マニキュア塗ろう
2022年末から2023年始の出来事
仕事柄、マニキュアを塗る機会がない。
外で力仕事などもすることがあるから、普段の服装はパンツに動きやすいトップス、雪に負けない上着、今現在はほぼ長靴。
そんな日常です。せっかく集めたブローチやネックレスも出番なし。せいぜい眺めているばかり。
マニキュアも塗ることもないし、塗ったのを母に指摘されるのも嫌だし、ちっちゃくて丸いおばちゃんがマニキュアしているのも、滑稽なだけだよ、と無駄に自意識過剰なのだ。
年末の休みに入った日、左手指にだけ赤いマニキュアを塗ってみた。
指先が華やかになり、見ているだけでもうれしくなった。
それでも、夫の実家へと行く段になって怖気づいたわたしは出発前にマニキュアを落とした。
除光液のにおいを鼻先に感じながら、これは「敗北のにおい」なんだ……とさびしく思った。
たかだか、マニキュアだけだ。しかもそんな派手な色でもない。
それくらいの身を飾ることをしてもいいじゃないか。
そりゃたしかに若くないが、若くなければ禁止だなんてこともないのに。
ぐるぐると気持ちは回る。それでも除光液をひたしたティシュで爪の色を落としていく。
左手、しかも一回しか塗っていない爪はあっという間に元の味気ないあまり血行の良くない爪に戻った。
ちっちゃな壁を乗り越えられない、また敗北だ。
娘と出かけた夫の地元で、百均へと立ち寄った。
娘は欲しかった付箋を選ぶと、コスメコーナーで「これかわいい、こっちもいいなあ」とマニキュアを選び始めた。娘が選んだ色は、紫色だった。
これもすてき、これもいいな、と選ぶ娘の横でわたしもマニキュアのコーナーを覗いてみた。
小瓶に詰められた色とりどりのマニキュア。どれも百円という気軽さ。
わたしもいくつか手に取ってみてみた。薄いピンクの色味は、目立たないようでラメの光沢がわずかに効いている。
「かわいいよ、それ」
娘は無邪気に笑う。そうだ、百円だもん。買っていこう。
娘は紫色の濃淡二瓶、わたしはピンクを一瓶選んでレジへ向かった。
夕食後、片付けもぜんぶ済んでから娘とマニキュアを塗った。
明るくなった指先に気持ちも浮き立つ。
――これでキーボードを打ったら楽しいだろうな。たくさん文字が打てそう。
ほんのりとピンクに染まった爪を見て、はやく家に帰ってキーボードを打ちたくなった。
何歳でもいいよ、なんの仕事をしていてもいいよ、塗りたかったらマニキュア塗ろう。
マニキュアの指先は、カタカタと軽快にキーボードを打ちましたとさ。