第10話:初めての魔物狩り
魔物を倒す、解体するなどの残酷なシーンが含まれます。
流血なども描かれて居ますので苦手な方はご注意ください。
「手始めにこの近くに出現する魔物を倒してみよう。生態系のバランスが壊れるほどの殺生は許されないが、均衡を保つ量なら森も受け入れてくれる。その辺の采配は私が森の声に耳を向けるから心配するな。」
「はい、わかりました。」
「緊張しているな?」
「は、はい……」
「最初は皆そんなものだ、それで間違っていない。大丈夫だ。今朝は朝食を抜いてすぐに出かけるぞ。」
「はい!」
私は荷物袋を担いでセシルさんの後ろをついて家を後にした。
しばらく歩いていると透明なぷよぷよとした生き物が目の前に現れた。
「あれはマジックスライムだ。魔法攻撃がほとんど効かない特殊個体でな。この森にしか現れないんだ。」
「え、そ、それじゃあ先生でも倒せないってことですか?」
「いや?」
キュイン!
「わぁっ!」
鋭い光が放たれたと思うとマジックスライムはびくびくと瀕死の重症になっていた。
「魔法攻撃がほとんど効かないというだけで、高火力の魔法であれば全く効かないわけじゃない。さぁ、とどめはお前がさすんだ。」
「わかりました……!」
私は短剣を抜くとスライムの方へ近づいていった。痙攣しているだけで反撃してくる様子はない。
「ごめんね……。」
ザク……
私はスライムに短剣を突き刺しとどめを刺した。
肉を貫く感触とも違うし、なんとも言えない歯応えのあるようなゼリーを突き刺すような感覚だった。マジックスライムは息絶えたのか全く動かなくなりとろりとした液体状の形に近くなっていた。
「スライムが溶けて消える前に回収して瓶につめるんだ。」
「はい!わかりました!」
スライムの遺体をかき集めて瓶に詰める。どろっとした液体状のそれは瓶に収まり、透明な粘液質の物体に見えた。
これならネイルポリッシュやジェルネイルのような効果が期待できるかもしれない。
新しい素材を得られた喜びに少し表情が明るくなる。
「それでは次だな。次は少々大物を狩りにいくとするか。」
「大物?」
セシルさんが歩き出したので私は黙ってついていくことにした。
しばらく鬱蒼とした森の中を歩くと聞き覚えのある唸り声が聞こえた。
これは……あの時の狼!
「こいつらはシャドウウルフ。さっきのスライムよりも手強いぞ。」
短剣を取り出し震える手で握りしめる。
怖い。
人と同じくらいの大きさのある狼。太陽光の下で見ると真っ黒な毛並みがまるで影のようで真っ赤な瞳がこちらを睨みつけて唸っている。
セシルさんは動じることなくシャドウウルフと見合っている。幸いなことに敵は1匹。セシルさんなら問題なく仕留められるだろう。
「これはお前の手に余る。私が片付ける。」
そう言うが早いか、セシルさんが手を振り下ろした瞬間。光の矢がシャドウウルフに突き刺さり、あの恐ろしかったシャドウウルフがきゃんきゃんと子犬のような悲鳴をあげた。
その光景に私は足が震えた。
命を奪うってこういうことなんだ……。
その時実感した。
RPGやゲームの中では当たり前にモンスターを殺していたけど、本当に生き物を殺すってこういうことなんだ。
「もう彼奴は動けまい。アリス。」
「はい……!」
瀕死のシャドウウルフに近づく。くぅーん……くぅーん……悲しげな、痛々しい声を上げながら痛みに悶えて鳴いている。動物の中でも特に犬が大好きな私にはとても堪えられなかった。
目を逸らしたくなる。
短剣を持つ手が震える。
両手で抑えてもガタガタと震え、今にも落としそうになる。ダメだ、怖い。
「目を背けるな!」
「!」
「お前が迷えばそれだけ長く其奴が苦しむことになるんだぞ。」
「……っ」
「迷うな。そして躊躇うな。お前が戦うべき相手は自分自身だ。」
「う……」
ガタガタと震える手にぎゅうっと力一杯込めて短剣を握って抑える。
怖い。
でも、このまま苦しめる訳にもいかない……!
きゅーんきゅーん……と切なげに痛そうな声をあげるシャドウウルフの心臓目掛けて、私は大きく短剣を振りかぶった。
「わあああああ!!!!」
ザシュッ!!
肉を裂き、心臓に短剣が突き刺さるのがわかる。心臓の鼓動がどくんどくんと自分の手にも伝わってくる。生暖かい血が短剣を伝って自分の手にも流れてくる。やがてその脈はゆっくりと速度を落とし、私の手の中で消えていった。私はその場にへたれ込んで泣いてしまった。
魔法のためとはいえ、私利私欲のために命を奪ってしまったこと。初めて生き物を殺した感触。
それが生生しく手に残って、溢れた血が温かくて、スライムとは比較にならないこの手で殺めた罪悪感に私は涙を流してうずくまった。何も悪いことをしていない生き物を、私が自分の実験の為に殺してしまった。
「我々の贄となってくれたことに感謝する。大切に使うぞ。」
セシルさんは泣いている私を他所に、シャドウウルフの遺体にそう呼びかけながら手際よく解体作業を始めた。
あの真っ白な腕が赤く染まっていく。丁寧に皮を剥ぎ、肉を裂いて、臓器を取り出していく。まるでそれは不思議な光景で、あの美しいセシルさんが真っ赤に染まっていくのがどこか現実離れしていて私は泣き顔のままその光景を見つめていた。
「最初に法血をする。ここに大きな動脈がある。そこを切って余分な血を出させるんだ。」
セシルさんは慣れた手つきでシャドウウルフの首を切った。勢いよく流れ出す血に思わず吐きそうになり、慌てて口を両手で抑え必死で堪えていると、セシルさんは小さく笑って後ろを指さした。
「吐いた方が楽になる。慣れないうちは仕方がないことだ。吐いてこい。」
セシルさんの優しい声に促され、私はその言葉に従って一目散に駆け出し木陰で胃の中身のものを全て吐き出した。
ああ……だから朝食を抜いたのか……。私の胃液に焼かれるのどを摩りながらそう察した。
幸い吐いても飲んだ水程度しか出なかったのでそこまで苦しくならずに助かった。持ってきた荷物袋から水を取り出すとそれをごくごくと飲んでからセシルさんの元に戻る。セシルさんはすでに内臓を取り出し終わり、ほとんどの解体が済んでいた。
最後に首と尻尾、手足を切り落とし綺麗に皮を剥いで畳んでいく。
その光景を私はただぼんやりと眺めていることしかできなかった。
「血を洗うために一旦泉へいくぞ。そこからこれらを回収して使えるものは素材として持ち帰る。」
「はい……。」
「堪えたか?」
セシルさんは優しく私を見つめた。
「少し……」
私は疲れた声で答えた。
「狩猟というのはこういうものだ。ただ、その感情は忘れないでいてくれ。慣れてほしくない。命を奪うということに慣れてしまっては、その尊さも有り難みも忘れてしまうからな。」
「わかりました……。」
私はうなずきながら、心に刻み込むようにセシルさんの言葉を反芻した。
「とりあえず、この半分を持てるか?私はこちらを持つ。」
セシルさんは真っ白な服にも関わらず血の多い部分を抱えて歩き出した。私はあまり血のついていない皮や切り落とした足などを持ってその後ろを追った。
しばらく歩くと美しい泉に出た。森の木漏れ日が泉に反射して、水面がキラキラと輝き、透き通った水が泉の底まで映し出していてとても幻想的で美しかった。その光景に私はつかぬ間の安らぎを得た。
セシルさんは慣れた手つきで肉塊を泉に入れると綺麗に洗い始めた。美しかった泉も血の色で徐々に濁っていく。
「アリス、お前は皮を洗ってくれ。全ての素材は綺麗に洗ってから使うからな。できるものだけでいい、やれることは手伝ってくれ。」
「わかりました。」
私はシャドウウルフの皮を洗い始めた。洗ってみると泥や汚れが案外ついているものでこっちの水は泥水のように汚れた。皮の内側は綺麗なもので傷一つなく、セシルさんの解体技術の高さが見てわかった。
セシルさんの方を向くとシャドウウルフの頭を解体していた。目玉を取り出し、瓶に詰めていく。牙を数本抜いてはそれも瓶に詰めていった。目玉、牙、爪、心臓……それらを瓶に詰め終わると肉の塊から骨を抜き、慣れた手つきで食べられるような大きさの肉の塊にしていく。
そして内臓からとれた石の塊みたいなものを見つけると私の方に見せてきた。
「アリス、見ろ。こいつは小さいが魔石を持っていたぞ。」
「魔石、ですか?」
「魔石は魔力が結晶化した貴重な素材だ。強力な魔法をもつ魔物しか見つからないものだ。これがあればルミナスフラワーよりも強力な魔力を引き出せるはずだ。」
「やった……!やりましたね!」
「ああ、初めての狩猟にしては上出来だ。」セシルさんは少し微笑んだ。
そしてセシルさんは数本の骨と肉を荷物袋に詰めると、残りは泉の近くに供えるようにしておいた。
「友よ、ありがとう。残りは森の仲間と分け合ってくれ。」
恐らくこれもエルフの祈りの言葉なのだろう。森から多くを取りすぎてはいけない。
その言葉の通り、自分たちの使う素材と食い扶持以上の肉は持って帰ることはしなかった。
荷物を背負い、帰路につく。
酷く疲れた。
何かしたわけではないが狩猟という行為が私にはとても神経をすり減らす行為だというのはわかった。
ネイリストにはなりたい。でも狩猟は私向きの仕事じゃないな……誰か狩猟してくれる仲間を見つけないと……。
でも、まずは自分ができるようにならなくちゃ。折角セシルさんの弟子になったんだから……学べるものは全て学んで身につけないと!
そう決意を新たに私たちはセシルさんの家へと戻った。




