頁16:考察とは
それから暫くの間、我々は『遠方から観光で来た旅人役』に徹し、奇妙な街並みを縫う様に歩き回った。
村の人達から話しかけられる事もあったが当たり障りの無い返答で躱す。いい加減不審がられないかと思ったが、誰一人として我々を疑う様な素振りは見せなかった。まさに善意のみで構築された村だ。
歩き回っていたのには理由もあって、この星における現在の【町というシステム】がどうなっているのかを見てみたいという目的の為でもあり、ついでに人気の無い場所の目星をつける為でもあった。
そんな人気の無い場所にて。一応周囲に誰もいないか十分に確かめてから切り出す。
「何の実験をしていたんですか?」
「ミッション1と2の違いとかイロイロ検証をネ」
いつの間にか取り出した本を開いてページをめくりつつ彼が答える。
「違い?」
「たぶん同じ事感じたと思うケド、まずはひろっさんの家のイスね」
「やっぱり───」
ひろしさんは『椅子』という名前を知らなかった。けれども椅子は確かに椅子として機能している。ではひろしさん達は何と呼んでいたのか? 恐らくはまた無音になるのかもしれないが。
しかし私が思ったのはそれだけじゃなかった。
「あの椅子、ちゃんと座れました?」
「うん、自分では座れてたか自信無かったけど、キミがちゃんと座っていたように見えたって事は、多分大丈夫だったんじゃないかと思う」
自分達が何を言っているのか正直分からなくなりそうだったが、つまりはそういう感じだったのだ。
「一見、椅子に見えました。でもまだ椅子になれてなかった。滅茶苦茶な事を言っているのかもしれませんがそうとしか表現が出来なくて」
「たぶんそれが正しいと思うヨ~。これ見てみ」
神々廻さんが今見ていたページを私へ向ける。
「! これは…」
そのページには文字がひたすら箇条書きで並んでいた。さながらシステムメッセージの様に───
《 個体名/植物:杉 が提案されました。→承認済 》
《 個体名/敵対生物:飛ぶ眼 が世界に登録されました。》
《 /初期装備/武器/胴/足/腕:モザイク を登録しました。》
《 個体名/大地:土 が提案されました。》
《 個体名/建築:竪穴式住居 が提案されました。》
《 個体名/建築:貧乏長屋 が提案されました。》
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《 個体名/製造品:下駄箱 が提案されました。》
《 個体名/製造品:トルソー が提案されました。》
《 個体名/製造品:椅子 が提案されました。》
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「そっちの本でも同じページが見れると思うけド、この世界に来てからこの瞬間までにこれだけの【提案】がされてたワケ。提案されてるって事はまだハッキリして無いって意味でショ?」
自分の本を召喚して確認してみる。私が見たいページを理解したのか本は自動で該当ページを開いた。
確かに同じシステムメッセージが並んでいる。
「いつの間に…」
「どうやら【提案】ってのは特定の物に対しての固有名詞を意識するか口にした瞬間に成されるモノっぽいね。オレちゃんはなーんも考えてなかったから提案してない事になってるワww あ、飛ぶ眼はオレかwww」
「笑い事じゃないです」
私は頭をわしゃわしゃと掻いた。
確かに私の【辞典】に登録すべき名称は星の数以上あるのかもしれないが、こんな風に雑に拾い上げられてしかもこんな雑に承諾されてしまうなんて…。
ここで承諾された名称が世界共通の名称としてこの星に根付くという意味だろう。その責任はあまりにも大きすぎる。決めるべき名前の量に圧し潰されていつか自分自身が雑さに染まってしまった時、私は果たして私のままでいられるのだろうか。
「初期装備とイスの違いだけどサ」
悶悶と悩む私を余所に神々廻さんが続ける。
「…ミッション1の世界設定に関わる部分と、ミッション2の辞典製作に関わる部分の差では…」
「やっぱそう思うよネ」
同期した本で分かった神々廻さんの担当すべき設定とは、世界そのものの在り方に関する項目が殆どだった。通常の星の歴史であったならばそれらは時の流れの中で自然に人類が決めていくべき物だが、彼によりプロセスを端折って作られたこの星は歴史や文化についてはこの本に支配されていると言っても過言ではない。
強制的に据え置かれた人類はとりあえず用意された世界で何とか生きてきた。自分達が日常的に利用している物の名前さえ分からないという欠損を欠損と認識出来ぬまま。
神々廻さんのミッション1とは、恐らく『認識すら出来ない欠損を埋めていく作業』。
そして我々共通のミッション2とは、『認識出来る欠損に名称を設定し本来の存り方へ正す作業』なのだろう。
「ひろしさんとの会話で所々抜け落ちていた部分がありましたけれど、前後の文章から推測するに『地名』『敵対生物の総称』『職業に関する情報』などでした。これらはいずれもミッション1の名称設定で解決できます。一番の例が初期装備品ですね。設定前はそれについて考える事すら出来なかったのに、設定された瞬間に可視化され認識も可能になった」
「ふむふむ。相変わらず頭いいね」
なんでそっちが説明される側なんですか。天地創造の先輩でしょうあなた。
「てコトは、イスについてもみさ博士の予想通りか」
誰が博士だ。
私は足元に転がる多分石であろう物体を拾う。予想通り、持っているのに持っている気がしない。確かに掌に何かしらの物体としての感触はあるが、その物を表現するあらゆる情報が不安定で得られない。
それを神々廻さんに放り投げる。
「それ、何でしょうね?」
「え? 石じゃね?」
何の気無しにキャッチすると、見たまんまの感想を口にする彼。そして予想通り私の本にシステムメッセージが。
《 個体名/鉱石類:石 が提案されました。》
「はい提案頂きました。では承諾」
「えっ?」
《 個体名/鉱石類:石 が承諾され、世界に登録されました。》
「うおっ! 石じゃんコレ!?」
「その通りです」
傍から見ている人がいたら芝居の練習でもしているのかと思われそうなくらいベタな反応だが、まさに見ての通りの劇的な変化が起きるのだ。
それは最早『無かった物が現れた!?』というレベルに近い。
「ではキャッチした瞬間、本当に石だと認識出来ていましたか?」
組んだ腕の片方の手を顎に当てて記憶を辿る彼。
「いや…先入観で多分石だろうって。見た目的に石以外思いつかなかったし?」
「神々廻さんが石だと思った事が【提案】になり、私がそれを【承諾】してこの世界にも石という概念が定着しました。そして漸く他所の世界の存在である我々も初めてそれを本当の意味で石だと認識する事が出来るようになるみたいです。この一連の繰り返しが我々に課されたミッション2なんだと思います。」
「ぬおぉぉ…ナルホドなぁ…!」
眼球が落ちそうな程に目を見開いて感心している。開きすぎてて気持ち悪い。
「ただ───」
「ただ?」
パタンと本を閉じ、目を伏せる。
「分かりやすく説明する為に敢えて石の名称で実験してしまいましたが…本来ならばこの石にも石としての種類があり、組成なども石同士で大きく異なります。今私が大雑把に【石】と承認してしまった事で、この石が持つ本当の名前を殺してしまいました…。これから先、こんな罪深い事を永遠としなきゃならないんだなって…」
「え? なんで?」
あっけらかんとした声で聞き返してくる。
「だから───」
「石は石でしょ? 石のプロフィールが分からなかったからって何か困るの??」
「えっ?」
何か、困る? いや困るだろう。……でも何が? 石の種類が分からなくて悩んだ事があっただろうか。
…違う、そういう話じゃない!
「いや、確かに石ならそんなに困らないかもしれませんが───」
「さっき登録した【杉】も同じだヨ。みさパンは頭がいいし責任感強そうだから、【辞典を創る】って言われて多分ガチの辞典を創ろうって思ってない? ナニカ・ナニモクとかまで完璧にしなきゃ!って」
図星だった。
彼はヘラヘラと続ける。
「オレちゃんが国語辞典を初めて読んだ時サ、何となく調べてみた言葉の細か~い部分って全く覚えられなかったし興味も湧かなかったんだよね。知りたい情報ってイッチバン浅い部分だけだったし。でも結局はそれだけで今も問題無く生きられちゃってる。…あ、2回死んでるかw」
自分の首を両手で絞める振りをして、舌を出しておどける。
「何言ってるんですか! たった一つの物に対して、どれだけの人がどれだけの研究を重ねて来た歴史があると───」
「それだ!」
私をビシっと指差す。
「キミが拘ってるその『モノのレキシ』!」
「…それが何ですか」
「それって、ドコのダレの歴史よ?」
…………へ?
「それってさ、元いた地球のダレカの、だよね?」
「え、まあ、そう…」
ズイっと顔を近づけてくる。
「そのダレカってこの世界と関係あるの? てかココ地球なの? 違くない?」
「た、確かにそうですけど…」
近すぎる彼につい目を逸らした。
「『辞典を創る』って言葉に囚われちゃってるのかもしれないけどサ、オレが想像してるオレらのミッションって、いつか本当の辞典を作ろうと考える誰かの為の『土台』創りなんじゃないかなって思うんだよネ。我ながら何言ってるのか意味分かんないケド…」
「土台…」
何となく、腑に落ちた。
「石は石、木は木。キミの言う通り種類とか言い出したらキリが無いと思うヨ。でもさ、それを研究したり分類するのは『この星の人達』の役目じゃね? ───その結果違う名前が付くかもしれんし、我々の知らない物になるかもしれない」
……なんだろう。神々廻さんと同じ顔をした二つ目の顔がまたしてもダブって見える。
彼の言葉が私の体に隅々まで染み渡り、何を言われてもYESと答えてしまいそうな錯覚に陥りそうになる。あれ…この感覚は確か……?
「だが…それこそが【歴史】じゃないのか?」
マズい!!
何がマズいのかは分からないが生物的本能で危険を感じ全力で脳を叩き起こすッ!
「───名前すらほったらかしにしてる癖に偉そうに言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ついでに後頭部をスパーーンと思い切りしばく。
何故だかもの凄くスッキリした! よく思い出せないけれど!!
「いったああああああ!? ちょ、いきなりナニスンノ!!」
「自分に酔っぱらっていたみたいでしたので」
「…………あれ、オカシイナ…? あ、いや、まあいっか」
…どういう意味だろうか?
「…でも、ありがとうございます」
「え゛っ…? なになにどうしたの!? なんかヤバいモンでも食った?」
本気のビビりを見せる彼。私を一体何だと思っているんだろう。
「何でですか! …その、ちょっと肩の荷が下りただけですよ」
こういう時、私も相手の目を見て言えなかったんだな、と思い知らされた。
私達が創ろうとしている物。それは決して地球の複製などではない。この星自身の歴史───。
「ふ~~ん…? なんか分かんないケド、よかったじゃん☆」
…あなた自分の言った事覚えてます…?
◇◆◇◆◇◆
何となく辞典に登録された物を見てみた。
まだ石と杉だけしかないが『鉱石類』と『植物』というタブでページ分けされている。今後登録する物が増えたらこのタブも細かくなっていくのだろう。
石という文字をタップ。すると表示画面が切り替わる。そして現れた説明文は…
《 石『いし』/鉱石類:(以下詳細)石。かたい。》
たったそれだけだった。
あまりの雑さに腰が抜けそうになった。
寧ろ抜けてしまったくらいが丁度いいのかも。なんて。
(次頁/17へ続く)
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