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【短編集】童話&昔話シリーズ【現代恋愛】

桃太郎はお供達に救われる

作者: マノイ

「飴ちゃん食べる?」

「うん」


 始まりがいつだったのか、もう覚えていない。

 公園で遊んでいた時に気付いたら一緒に居たような気もするし、飴ちゃんをあげて泣き止ませたことがきっかけだったような気もする。


 小学校が終わってからいつもの公園に行くと必ず三人が待っていて、日が暮れるまで遊んでいた。


「太郎!どっちが先にあそこまで行けるか勝負しようぜ。よーいどん」

「うわ、ずりぃ。待てよー!」


 町内の見守りをすると言って探検したこともある。


「た、たた、太郎。助けてええええ」

「お、おう。俺に、任せろ」


 良く吠える犬を懲らしめると意気込んだこともある。


「太郎、凄いの拾った」

「おお、めっちゃ格好良い!俺達の宝物にしようぜ」


 ゴミ拾いをして公園を綺麗にしたこともある。


 どれもこれも楽しかった良い思い出だ。

 だが太郎はもう三人のことを良く覚えていない。

 ある日を境に三人同時にパタリと公園に現れなくなってしまったからだ。


「今ごろあいつら何してんのかね」


 高校一年生になった太郎は、入学初日に校門の前で過去を懐かしんでいた。

 これから始まる地獄のような三年間から目を背け現実逃避するために。




 胡桃澤くるみさわ 太郎たろう

 通称桃太郎は、名前の通りに悪を倒し弱きを守る正義の味方として小さいころから奮闘していた。

 小学校低学年の頃に見知らぬ子供達と一緒に正義の味方ごっこをして遊び、三人と別れてからも学校の友達と程よく正義の味方をして楽しく遊んでいた。


 だが太郎が中学生になった時、彼の受難は始まった。

 宿敵である鬼が出現し、敗北してしまったのだ。

 その結果待ち受けていたのは三年間に渡る酷いいじめ。


 なんとか卒業は出来たものの、鬼は太郎と同じ高校に通うことが決まっている。

 地獄の日々がまだ続くのだ、現実逃避もしたくなるだろう。


「はぁ、憂鬱だ」


 背が高くてガタイも良く一見していじめられっ子には見えない太郎だが、肩を落として歩く哀愁が漂う姿からは、かつての勇ましく正義を全うしようと笑っていた面影は見られない。


「いつまでもこうしてたら邪魔か。さっさと行くか」


 周囲は太郎と同じ多くの新入生が校門を潜ろうとしていた。

 尤も彼らの表情は太郎とは違いこれからの新生活への期待と不安に満ち溢れている自然なものだったが。


「へぇ、中々良い学校じゃん」


 入学式が行われる体育館へと向かう最中、校内の木々が丁寧に手入れされていることに気が付き太郎は何処となく良い気分になった。

 まだ入学式が始まるまでには時間があるため、近くの花壇でも覗いてみようかと脇道に逸れてみた。


「入学式に合わせて準備してくれたのかな」


 太郎には園芸の心得など無いが、家では祖母が庭で多くの草花を育てているため愛でる心は持っている。

 新入生の為に愛情込めて育てられていることを嬉しく思っていたら、いつの間にか隣に誰かが立っていた。


「(うお、なんだこの子、滅茶苦茶美人だ!)」


 すらっとしたモデル体型で背が高く、そよ風に靡くサラサラな髪を手で抑えている姿がとても絵になっている。

 健全な男子であれば思わず一目惚れしてもおかしくないほどの美貌であり、一緒の学校に通えることを幸運に感じそうなものだが、太郎は全く別の事を考えていた。


「(よりによってこの学校に来ちゃったのか。あいつに目をつけられないと良いけど……)」


 自分をいじめている例の鬼が、見目麗しいこの女性に手を出す可能性が非常に高い。彼女が平穏な学生生活を送るのは難しいだろうと同情してしまったのだ。


「(あれ、なんかこっち見てるぞ)」


 横目でチラチラ見ていた太郎とは違い、その女性は体を太郎の方に向けてガン見し始めた。

 気のせいだ、などと思わせない圧がその視線にはあった。

 仕方なく太郎も体をその女性の方に向けて声をかけることにした。


「あの、俺に何か?」

「……」


 彼女は太郎の質問には答えず、真剣な表情で太郎の顔をじっくりと見つめるとわずかだが目を見開いた。

 そして右手を手のひらを上にして太郎の前に差し出した。


「?」

「……」

「(なんだこの状況!?)」

「……」


 彼女の表情は変わらず真剣そのものだ。

 まるで何かを返せとでも言いたげな雰囲気だが、残念ながら太郎は彼女とは初対面だ。


「(そういえばこの状況、昔良くあったなぁ)」


 小さい頃、太郎が公園に向かうと三人が揃って太郎に手を差し出して来た。

 お目当ては太郎が持っている『飴ちゃん』だ。

 太郎は祖父から毎日のように大量の『飴ちゃん』を貰っており、外出する時にポケットに忍ばせて三人に手渡すのが恒例となっていた。


 そしてその時、太郎は必ず同じセリフを三人に告げたものだった。


「飴ちゃん食べる?」

「うん」

「え?」


 記憶の中の台詞が思わず漏れてしまった太郎だが、彼女は即答した。


「(そういえば三人の中の一人がこんな感じだったな。まさかこの子……いやいや、そんなはずないって)」


 幼い頃に遊んでいた友達が綺麗になって再会するなどラノベや漫画の読み過ぎである。

 そもそも遊んでいた相手は名前を知らないどころか男子だと思っていたのだ。テンプレにしてもやりすぎである。


「それじゃあ、はい」


 太郎は今でもポケットに飴を忍ばせている。

 それを一つ彼女の手のひらに乗せてあげた。


「あ……」


 彼女はその飴をしばらく見つめ、そして顔を上げるとそれまでの真剣な表情とはうってかわって心からの笑顔を浮かべていた。


「ありがとう、太郎・・!」

「(ぬお、この笑顔はヤバい!)」


 男を虜にする破壊力抜群の攻撃を仕掛けたその女生徒は、そのまま体育館方面に向かって小走りで去って行った。


「何だったんだ……」


 男心を鷲掴みにされて胸の高鳴りが止まらない。彼女の笑みには宿敵の鬼の存在を忘れてしまうだけのインパクトがあった。


「あれ、俺名前言ってないよな?」


 そしてすぐに気が付く。

 名前を教えていないのに相手が知っていたこと。

 そして、『ありがとう、太郎』の雰囲気が何処となく覚えがあるということを。


「まさか本当に……?いやいや、そんな馬鹿なことは」


 これが普通の再会であれば素直に喜べたかもしれない。

 だが、これから先に待ち受けている地獄を思い出すと、仮に彼女が本当に思い出の遊び相手であるならば再会などしない方がお互い幸せであったのにと切なさを覚える太郎であった。




「まだ時間あるよな。トイレに行っとこう」


 いずれ本当の事は分かるだろうと太郎は気持ちを切り替えて入学式へと向かう。

 その途中に今度はトイレに寄るべくまたしても道を外れた。

 体育館近くのトイレは混んでいるだろうから、空いているところが無いか探しに向かったのだ。


「ちょっとだけお邪魔しまーす」


 近くの校舎に入ると、入り口付近に同じく新入生らしき一人の女生徒が靴を脱ごうとしていた。


「(この子もトイレかな。って女子相手にそんなこと考えるのはマナー違反か)」


 太郎はその女生徒から少し離れたところで靴を脱ぎ、校内へと入ろうとする。


「え?」

「?」


 すると横から驚きの声があがる。

 反射的にそちらを見ると、女生徒が目を見開いて太郎のことを見つめていた。


「(ぬお、この子もめっちゃ美人じゃん!)」


 背丈はやや小さいがとても可愛らしい顔立ちであり、アイドルと言われてもおかしくない雰囲気の持ち主だ。また、制服がきついと言わんばかりに体の一部が大きく盛り上がっている。


「(っと、見るな俺!)」


 自然とその部分に吸い寄せられそうになるが鋼の意思でどうにか耐えた。相手の女生徒は太郎の顔を見ているのだ、視線を下に向けたらすぐにその意味を察せられてしまうだろう。


「あ、あの、え?ホントに?え、あ、あれ?」

「どうしたの?」


 何故か彼女がとても焦って混乱しているため、太郎は落ち着かせるためにも優しく声をかけた。


「はー!やっぱり!でもこんなの予想外。どうしよう!」

「?」


 しかし混乱が収まるどころか、さらに深まるばかりだ。


「えと、えと、そうだ、こういうときは!」

「(え、この子も!?)」


 目いっぱい慌てた結果、彼女は右手を手のひらを上にして太郎に差し出して来た。

 先の女生徒とは違い、手がわずかに震えている。


「(そういえばあの三人の中にもいつも震えてた子が居たような……)」


 またしても幼き日の思い出が脳裏をよぎる。

 一番の怖がりで泣き虫で、それでも太郎達から決して離れなかった仲間のことを。


「(あの子もこうやって震えた手で飴を欲しがってたなぁ)」


 だから太郎はその子にだけは特に優しい声をかけていた。


「飴ちゃん、食べる?」


 そうするとその子は決まってこう答えた。


「食べりゅ」

「(そうそう、いつも緊張しているのか噛んじゃうんだよなってええええええええ!?)」


 思い出に浸っていたはずが、答えは記憶の中からでは無く目の前から返って来た。


「あたしったらまたやっちゃった!治ったと思ったのにいいいい!」

「え?え?」


 泣きそうな顔になるが、差し出された手はひっこめようとしない。

 太郎も内心焦りつつも、飴ちゃんをポケットから出して手の上にのっけた。


「はー!飴ちゃんだ!夢にまで見た飴ちゃんだ!太郎くんありがとー!」


 彼女は嬉しそうに飴ちゃんを両手で包むと、顔を赤らめて笑顔の華を咲かせた後に校舎内へ走り去って行った。


「え、行っちゃうの?」


 仮に彼女が思い出の仲間達の一人であるならば色々と話を聞きたかったのだが、それは叶わなかった。


「まぁいっか。同じ高校ならいつか会えるだろ。でもあの様子じゃあいつに目をつけられたら厳しいな……」


 せめてその場から逃げて欲しいのだが、その期待もあまり持てそうになかった。




 トイレから戻った太郎は今度こそ体育館へと向かったが、入学式までにはまだ時間がある。

 早めに体育館へと入って鬼に見つかったら何をされるか分からない。余計なトラブルを起こして他の人に迷惑をかけないようにと時間を潰して開始ギリギリの時間に入ることにした。


 太郎は体育館の周囲を歩きながら思い出の仲間達のことを考える。


「名前聞いて無かったよな。犬とか猿とかって呼んでた覚えしか無いや」


 酷いと言ってはならない。

 桃太郎の三匹のお供。

 犬、猿、雉。

 仲間達はそれらを自称し、そう呼ぶように太郎に強制していたのだ。


「最初の子は犬かな?」


 待ちきれないのか、飴ちゃんを差し出すと急いで包みを開けて口の中に放り込んだ姿を思い出す。


『太郎!今日は何する?』

『勝負しようぜ勝負』

『あははは、ダッセー!』


 太郎に何かと勝負を挑み、豪快な態度で叫んでいた印象が強かった。


「いやいや、あいつやっぱり男だろ。さっきの子は別だわ」


 幼い頃は元気いっぱいだったその子と、先ほどの口数の少ない女生徒の雰囲気がどうにも一致しない。


「もしあいつなら『よう太郎!久しぶりだな!』なんて言いながら肩をバンバン叩いて来そうだもんな」


 じっと太郎の様子を伺うのは犬らしくない。


「でも次の子は間違いなく猿だよなぁ」


 しかし、次に出会った女生徒は思い出の仲間で間違いないだろう。


『はー!太郎君すっごい』

『食べりゅ食べりゅ!』

『ひえ、た、たた、助けてー』


 口癖も、小動物的な怯える雰囲気も当時の印象と何ら変わりがないからだ。


「猿に聞けば他の子の事も分かるかな」


 三人同時に居なくなったのだ。

 その子達の間では理由を共有しているかもしれない。

 太郎は当時は寂しかったが別に未だに恨みがましく思っているわけでは無い。単純に何故居なくなったのかが気になっていたのだ。


「最後は雉か。どんな子だったかな」


 犬は太郎の手を引き、猿は太郎の服の裾を掴んでいたが、雉はそのような印象が無い。

 むしろ雉は太郎とは離れたところで良く何かをしていた。


「確か何かと話をしていたような……」

「うん。ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ問題は解の基本的性質すら証明されていない超難問だよ」

「そうそう、こんな感じで良く分からないことを壁とかと話してたよな……え?」


 考え事をしながら体育館裏に移動したら、そこでは一人の女生徒が壁に向かって話をしていた。

 横顔でも目鼻が整っているのが良く分かり、漆黒の黒髪がサラサラと風に靡いている。

 壁と話をしているという行動のせいで傍から見るとやべーやつにしか見えないのだが、太郎にはこの光景に見覚えがあった。


『お絵描きより数式を証明してる方が楽しい』

『いつか未解決問題を解決したい』

『難しいはワクワクするよね』


 雉は壁や木や地面に向かって太郎には良く分からないことを話している不思議ちゃんだった。


「(うわ、間違いなくあいつだろ。いや……違う可能性もあるのか?)」


 こんな奇怪な行動をする人物など他には……いるかもしれないと太郎は思い直した。

 本人であるかどうかを確認するには声をかけてみれば良いのだが、壁に向かって話をしている女生徒に話しかけるというのは不思議と抵抗感があるものだった。人間は良く分からないものに恐怖を抱き触れたくないのである。


「な、なぁ」


 太郎が声をかけると、その女生徒は太郎の方を見て小さく首を傾げた。


「(そうそう、良くやってた!)」


 思い出の中の雉も不思議そうな表情を良く浮かべていたものだった。


「(あれ?でもこの反応は俺って分かってないってことなのかな。それともやっぱり別人?)」


 猿の時のように分かりやすい反応をしてくれれば良いのだが、雉は幼い頃も太郎を良く惑わせていた。


「(どうしよっかな。そういえば昔もこんな風に困ってたな。そんな時は……)」


 雉の反応の意図が分からない時、太郎は何をしていたのかを思い出す。


「飴ちゃん、食べる?」


 何も分からないことを誤魔化すように、とりあえず餌付けしていたのだ。


 女生徒はコクリと頷き、差し出された飴を両手で受け取り、胸の前で大事そうに握った。


「ありがとう」

「!!」


 犬(仮)と同様に、それまでの淡白な表情が一転して笑顔に変わり、そのギャップに太郎は思わず抱き締めてしまいたくなった。


 そんな太郎の反応は露知らず、その女生徒は軽い足取りで体育館裏から去って行った。

 残されたのは動揺が収まらない太郎と、話しかけられたまま放置された壁だった。




 太郎の狙い通り、入学式の開始ギリギリに到着することで鬼に絡まれることは無かった。そのまま周囲を警戒して鬼に見つからないように気をつけながら移動し、クラス分けが掲示されている場所に辿り着いた。


「(一組か、やっぱり奴も同じクラスにいるな)」


 分かっていたことではあるが、憂鬱だった心が更に重くなる。


「(まぁ別のクラスになって彼女達に迷惑がかかるよりかはマシか)」


 入学式の前に出会った三人の美少女達が自分の知らないところで鬼に襲われる可能性が下がり良かったとポジティブに捉えるしかない。

 そんな悲しい自己満足に浸っていた太郎の耳に、隣に立っていた男子生徒の呟きが聞こえて来た。


「マジかよ、一組ヤバイのが揃ってるな」

「(こいつも鬼の事知ってるのか。ってあれ、揃ってるなってことは他にもいるのか?)」


 鬼だけでも耐えきれないのに、更に他にも問題児がいるとなると地獄どころでは無い。仮にその問題児が太郎へのいじめに参加して来た日には、人生の終わりが見えてくる可能性だってあり得る。


「なぁちょっと良いか?」

「え?」


 正確な情報が欲しくて、たまらず太郎は隣の男子に話しかけた。


「ヤバイのが揃ってるってどういう意味だ?」

「聞こえてたのか。どういう意味も何も、一組には今年入学した三大美少女が全員揃っているんだよ!」

「は?」


 てっきり悪い意味でのヤバイだと思っていたが、どうやら違う意味だったようだ。


「まずは犬飼いぬかい めい

「犬飼鳴?」

「マジか。知らないのかよ。今話題沸騰のモデルだよ、モデル」

「モデル?」

「そそ、ティーンズ向けのファッション誌の表紙を何度も飾っているトップモデルだぜ。知らない方がびっくりだわ」

「いや、男の俺らなら知らなくてもおかしくないんじゃね?」

「なんでだよ。漫画とか読まねーの?雑誌の表紙にも何度も出てるじゃん」

「あ~そういうことか」


 太郎は小学生の頃までは漫画もアニメも楽しんでいたが、中学に入ってからはいじめのせいでそれどころでは無くなっていた。当然週刊誌も読まないため、表紙を飾るモデルについての知識など無いのである。


「(それにしても犬飼にモデルか、まさかな……)」


 今日最初に会った女生徒を思い出す。

 モデルと言われれば納得出来るプロポーションの持ち主であり、彼女が犬飼である可能性は高いだろう。苗字に『犬』とついているのは偶然か、はたまた。


「じゃあさ、猿渡さるわたり さきは知ってるだろ」

「誰?」

「うええええ!?マジかよ。咲ちゃん知らない人居るの!?」

「だから誰だって」

「女優だよ。超絶美少女の若手女優。俺らにとってはアイドルみたいなもんさ。テレビで見ない日は無いだろ?あ、もしかしてテレビ見ない家なの?」

「まぁそんな感じ」


 モデルの次は女優のようだ。

 これまた『猿』の文字が苗字についているが、今回ばかりは偶然であると太郎は確信していた。


「(流石にあの子が女優って言うのは無理があるもんな)」


 演技なんてしようものなら緊張でプルプル震えて何も出来なくなる姿しか想像出来ない。

 美少女というのは同意するが、女優からは最もかけ離れた人物のように見えた。

 だが太郎の確信はすぐに間違いだったと気付かされることになる。


「マジかー勿体ないぜ。可愛いだけじゃなくて滅茶苦茶演技が上手いからテレビ見る事オススメするぜ。それにさ、その子演技している時はどんな役でもこなすんだけど素の姿がポンコツでさ」

「(ん?)」

「たまーにトーク番組とかに出るんだけど、緊張して変な事言っちゃうのがくっそ可愛いんだよ。このギャップがたまらねーんだ!」

「(……いやいや、ねーよ)」


 素の姿の方は、先ほど見た『猿』の姿と一致していた。

 しかし演技が得意という話とはどうしても結びつかなかった。


「じゃあさ、最後の一人は知ってるんじゃないか?雉子谷きじたに 飛鳥あすか

「ああ、それは知ってる。確かアメリカの凄い大学を飛び級で卒業した子だろ」

「飛び級で卒業した美少女な」

「なんで美少女だって知ってるんだよ」

「大学に所属してた時の写真がネットで流れてるからな」

「ネットこえーよ!」


 だが雉子谷が最後に出会った女生徒であるならば、美少女というのは間違いないだろう。彼女が『雉』であるかどうかは別として。


「でもよ、何でそんな有名人が三人ともこんな学校に来てるんだ?」


 太郎がこれから通うことになる高校は普通の進学校だ。

 芸能人ならば専門の高校があるはずで、雉子谷に至っては敢えてレベルの低い高校に通う意味が分からない。


「それな。実は今大騒ぎになってるんだぜ。鳴ちゃんも咲ちゃんも今一番ノリにノってる時期なのに何故か芸能活動を減らしてまでこの高校にやって来たんだ。飛鳥ちゃんも不思議だよなぁ。噂では三人とも誰かに会うためだなんて言われてるけど、まさかね。もしそいつが男だったらぜってぇぶん殴るわ」

「……」


 犬、猿、雉。

 それぞれの名前が入っている超有名人が何故か太郎と同じ高校にやってきた。

 しかも太郎は恐らくその人物達と既に出会っており、過去の仲間の面影を感じ取っていた。

 トドメは誰かに会うためにここに来たという噂。


 太郎は冷や汗が止まらなかった。




 昔の仲間が美少女になって太郎に会いに帰って来た。

 犬だけは別人かも知れないと思い込もうとしているが、三人とも昔の仲間であることは間違いないであろう。

 その事実をどう受け止めて良いか分からなかった太郎だが、すぐに思い出す。彼女達が自分と同じクラスであるということが最悪の状況であると言うことを。


「よぉ、桃太郎。遅かったじゃねーか」

「鬼瓦……」


 鬼瓦おにがわら (ぜん)

 中学の三年間、ずっと太郎をいじめ続けていた男が教室で待ち受けていた。


「(やっぱりもう壊されているか)」


 教室の中では一組の机と椅子が破壊されてクズ山となっていた。恐らくはそこが太郎が座るべき席なのだろう。


「おいおい、どこ見てんだよ。俺が話しかけてやってるだろうが、よ!」

「ぐうっ」

「チッ、相変わらず無駄にかてぇ腹しやがって」


 鬼瓦は挨拶変わりと言わんばかりに太郎の腹部を力いっぱい殴った。

 この程度のことなど日常茶飯事だ。


 クラスを煽動しての無視は当然のこと、殴る蹴るの暴行を毎日のように続け、側近達に抑えつけさせてトイレの便器に顔を当てさせられたり、理科の実験での炎で肌を焼かれたこともある。

 とある理由により教師すらも鬼瓦には逆らえず、椅子と机が破壊されているため常に立って授業を受けさせられる。もちろん給食など食べさせてもらえずにこっそりと持ち込んだお菓子でどうにか飢えを凌ぐしかなかった。

 日に日に酷くなるいじめを受けて、五体満足で卒業出来たのは奇跡と言っても良い。


「おいお前ら、あいつを抑えろ」

『はい!』


 鬼瓦の仲間が太郎を羽交い絞めにし、足も動かせないように上から強く踏みつける。


「春休みがヒマすぎでストレスたまってんだよ」


 鬼瓦は全力で足を振り上げ太郎の股間をつま先で蹴り上げる。

 まともに喰らったら立ち上がることが出来ないどころか機能不全になってもおかしくない一撃だ。


「チッ、また余計なもんつけてやがんのか」


 しかし太郎は股間を防御するための強固なファールカップを装備していた。これが無ければ太郎はとっくに男の娘になっていただろう。


「防御しなけりゃすぐに終わったものを」


 今度は太郎の全身を殴り蹴る。


「ぐはっ……」


 最初の腹パンは来ることが分かっていた為、鍛えた腹筋に力を入れてダメージを減らしたが、連打されたりタイミングをずらされたら無防備な状態で攻撃を喰らってしまう。

 それならファールカップのように全身を防御すれば良いかと思えるが、そうすると攻撃が通らな過ぎて鬼瓦がより過激なことをしでかす可能性がある。


「そうそう、てめぇはそうやって無様に苦しんでいれば良いんだよ!」


 ある程度ダメージを受けて鬼瓦を満足させなければ、このリンチは終わらないのだ。


『……』


 一組は同じ中学出身の生徒が多く、太郎が嬲られている光景を何も言えずに眺めるしか無かった。初めて鬼瓦達を見た生徒も、自分が関わりたくないとすぐに察し沈黙していた。


 そんな彼らの元に、太郎が一番見られたくない人物達がやってきた。


「何やってるの!?」

「え?え?」

「これはひどい」


 犬、猿、雉。

 三人の美少女達だ。


「おお、ついに来たか。待ってたんだぜ!」


 鬼瓦は三人を上から下まで眺め、舌なめずりをする。彼の脳内ではすでに三人を屈服させる姿が描かれているのかもしれない。


「ちょっとあんた達離れなさいよ!」


 先ほど出会った時とは違う強い剣幕で犬飼が太郎の元へ向かうと、太郎を拘束していた男達は圧に押されて拘束を解除して後ずさった。


「太郎。大丈夫?」


 拘束が解放され、痛みに蹲る太郎を三人が心配そうに見つめている。


「は?てめぇらまさか知り合いなのか?」


 鬼瓦は当初、三人は見知らぬ男子生徒が殴られているから心配したのかと思っていた。

 だが『太郎』と名前呼びしていることから、何らかの関係があることに気が付いてしまったのだ。


「あひゃひゃひゃひゃ!これは傑作だ!まさか桃太郎と女共に繋がりがあったとは!もしかして誰かが彼女だったりするのか?あぁ?」


 鬼瓦は腹を抱えて大笑いする。

 ようやく痛みが引いて来た太郎はその姿を苦々し気な表情で見つめている。


「これでそいつらを俺の女にする楽しみが増えたぜ。てめぇの目の前でたっぷりと泣かせてやればどんな目をしてくれるかな」

「鬼瓦ああああああああ!」


 太郎は激怒して鬼瓦を睨みつけるが、ただそれだけ。それ以外の行動は一切しない。


「太郎どうしたの?言われっぱなしなんて太郎らしくないよ!」

「そ、そそ、そうだよ!」

「理由がある?情報が足りない」


 幼い頃に正義の味方ごっこをしていた太郎ならば、何もせずに悪に屈するなどありえない。

 だが、ここにいるのは当時の太郎では無いのだ。

 仲間達が美少女に変貌したように、太郎もまた正義を貫き通せない人物へと変わり果てていたのだ。


「ほら、言われてるぞ。桃太郎らしく鬼退治してそいつらに良いとこ見せてやれよ。まぁ、てめぇに出来るわけ無いんだがな。あひゃひゃひゃひゃ!」


 鬼瓦は醜悪な笑みを浮かべて太郎を見下す。

 しかし彼女達に背を押され、鬼瓦に煽られても太郎は歯を食いしばって耐えるのみ。


「太郎……」


 太郎の辛そうな表情を見て、彼女達はどうすれば良いか分からず困惑している。

 そんな彼女達に太郎は言葉をかける。


「逃げろ」

『え?』

「今すぐここから逃げて退学するんだ。お前らならそれでもやってけるんだろ。あいつと関わることだけは絶対にダメだ。耳を塞いで何も聞かずにここを出ろ。そして今日のことは忘れて生きるんだ」

「そんなこと出来るわけないじゃない!」

「そ、そそ、そうだよ。それじゃあ何のために戻って来たのか分からない!」

「それに太郎を放っておけない」

「ダメだ。ダメなんだ。お願いだ、逃げてくれ……!」


 彼女達が鬼瓦に蹂躙されるのを防ぐには、今この瞬間に逃げる方法以外にあり得ない。鬼瓦の話を聞いてしまえば、彼女達も太郎や周囲の人間達と同じように鬼瓦という鎖に雁字搦めにされてしまうからだ。


「あひゃひゃひゃひゃ!逃げさせるわけねーだろうが!そいつらは俺の女になることが確定してるんだよ!」


 先ほど太郎を拘束していた鬼瓦の仲間達が教室の出入り口を封鎖していた。この中の人間を誰一人として逃がすつもりは無いようだ。


 愉快そうに嗤う鬼瓦の元に、犬飼が歩み寄る。


「ダメだ!行くな!」

「おお、なんだ。自ら俺の女になりに来たのか?殊勝なこころがけじゃねぶしっ!」


 そしてなんと鬼瓦に強いビンタを食らわせたのだ。


「誰があんたなんかと。死んでもごめんだわ!」

「な、なんということを……!」


 あまりの暴挙に太郎は顔面蒼白になる。


「犬飼、こっちに来るんだ!」

「え、ちょっと太郎!?」


 慌てて犬飼の元まで移動し、腕をとって鬼瓦から距離を取らせる。


「大丈夫だってあんなやつに手出しなんかされないわ」

「そうじゃない。そうじゃないんだ……」


 余程強く叩かれたのか、鬼瓦は叩かれたところをしばらく抑えて黙っていたが、痛みが引くと相手を射殺すかのような強い目線で犬飼を睨んだ。


「女ぁ!よくもやってくれたな!」

「な、何よ。あんたが太郎を殴ってキモいこと言うから悪いんでしょ!」

「決めた。お前は徹底的にぶっ壊してやる。人間の尊厳すら保てなくなるくらいに犯し抜いてやる」

「はぁ!?」


 鬼瓦の目には狂気が孕んでいた。

 これまで好き放題やってきた鬼瓦は、殴られるどころか怒られることすら一度も無かった。その上、自分が誰よりも格上だと自認していたため、遊び相手としか見ていなかった女から攻撃を受けて激怒していたのだ。


「ちょっと太郎こいつヤバくない?警察呼ぶね」

「ダメだ!」

「え?」


 太郎への暴行と犬飼への恐喝。

 これだけで十分退学に値するレベルの行為を鬼瓦はやっていた。警察に通報するという犬飼の行動は至極当然のものなのだが、何故か太郎がそれを止めてくる。


「あひゃひゃひゃひゃ!そりゃあダメだわ。そんなことしたらあっさり終わっちまうもんなぁ。俺が壊すまでは叔父貴の力は封印したいんでな」

「叔父貴?」

「…………あいつの叔父は警視正なんだ」


 鬼瓦が犯罪行為を躊躇わずに実行している理由の一つがこれである。

 警視正である叔父に可愛がられているため、鬼瓦が『そんなことはやっていない』と言えば警察組織の権力によりそれが正しい事として処理されてしまう可能性があるのだ。

 仮に太郎が鬼瓦を殴り返そうものなら、太郎に一方的に暴力を受けたとされて太郎だけが処罰される可能性がある。


 実際にそうなるかは別として、鬼瓦は自分が叔父に愛されているからそうなるだろうと強く匂わせていたのだ。


「そういうことだったんだ」

「そんなの酷い!」

「分かりやすい証明だった」


 太郎が何故何もしないのか、その理由が明らかになったことで鬼瓦は自分を殴った犬飼を辱めるべく行動を始める。


「分かったか。俺に逆らったらお前達の人生は終わりなんだよ!確かてめぇはモデルだったよな。傷害事件を起こしたモデルなんて誰が使ってくれるかね?あひゃひゃひゃひゃ!」

「さいってー」

「その最低の俺に手を出したこと、後悔させてやるぜ。そうだな、まずは今すぐ全裸になれ」

「は?」

「そしてそのまま土下座しろ」


 そうしなければお前のモデル人生は終わらせてやると鬼瓦は脅して来た。

 例え鬼瓦の言葉に従ったとしても、人生は終わってしまうのであるが。


「鬼瓦ああああああああ!止めろおおおおおおおお!」


 あまりの非道っぷりに太郎が激怒するが、手を出したら権力で潰されてしまう。

 潰される覚悟で立ち向かった場合、潰された後に残されたクラスメイトに何が起こるのかを考えると、どうしても体が動かない。


「あひゃひゃひゃひゃ!良いぞ良いぞ。その目だ。てめぇのその屈辱と絶望に塗れた目が見たかったんだよ!」


 どうすればこの状況が改善されるのか、もう太郎には思いつかなかった。

 鬼瓦の言うように絶望しかけていた。


「大丈夫だよ、太郎」

「え?」


 だが絶望する必要など最初から無かったのだ。

 そもそも鬼瓦の脅しは犬飼には無意味だったのだから。


「警視正なら問題ないから」

『は?』


 鬼瓦と太郎の声が綺麗に重なった。

 警視正と言えば警察組織の中でもかなりの上の役職だ。

 それこそちょっとしたもみ消し程度なら可能であるくらいには。

 それが問題ないとあっさり言ってのけることが不思議だったのだ。


「だって私のお父さん、警視監だから。警視正が何かやらかしてもちゃんと対処してくれるよ」


 簡単なことだった。

 単により上の役職の人物が身内に居たというだけの事。


「お父さんにお願いしてこのクズを逮捕してもらうよ。さっき言われたことを伝えれば激怒すると思うし」


 それで鬼瓦は終わりだ。

 これまで暴虐の限りを尽くして来た鬼瓦のあっけない終焉。


「くっくっくっ、あひゃひゃひゃひゃ!」


 だがそう簡単には終わらない。

 鬼瓦が好き勝手出来るのは、決して叔父の権力によるものだけではなかったのだ。


「いやぁ驚いたわ。まさか叔父貴より上がいるなんてな」

「今更謝っても遅いわよ」

「ふん、謝るのはてめぇだよ」


 鬼瓦の武器は一つでは無かった。

 これまでは単に分かりやすい『警察』という権力の象徴を前面に押し出してアピールしていただけのこと。

 仮にその人物が不慮の事故などで亡くなってしまったら逆襲に合うのは目に見えている。そうならないことを確信していたからこそ、力の限り好き放題やっていたのだ。


「警察がダメならジジイに言って潰してやる」

「太郎、どういうこと?」

「あいつの祖父はみずち銀行の頭取なんだ」

「馬鹿げてるわね」


 法的に潰せないのなら経済的に潰せば良い。

 孫を溺愛している祖父に一言お願いすれば、犬飼のモデルの仕事を無くすことなど容易い事。流石に犬飼の親である警視監にダメージを与えるのは難しいかもしれないが、親友の家庭を壊すなどの方法で脅すことも可能だ。


「これでてめぇはおしまいだ!ジジイの力でてめぇの大切なもん全部ぶっ潰してやる!」


 勝利を確信した鬼瓦は、両手を広げてやや顔を上げ、深くて昏い笑みを浮かべて犬飼達を見下そうとする。

 だが、そんな鬼瓦に今度は別の人物が抵抗する。


「修二おじいちゃんはそんなことしないもん!」

「あぁ?」


 心配そうに太郎の様子を伺っていた猿渡だった。


「あんな優しい人がそんな酷い事するわけないもん!」

「何言ってんだてめぇ」


 猿渡の言葉の意味は、鬼瓦だけは分かるはずなのだが伝わらなかった。


「何って、あなたのおじいちゃんのことでしょ!」

「はぁ?」

「鬼瓦修二、みずち銀行頭取で、私のおじいちゃんの友達だもん」

『え?』


 修二とは先ほど自慢げに鬼瓦が告げていた祖父の名前だった。

 なんと鬼瓦、祖父の権力を使いたがっていたくせに、名前を憶えていなかったのだ。


 だが今気にすべきはそんなことではない。

 猿渡の『友達』という言葉だ。


「そっか、あんたのじいさんって三友グループの会長だっけ」

『は?』


 三友グループと言えば日本最大の財閥であり、その会長はみずち銀行頭取などとは比較にならない程立場が上だ。


「修二おじいちゃんは悪い人には厳しく弱い人の味方の素敵な人なんだよ。絶対あんたなんかの言うことなんか聞かないもん!」


 修二おじいちゃんとやらの人柄はさておき、重要なのは鬼瓦祖父よりも権力を持った存在が太郎側にいるということ。

 これで警察と経済の両面での鬼瓦の優位は崩れ去った。


「どいつもこいつも舐めやがって!」

「きゃっ!」


 あまりにも状況が上手くいかず、鬼瓦は苛立ちにまかせて近くの机を力の限り蹴り飛ばす。突然の大きな音に猿渡が驚き小さな悲鳴をあげてしまった。


「ここまで俺をコケにしてくれたんだ。覚悟は出来てるだろうな。決めた。てめぇは裸にひん剥いて校門に張りつけにしてやる!」

「はー!太郎君、助けて」

「……」


 俺に任せろ。

 そう言いたいが、太郎はまだ動くことは出来ない。

 鬼瓦の権力はまだあるのだ。


「今更謝っても遅いからな。親父に言っててめぇらの関係者全員ぶっ潰してやる!」

「太郎、あのクズ野郎の父親ってどんな人?」

「……政治家」

「うわぁ、こんなクズに絶対与えちゃダメな権力ばかり集まってるわね」


 警察、経済、そして政治。

 多方面の権力で鬼瓦の暴挙は支えられていたのだ。

 どれか一つだけだったならば学校は被害者の味方だったかもしれない。だが、ここまで権力に守られているとなると教師達は鬼瓦の言いなりになるしかなかったのだ。


 中学校の教師が酷いイジメを見ないフリしたように。

 太郎が鬼瓦と同じ高校にしか進学させないように圧力をかけたように。

 鬼瓦に都合の良いクラス分けを強制したように。


 実際、すでにホームルームの時間になっているのだが、教師は教室に入らずに鬼瓦の暴走を見て見ぬふりをしていた。


「勘違いするな。俺の親父は単なる政治家じゃねぇ。次期大臣候補とも呼ばれている偉大な政治家だ。てめぇらなんか一捻りだぞ!」

「ありえない」

「あぁ!?」


 だが政治の力すらも彼女達には通じない。

 雉が鬼瓦の最後の守りを崩したのだ。


「鬼瓦は使えないクズだけど、何かあった時のスケープゴートにするために仕方なく置いてるだけ」

「てめぇ!適当なことぬかしてんじゃねーぞ!」

「パパが言ってたから本当のこと」


 話の流れからすると雉子谷の父親は政治家ということになる。

 政治家で雉子谷と言えば、誰もがある人物を思い出す。


「文部科学大臣って確か雉子谷って名前だったよな」

「!!」


 教室内の誰かが呟き、鬼瓦が衝撃を受ける。

 鬼瓦が最も信頼していた父親が頼りにならないなど、あってはならないこと。


「ふ、ふざけるなああああ!」


 今度は椅子を手に持ち地面に叩きつけ、さらにそれを蹴り飛ばした。


「きゃっ!」

「危ない!」


 雉子谷の方へと飛んできた椅子から太郎が身を挺して庇う。


「てめぇら雑魚共は俺の言うことを聞いてれば良いんだよ!地べたを這いまわり、屈辱に塗れていれば良いんだよ!女は黙って股を開いてれば良いんだよ!ゴミ共が俺様に刃向かうんじゃねー!」


 最早手がつけられない。

 頼りの権力が全て無効化された鬼瓦は、怒りのままに近くの机や椅子に八つ当たりし、太郎達のところだけではなく、見ているしか無かった生徒の方へも飛んで行く。


「うわああああ!」

「いやああああ!」


 生徒達は頭を抱え、身を守りながら逃げ回る。


「鬼瓦止めろおおおおおおおお!」


 このままでは怪我人が出ると判断した太郎は大声をあげて鬼瓦の注意をひいた。


「桃太郎!全部てめぇのせいだ!なんでてめぇはいつまで経っても刃向かってきやがる。その目が気に食わねーんだよ!」


 太郎は中学で鬼瓦と出会い、生徒への凶行を止めようとしたことで目をつけられた。

 それ以降、酷いいじめを受け続けたのだが、太郎の心は決して折れることは無かった。

 反撃せずに耐える事しか出来なかったが、それでも不屈の闘志を抱いて鬼瓦を睨みつけ、決して心は敗北していないのだと見せつけた。


 絶対に屈しない太郎の事を、鬼瓦は殺したいほどに憎んでいたのだ。


「もういい。こうなったら……」

「!?」


 鬼瓦は右手を制服の内ポケットに入れた。

 その瞬間、太郎が弾けたように動き出し、鬼瓦に向かって飛び掛かった。


「止めろおおおおおおおお!」

「ぬぉ!」


 そして右手が内ポケットから引き抜かれる前にその手を掴み捻り上げる。


「ぐああああ、痛い痛い痛い痛い!」


 カランと地面に何かが落ちた音がする。


「あいつあんな物まで持ってたの!?」


 それは刃渡りが15センチはあるナイフだった。

 太郎はそれを振われる前に封じたかったのだ。


「はなぜ、はなぜええええ!」


 そのまま太郎は腕を捻り上げ、鬼瓦を床に押し倒した。

 お供達のおかげで、ようやく何の懸念も無く反抗することが出来るのだ。

 いざやってみれば、あまりにもあっさりとしたものだったが。


「くそ、暴れるな!」

「いでええええ!」


 鬼瓦からは先ほどまでの威勢の良い雰囲気は消え、涙や涎を流しながら醜く痛みに苦しんでいる。


「誰か警察に連絡をしてくれ」

「やべろおおおお!」


 太郎は鬼瓦を制しているため電話は出来ない。

 代わりに誰かと呼びかけたら、犬飼が動いてくれた。

 後は警察が来るまでこのまま動きを封じていれば太郎の地獄は終わりを迎えることになる。


「おい、おばえら。おれをだずけろ!」


 だが鬼瓦にはまだ仲間がいる。

 教室の出入り口を封鎖していた彼らが太郎の元へと歩いて来る。


「太郎くん!」


 このままでは無防備な太郎が攻撃されると思った猿渡の悲痛な叫びが教室に響く。


「大丈夫だよ。安心して。こいつらは俺の仲間だ」

『え?』


 太郎の言葉に教室中が驚いた。

 犬、猿、雉の近親者が権力者であると判明した時も驚きはあったが、彼らが今日一で驚いたのはこの瞬間だろう。これまで鬼瓦の腰巾着のように一緒に居て太郎の暴行にも加わっていた彼らが、太郎の仲間であるはずが無いからだ。


「これを使ってくれ」

「おお、それ持ってたのか!」


 だが太郎の言葉通り、彼らは太郎に攻撃することは無かった。

 そしてその中の一人が太郎に太いロープのようなものを手渡した。


「でもこれ、切込みは?」

「大丈夫、無い奴だから」

「りょうかい」


 そのロープに太郎は見覚えがあった。

 中学の頃、太郎は両手と両足をロープで縛られてプールに突き落とされたことがあったのだ。その時は溺れそうになりながらも必死でもがいていたらロープが古かったのか運良く切れて助かった。

 だがそれはあくまでもそう見せかけただけの事。

 実際はロープに大きな切れ目があり、縛られている時にそれをこっそりと教えて貰っていたのだ。


「これも使ってくれ」

「おお、助かる」

「やべろ!やべろおおおお!おまえら全員ごろじでやるぅうううがっ!」


 手際よく鬼瓦の両腕や足を縛り上げて動けなくし、猿轡をつけて喚くことすら出来なくする。彼らがこれを持っていたということは、いずれ太郎にやろうと思っていたのだろう。本当にいつ殺されてもおかしくない状況だったのだ。


「いやぁ、助かったよ。ありがとう」

「お礼なんて言わないでくれ!俺達はずっとお前の事を……」

「ごめん……謝っても許してなんか貰えないだろうけど……」

「すまない……すまない……」


 鬼瓦の仲間達は泣きながら太郎に謝罪する。

 彼らは鬼瓦の破滅により態度を変えたクズ人間では無い。彼らも被害者だったのだ。


「泣くなって。謝るなって。お前達の立場上仕方なかったじゃねーか。例え殺されたって恨みはしねーよ」


 鬼瓦にやれと言われて拒否など出来なかった。

 喜んでやれと言われてつまらなそうにやることなど出来なかった。

 鬼瓦の仲間として嬉々として太郎をいじめる演技をしなければ、彼らも家族も簡単に鬼瓦に潰されてしまうからだ。太郎とは立場が違うだけで、脅迫されていたことには変わりはない。むしろやりたくもない非道を強制させられた彼らの方がメンタル面ではダメージが大きいのではとすら太郎は感じていた。


「それにさ、お前らが居てくれなかったら、きっと俺はとっくに死んでたよ。本当にありがとう」

「うううう!」

「ああああ!」

「すまないいいい!」


 彼らは太郎の赦しを得て、地獄から解放されたことを理解出来たのだろう。

 一人残らず号泣して床に崩れ落ちた。


 太郎の言う通り、彼らの存在はとても大きかった。

 プールでのロープもそうだが、それ以外でも鬼瓦にバレないように必死で助けてくれていたのだ。

 例えば太郎の体には無数の切り傷がある。

 それは彼らに太郎の体を拘束させた上で鬼瓦がナイフで切りつけたものだが、運が悪ければ動脈を傷つけて死んでいたかもしれない。

 だがナイフが体に当たる直前に毎回拘束がわずかに弱まり、太郎が体をずらして致命傷を避けられるようにしていたのだ。


 このように彼らはギリギリのところで太郎の命を辛うじて繋ぎ止めていたのだ。


「胡桃澤くん!」

「太郎さん!」

「胡桃澤さん!」

「胡桃澤!」


 次に、中学時代の元クラスメイト達が太郎の元に殺到した。

 彼らもまた鬼瓦に脅されてやりたくもないいじめに加担させられた被害者である。


「助けられなくてごめん!」

「見ていることしか出来なくて……」

「僕を守ったせいで酷い目に!」

「助けてくれてありがとう。ずっと言いたかったの!」


 鬼瓦は延々と太郎だけをいじめていたわけでは無い。

 時にクラスの、あるいは学校の他の生徒に手を出そうとしたこともある。

 だがその度に太郎が間に割って入り、ヘイトを自分に向けていたのだ。


 他の人が傷つかないようにと、鬼瓦の悪意を一人で背負っていたのだ。

 クラスメイト達は太郎に守られていた。

 脅迫されていたとは言え、いじめに加担せざるを得なかった自分達を命をかけて太郎が守ってくれたことにずっと感謝していたのだ。そして太郎を助けられない自分達を歯がゆく思っていたのだ。


「あはは、かなり遅くなっちゃったけどようやく鬼を退治したよ。彼女達の力を借りなきゃ何も出来なかったのは情けなかったけどね」

『そんなことない!』


 クラスメイト達は知っている。

 太郎が三年もの長い間、常人では決して耐えることが難しいであろう苦難にずっと耐え続けていたことを。しかもその理由がクラスメイトである自分達を助けるためだということを。

 彼らにとって、桃太郎はおとぎ話の中の登場人物では無く、現実のヒーローなのだ。


「やっぱり太郎は変わって無かったね」

「はー!格好良いですぅ」

「当然。証明する必要も無い」


 号泣する生徒達に囲まれて、戸惑いながらも優し気な眼差しで彼らを見つめる太郎の姿をお供達は愛おしそうに見つめていた。




 そしてエピローグ的な何か。


 鬼瓦の暴挙が明るみになり、世間は大騒ぎとなった。

 鬼瓦は逮捕され、連日マスコミが鬼瓦家に殺到している。

 政治家である父親は息子程ではないが腐った性格だったようで、息子の行為を正当化するような発言をしたため延々と叩かれ続けている。だが、祖父と叔父は人格者であり毅然とした対応を取り、真実を全て明らかにするための行動を厭わなかった。


 鬼瓦による不正入学の疑いがあり、高校は臨時休校。

 その間にいじめの詳細を調査すると共に、教師の不正行為についても徹底的に調査された。

 本来通いたかった高校への受験を認めさせなかったケースもあり、多くの学生の人生を狂わせてしまったことへの対応をどうするかなど、考えることが山ほどある。

 警視監と文部科学大臣が全力で協力しているため、隠ぺい工作を許さない強烈な圧力をかけられて捜査や対応がなされている。恐らくは悪い結果にはならないだろう。


 お供達は沈黙を貫いた。

 芸能事務所もだんまりを決め込み、彼女達も彼女達の家族もマスコミの前に姿を現すことは無かった。世間では太郎へのいじめを見咎めた彼女達が親類に相談して問題を解決した、という認識になっており、太郎との関係性は特に報道されていない。

 明らかに太郎と知り合いである風であったが、クラスメイト達は自分達を助けてくれた彼女達が秘密にしようとしていることを決して自分から漏らすことは無かった。


 そして太郎。

 取り調べのために鬼瓦と一緒に警察に連れてかれた太郎だったが、すぐに病院にぶち込まれることになった。あまりにも壮絶ないじめを受け、精神的にも肉体的にも大きな障害を抱えている可能性があると判断されたからだ。

 尤も、検査入院の結果、即退院。

 大好きな祖父祖母に大号泣されて申し訳なく思いながらも、久しぶりに何にも怯えない清々しい気持ちで家族との時間を過ごせていた。




 高校が再開される前日の事。

 警察への捜査協力をしていた太郎は、その終わりにとある屋敷へと連れてこられた。


「すっげぇな。本当にお嬢様だったんだなぁ」


 猿渡家の祖父が保有する屋敷とのこと。

 そこで太郎はお供達と話をすることになっていた。


「太郎って強いの?」

「なんだよいきなり」


 ようやく昔の仲間とゆっくりと話が出来ることになり、何を話そうか色々と考えを巡らせていた太郎に、犬飼が挨拶もそこそこに質問して来た。


「ってゆーかいつもそんな感じだったよな。むしろ高校で最初に会った時の方が違和感あったぜ。なんであの時あんなに大人しかったんだ?」

「だ、だって太郎があまりにも格好よ……じゃなくて、質問してるのはこっちでしょ!」

「お、おう。じいちゃんに武術を習ってる。護身術とか一通り使えるぜ」

「はー!格好良い」


 実は太郎の服の下は多くの女性を虜にするレベルのしなやかで強靭な肉体だったりする。

 太郎はさらっと告げたが、ハードな訓練を幼少期から続けていたのだった。

 それもまた、太郎が生き延びた理由なのだ。でなければ動脈の場所を瞬時に判断して致命傷から逃れるなど出来るはずが無いのである。


「俺からも聞きたいんだけど、小さい頃なんで三人ともいきなりあの公園に来なくなったの?」


 ずっと太郎が気になっていたこと。

 ついにそれを聞く時が来たのだ。


「だって太郎が公園に来なかったから」

「え?俺?」


 その答えは奇妙なものだった。

 公園に来なくなったのは三人だったはずなのに、何故か太郎が来なかったからという回答が来たのだ。


「あたしたち、引っ越しする予定だったの」

「でも早くに言ったら湿っぽくなっちゃうでしょ。だからギリギリに伝えようと思ってたんだけど」

「太郎、その日に来なかった」

「え?」


 太郎は三人が居なくなった付近の思い出したくない記憶を引っ張り出す。

 そして三人が居なくなる直前の自分の行動を思い出そうとする。


「(確か時期は冬だったよな。すげぇ寒くて……あ!)」


 大寒波がやってきて雪が降るのではと言われていたあの頃。

 太郎達はそれでも公園に集まって外で遊んでいた。


「俺、風邪ひいて寝込んでたんだったわ」


 そしてその寝込んでいる間に、三人は別れを告げることも出来ずに去らざるを得なかった。

 これが真実。

 太郎が嫌われたとか、そんなことは一切なく、単に巡り合わせが悪かっただけの事。

 気にしてはいないつもりだったが、太郎はのどに刺さった小骨が取れたような晴れやかな気分になった。


「私達もずっと気になってたんだからね」

「お別れ言いたかったよぅ」

「心残り」

「あ~悪いっていうのも何か変か」


 そして相手も別れを言えないことを惜しんでくれていた。

 太郎にとって十分すぎる程の真実だった。


「あれ、でも何で三人ともうちの高校に入って来たんだ?俺に会うだけなら他に手段があっただろ」


 三人ともそれなりに権力があるのだ、太郎の居場所を突き止めて呼び出すことくらいわけないだろう。


『……』


 太郎以外からも何度も聞かれた高校入学の理由。

 決して口にしなかったその理由が、ついに語られる。


「た、たた、太郎くんが好きだから!」

「え?」


 猿渡が顔を真っ赤にして先陣を切った。


「ちょっと猿!抜け駆けは禁止って言ったでしょ!」

「ふ~んだ。ノロい方が悪いんでーす」

「キー!相変わらずムカつくわね!」

「そんながさつな言葉使ってたら太郎くんに嫌われちゃうよー」

「うるさい」

「ぎゃー」

「ぎゃー」


 好きだから、の言葉の意味を確認する前に取っ組み合いのケンカを始めてしまった犬と猿。


「おいおい、止めろって。昔みたいに仲良……く……」


 ふと、脳裏に昔の映像が蘇る。


『ちょっと太郎にくっつきすぎ!』

『あたしが太郎くんと一緒に遊ぶんだもん』

『太郎は私と遊ぶの』

『私だもん』

『わーたーしー』

『ぎゃー』

『ぎゃー』


 いつも仲良く三人で遊んでいた覚えがあったが、それはどうやら思い込みだったようだ。常に犬と猿がケンカしており、太郎は仲裁していたのだ。覚えていたくない記憶であり、イメージが書き変わっていたのだろう。


「(はぁ……そういやこんな雰囲気だったな。この二人がいっつもケンカして、そして雉が……)」


 二人がケンカしている隙をついて太郎にアプローチしていたのだ。


「ちゅっ」

「!?」


 このような感じで。


『ああああああああ!』


 三人とも幼いころから太郎の事が好きだった。

 その初恋を諦めきれずに太郎が通う高校を突き止めて入学してきたのだ。


 モデルとしてのトップの座の維持を諦めたのも、女優としての勢いが無くなることを覚悟したのも、無駄だとも言われる格下の高校に入学したのも、全ては太郎に会い初恋に決着をつけるためだったのだ。

 そして再会した太郎が昔と変わらなかったことで、長い年月をかけて培ってきた恋心が爆発中なのである。


 ファーストキスを美少女に奪われた太郎は、自分が相対しているのが世間を騒がせるほどの美少女三人であることをようやく意識した。そしてそんな三人から何故か想われていることを理解し、これからの高校生活が平穏で無いことを確信するのであった。




 桃太郎は長きに渡る鬼からの攻撃をひたすらに耐え、かけつけたお供の力を借りて撃破した。

 そして鬼による圧政から解放された人々に普通の学生生活という宝物を取り戻した。

 だが桃太郎の真の戦いはこれから始まるのかもしれない。


 めでたしめでたし?

 思い付きで書いたのにめっちゃ長くなってしまいました。


 童話&昔話シリーズとして今後も短編を投稿する予定ですので、他の作品もよろしくお願いします。

 もちろん長編の『ほれほめ』もよろしくお願いします。

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