証だったんだ。彼はそのために多くの試練を乗り越えて、セシルさんのために一生懸命頑張ったんだ。」
私は絵本の中のシーンを思い出し、ミカエルがムーンリリーを捧げる姿を重ね合わせた。
「二人はきっと恋に落ちたんだ……。セシルさんの心の中には、今もミカエルさんがいるのかもしれない。でも、どうしてエリオットさんもムーンリリーを……?」
まだ疑問点は多く残るが、他人の過去を勝手に暴いてはいけないと感じ、アリスは日記を丁寧に閉じた。私はセシルさんに対する新たな敬意と、彼女の過去に思いを馳せた。
「セシルさんの恋人が人間の男性だったなんて……。エルフと人間とでは寿命が違うのに……もしかして、それがきっかけでこの森に一人で住んでるんじゃ……」
その時、背後から怒りのこもった声が響いた。
「アリス、何をしているのだ!」
振り返ると、怒りに燃えるセシルさんと目が合った。
「せ、先生!……ごめんなさい。あなたの日記を読んでしまいました……。」
「私の許可なく、勝手に日記を読むとは何事だ!」
セシルさんの顔は怒りに歪み、その目は冷たく私を見つめていた。
「人の過去を勝手に暴くことがどれほど無礼なことなのか分かっているのか?出て行け、アリス!」
私は目に涙を浮かべながら、必死に頭を下げた。
「本当にごめんなさい……私は先生をもっと理解したくて……」
セシルさんは振り向くことなく、冷たく言い放った。
「貴様と話すことはもう何もない。二度と私の目の前に姿を見せるな。」
私は服を掴まれ、放り出されるように夜の森へと突き飛ばされた。
私は地面に倒れ込み、膝を抱えて震えながら立ち上がった。冷たい風が私の頬を切るように吹き抜け、暗闇の中で何も見えない状況に、恐怖がじわじわと胸に広がっていく。
「どうしてこんなことになってしまったんだろう……。セシルさんの信頼を裏切るつもりはなかったのに……。」
私は涙をこらえながら、セシルさんの怒りと失望に胸を痛めた。
好奇心から彼女の過去に触れてしまったとはいえ、あそこまで怒らせるなんて思わなかった。自分の行いを恥じながらも、深い森の中に足を進めた。暗闇の中で方向感覚を失いかけても、ルミナスフラワーのネイルの効果で夜目が効き、また辺りを柔らかく照らした。
しばらく歩き続けた後、私は小さな隠れ場所を見つけた。そこは古い木の根元にできた自然の洞穴だった。
「ここなら安全に夜を過ごせそう。」
私は洞穴の中に身を潜め、疲れた体を休めるために腰を下ろした。ルミナスフラワーのネイルが微かに光り、周囲を優しく照らしていた。洞穴の中で膝を抱えながら、セシルさんとのやり取りを思い返していた。
「私はセシルさんのことをもっと知りたかっただけ……でも、無断で日記を読むなんて間違っていた。謝るだけじゃ駄目だよね……。」
私は涙を流しながら、自分の過ちを深く反省した。しかし、同時にセシルさんの信頼を取り戻すためにもムーンリリーを絶対入手しなければならないと強く感じた。手持ちの荷物を確認すると、持っているのはセシルさんからもらった短剣と、ルミナスフラワーのネイルだけだった。
「どうか、この光が私を導いてくれますように……。」
私はネイルに祈り、周囲の安全を確認しながら眠りについた。
寒さと不安でなかなか眠れなかったが、心の中にはセシルへの謝罪と信頼を取り戻す強い決意があった。
翌朝、私は冷え切った体を起こし、再び森の中を進むことに決めた。昨夜読んだ日記の内容を思い返しながら、セシルさんの過去について考え続けていた。
「セシルさんの恋人が人間の男性だったなんて……。エルフと人間とでは寿命が違うのに……もしかして、それがきっかけでこの森に一人で住んでるんじゃ……。」
私の心には疑問と理解が交錯し、セシルさんの孤独と悲しみを少しずつ理解し始めた。その時、彼女はムーンリリーの項目を再び思い出した。
「ムーンリリー……これを見つけて、セシルさんに謝ろう。」
決意を新たにした私は、魔法の森の奥深くへと進み始めた。彼女はセシルさんの日記の最後の部分を思い出しながら、エリオットとミカエルの関係にも思いを馳せていた。
「エリオットさんはミカエルさんを妬んでいた……。セシルさんがミカエルを選んだことで、彼の嫉妬と憎しみが深まっていったんじゃないかな……。」
私はセシルさんとミカエルさん、そしてエリオットさんの間にあった複雑な感情の糸を解きほぐしながら、考え推測し森の中を進んでいった。
私はムーンリリーを探しながら、セシルとの信頼を取り戻すための方法を模索していた。
「どうか、この旅が無駄になりませんように……。」
祈りとともに、森の奥へと進む一人の少女の姿が、夜明けの光の中で徐々に消えていった。




