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花嫌いの変人令嬢だと社交界を追い出された私ですが、緑の手を持つ侯爵家三男坊と婚約する事になりました。

作者: ちょこっと

 それは、幼少期。初めてのお茶会に招かれた時の事。

 まだ五歳位の貴族の子女が集まって、ささやかなお茶会が開かれた。


 男爵家という貴族の末席ながらも一応貴族令嬢な私も、有難い事に招かれた。


 けれど、私はやらかしてしまったのだ。


 その場で最も位の高かったらしい少年、彼が差し出してくれた花束。

 子どもらしい、小さな愛らしい花束。

 差し出す少年はあどけない顔を緊張で強張らせながらも、口角を上げて懸命に笑みを浮かべようとしていた。


 いじらしい。けなげ。愛らしさ無量大数超えている。


 そんな少年に対して、私は差し出された花を受け取る事も無く、泣き出した。


 【花束は、欲しくないの】


 そう泣き続ける私に、周囲は白けた顔で私を隅へ追いやった。

 せっかくのお茶会で、好意を無下にした。場を白けさせた。小さなレディとして落第点だと。


 かくして、私は変人令嬢だと、社交会から閉め出されていった。





 侯爵家の整えられた庭園の一角に、植木で囲いをされた場所があった。


 まるで、秘密の花園。茂った木で完全に囲まれて、外からは容易に伺い知れない。

 そんな特別な場所で、今日も一人、筋骨隆々の美丈夫が花や木の手入れをしていた。


「ヴェルディス様、本日はご予定があるとお伝えしていた筈です。何故、庭師の真似事をされているのですか?」


 パリッと細身の執事服を着こなすのは、幼い頃から執事見習いとして住み込み、現在は立派なヴェルディス付きの執事となった幼馴染。

 主従関係だが、幼い頃から共に育った為に、人目の無い所では随分と気安い間柄だ。


「ああ、ネロ。いや、これは、その、気持ちを落ち着けようと思ってね」


 ネロと呼ばれた執事二人分はありそうな、体格の良いヴェルディスが、デカい図体を縮ませて言い訳をする。

 手にした園芸用のたちバサミを、所在無さげに降ろす。


 ヴェルディスの厳つい武人然とした外見からは想像もつかないが、彼は心優しい植物を愛する人なのだ。

 武器を手に、破壊の限りを尽くさんと暴れる姿が似合いそうな彼だが、その実、作業着代わりに乗馬服で庭木の手入れをするのが一番の楽しみなのだ。


「ええ、ええ。心得ております。御令嬢とのお見合いを前にして、胃を痛めていらっしゃるのですよね。女性と話すのは苦手なのだと、よく存じております」


 サッと園芸バサミを取り上げて、ネロは心得顔で頷いた。同情するように悲しげな表情を浮かべるネロに、ヴェルディスは希望を見出し顔を輝かせる。


「そ、そうか! うん。そうなんだ。だから、今回も上手い事お断りをしといてくれると嬉しい……」


 嬉しそうに言葉を紡ぐヴェルディスを、満面の笑みでネロは遮った。


「ですが、ヴェルディス様。今回はご自分で仰って頂きます」


「なっ、何故だ! 幼い頃からの私とお前の仲ではないか。互いに、得手不得手を助け合ってきた仲ではなかったのか」


 ネロの言葉に、取り乱し口早に語るヴェルディス。けれども、ネロは笑顔を崩さない。


「はい。ヴェルディス様の専属となる為、幼い頃から恐れ多くも同じ学院へ通わせて頂き、何かと助け合って成長してきました。が、既に結婚適齢期を過ぎてしまいそうなヴェルディス様に、侯爵御夫妻は心を痛めていらっしゃいます。幸せな結婚を、想い合える伴侶をと、願っておいでなのです」


 目を背けたい事実を並べ立てるネロに、ヴェルディスは項垂れた。


「さあ、湯を使って身綺麗になさって下さい。もう半刻もすれば、お相手がお付きになります」


 この世の全てを諦めたといわんばかり、悲惨な表情でヴェルディスはとぼとぼと庭園を後にした。





 花嫌いの変人令嬢と揶揄された私、ついに、この時がきてしまった。


 私は、侯爵家の豪華絢爛な応接室で、借りてきた猫のように固まっていた。


 着慣れない一張羅のドレス姿な私、男爵家の長女。絶賛、嫁き遅れ中。


 貴族の婚姻相手は、たいてい幼い頃に家同士で婚約を結ぶ。

 貴族の女子に望まれる事は、子を産む事が。それが最も重要だとされる世界だ。だからこそ、女子は十代の婚姻も珍しくない。


 それが、もう二十歳も過ぎて、いまだお見合いをしている私。

 ……ちょっと見栄を張った。既に二十五歳だ。これから婚約して婚姻して子を産むとなると、多く産めるか分からない。そもそも、一人産めるかも怪しい。


 もう修道院へ行って、静かに暮らしたいと思っていた私。いや、孤児院でシスターとして子ども達のお世話をする生活も良い。家は弟が継ぐから心配ないし。

 むしろ、弟は既に結婚して子どもも居る。私が家に居る必要は全く無いのだ。

 しかもしかも、弟嫁は心配りが出来て、優しくて、可愛い。弟が惚れこむのも頷ける女性だ。


 それなのに……何がどうしてこうなったのか。

 今まで、それとなくお見合いを進めてきはしても、無理やりにという事はなさらなかったお父様。家督は弟が継ぐし、私にはあまり口うるさく言ってこられなかったのに。


 数週間前、侯爵家の方から見合いを申し込まれて、男爵家の我が家としては受けない訳にいかない。


 かくして、私は綺麗にラッピングされて、侯爵家へと連れてこられたのだ。


 お見合いの御相手を待つ間、出されたお茶に手を付ける事すら出来ずに固まりながら、私はこのお見合いを受ける事となった経緯を思い返していた。


 控えめなノックがされて、ドアの向こうから男性の声で入室を告げられる。



 キ、キマシタワーーー!



 私は脳内で思考を駆け回らせた。どうしようどうしよう逃げたい。


 キッチリと細身の執事服を着こなした、涼やかな面立ちの男性が入室する。何やら挨拶の口上みたいな事をスラスラ仰っているが、緊張している私の頭を右から左へと通り抜けていった。


 続いて、筋骨隆々逞しい武人が、侯爵家の方に相応しい装いで入室する。あまりに御立派な体格から、きちんとフルオーダーで作られていると一目瞭然な装いなのに、どこか筋肉が窮屈そうにも見えてしまう。

 そう、彼に似付かわしいのはドレスシャツや紳士服ではなく、どちらかというと騎士の鎧だろう。もしくは、美しい汗をかく肉体労働の姿だ。


 そこまで考えて、私は真っ青になった。



 なっなななんななんて、失礼な事を考えているのかしら、私は!

 ああ、どうか私の不躾な思いが、顔に出ていませんように。



 そう祈りながら、お見合いの間中、引き攣った笑顔で私は過ごしてしまった。






 男爵家の令嬢が帰りの馬車に乗るのを見送って、ネロは己の主へ視線をやった。


 若干紅潮した頬、まるで、熊が得物を前にして興奮しているように見えるかもしれない。なにせ、厳つい顔立ちなのだ。


 けれど、ネロは正しく理解していた。


 初恋の少女と二十年ぶりの再会を果たして、振られたと思い込んで女性への苦手意識を自分で植え付けていた主が、ついにそれを払拭する事が出来たのだ。


 己の有能さに、思わず小さく拳を握り、一人ガッツポーズを噛みしめていた。





 そう、全てはささやかな勘違いだった。


 男爵家の令嬢は、花が好きだった。だからこそ、切って花束にしてしまうのは可哀そうに思えて嫌だったのだ。

 愛でるのならば、土に根を張ったままの姿を愛でるのが好きだった。


 ヴェルディスは、植物が好きだった。あまり人と話すのは得意ではない。同年代の皆のように、気の利いた事など上手く言えなかった。社交辞令は苦手なのだ。

 けれど、植物を育てるのは得意だった。それこそ、緑の手の持ち主と言われるほどに。


 幼い頃、初めてのお茶会で、上手く話せる自信が無かったヴェルディスは、花束を用意していった。

 まだ幼いながらに、庭師のじぃに手伝ってもらって育てた、花。


 一年に一度だけ咲き、一夜で枯れてしまう花、咲く宝石とも称される美しい花。ブルージェイドバイン。


 たまたま、茶会の日に咲いたブルージェイドバインを、メイドに教わって小さなブーケにした。


 一夜で枯れてしまうのだ。それならば、自分だけで独占するのは惜しい。共に愛でてくれる相手となら、話せるかもしれないと思った。


 けれど、その思いは失敗に終わってしまった。


 幼き日のお茶会。緊張で強張る顔は、幼い頃から厳めしさの片鱗を見せ、他の子ども達は怯えて遠巻きに見ていた。

 けれど、彼女だけは違った。


 緊張して立ち尽くすヴェルディスに、ひだまりのような笑顔で挨拶をしてくれたのだ。

 初めてのお茶会で緊張するね、だなどと、ヴェルディスの強張った巌の如く顔に怯えもせずに。


 一目惚れだった。


 だが、初めての失敗に、ヴェルディスは女性への苦手意識を深く深く植え付けてしまったのだ。


 まだ見習いとして住み込み始めたばかりのネロは、その場についていく事をまだ許されなかった。


 が、帰宅してからの主の落ち込みように、長い年月をかけて聞き出し、相手の令嬢を調査した。

 ヴェルディスの御相手として相応しいのかと、調査に調査を重ねた。


 そうして、今日この日のお見合いセッティングを侯爵夫妻に提案し、ヴェルディスお見合い大作戦をプロデュースして、無事に苦手意識を払拭するに至った。


 ……お相手の男爵令嬢は、今一つ思い出していない様子だったが、少なくともヴェルディスの苦手意識は消えたのだ。更には、振られたと思い込んでいた誤解も解けた。


 今日のお茶会で、令嬢本人の口から、幼き日の思い出として聞く事が出来たのだから。


 花嫌いと揶揄されるようになった始まりは、実は誤解なのだと。花は好きだからこそ、切られてしまうのは悲しくて花束は苦手なのだと。


 遠ざかる男爵家の馬車が見えなくなるまで微動だにしない主を見て、冷徹だと噂の執事、ネロの口元にほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お互いの誤解が解けて丸く収まる良いハッピーエンドでした [一言] ヒスイカズラの写真見てみたらめちゃ青いというか翡翠色の花でびっくり 東南アジアの花なのかー
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