頁05:役割とは
衝撃により分子レベルまで分解された体と共に、思考も虚空へと霧散していく。
何が何なのか結局分からずに、私は再び死んだ。そう思った。
「───う…」
視界がぼんやりと映し出される。
最初に想像したのは全てが滅茶滅茶に破壊しつくされた光景だった。しかし───
「…あれ…、嘘…私、生きてるの…?」
世界は先程と全く変わらず、埃一つ立っていない白い大地と奥行きの感じられない単色の青空。
そして傷ひとつ負っていない自分自身。それどころか服に汚れも無く、あれだけの衝撃だったのにも関わらず眼鏡も顔の定位置からズレていなかった。
『『 いや、死んだよ!!!!! 』』
「──────あグュぇっ!!!??」
自分の声とは思えない吐瀉物の塊みたいな音が文字通り喉を切り裂いて飛び出した。
背後から───いやもう背後からなのかどうかも分からない巨大な声が、音圧が、振動が、私の全身を圧し潰したのだ。
今度こそ分かった。自分の体がグチャグチャにひしゃげ、体のいたる部分から弾けた風船の様に真っ赤な血が私の内側を構成する物体を交えて噴き出す。間違いなく、死ぬ。いや、死んだ。
眼鏡は粉々に粉砕し、破裂した眼球がそれでも辛うじて捉えたのは先程落下した巨大すぎる物体───胡坐をかいたまま上空へと消えた【彼】の姿だった。そうか、【枠】とはそういう意味か。
今更それが分かった所でどうしようもないな、と消えゆく命の最期を私は自嘲で締め括った。
◆◇◆◇◆◇
「いつまで寝てんのヨ~。ホラ起きて」
首の後ろ…襟?の辺りを掴み上げられ、無理矢理上体を起こされる。
「………っ!!!」
覚醒した意識がまず優先したのは呼吸が出来るのかの再確認だった。
「───随分とテンション上がってるじゃないか」
軽薄な顔がいやらしい笑みを浮かべこちらを覗き込んでいた。
その顔を見た瞬間 、先程のあの恐ろしく巨大な姿がフラッシュバックし、内臓がひっくり返る感覚に胃の中身を吐き出しそうになった。
結局何も出はしなかったが、一層の事吐き出せたら楽だったのに。
「これで分かって貰えたか?」
必死で呼吸を整えながら彼を睨みつけて頷く。
「…あなたが【人間の枠】から外れた化け物だという事は」
「は?」
一瞬彼はぽかんとしてその言葉の意味を考えていた様だが、クスクスと笑うと私を指さした。
どうして彼の表情が先程から別人と被って映るのだろうか。
ひとつだけ分かるのは笑顔が違い過ぎる事か。
「───何言ってんのさ、キミもだからね?」
「…は?」
私をさした指と逆の手を顎の下に当て、続ける。
「もうキミ、二回死んだろ。しかし生きてる。キミも立派なバケモノだよ、おめでとう☆」
「…!」
嘘かと思いたかったが、またしても否定出来る理由が無かった。彼が嘘を吐くメリットも。
そもそもこんな空間でヒトである事に拘る意味があるのだろうか。意志が揺らぐ。
「あれ、もっと喜ぶかと思ってたんだけどなァ。死んでも死なない体ってアガらない?」
「…時とタイミングによります」
「あっちゃー…。そっか、そりゃ確かにそうだワ!」
やっちまった!という表情は果たして本心なのだろうか。この存在が幾重にも重なっている様に思えてますます分からなくなった。
「…それで、私という人間を呼び寄せて死なない体にして、何をさせようと言うんですか」
「おお、殺されたってのに切り替えが早いね!?」
起きた事実はもう飲み込むしかない。
これが夢でも現実でも、私はここに確かに立ってしまっているのだから。
「えっと、確かオレが地球モドキの制作者でって話はしたよね?」
「ええ」
「よっしゃよっしゃ」
そう言うと彼は指をパチンと鳴らした。すると私と彼との間の空間に先程見た地球に似た天体のホログラム?が浮かび上がる。
先程はバスケットボールくらいだったが今度は両手でも抱えきれない程の大きさだ。
しかも地球儀みたいな平面地図ではなく、海、陸地、山岳地帯が立体的に表されていて、雲に見える白い霧の塊がいたる場所に浮かんでいる。
本当に宇宙から眺めている感覚だった。
所々に極小サイズの街?みたいな物も見える。
「我ながらよく出来てると思わない? これ本当に宇宙に浮かんでるこの星の映像なんだヨ~!」
「えっ、実物…なんですか……!?」
改めてよく見る。良く見るというかむしろ顔が地表に触れるくらいに接近して凝視する。
緑の草原に見える場所では動物の様な何かが群れを成して移動している。白く高い山脈にかかる厚い霧の下では雪が。街っぽいと思った物体は確かに集落だ。人型の動くつぶつぶも見える。
「オレちゃんがこの場所に引き込まれた時に押し付けられた役割は、地球と同じ場所にあるけど地球になれなかった平行世界のこの土の球を【限りなく地球にする事】だったんだよね」
「役、割…? それは、誰から言われたんですか?」
私の脳の常識と倫理感のリミッターが少し外れてきたのを感じる。
「分かんね。考えたトコでオレの頭じゃ無理だろうし、だから勝手に『超GOD』って名前つけた」
「ああ…そう…」
それでいいのか。羨ましい。そして改めて残念な人だ。
「めんどくさ!って最初は思ったけどこれ以外にやる事も無かったし、作り始めたら意外にハマっちゃってさ☆ 気が付いたら何百年分も時間経っててめっちゃ草だしwwww」
なんでその文章の流れで『臭い』という単語が出てくるんだろう。こういう人達の文化は本当に謎だ。お風呂に入ってなかったのだろうか。
「何百年…って」
「ああ、ここは時間とか関係ナイみたい。まあどうせ死なないし? 『欲しい!』と望まない限りはメシもトイレタイムも睡眠も無くてOKだから作業に没頭するには最高の環境だよね♪ …あ! でも風呂は入ってたからね?」
お風呂は入ってたのか。いや待って違う、そこじゃない。
作業に没頭って、何百年間も…?
……待った。まずは深く考えるをやめよう。人の常識はもう通用しないっぽいし。
「そんなわけで失敗も何度もあったけどこうしてやっと地球っぽい環境と人類が整ったワケ。生態系ピラミッドは何となく出来上がったからカミサマとしての最初のミッションはコンプリって感じ? 天体規模の災害でもなきゃもう人類が絶滅する可能性は低いっショ☆」
軽い口調でサラッと流してはいるが、言ってる内容が事実であるならば彼の所業は紛れも無く『一般的に崇められる神』の領域だ。
ただ、規模が大きすぎるからか命の創生に対する倫理感が薄いのが気になった。良くも悪くもこれが神、という存在なのか。
この星の表面で生きている人達からすればまさか自分達を創造した存在がこんな会話をしているだなんて想像もつかないだろうが。
「それで、肝心の私を呼んだ目的は? 『歴史だ文化だ魔法だってのを考えるのが苦手』だと言ってましたけど、それに関する事ですか」
「…よく覚えてたねェ…二回も死ぬ衝撃体験挟んでるってのに…」
「職業柄です」
元、だけど。
「まァその通りなんだけどさ。今この星の人類は弥生時代から江戸時代くらいまでの世界の文明をミックスしたような状態で、そりゃもうゴッチャゴチャなのヨ。畑耕したり狩りしたり。なろうぜ系のテンプレっぽい組合とか組織もボチボチ生まれてはいるみたいだケド…あ、これ言っても分からないか;」
「いえ、何となく話のノリは掴めてきたのでイメージで補完します」
「優秀…!」
「どうも」
自分を殺した相手に褒められるのは複雑だった。普通の人生じゃ絶対に経験できない。
「で、オレちゃんに与えられた次のミッションが『世界設定』なワケ」
「…随分と大雑把なミッションですね」
すると彼は私をビシっと指さし、
「そう! そうなの! すんごいあやふやでさァ! それに関してだけ何でか細かいヘルプが書かれて無いんだよぉ~…。設定って何よ? テレビの画質調整とかのレベルじゃないでしょ絶対。RGBの数値を弄って全世界B255にするとかって意味じゃない事くらいは分かるけどさァ!」
そんな真っ青な世界やめて下さい。冷え性が悪化しそう。
「そうなると次にオレがしなきゃならないクリエイションコマンドで解放されてるのが『歴史創作』と『詳細設定』なのヨ…」
「『story』と、それに対する『consistency』という事ですか」
「コン……??? ごめ、日本語でおk?」
はぁ、とため息をひとつ吐いて続ける。次の単語を口に出すのが正直憚られた。
「予想ですが、その…ちょ……『超GOD』…とかいう存在が与えた【地球を創れ】という指令が文字通り天地創造なのであるとしたら、人類が死滅する事無く定着した先に必要なのは文化文明の発展だと思います。発展とはつまり後世における歴史、言わば星の物語です」
「お、おう…」
ちゃんと理解出来てるのだろうかこの人。
「もしあなたが自身に与えられた特権によってこの星に根差す事の出来る文明を自由に決められるのであれば…」
あっ!と何か思い出した表情をすると、目を閉じて何かうんうん唸っている。とりあえず彼の次の反応を見て続けようかしら。
「うん、なんか自由に決められるみたい? どういう世界にしていくかっての」
やはりか。私にもだんだん全容が見えてきた。
これは恐らく、途方もない程の存在が行う【箱庭作り】の様な物なのだろう。スケールが桁外れすぎて頭がおかしくなりそうだけど。
なぜその代行者をわざわざ私達箱庭の住人から選ぶのかは分からない。
多分、ここ以外の平行世界でも同じ使命を与えられた者達がいるのだろう。その数があまりにも天文学的数値過ぎてもしかしたら細かい部分まで気にしていられなくなったのかもしれない。
巨大企業になればなるほど個々の人事にかまけていられなくなるのと感覚的に近いのか。
「とすれば、強制的に根付かせた文明を成長させるための要因や辻褄合わせが必要になる筈です。詳細設定とは恐らくそういった歴史的な歪みを正すための『神視点によるテコ入れ』なのではないでしょうか」
「ほぉ~~…ほぉぉぉぉ~~~…。いや、キミ初めて見た時眼鏡してたから多分頭いいんだろうなって思ってたけど、ホントに頭良かったのネ…」
それは私がじゃなくて眼鏡が頭いいという事になるのでは…?
心底感心した様子でどこから出したのか分からない分厚い本をパラパラめくる彼。そして瞳を閉じると薄く息を吐いた。
「…うんうん、やっぱコレでいいんじゃね?」
って、そのとてつもなく絵面に合わない物体は何?
「ちょ、それ…」
「───ああ、そうしよう」
そうしようって何を?
と声にするよりも先に、彼はホログラム天体にその本を開いてかざした。
そしてワンテンポ遅れ、けたたましい鐘の音がこの2色空間に鳴り響く。思わず耳を両手で塞いで蹲る。
「(うるさいーーーーーーーーー!!!)」
先程のように体は弾けこそしなかったものの、鐘が鳴り止んだ後もその余韻が全身を駆け巡り痺れさせた。
「一体何の…」
《 世界のルートが選択されました。歴史の第一章が開始されます。》
ひどく機械的で且つ中性的な声が、淡々と述べた。
「何をしたんですか!?」
「この星が今後辿る歴史のルート選択をした」
またしても彼の印象がダブる。どうして…?
「ルート…?」
「どういう世界にしていくか。一からシナリオを書いていくのも興味深いが残念ながら俺達には文才が無くてな。都合のいいテンプレ設定にしれくれそうなIfルートがあったからそれを選んだ」
猛烈に嫌な予感しかしなかった。そしてそれはすぐに的中した。
《 歴史の第一章開始に伴い、世界に敵対生命体が出現しました。一部、星の歴史に修正が入りました。》
(次頁/06へ続く)
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