頁08:躾とは
「だから言ったのに…」
両の腕に嫌な感触が残る。覚悟を決めて心を殺していなければ盛大に吐いていただろう。
脱力した彼の体が泥人形の様に白い地面に力無く崩れ落ちた。
明らかに不自然な角度に頸椎が曲がった頭部を伴って。
「(3…2…1…)」
「う……ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
予想通り、自分と同じタイミングで全てが元通りとなった。死さえも。
「ひ、ひとっ、人殺し!!! うわっ、うわあああああああ!!!! うるせぇ! だったらお前も殺されてみろ!!!」
涙と鼻水、涎をまき散らしながら錯乱した彼が逃げ惑う。人殺しとは随分な言われようだ、と思った。
このまま足で追いかけっこをしていても埒が明かない。
どうせだから練習も兼ねて使ってみようかしら。
大分距離が離れた彼の後ろ姿をよーーく見つめ『意識に点火する』イメージ。
たったそれだけで、彼の体が目の前の空間と入れ替わる。
わあ、これは便利だ。
「あれ…? う、うわ───」
「黙れ」
また悲鳴を上げられても鬱陶しいだけなので、ヨレヨレのTシャツの胸座を掴み上げて黙らせる。
「たった一回死んだだけだろうが。アンタ、私の事を何回挽肉にしたか分かってんのか?」
「………!!」
恐怖でぐしゃぐしゃの顔。気付けば失禁までしている。望まなければトイレの必要はない筈では…?
「つい手の内を明かしたけれどさっき私が予想した通りアンタと同じ事が出来る様になったみたいだからさ、もう私を【力】で屈服させようとしても無駄。嘘だと思うならやってみていいよ?」
「!!!!!」
ぶんぶんと激しく首を横に振る。
なんだ、どうせなら思いついた防衛策もついでに試してみたかったんだけどな。
この様子では恐らくはもう攻撃される事は無いだろう。私は掴んでいた胸座を解放する。腰が抜けてしまったのか、そのままべしゃっと地面にへたり込む彼。
咳払いを一つ。表情筋を軽く揉みほぐし、気持ちを静める。
「たった一回だけですけど、十分理解出来ましたよね?」
「は、はい?」
私はニッコリと笑顔を作った。
「『生きる実感』とやらの為にあなたが愚かにも招き入れたこれこそが、『常に隣り合わせの死』ですよ」
そのたった一回で、命は終わってしまうのだ。
そして私も、そのたった一回に手を染めた。例え生き返る事が出来る相手だろうともその事実はもう変えられない。
「やめよう…。勝てないよ、オレらじゃ。ワリぃ…」
一体彼は誰に己の罪を謝っているのだろう。
【枠から外れる】とはこの事も意味しているのか。
◇◆◇◆◇◆
ズビィィィィィッ!!
…大の男がいつまで泣いてるんだろう。そしてどこから出したんだろうこの箱ティッシュ…。(しっとり触感)
「…ごめんなさい」
やっとまともに話せる様になったのだろうか。
ちなみに粗相をして汚した服は交換したみたいだが、どう見ても同じ服にしか見えない。同じ物を何枚も所持しているという事か…?
「え? 何がですか?」
「だから、ごめんなさいって…」
「ごめんでは済まないのでもう何回か折りましょうか♪」
指の根元の関節をボキボキと鳴らす。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいい!!!」
高速で土下座をする彼の姿に情けなさで殺る気も失せ、代わりに大きなため息を吐き出した。
「過ぎた事はとりあえずはもういいです。でも知ってる情報は包み隠さずに全部話して下さい。戻る事が出来ない以上、私も色々と知らなければならないので」
「う、うん…」
土下座姿勢からもそもそと胡坐に移行する。
「情報って言ってもさっき話した内容は概ね本当なんだよねぇ…」
さっきって言われても、今からそのさっきまでの間に私はカウント不可能な程殺害されてるんですが。
いやちゃんと覚えてますけどね。仕事柄。
「地球モドキのクラフト、そして生命の誕生から人類の定着。あとは諸々の初期設定。これがミッション1。でもこれは一人でやる単独ミッションだった」
「で、その先の指令に進む為に本当はもう一人の協力者が必要だったんですね?」
じっと見つめると、彼は慌てて視線を外して顎を掻く。
「歴史ルートの決定辺りまでは一人でも出来るけれど、その先に用意されてた設定は…キミが考えてる通り、二人作業じゃないと駄目だった」
そう言って彼は両手を掲げる。思わず警戒して身構えてしまった。
ポン!と音がして彼の両手にそれぞれ1冊ずつ現れたのは、あの時彼が手にしていた分厚い本だった。
その内の片方を私に手渡してきた。
「これは?」
「トリセツみたいなヤツ。ほぼ白紙だけど」
「トリセツ? 何のですか?」
「この地球モドキのだよ」
「この星の!?」
(次頁/09へ続く)
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