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未定

作者: 鋼鉄トーフ

 俺の名前は”J”

jack・何某でもなければ何某・J・何某でもない。ただのJ。そして俺の前で地面に横たわっている穴だらけの男はジェイク。俺の元相棒だ。

俺の手に持つ熱を失いつつあるグロッグが語っているがやったのは俺だ。コンクリートの地面を血だまりが広がっている。血の匂いになれたはずだが、今日だけは強烈に感じた。


「終わったようだな」


後から数人の男の気配と低く鈍い声の主がやってきた。このニューマイアミを牛耳るフィクサーのアンクル・ジョージだった。頭には白いものが混じり、肥満体型に人のよさそうな顔を持ちながらも油断できない男だ。現に厳ついスーツの男たちを従え、こちらに向かってくる様に確かな自信と胆力を感じる。

そんな彼は部下に元相棒を調べさせると満足な回答を得たのか煙草を部下から受け取りながら語り掛けてくる。


「さすがはJだな。いい腕だ。しかし依頼となれば相棒でも関係なしか。」


その言葉には賞賛と侮蔑が含まれていた。


「"元"相棒だ。こいつは俺やあんたの情報を得たいのしれないギャングに売りやがった。当然の報いだ。」


「確かに言うとおりだな、裏切りは最も重い罪だ。」


俺の言葉にどこか納得したのか彼らは去っていた。闇に溶けるような彼らの後ろ姿を見送っていた時、鋭い痛みを左腕に感じていた。アドレナリンの減少と溶けつつある緊張感が、俺を日常に連れ戻した。焼けつくような相棒の置き土産を感じる。あぁもうすぐ1980年の夏が終わる。



「ほらよペインキラーと包帯だ。テキトーに使っとけ。」


 俺はなじみの闇医者の診察室に居た。診察室といっても盗難車をばらして売り払うスクラップヤードの片隅にそれはある。バラバラにされパーツを抜かれた廃車の山の中にプレハブが建っている。いや、もはやここに境界線などなくこの場所こそが廃車なのかもしれない。


「おいおいジャッキー。お前には慈しみや優しさってもんがねぇのかよ。」


乱雑な処置を終え、テレビに向き直していたジャッキーが口に含んだコーヒーを吹き出す。どうやら俺のセリフが気に入ったらしい。


「おいおい!我らがJ!お前、転職してコメディアンにでもなったらどうだ。そうすりゃ今よりはちーとばかしまともな暮らしができるんじゃねーか。」


「ぬかせ」


包帯を左手に巻きながら俺は言い返す。そして少しばかり多めに金を置いて診察室を出た。ただブラウン管のノイズだけが俺を見送っていた。


 闇医者を出て帰路につく。街は相変わらず汚れておりそこに巣くう人間の本質を表していた。

現実から逃れるためにどうでもいいことを考えながら歩いたためか、俺の目の前にはいつの間にかダイナーがあった。


「クソッ!」


俺の足は無意識にこの場所へきてしまった。いつも仕事終わりに使うなじみの場所だ。しかし今日ばかりは来たくなかった。無視して帰ろうかとも思ったが、俺の体が失った血を取り戻せとうるさい。俺は曜日を確認し柄にもなく祈りながらドアを開けた。


「いらっしゃい。ってなんだJじゃない!」


大ハズレだ。女の甲高い声がいやにでも耳につく。俺は平然とした面持ちでいつも使うカウンターに座った。


「ようジャクリーン。元気そうだな。しかし、おまえ火曜日のシフトは抜けたんじゃないのか?」


会話の主導権を握ろうとする。すこし強引だがバンピーには気取られない自信がある。


「ちょっと聞いてよJ!。あのクソ店長ったらシフトを減らしてほしけりゃ今までに割った皿の弁償をしろだなんて言うのよ!」


正直どうでもいい話だが、今日に限って彼女を配置した店長を殺したかった。


「そいつは酷だな。だがよ、ジャクリーンお前が皿を割るたびに1ドルもらえてりゃ俺は今頃、摩天楼でくらしてるぜ。」


「もぅ!Jまでなんてこと言うのよ!」


何とかやり過ごせそうだった。ここらで手早く食事を終わらせて帰ろうと思った矢先俺をえぐる弾丸が飛んでくる。


「そういえば今日はジェイクと一緒じゃないの?」


来た。俺は頭の回転がひどく鈍くなるのを感じる。答えなければ。


「あぁあいつはいまバカンスだよ。南国の楽園かスイスにでもいってんじゃねーかな。2,3カ月は帰らねーとよ。」


あいつは今頃天国でお袋と再会している頃だろう。ふと昔あいつの実家に招待されたときに食った、お袋さん手製のクッキーの味がよみがえる。


「何よそれ!なんで恋人の私を連れてかないわけ!それでJもなんで黙ってるのよ!」


「あいつもでかいヤマで疲れてんだよ、少し一人してやってくれ」


頭を絞るように何とか会話を続ける。たとえその先が地獄だろうとも。その日出されたステーキはハラペーニョにまみれていた。ジャクリーンの稚拙な嫌がらせだ。だが今の俺にはこれで良かった。どのみちしばらくは味を感じないだろう。


 それから俺の記憶は定かではなかった。気づいたら自分の寝床に帰っていた。埃っぽい古いアパートだ。ジェイクが酔っぱらって壊した椅子が部屋の隅にあった。俺は無性に腹が立った。それは不義を働いたジェイクへの怒りなのか、弱い自分へなのか、それともふんぞり返るフィクサーどもへの怒りか全くわからなかった。ともかく、それから1週間は部屋と自分の殻に閉じこもり泥のように寝た。そして思い出したかのように缶詰を食い、出すものを出してまた泥の様に眠った。夢と現実の間で俺は考えていた。潮時だろう。この街から去り誰も俺を知らない、そして俺も誰も知らない場所へ行きたかった。それにしても必要なものは金だ。次で最後だ、これっきりだ。そんな都合のいい妄想におぼれながら俺はまた眠った。


「どうですお勧めの一品ですよ。」


 2週間後俺は胡散臭いセールスマンと不愛想なガンスミスの間に挟まれていた。ガンスミスは依然としゃべらないが的確に俺の商売にあった品を営業担当に渡す。それを受け取った営業が古いでんぷん糊で張り付けたような薄っぺらい笑顔をこちらに向ける。


「これなんかはいかがです。イタリアの国から来たスーパーなM1ショットガンです。安定性の高いセミオートですよ。これを持つJ様を見れば相手も逃げ出すでしょう。」


営業の人間が仰々しく見せつけてくる。その手にはめた白い手袋が銃器をより際立てていた。

とにかく火力が欲しかった。今回の仕事はジェイクが関わった新興ギャングの始末だ。もちろん俺一人で可能な仕事ではないが、今までのように拳銃1挺で何とかなる案件ではない。俺はいけ好かない伊達男から銃を受け取る。フォアエンドのスライドを確認し想像の中で立ち回りを考える。奴らの巣穴の倉庫、

オフィス、万が一の場合はドライブバイも考えられる。


「固定ストックをピストルグリップにしてくれ。あとSMGも見たい。」


俺の要求にガンスミスが手話で答える。それを見た営業がYESの返事をした。

この店に来てからたっぷりと2時間半が経っていた。試射も済ませた俺は受け渡しの手続きを終えて店をでた。見上げると空は雲一つなく晴れていた。同じ様に不安も恐怖も捨て去った俺にはピッタリだった。


 俺は通りを進む。すべて準備は終わらせた。俺の最後の大仕事は愛すべきデブ、アンクル・ジョージからの依頼だった。何の因果か知らんがジェイクをたぶらかしたギャングの大掃除だ。奴らはとうとうジョージの飯のタネに手を付けたらしい。俺に依頼を持って来た奴もいつもの使い走りではなく、彼本人だった。

説明では俺のような殺し屋を30人ばかし集めて港湾エリアのギャングの巣穴に火をつけるらしい。

用は皆殺しにしろってことだ。俺は何故か楽しみだった。いつもなら仕事に対して臆病で慎重な俺には似つかわしくない感情だった。それはジェイクの仇を撃てるからでも、この町とおさらばできることでもないのだろう。自身に聞いてもわからないし答えは決して出ないとわかっていた。


 目的もなく通りを歩くと右手側にレストランがあった。歴史を感じるビルの一階に肩をすぼめて佇むその店は、外装や装飾に光るものはなかったが妙な"味"を感じさせた。指紋一つ無い大きな窓が通に面してあり店の中に光をもたらしていた。今時珍しくドアマットが無いが、埃一つ落ちていない。この掃きだめに表れた聖域のように感じた。この街にこんな場所があったとは驚きだった。客は誰も入ってないが何も考えず俺はドアベルを鳴らした。


 料理は値段の割になかなかだった。オーソドックスな古き良き味ってとこだが、舌は満足したし、

腹と心が満ちた。店の角を陣取った俺は夕刊を読みながらゆっくりとコーヒーをすする。

その時だ視界の端に人の足が見えた、店員ではないしドアベルもなっていない。

俺は懐に隠している.22口径を折りたたんだ新聞で隠すように手に持った。

見上げると黒人の老紳士がテーブルのふちに佇んでいる。


「ごいっしょしてよろしいかな?」


周りを見渡してほかの席が空いていることを遠回しに伝えるが。老紳士は動じなかった。


「えぇどうぞ、もう失礼するところですが。」


俺は壁を背にしながら拳銃を新聞ごと左手に持つ。気取られないようだが決して背後を見せないように立ち去ろうとする俺をみて老紳士が微笑みを浮かべた。そして一言付け加えた。


「もし、貴方が次の仕事を成功させても運命があなたをほおってはくれんでしょう。予言しましょう貴方が願うような理想で静かな引退生活は決して訪れないでしょう。」


俺は彼をにらみつけた。腹が立ったからではない。彼の一言が俺を覆っていた全能感を引っぺがしたからだ。自己嫌悪さえする臆病さが俺に戻りつつあった。そんな俺を無視して彼は席につき話を続ける。


「もし、少しでもお話を聞いていただけるなら私は貴方に可能性と選択肢を見せることができますが、

いかがなさいますかな?」


俺は老紳士の分析をする。この辺りでは見かけないような身なりだ。灰いろのジャケットとスラックスは

生地の良さと、それがオーダーメイドで有ることを語っている。同じ色のフェードラはくたびれるどころか、一流の仕事が節々に表れていた。手に持ったステッキは質素ではあるが柄頭の彫金は見事である。

ギャングの連中はこんな搦手を使えないし使わないだろう。別のフィクサーの可能性もあるが、

軽薄に縄張りを侵すようなことはしないはずだ。そんなことを考える俺を見越してか老紳士は品のいい笑顔を俺に向けながら宣言するように話した。


「どうです、気分転換にテラス席にでも。」


彼は店のフロント窓を示す。俺は訝しみながら通りに面している窓を視界に入れる。

この店にテラスなどなかったはずだった。だが現にそれはそこにあった。

俺をこの店に引き込んだ大きな窓の外にテーブルが3つほど椅子を伴っている。店と道の間は猫の額ほどもなかったはずだ。俺の背中に嫌な汗が流れ落ちる。シャツと肌が張り付く感覚。俺は無意識に首元のボタンを緩めていた。


「さぁ行きましょう。申し訳ないがこのおいぼれに肘を貸していただけないかな。」


俺はバカみたいに肯定の返事をし老紳士とともにテラス席にかけた。

ウェイターが当然のごとく。彼と俺にコーヒーを持ってくる。何も注文していないはずだ。

店ごとグルなのか?しかしこのテラスはどうやって持って来た。空間を広げた?

そんな馬鹿な話があるか。今は80年だ魔法なんぞ今時の子供でも見向きもしない。


「大丈夫ですかな?顔色が悪いですが。おっと時間通りだあそこをご覧ください。」


彼は通りを挟んだ通行人の男を指さす。


「彼の名前はジェレミー・ジャクソン。次の舞台であなたの新しいショットガンの最初の餌食になる男です。」


俺は不安と猜疑心をいなしながら冷静さを取り戻そうと努力する。しかし何故か老人の言った男を見てしまう。当然のごとく見知らぬ人間だ。猫背のやせっぽっちの白人でギャングのようにも見えない。


「用事はなんだ。」


俺は怒気を絞り出し、老人に迫ろうとした。


「しっ!よく見ていてください。」


-彼は歩いていた。何もかもがおしまいになればいいと思っている。自分を捨てた両親も、この街の成功者も浮浪者もそして自分さえも。だからギャングに入った。しかしそんな毎日がどこまでも続いていくのであろうと思っていた矢先、頭に鈍い衝撃が走った。血が飛び散る、いや飛び散っているのは血だけではない。迫りくる地面に何も抵抗できないまま彼はこの世を去った-


今何かが起きた。もちろん目の前で落下事故が起こったのは確かだ。改装工事をしているビルの屋上から工具か資材かわからないが、哀れなジェレミーだかジェクシーだかに命中した。彼の血と飛び散る何かが地面とビルの側面に赤黒い花を咲かせた。だがそれ以上にこの世の根幹を無理やりねじりきったような余韻が俺をひどく動揺させている。こいつは何なんだと思いながら老紳士に向き直す。


「あぁ。安心してください。哀れな彼は貴方に撃ち殺されるために用意されたキャストですから。」


なにを言っているか理解できない。


「そもそも、彼の存在、記憶、意識といったものは先ほど作られた物なので貴方が撃ち殺そうと、

今死のうと彼には関係ないのですよ。」


理解できない。


「ともかく、私が見せたかったのはこれだけではありません。あくまでこれはデモンストレーションですよ。」


俺は静かにコーヒーに口を付けた。震える手と唇のせいで喉を通すのにひどく時間がかかったように思う。


老紳士は俺のコーヒーが胃に落ちるまで見守り、先を続ける。


「ふむ、言葉では難しいかもしれませんな。私が最初申した、"あなたが次の仕事を成功させても運命があなたを逃がさない"と言った訳を実際体験してもらおうと老紳士は語った。その瞬間彼の認識は五感を失い、記憶や意識が白紙に戻る錯覚に陥る。そして彼と世界その物を崩してしまいそうなカオスの渦に飲み込まれた。


2000年ミレニアムの時。

俺は神を呪った。

俺は早朝に農作物を市場におろし、帰りのガソリンスタンドでホットドッグをかじってから帰った。

ここ10年のごく普通の火曜のルーティーンだ。翌日には妻のジェシカが婦人会に出向いておしゃべりに夢中になる予定だし、日曜には聖歌隊に入った娘の歌声を教会で聞くはずだった。

でもそれらは永遠に来ない。明日は無情にも来るだろうが、俺の水曜や日曜は来ない。

嫌な前兆はあった。このカンザスの田舎の埃っぽい道を輝かしいロールスロイスが通るのを先月から何度か見ているし、先週には行きつけのバーでここら辺で見ない男たちを何回もみた。

俺は気が付かなかった、気が付かないでいたかった。彼らからする臭いはフィクサーの影を漂わせていたのに、俺の過去が、カルマが俺に追いつこうとしていたのに、俺は気が付かないふりをしていた。

ただ、今月だけでも妻と娘を旅行に行かせればよかっただけなのに。そんな俺の無抜けた姿を血肉にまみれた妻と娘が玄関ポーチで迎えている。あの時のジェイクのように横たわりながらその乾きつつある眼を俺に向けている。この十年、過去を追いやり必死に築いた俺の生活が、家が、弾痕に穿たれてすべて崩れた。


「アアアナアァッ!クソガァアア!アアアアアアッ!」


俺はわけもわからず目の前の老紳士に向けて22口径を乱射した。町中に乾いた炸裂音が重なり響く。

マガジンが蓄えていたすべての弾を銃口から吐き出し、トリガーから発生するクリック音で俺は現世に戻りつつあった。

しかし吐き出されたはずの弾丸はこの世界に何も影響を与えなかった。銃声を無視して通りを行く人々、老紳士のジャケットには血の一滴はおろかしみの一つすらなかった。彼は俺が落ち着くまでゆっくりと未だに冷めていないコーヒーを楽しんでいる。撃ち切ったはずの拳銃は熱を持っていなかったし、イジェクションポートから排莢された痕跡もなかった。


「申し訳ない。この陳腐な世界の陳腐な神ではあのような魅力の無い展開しか描けませんでした。」


彼は私が席に着いた時を見越し会話を再開した。俺は俺の精神性が急速に戻りつつあることを味合わせられながら、静かに話を聞く。


「とにかく重要なのは運命に逆らうことでも自暴自棄になることでもないのです。自分の存在を疑ってください。過去を観察してください。今は1980年です。その時代アメリカにグロッグやM1は出回っていますか?貴方のセミオートショットガンにスライドするフォアエンドは付いていますか?ジェイクの死因は何ですか?本当に打ち殺した記憶を持っていますか?もちろん何かがあなたの記憶や意識を塗りつぶそうとするでしょう。でもこの世界はまだ弱いのです。十分チャンスはあります。もしあなたがこの世界とともにあろうとするなら、予定通り今まで通りその何かに従い生きてください。でも、もしこの世界の真実を知りたいならば、次の仕事で"14"に身を任せてください。さぁ大丈夫ですゆっくりと息を整えて、今は休んでください。Jのいるはずのレストランは消え去り、彼の心身は真っ白な光に包まれようとしていた。

彼はなんとか絞り出すように声に出す。いや声に出ていなかったが老紳士は答えた。

「あんたの名前は。」


そんなものに意味はないですが強いてこの世界風に言えばジェイコブでしょうか。


微笑む彼の表情をみて俺の意識は久しぶりの安寧に包まれた。


 まるでレストランで起こった事が夢だったんではないかと思い始めたころ、俺の最後の大仕事が始まった。

「集まってもらい感謝しますよ皆さん。」

壇上からアンクル・ジョージが俺らゴロツキに対して上っ面の感謝を述べる。ここは港湾エリアに近い奴の所有する倉庫だ。

「時間は貴重なため単刀直入に言いましょう。人の皿に手を出す豚どもを私が正面からたたきます。」

人は自分が言われると嫌な言葉を無意識に侮辱に使うと聞いたことがある。俺以外にも豚はお前だと顔が語っている奴が数人いた。


「そこで皆さんは意地汚い豚どもを一匹も逃さないよう側面攻撃をお願いします。」


ジョージが指示すると黒服たちが可動式の黒板を持ってきた。そこには港湾エリアの倉庫街が映し出されており、目標の倉庫と正面から攻撃するジョージの白矢印と俺たちを意味する赤矢印が書き込まれていた。


「この通り目標倉庫の正面は開けているため数で押すことができます。しかし南側はその他の倉庫に挟まれた路地が網目のように張り巡らされています。皆さんにはいくつかの班に分かれてもらいこの路地から奴らの倉庫を目指してもらいます。向かってくるものはすべて殺してください。」


なるほどと思った。つつかれたギャングは州道に唯一つながる南側に出るはずだ。

奴らの車はつぶされているだろうが、人間死に瀕したら視野が狭まる。これは巻き狩りだな。

そう考えていると黒服から班を作れとせっつかれる。もともと4-5人で来ている奴らを見ると。

単独で呼ばれた俺は異例のようだった。ふとジェイクを思い出す。奴が居たらどんな風に仕事をしただろう。そう思っていると一人の男から目を離せなかった。その男は筋肉質な体に反して、神経質そうな見た目で腕時計を見ては目を離し、また時刻を確認していた。なにか病的なものを感じたが俺が目を離せないのは奴の服だ。黒のタンクトップには白字ででかでかと「14」と書かれてあった。

俺は現実や運命といったものに塗りつぶされそうになっていた自分に舌打ちした。

あの老人との邂逅が夢だったとしても、俺の脳裏にはいずれ迎える妻と娘の死体がこびりついていた。


「ようお前も一人か?」


俺は気取られないよう話しかけた。


「あぁ。あんたはJか。よかったら一緒にどうだ。足は引っ張らんよ」


渡りに船だった。そうして哀れなハンティングが行われた。


 俺と14番とその他3名のゴロツキは路地を進んでいた。倉庫と倉庫に挟まれた路地からは夜になりつつある空が狭く映る。

幸いにもここは遮蔽物に恵まれていた。14番とほかの仲間に合図する。死に向かう小道を向こうから走ってくる奴がいるざっと5人。俺たちは遮蔽物に隠れ、待ち伏せをする。ベストなタイミングだった。

横道は俺たちの後ろだ、奴らは俺たちを殺すか戻るかしかない。ショットガンを見た。確かにスライドするフォアエンドはなかった、続けてチャンバーを確認する。物言わぬショットシェルが殺人を待っていた。


俺以外も配置についた。俺は先頭を走る白人に狙いをつける。その顔はいつか見たジェクシー何某に似ていた。引き金を引いた。反作用を生み出しいくつものペレットが空間を切り裂く、彼らは哀れなジェクシーのバイタルゾーンに嚙みつき運動エネルギーを標的に差し出してその役目を終えた。14とその他の仲間も発砲を開始する。相手も応戦するがこちらは遮蔽物に身を隠し防御が固い。しかしそれらに頼れない奴らは裸も同然だった。抹殺を確認して俺たちは進む。チューブマガジンに弾を込めながら、ジェクシーの顔を見る。奴の顔はどこか満足したような表情を持っていた。


 状況が一変したのは目標まで200Mほどの地点だった。横道から奇襲を受けた俺たちは生存者を2人に減らしていた。奇襲に対応できたのは俺と14だけだった。本当にただの幸運だった。

俺たちが何度目かの横道を通り過ぎたとき、後ろから撃たれた。先頭を走る俺と14にも弾丸が放たれたが、後ろにいた3人が盾になり何とか防御を固めることができた。俺は遮蔽物からSMGをブラインドショットし、威嚇した。14が本来進む方向を確認して問題なしのサインを送る。

手早くかたずけなければ挟み撃ちを食らう。14が俺のSMGが空になったのを見て攻撃を交代する。

奴のSMGは的確に敵に圧力をかけていたし、時たま間抜けな頭を打ちぬいた。

俺はポケットに入れていたグレネードを敵の後ろに放り投げた。対応できた数人は遮蔽物を乗り越えてくるが、14のSMGと俺のショットガンの餌食になった。


俺たちは小休止をとることにした。水筒を飲みながら14が俺に話しかけて来る。


「もう義務は果たしただろう。あんたも自殺志願者じゃないよな。」


その言葉には確かに隠した恐怖があった。

俺はグレネードで瀕死になっている哀れな子羊にとどめを刺しつつ答えた。


「さあね。確かに自殺はしたくないが、ジョージはそんな甘くないと思うがね。」


「まかせな。俺の兄弟が西海岸でシマを持っている。どうだあんた程の腕なら口利きは簡単だぜ」


とでも言おうとしていたのだろう。「西海岸」というフレーズが出たとこで彼の頭が破裂した。

とっさに隠れる。撃たれたのは前方からだろうが、隣の通路からも数の多い足音が聞こえる。

腹をくくった。ここまでだろうか、そう思った俺は足元を見る。なるほどそれは14番倉庫への道案内だった。


 俺は走っていた。どうやらジョージの見込み違いだったようだ。ギャングはどこから湧くのか、

完全にこちらの数を上回っている。おそらくほかの通路も同じだろう。狩られるのはこちらのほうのようだ。俺の足の10センチ横に着弾する。破砕したコンクリート粒が現実だと訴えている。

14番倉庫が見えてきたが、前方にもギャングがいる。俺は無意識にサインを探した。

「この積み荷は14日までに動かせ!」と誰かの主張が書かれた大きな木箱がある。

都合よく木箱は空いている。そこにはバイクがあった。黒のレーサーレプリカ。ご丁寧に14のステッカーがでかでかと貼ってある。足音は迫りつつあった。俺はそれにまたがり、キーを回す。

そもそもガスを満タンで輸送するのは非常識だ。だがその幾多の非常識がいまだ俺を生につないでいる。

唸り声をあげてバイクが直進する。州道を目指すがこの港湾はもはや地獄だった。

あちらこちらで銃声がこだましているし、ジョージの子飼いの黒服たちが血濡れで倒れていた。

どちらにせよ奴も終わりだ。すこし豚の最後を見てみたかったが、出口を目指す。

だがそうはいかなかった。バイクの前輪に幾多もの弾丸が着弾した。それらは俺の足を巻き込んでバイクを殺した。宙に放り投げられる。背中から着地した俺は痛みと肺が空っぽになる苦しみであえぐ。

背骨は痛むが何とか腕は動くだが、右足はズタボロになっていた。後ろのほうでギャングのかざす炎と歓声が俺を包もうとしていた。あきらめた俺の前に足が映った。質のいいスエードの靴。こんな血まみれの場所に似合わないスーツ姿は彼だった。


「さぁもうすぐですよ。」


老紳士の手に持つ拳銃が俺の頭に突き付けられる。なるほどこういう結末かお笑いだ。

どうやら奇術師にいっぱい食わされたようだ。これならジェイクにいい土産話ができた。

そう思いつつ俺は妙に冷静だった。奴の拳銃のスライドには「ラビットホール」と彫られている。俺がのぞく銃口、もしくは銃口がのぞく俺は不思議の国に旅立つアリスか。


「信じてください。老紳士はそういうと人差し指を動かした、兎の巣穴を通って放たれた弾丸がJの頭を貫いた。そして世界は白紙になる。


Jはどこか懐かしいインクのにおいに包まれていた。

人の嗅覚は記憶につながっていると言っていたのは誰だったか。Jは自身の記憶をふりかえる。

生まれた場所、両親、ハイスクールで付き合ったあの子。初体験で早漏がばれて馬鹿にされたあの地下室。ジェイクとの出会い。初めての殺し。だがそれらは一切臭いを持っていなかった。

そうだ俺がはじめて臭いを嗅いだのはジェイクを殺した時だ。

-運命に逆らうことでも自暴自棄になることでもないのです。-

-自分の存在を疑ってください。-

-ジェイクの死因は何でしたか-

いつか聞いた言葉が自身の中で反響した。俺は何者だ?この終わらない1980年の夏はいつ終わる?

この世界は。さぁ彼は何者でしょうか。だれかの疑問に彼が答えることはない。


図書館だった。質のいい革張りの椅子。そこに俺は彼は?座っていた。

いや俺だ。

目の前には同じように座る老紳士がいる。優しそうな眼をこちらに向けていた。


「申し訳ない、陳腐な神が戻りつつあったため、急を要しました。」


俺は静かに聞いた。


「停滞した物語が貴方を塗りつぶそうとしたためあのような乱雑な方法しかなかったのです。」


なるほど。俺は一言だけ伝えた。


「しかしあなたは解放されました。これを。」


そういい紳士はサイドテーブルに置いてある原稿用紙を俺によこした。


-題名:未定-


 俺の名前は”J”

jack・何某でもなければ何某・J・何某でもない。ただのJ。そして俺の前で地面に横たわっている穴だらけの男はジェイク。俺の元相棒だ。

俺の手に持つ熱を失いつつあるグロッグが語っているがやったのは俺だ。コンクリートの地面を血だまりが広がっている。血の匂いになれたはずだが、今日だけは強烈に感じた。


そこに広がっているのは狭い世界であった。

なるほど。俺は一言だけ伝えた。


「つまりはそういうことです。」


彼はいつの間にか出現していたブラインドを開ける。

老紳士が何者なのかはわからないが、そのブラインドの向こうには一人の人間が窓辺に座り、

ノートPCに向かってキーをたたいている。

彼が語りかけてくる。


「さぁどうします。その狭い世界に戻ってもいいでしょう。好きな部分からやり直すこともできますよ。」


原稿用紙をめくる。俺が過ごしていたあの魅力的な世界が急に陳腐に感じられた。

他の選択肢は?

俺が問いかけると老紳士は無言で俺の横にあるサイドテーブルを示した。

今までなかったはずのその上にはS&Wのチーフがあった。弾丸も丁寧に並べられている。

その中の一発を俺はシリンダーに装填した。ハンマーを起こし目的の薬室が銃身の隣に来ていることを確認する。そして俺は窓の外にいる奴の頭を狙った。

あばよ。陳腐な神様。


------------------------------------------------


私は久しぶりにこのカフェに来た。

仕事も忙しかったし、何より新しく発売されたゲームが私の余暇は食いつぶしていた。

それらにも飽きていたときふとノートPCの中に放置していた書きかけの小説を思い出した。

語彙も学もない私だが、自己満足と暇つぶしで執筆に挑戦していた。いや執筆などという大層なものではない。ただの自己満足の趣味だ。

いっちょまえにお気に入りの窓辺の席に座りコーヒーに一口付ける。

さてどこまで書いたかな。しばらくぶりの物語を目で追う。

変な緊張感が走った。たしか主人公が銃を買うところまでは書いたが、なぜか勝手に続きが作られていた。記憶の欠如か、ハッキングか、被害妄想が私の脳に広がる前に何か大きな音とともに私の思考と肉体は押しつぶされた。


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「今日早朝、2tトラックが喫茶店に衝突するという事故が発生しました」

アナウンサーが続ける。

「被害者は一名。どうやら窓辺に座っていたようで即死でした。運転手は奇跡的に助かっており、警察の取り調べに対して居眠り運転を自供しています。」

コメンテーターが続ける。

「昨今は物流を支える運転手の不足も問題になっていますが。…

ニュースは続く。この世界のありふれた日常だった。


-End-



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