頁50:試される者とは
重そうな装飾で全身を包んでいるミニチュアお爺さんがスーッと宙に浮かぶ。飛ぶ眼だって飛び回っているのだから今更宙に浮かぶ生物に驚きはしないが、これだけは分かる。周囲の空気が張り詰めて今にも破裂しそうな程に緊張している。
「ちょ、ちょ、じーさん、落ち着いて!」
雪之進君と浮かぶお爺さんの間に挟まれる私という、言わば入り込む隙の無い状態で恐らく自分がどこに挟まればいいのは分からずに混乱している神々廻さんがアワアワしている。
『【綴り人】は下がっておれ。おんしらは戦闘職にはなれんし、なる心算もないんじゃろう?』
「ツヅリビトぉ…?」
成程、我々の事は知られているらしい。やはり戦闘職にはなれなかったか。
「お爺さん…、その…」
『赦されるかどうかは心が決める。それが例え創られた物でもな』
「…!」
この方もまた、生み出された自分の使命が押し付けられた物であると理解しているのか。
雪之進君は試されているのだろう。据え置かれた戦闘職では無く自らの意思で戦う道を選んだ者として。その心が惰性なのか、本当の意味で歩み始めた『ヒト』として沸き起こる物であるのか。
私は対峙する二者の間から離れた。
「ちょっとみさベリーさん!?」
「神々廻さん、【本】だけは傷付けない様に死守して下さい。ペナルティーで挽肉にされますよ」
恐らくは戦闘状態とみなされているから【辞典】の虚空物置への格納は制限されているだろう。そう考えると突発的戦闘になった時に【辞典】を守りながら戦わなければならないという制限は痛い。
「ナニソレこわい!!」
悲鳴を上げると彼は本を抱き締めてガードした。隙間だらけだけど。
雪之進君は弓を引いた状態で微動だにしていない。弦を引いた姿勢を維持するだけでも相当な筋力を要するのにピンで留めたかの様に静かに佇んでいた。その瞳は瞬きもせずにただ標的のみを見据えて。恐ろしい集中力だ。
彼に何か一言伝えようと思ったけれど多分今はどんな言葉も聞こえないだろう。
私はビビっている神々廻さんを引っ張って(多分)安全な場所まで退避した。
「ユッシー大丈夫かよ…」
「分かりません。でもあのお爺さんの口振りからすると彼は試されているみたいですね」
「試されているって…強さトカ? でもアイツめっちゃ強いんでしょ?」
神々廻さんは直接彼の戦いを見ていた訳では無いから想像だろうけれど、私でさえ常人離れした彼の身体能力には驚かされたしその点においては十分に戦士として及第点なのでは思う。お爺さんがそれを見抜けていないとは思えない。
「お爺さんは『心が決める』と言っていました。それはつまり純粋な強さでは無く彼がどう考えて戦闘職になりたいか、という意味では無いでしょうか」
「復讐の為じゃないの??」
「それは確かにそうなんですが…」
何て言えばいいのだろうか…。私自身も感情に乏しい方だし他人の考え方を真剣に理解しようとした事は無かった。実の父親の心でさえ。
パリッ!っと辺りに静電気が走った様な音が響いた。実体を持たない空気の塊が辺りを押し退ける感覚が広がる。
「お…始まっちゃったヨ!」
「【本】をしっかり守ってて下さいね」
「イエス・マム!!」
「うるさい! 静かに!」
完全に迷惑な観客だった。
それは兎も角として…雪之進君は大丈夫だろうかと彼の方を見やる。
しかし動きがあるものと思い込んでいた予想とは違い、相変わらず石像の様に動かない一人と一人。
「うっ…」
急に雪之進君が姿勢を崩し蹲った。
「え…?」「アレ??」
何かされた様子も無いし、少なくとも両者の間で明確な動きは無かった筈。しかしあの雪之進君が激しく息切れを起こし、遠目にも疲弊しているのが見て取れた。
近付いても大丈夫なのかしら…? と迷った瞬間に神々廻さんは駆け出していた。【辞典】を放り投げて。
「ユッシー!!」
「ちょっと【本】が───!!」
地面に落とした衝撃もきっとダメージ判定に…! と惨劇を想像したが、地面に触れる直前に虚空へと消えていった。
つまり周辺が戦闘状態から解除されたという事だろう。
ホッと胸を撫でおろし私も彼の元へと走った。
「ユッシー、どうした!? 大丈夫か!?」
神々廻さんが彼を気遣うが、汗だくで疲労困憊に見えても目がまだ闘志を宿したままのその気迫にどうしていいのか分からないでいる様だ。
『成程、その齢でありながらこれ程の技術、身のこなし…。星が産んだ異端児じゃの』
お爺さんが呆れた様な、感心した様な嘆息を吐く。
「オイじーさん、ユッシーに何したんだよ!」
神々廻さんが詰め寄る。凄い剣幕だ。本気で心配しているんだろう、まだ会ったばかりの彼の事を。
『慌てるでない【綴り人】よ。よく見てみぃ、『 』一つ負っておらんじゃろうが』
「え、ナンだって??」
「神々廻さん、恐らく『怪我』か『傷』です」
ああめんどくさいこの無音システム。
「ナルホド!」
「あの…それで、一体何がどうなってるんでしょうか?」
雪之進君の背中をさすりながら全てを知っている存在に問う。
『なに、実際に戦えばおんしらにまで害が及びそうな予感がしたからの。頭の中で戦っておったまでよ』
「え…?」
お爺さんが自分の石帽子をチョンとつつく。頭の中で、とはどういう意味だろうか。
「マジか…! じーさんすげぇな!! ナニ、VRとか出来ちゃうワケ!? しかも一瞬で体験できちゃってるって事だろ!? だってオレ達見てたけど全然時間経たずに終わってたし!! やっべ、じーさんパネェ!!」
『お? おお?? ぶいあーる? よ、よく分からんがまあそういう事じゃな! どうじゃ凄いじゃろ崇め奉るがよいンホホホホ!!』
怒っていたと思えば急に尊敬の眼差し…本当に感情が忙しい人だな。お爺さんも乗せられてるし。
「つまり、現実では何も起きてませんでしたけれど、彼の脳内では戦っていたという事ですか?」
『うむ、その通り。中々の戦いであったぞ』
「嘘だ…!」
私の手を払い除けて雪之進君がよろよろと立ち上がる。
「何一つ通用しなかったじゃないか…! 涼しい顔で全部受け流してさ…!」
言葉には強さが感じられるが、どう見ても無事だとは思えない疲労困憊ぶりだ。
脳内とは言えどれだけの激戦だったのだろうか。
「あんなに必死に訓練してきたのに…! この為だけに頑張ったのに…!! それでも戦闘職になれないって言うならどうやって生きろって言うんだよ!!」
鉄仮面だと思っていた少年の目に、気付けば一筋の涙が。
彼の生き様は私には理解する事は出来ない。でもその涙が語っていた。13歳という幼さで心を閉ざし、復讐の為に生きる事を決意したその覚悟を。
目の前に立っていたのは、傷だらけの少年そのものであった。
「あの、お爺さん、彼は…その、本当に戦闘職として失格なのでしょうか? 私もまだ出会って僅かではありますが、彼の強さは相当な物だと思いますし、その、年齢の割にはちょっと性格はアレだとは思いますがそれは理由があってですね…」
駄目だ、我ながらここぞという時のフォローがひどい。
「え、じーさん、ユッシー失格なの!? そりゃオレちゃんも実際に戦った姿見てないケドさ、でも同じ戦闘職のひろっさんよりは間違いなく強いよユッシー? 性格はアレかもしんないけどサ、戦闘職なんだしまずは強さの方が大事じゃね??」
神々廻さんの場合はフォローじゃなくて本心なんだろう。
「ミサキ…シシバ…。あのさ、フォローしてくれるのは有難いけど、二人して僕の性格がアレだって思ってたんだね…」
「「 あ 」」
しまった、雪之進君がまた冷たい目に戻っちゃった!
『ふむ。【綴り人】にそこまで言わせるとはのぅ…。ちなみにな、小童』
自然と三人ともお爺さんの方に向き直る。
『儂に触れる事が出来たら赦しを与えると言ったアレじゃが…ぶっちゃけ嘘じゃ。ンホホホホホ』
お爺さんがさも楽しそうに笑う。
私はその台詞を聞いた覚えが無かったので彼等の脳内での事なのだろうか。
「な…」
雪之進君の手がプルプルと痙攣している。
「なんだよそれぇぇ!!!」
ああ、この子、こんな大きな声出せるんだな。
私は彼の姿を神々廻さんに怒鳴りつけた時の自分に重ねていた。
(次頁:51へ続く)
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