頁07:決意とは
◇◆◇◆◇◆
「そりゃ満足だよねぇ…。あんな素敵な最期だったんだもんねぇ…?」
利己的な人間に歪まされた自分の居場所を守る為に、私は私の正しさを貫く事で歪みを利己的な人間ごと排斥しようとした。
結果、利己的な人間により私の人生は幕を下ろした。
…違う。本当に利己的であったのは、紛れも無く、私だ。間違えてしまったのだ。私は。その事実だけは間違えてはならない。
「…お父さん…」
「んん~? 何か言ったァ?」
呼吸を止めるな。それは体内に澱を生む。思考も呼吸も水の如く流れろ。
父の声が私を叱責した気がした。
「……私は確かに、正しさという物を間違えました」
「そうだよなァ!? 綺麗事はやめようよ、ねェ! キミは正義の味方でも何でもないでしょォ!?」
我が意を得たり、と言わんばかりに醜く歪んだ笑顔を見せる創造主。
そんな主に作られた、弄ばれるかわいそうな命。
違う…、違う!! その命達を憐れむ権利など私には無い!
「───だから?」
「……へっ?」
「だから、それがどうかしたんですか」
「それがどうかした、って…」
分かりやすく動揺してくれる。枠から外れようが元人間は元人間だ。
「私は己の正しさを過信するあまり道を誤りました。なので、また再スタートします。それだけの事です。何か文句あります?」
「な、何言ってんのサ! キミもう死んでんだよ!? この世界で一体何に対して再スタートするとか言っちゃってんの!?」
フン、と私は鼻で笑う。
「何に対して…? そんな簡単な答えも分からないんですか?」
「何だと!」
「ここにはたった二つだけしかないでしょう?」
仮面が少しずつ瓦解している。
そう。どれだけ枠から外れようが、私達は所詮神様からは程遠い。
「私は今度こそ私の正しさを貫き通します。あなたが生み出したこの星の命へ、そしてあなたへ」
「は……? なに、それ? キミ、頭イっちゃってんの…?」
「『詳細設定』」
彼がギクりとたじろぐ。本当に分かりやすい。
「色々と初めての事ばかりで私も混乱しっぱなしでしたけど、成程」
「な、何だってんだよ!」
「あなたは何百年も没頭出来るほどの集中力を持っていて、あれだけ人智を超えた力を自由に振るえるのに…そこまで自分が好きな物を途中から他人に任せる、というのが腑に落ちなかったんですよね」
「そ、それは、オレがそういうの苦手って…」
彼が視線を逸らすが、それでも私は真っ直ぐに見据える。
「『苦手だからやってもらう』んじゃないんですよね? 『私しか出来ない』んでしょう?」
「……や…その…」
「圧倒的な暴力で捻じ伏せて、痛みへの恐怖で萎縮させて、精神的に追い詰めて、最終的にはあなたに従順な操り人形でも作ろうと思ったんですか? ハッ、お生憎様ですね」
「うるさい! 黙れ!! ───おい話と違うじゃないか! くそッ、アンタはオレの言う事だけ聞いてりゃいいんだよ畜生!!」
少し当てずっぽうではあったが概ね正解だったか。
「あの凄まじい力は暴力方面だけですか? 催眠術の様に私の精神を操ればいいのでは? なんでそうしないんですか? 出来ない理由でもあるんですか?」
「う、うるさいうるさいるさいうるさい!!」
「あなたは『私も化け物になった』…と言いましたよね? 仮定ですが、もしかしたら私もいずれあなたと同じ事が出来る様になるかもしれませんね? その時は…ふふ… 分 か っ て ま す よ ね ?」
お返しとばかりに、恐らく私は人生で一番いやらしい笑みを浮かべていたと思う。
そもそもなぜ私がついさっき会ったばかりの他人にいい様にされなければならないのか。
「う……うわああああああああああああああ!!!!」
「あガっ!!」
私のお腹の辺りが爆ぜた。下半身から分離した上半身が放送禁止レベルの※※と赤い噴水の只中にべちゃっと落ちる。視界の端でワンテンポ遅れて私の腰から下が崩れ落ちた。様々な液体を撒き散らしながら。
「あ、あああああ…」
死ぬ痛みは絶望する程に辛いけれど、瞬間的に再生するのが分かっているから耐えられた。意識だけは飛ばさない様に耐えろ、私。
口と鼻からゴボゴボと血の塊を吐き出しながらそれでも私は必至で笑みを崩さなかった。
「…これで三回目ですね、私を殺したのは。そんなに怯えて…どうしたんですか今更?」
壮絶な絵面の中、微笑みながら深紅に染まる手を差し伸べる私に彼の正気度が尽きたのかもしれない。
「あ……あああ………ああああああああああああ
滅茶苦茶な力の奔流が、再生を待たずして次々と私の上半身を破壊していく。
ああああああああああああああああああああああ
分かたれた下半身が視界の遠くに吹き飛ばされ、おかしな形に畳まれ、圧縮され、中空に黒く開かれた穴へと吸い込まれ消えていった。あんな事も出来るのか。
ああああああああああああああああああああああ
途中、私は思ったよりも早く『理解』してしまった。けれどそれを振るう気は起きなかった。今はまだ。
ああああああああああああああああああああああ
肉体の機能としての意識の維持が脳の破壊によって阻害されても、『こうすれば』気絶せずに済むという仕組みは分かった。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
それでも依然として肉体から送られてくる絶望的な痛みの信号は途切れはしなかった。どうして私の精神は壊れもせずに耐え続けていられるのだろうか。普通の、同世代の同じ女性だったらとっくに廃人となっているだろうに。(というより即、死ぬだろうか?)
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
もしかしたら、実は私はとっくの昔に壊れてしまっていたのかもしれない。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
何度目の死か数えるのも億劫になり、あとは成り行きに任せようと思った。
ァァァァァァァァァァァァ……!!! ………ッ!!」
その矢先、破壊の奔流が不意に止んだ。
疲労など本来ならば感じるはずがないであろう彼の体が、長距離走を終えたばかりのランナーみたいに激しく波打っている。
「ど、どう、して……どうしてアンタ平気な顔してんだよォォォォォ!!??」
埃一つ付いていない、乱れもしていないスーツの、付着してもいない汚れを小さな所作で払い落とし、ズレてもいない眼鏡の位置を片手で正す。
「男性と違って女は痛みに強いんですよ。毎月なんで」
「んな馬鹿なぁぁぁぁぁ!!!!」
想像もしない展開にパニックを起こす彼に私は再び歩み寄る。
「ひぁっ、わっ、あ、来るなっ、来るなああぁぁ!!!! うるさい黙れ!!! あ、うわっ…!!」
力を使うという判断も付かず、尻餅をつきながら転がる様に逃げ惑う彼。
何なんだろう、この状況は。まるで私が悪者みたいな扱いをされている。
いや…、彼にとっての【正しき事】を私は私の【正しき事】で圧し潰そうとしているのだ、ある意味その認識は正しいじゃないか。
正義の反対は悪ではなく、また別の正義なのだから。
「落ち着いて下さい。少なくとも今、私はあなたに何もするつもりはありません」
「じゃあ何が目的なんだよォ!!」
「それはもう言いました。私は私が信じる正しさを、あなたの身勝手で危険に晒される人々を守る事で貫きたいだけです。ついでにあなた自身も」
そして何度目かの手を差し伸べる。
「もう取り返しがつかないならばせめて善処しましょう。私が必要ならば手は貸します。だから───」
真正面から、再び彼を見据える。
「行きましょう。自分自身がしでかしたミスの尻拭いに」
あとは彼が決める事だ。それまでは私はもう微動だにするつもりは無い。この手をどう取るか。
これは賭けなのかもしれない。勝敗の既に決まっている───。
「…本当に、オレには何もしないんだな…? 嘘じゃないな?」
あれだけの事をしておきながらよく言う。
しかしそれはぐっと堪えた。…今は。
「あなた次第です」
「……分かったよ」
彼がおずおずと私の手へ自らの手を伸ばす。私は彼の目をずっと見つめていた。だから、もう分かっていた。
やがて我々の手が触れ───
「甘いんだよ!!! ………って、アレ…??」
掴んだ筈の手が消え、引き倒すつもりで込めた全身の力が空回りした彼は姿勢を崩す。
しかし倒れそうになった体は地には伏さず、代わりに首に巻きつく腕、そして頭部を掴む手が上体を支える。
勿論、私の腕と手だ。
「押し倒して力ずくで辱めれば後はどうにかなると思いましたか? いかにも男性的で陳腐な発想ですね」
「ひっ…」
彼の背後から、耳元でそっと呟いた。先程のお返しでもあるが。
「ああ、【力】を使おうと思わないで下さいね。それ、もう何となく分かったので」
集中して相手を感じていればどのタイミングで行動に移すかなど、武道をある程度かじっていれば自然と分かる。
超大な力であれど実行に移すまでは結局は人間の思考スピードのままだ。それよりも早く反応できれば制圧は可能だ。
「う、嘘吐き! オレには何もしないって言ったじゃんか!!」
呆れた、どこまで自分に都合がいいんだろうか。
「あなた次第、って言いましたよね。もう忘れたんですか? それとも本当に馬鹿なんですか?」
首を深く締め上げ頭を固定しているこの両腕。
当たり前だけど人を殺した事なんか無い。でも、何度も自分が殺されている内に分かってしまった。どこに、どう力を加えたら───
「…! ふざけ───」
「はい」
鈍く重い、命がへし折られる音が無音の空間に響いた。
私は、私の意志で、彼を殺めたのだ。
(次頁/08へ続く)
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