第12話:セシルの日記
階段を降りていくとすぐに部屋の扉が目に入った。ノブを回せば簡単に開いてしまう。なんだかんだ生活を共にして数ヶ月が経つが、私は初めてセシルさんの部屋に入ることになった。
心臓が少し早く鼓動するのを感じながら、部屋に入ると辺りを見渡した。
セシルさんの部屋は本で埋め尽くされており、本棚に入りきらない本が床にも積まれている状態だった。
そのほとんどが魔術書で、セシルさんの魔法好きは筋金入りなんだなと改めて感じた。部屋には古い木製の机があり、その上には魔法の実験道具や試験管が散乱していた。
机の上には、新しい魔術の方法や私との研究結果、改善点、必要素材などが記されているノートが置かれていた。埃を被ったランプが薄暗い光を放っている。
エルフは日の入りと共に眠ると言っていたのに、毎晩徹夜をして私の魔法の勉強に励んでいたのだと知り、なんだかそれが申し訳ないながらも嬉しくて、私は笑みを浮かべながらセシルさんに言われた通り、魔物の素材の加工について書かれている本を探した。
しかしこんなに散乱していては、目的の本をなかなか見つけられない……。仕方がないが私はしらみつぶしに本棚を漁っていた。
薬草学、天文学、魔物にまつわる図鑑や辞書、たくさんの種類の本がひしめき合っていた。
本はジャンルごとに分けられているわけでもなく、乱雑に突っ込まれているようで、上下が逆さの本もたくさんあった。その中でふと目につく小さめの本を見つけた。私はその本がどうしても気になり手に取り確かめてみることにした。ページを開くと、それはどうやら古い日記帳のようなものだった。
これは見てはいけない……そうとっさに判断したが、好奇心が勝り、私はその中身を読んでしまった。
***
4月11日
今日は新しい門下生が18人やってきた。どれも王都からの使者で、私のもとで修行したいと志願した者たちだったようだ。だが、ぱっと見魔法の才に恵まれたものはいなさそうだ。これは今年も期待できないな。そう思いつつも、国王の命令ならば仕方ない。とりあえず育ててみることにする。
4月12日
門下生の8人が辞めていった。私の修行が厳しすぎるらしい。魔法の基礎に体力づくりは当たり前なのに、王都ではそれを教える事は無いらしい。何をしているんだか。本当に優秀な魔法使いを育てたいのか?魔法使いを育てるにしても土台がなっていない。基礎が一番大事だと言うのに……。残りの10人があとどれぐらいもつのか見ものだな。
4月16日
迎え入れた門下生の中に1人優秀な人材を見つけた。人間だが、なかなかに根性がある。私の指示にも反感してくることがあり、実に面白い反応を見せてくれる。魔法の素質はそこまで高くはないが、あきらめない根性、そこが気にいった。明日から徹底的にしごいてやる。覚悟しておけ!
4月20日
門下生のほとんどが辞めて行き残り4人となった。理由を聞くと修行が厳し過ぎると言うことだった。厳し過ぎるも何も基礎基本を叩き直しているだけなのに、それについて来れないなんて魔法使いの資格がない。ただあの人間だけは必死に食らいついてくる。どんなに厳しい修行にも文句を垂れずひたすら修行に励んでいる。面白いことに魔力総量も上がっている。これは期待できそうだ。
5月6日
とうとう門下生はあの人間1人ともう1人のエルフだけになってしまった。私なりに人間に合うプログラムに変えたはずなのに、それについて来れないなんて最近の人間は軟弱で困る。私の修行時代なんてもっと悲惨なものだったのに。やれやれ、教える側も楽ではない。
5月14日
残った門下生はミカエル、エリオットと言う。ミカエルは特に特出したスキルがあるわけではないが、何より修行をあきらめず完遂するだけの根性がある。ここに来た時よりも今は随分と違ったように見える。そして料理がうまい。掃除や洗濯まで率先してやってくれるので、おかげで寮は綺麗な状態を保てている。私は家事全般はからきしだからな。彼の存在はありがたい。
5月26日
エリオットの方はエルフだということもあり魔法の素質は元々高いが、ここに来てから魔法の才能が引き出されているようだった。特に召喚術や錬金術といった類に特出した能力があり、これならば王宮専属の魔法使いも夢ではないだろう。ミカエルは相変わらず修行にはついて来ているが、特別秀でた才能を持っているわけではない。だが、彼の優しさや気遣いに私は助けられることが増えていった。
6月12日
ミカエルがムーンリリーを持ってきた。ムーンリリーは、魔法の森の奥深くや、古代の神殿の遺跡にしか咲かないというのに……。馬鹿な奴だ。帰ってきた時は花を抱えたままボロボロの姿だった。ろくに戦えもしないのに遺跡に向かったのだろう。仕方がないので傷の手当てをしてやった。
6月13日
エリオットがムーンリリーを持ってきた。それも満開に咲き誇った非常に上質なムーンリリーだ。今日がまさに満月。ムーンリリーの特性についてもよく理解しているし、傷ひとつ負わず涼しい顔をしてそれを私に献上してきた。エリオットとミカエルの能力の差は歴然だ。知識の差もさることながら、人間であるミカエルがエルフであるエリオットに敵うはずもない。やはりエリオットは宮廷魔法使いに推薦できる逸材だ。これで国王も満足されるだろう。
6月15日
ミカエルとエリオットの仲が険悪な雰囲気だ。どうやらミカエルは自分の能力の低さに後ろめたさを感じ、エリオットはというと自分の方がより優れていることに慢心しているようだ。魔法使いとしての素質はエリオットの方が高いが、魔法使いとしての心構えができているのはミカエルのようだな。このまま暫く2人を観察しておこう。
***
ガタン
私は急な物音にびっくりして咄嗟に本をベルトの中にしまった。振り返ると、酔っ払ったセシルさんが痺れを切らして降りてきた。
「アリスぅ〜?いつまでかかっているんだ。本の一つも探せやしないのか?」
「先生、こんなに散らかっていたら目的の本を探すのだって簡単じゃないですよ。」
「なんだぁ〜?私の部屋が汚いとでも言いたいのか?」
「そうじゃないですけど……」
「私が探す!どけ。」
「わぁっ」
セシルさんに押し除けられて部屋の隅に追いやられる。彼女は積まれていた本をぽいぽいと投げ捨てながら目的の本を探していた。
「うーん……確かこの辺に……おっかしいなぁ〜……あんなデカいもん、そうそう無くすはずがないのにな……」
積まれていた本の山はセシルさんという怪獣に崩壊させられ、みるも無惨な本の雪崩を起こしていた。
私は本が可哀想だな……と思いながらも、セシルさんが目的の本を見つけるのをおとなしく見守っていた。
「あった!これだぞ。」
セシルさんは目的の本を見つけると私の方にそれを放り投げた。分厚い辞書のような大きな図鑑本を投げられ、慌てて全身でキャッチする。
お、重い……。
「こ、こんな重いもの投げないでくださいよ!落としたら大変じゃないですか!」
「なぁに、怪我でもしたら回復魔法でも使えばいいだろ〜。」
「回復魔法をかける前が痛いじゃないですか!」
「大袈裟だなぁ〜。人は痛みと共に成長するんだぞ。」
「いや、この成長はいらないんで……」
その重たい本を一度おくと、セシルさんをベッドに誘導する。
「先生、今日はもう寝た方がいいですよ。お酒の飲み過ぎです。」
「まだワイン一本だぞ〜!肉さえあれば樽一杯くらいはいける。」
「お肉も今日の分はもう食べたでしょう。必要以上に獲らない、それがエルフの教えじゃないんですか?」
「お前は物覚えが少し良すぎるなぁ……たまにはいいんだよ、たまには!」
「お酒の勢いでそんなこと言ってたら後悔しますよ。」
「しない〜。」
「いいから、もう今夜は寝ましょう?」
「いやだ、私はまだ飲む……」
そう言うや否や、セシルさんはすぐに眠りについてしまった。
ああ、これからセシルさんにお酒を飲ませる時は気をつけないと……そう思いながらセシルさんに布団をかけてあげる。
気持ちよさそうな顔をしながら眠っているセシルさんをみて私は思わず小さく笑ってしまった。普段は厳しく、凍てつくような雰囲気を纏ったこの人だけど……こういう人間味のあるところを見ると、この人もエルフといえど私たちと何も変わらないのだなと思う。
私は渡された大きな本を持って自分の部屋へと戻っていった。




