頁43:隠蔽とは
さて、この物体達をどうやって始末しようか…。穴の深さは想像もつかないが、警戒色の池は幸いにも小さく浅そうだった。樹は…もうどうしようもないな…。
取り敢えず池と穴を溝で繋いでダークカラフルな水だけでも流し込んでしまおうか。
私は虚空物置から三角スコップを二つ召喚すると、一つを神々廻さんに手渡す。
「…え?」
「とりあえず池の水を穴に流す溝を掘りましょう。いつまでも腰を抜かしてる場合じゃありませんよ」
「あ、はい…」
今しがた目にした光景にショックを受けていたカミサマを無理矢理立たせる。
「どういう成分の液体か分からないのでなるべく触れない様に気を付けて下さい」
「了解…」
神々廻さんが指示通りにノロノロとスコップを振るい始めた。
私は…建物の物陰に小さな穴を掘る。
「そんなトコに穴掘ってどうすんの??」
「決まってるでしょう」
十分なサイズの穴が掘れた事を確認すると、わたしは『それ』の元へ歩みより、そっと両手で包む様に持ち上げる。
存在確率の暴走により生み出されてしまった、小さく、短く閉じた命の亡骸を。
「ちょ…! 素手で触って大丈夫なのそれ!?」
「もし駄目だったら貴方が看病してくれるのでしょう?」
「ハイ喜んで! …ってそんな事言ってる場合じゃあ…」
まだ何か言いたげな彼に背を向けると、掘った穴に静かに横たえ土を被せた。
土のついた手で申し訳ないと謝りつつ、手を合わせる。
「ごめんなさい…」
「……」
創り出してしまった誤った命の形かもしれないが、でも確かに動いていた。感情も意図も分からないけれど鳴き声を発した。それだけでもこの子は生きていたんだと断ずるに値する。その最期を看取ったのであれば始末をつける責任が我々にはある。
「…さて、申し訳ありません、私もそちらを手伝いますね」
手をパンパンと叩き、スコップを手に立ち上がる。導水溝堀りは案の定あまり進んでいない。
「あ、あのサ」
「何でしょう?」
神々廻さんが何か思いつめた顔をしていた。
「もし…、もしキミが倒れたりしたら、その時はオレ、徹夜で看病するから!」
「え?」
何を言い出したか一瞬分からなかったが───
「その時は宜しくお願いしますね。私も貴方がダウンしたら同じく看病します。パートナーですから」
「へへっ、アザーす」
当然の事を言ったまでなのに過度に嬉しそうだった。
「あ、でも徹夜はしませんけど」
「あれェーー!?」
「冗談言ってないで片付けましょう」
「冗談じゃないんだケドなぁ…」
分かってます。この人は本当に徹夜でも何でもするだろうって。
だからこそそうさせない様に私も気を付けなければ。
「そう言えばさっき言ってた『存在確率の暴走』だっけ? アレってどういう事?」
不慣れそうな手つきでスコップを地面に刺す神々廻さん。話しながらも手が止まらないのは良い事です。
「私も上手く説明出来ませんが…、実は同じ様な現象が女性陣の広場でもありまして。名称未設定の物同士をぶつけたら弾け飛んだんです」
「マジで? 怪我しなかった!?」
「ええまあそれは…その時に服を着替えたんですけどね」
ボロボロになったなんて言えない。
「その時はまさかこれが原因だとは夢にも思わなかったんですが…これはあくまで仮説ですが、我々にとってまだ名前を付けていない物は『そこに在ってそこに無い』状態だと思います。言い換えれば『何モノでもあり何モノでも無い』、でしょうか。ぼんやりと映る姿はそんな不安定な内側を辛うじて繋ぎ止める薄皮みたいな物なのかもしれません」
「つまり…着ぐるみの中の人が本当はヒトかどうかも分からない…みたいな?」
「いや、ちが…」
……ん?
「……概ねその通りです」
「初めて当たった!?」
なんだろうこの悔しさは。
「で、内側にそんな宇宙みたいな概念を抱えた物質同士が激しくぶつかり混ざり合う事で化学反応みたいに周辺の事象を書き換えてしまうのでは無いでしょうか。存在し得ない物質が存在する確率が変動し、起こり得ない事象が起こる確率が変動する、みたいな。その範囲は到底計り知れる物ではないと思います。もしかするとぶつけ合う物の質量が小さかったからこの程度で済んだのかもしれません」
「この程度…って」
隣に生える樹を見上げてごくりと生唾を飲む神々廻さん。
「それすらも仮定の話ですけどね。なので、くれぐれもこれを必殺技だとか勘違いして故意に引き起こさないで下さいね? 最悪、我々だけでなく辺り一帯を巻き込んで一瞬で蒸発したりする可能性だってあるんですよ」
「い、イエス・マム…」
どうやら事の重大さが伝わった様だ。
「この世界の人達が日常的に振るうのは問題が無い様なので、あくまでも我々が注意すべき事、ですね。そう考えると編纂作業もそうのんびりしていられないのかも…」
「まぁまぁ、焦ってもシカタないしとにかくめっちゃ気をつけましょうって事で!」
貴方が一番心配なんですけどね。
「よっしゃ、穴まで溝つながったヨ」
池から穴まで傾斜をつけた溝が真っ直ぐに繋がった。溝の端と池の縁にあたる土の隔たりをスコップの先端で崩すと、ダークファンタジー色の液体がちょろちょろと穴に向かって流れ出す。
「上手くいったみたいだネ」
「ええ」
液体がすっかり流れ出た後の窪みの残滓も抉り出す様にスコップで掘り起こし、穴の中へと放り込んでいく。着地した音が本気で聞こえないのだが一体何メートルくらいの竪穴なんだろうか…。
「樹以外はこれで処理できたケド…この穴どうしようか? このままだと危ないよネ」
「そうですね。大きな石とかで塞げればいいのですが…」
「あ、そうか」
神々廻さんが何かを閃いたらしい。この人の表情は分かりやすくて後頭部で電球が光ったのではないかと言う錯覚すら見える。
「ちょっと離れてて…」
「? 何を…」
すると神々廻さんは穴の真上で手を…手が消えた??
あ、成程。
「よっと!」
虚空から手を引き抜くと、後ろにぴょんと飛び退く。続いて虚空から召喚されたのは…大きな石だった。
そのまま石は真下の穴を隠す様に落下し、ドスンという強い振動を辺りに響かせた。
「これでオッケーっしょ!」
「ええ…まあ…」
OKなのはOKなのだが、突然現れた大木と大石…。なんて説明したらいいんだろうか。頭が痛い。
「な…なんじゃこりゃああああぁぁぁぁ!!!??」
聴き慣れた声が飛び込んできた。
ああ頭が痛い。イタイイタイ。
(次頁:44へ続く)




