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防腐塔 

掲載日:2021/04/27

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、腐らない食べ物というと、何を思い浮かべるかな?


 ――ふむふむ。缶詰に塩そのもの。それにお酢か。


 グッド。確かにこれらは、賞味期限こそ書かれているものの、実際はそれ以上に長持ちをする連中だ。水分および、空気に含まれる微生物と接触しなければ、その鮮度が保たれる。


 実は3000年ほど前から、ずっと状態が変わらなかった食べ物があるのだけど、何か知っているかい?

 そう、ハチミツなんだね。ただでさえ水分が少ないうえに、糖度が高いため、細菌が入り込んでも、浸透圧の力で水分を奪い取り、活動をできなくしてしまう。理想的な環境さえ整えれば、ほぼ永久的に保存しておくことが可能な代物だ。

 条件付きとはいえ、不老不死に最も近い存在になれたんじゃないかな? しかし、当然これをいくら体へ取り込んだところで、自分も不老不死になることは無理だ。ブドウ糖や果糖の塊だけに、すぐさま栄養に還元されて終わりだろう。

 しかし、科学がまだ発展途上だった昔は、防腐に目をつけた者たちにより、奇妙な発見がされたとか。そのうちのケースのひとつ、聞いてみないかい?



 梅雨を経る日本の夏は、腐敗をうながす絶好の環境が、整っているといえる。

 対策をしなければ、わずか数時間で細菌が繁殖し、朝に作った手製の弁当が、昼には腹痛必至の毒入りフードに化けることさえある。

 いろいろな実験が成された結果、私の地元ではお酢とわさびの効果が着目されるようになった。酢をご飯に混ぜ込むと傷むのが遅くなり、わさびを弁当包みに薄く塗り付ければ、腹痛を訴える者の数も減る。

 何人もの臨床を経て確証を得た人々によって、じょじょにこの対策は浸透していったそうだ。しかしその中でも、不思議な包みを販売している店が、一時期話題にあがったと伝わっているんだ。



 風呂敷などを出来上がった状態で提供していたという、その店の新商品は、どことなく砂糖菓子を思わせる甘さを、ほのかにまとっていた。

 実際に購入者が試したところ、普通の包みものでは一日で嫌な臭いを放ち出す握り飯が、10日間おいても食べられる状態を保つことに、成功していたという。

 多少、香りが移ってしまうこと。お腹を空かせた子供などが、香りにつられて生地を口にくわえてしまうことなど、難点もいくつかあったが、食べ物を守れるという一点では優秀。

 旅装を整える人にも需要が生まれて、時間とともに件の包みを求める人の数は増えていったのだとか。



 流行ってくると、その製造の謎も気になってくるところ。

 当時の砂糖は、まだまだ高級品。仮にそれをふんだんに使っているのであれば、出どころを知りたくもなってくる。

 結局、店が畳まれるまでの30年あまりの間、その秘密は明かされずじまいだった。しかしのちに、そこに勤めていた者の告白により、生地の効用の源が明らかになったらしい。にわかには信じがたいものだったけどね。



 元店員が語ったところによると、あの甘い香りの正体は「蜜」なのだという。

 多くの人が頭に浮かべたのはハチミツだったが、同時に「それは違うだろ」とも思ったそうだ。あの香りをたずさえた蜜には、ついぞ出会ったことがないのだという。

 追及に対し、「もっともだ」といわんばかりの表情で、元店員はうなずく。

 かの蜜に関しては、店内で育てられた花が使われており、門外不出のしろものであったと。

 いわれて、人々はあの店の奇妙ないでたちを思い起こす。店として使われている一階部分、生活に使われると思われる二階部分までは、他の店と大差ない構造。

 しかしその二階部分のほぼ中央から、鬼の角のように細長い円錐状の塔がくっついていたことを。


 想像の通り、あの塔の中で蜜の量産が行われていたようだ。

 そこでは現代とほぼ同じ、巣箱を用いた飼育が実行されていた。日本のミツバチは巣箱の上から下へ、長く長く巣を作っていく性質を持つ。ゆえに箱を下へどんどん差し入れていくことで、構築を促すんだ。

 ハチたちの子育ては、巣の下の方で行われる。上の方にはハチミツがたっぷり詰まっており、それを少し分けてもらうことで、ハチミツを確保しているわけだ。


 しかし、生き物を飼ったことのある者なら疑問に思う。

 限られた塔内という、およそ自然とは真逆をいく環境。そんなところをハチたちが好むはずがなく、さっさと建物から逃げ出すのではないか、と。


「そんなことになっていれば、とうの昔に周囲の家へ被害が出て、廃業していたでしょう」


 元店員にそう返されると、何もいえない。

 今の今までハチの存在さえ知らない者ばかりだったんだ。塔内にハチをとどめ続けるからくりがあったに違いなかった。


 元店員によると、巣箱から蜜を採る作業はすべて塔内で行われ、二階より下では生地に蜜をしみこませる仕事のみが行われた。

 ハチミツを採る者たちは、常に蚊取り線香を入れた香炉を提げ、ハチの苦手とする煙をまとうよう心掛けていたらしい。ハチたちはという、彼らを大きく避けて、塔の上へ上へと飛んでいっては、巣箱へ戻っていく。

 この最上部に関しては、店員でも立ち入りが禁じられていたらしい。階段の途中に柵が置かれ、しめ縄が渡されて、その手前にはお膳が設置されている。そこへ日に三度、強いお神酒と梅干しをそなえることが、持ち回りで店員に課せられていたとか。



 禁を破った者は、例外なく暇を出された。二度と姿を見られず、消えていった者もいた。

 タレコミがあったかどうかは定かではないが、侵入した者は例外なくつまみ出されていく、徹底ぶりだったという。

 元店員も、勤めている間で数えきれないほど供え物をしたが、階段の数歩先は完全に明かりのない真っ暗闇。けれども、あの集める蜜よりなお強い甘味が、隠すことなく漏れてくる。

 衣擦れらしき音も、何度か聞こえた。誰か上に住まっているのかとも思ったが、首を切られてはたまらない。こみ上げる好奇心をぐっとこらえる。


 だが勤めている十数年の間で、一度だけ。奇怪な景色に出くわしたことがあった。

 そのお神酒と梅干しの皿を下げようと、ひょいと階下から顔を出したときだ。

 じゅるじゅる、じゅるじゅると、音を立てて水をすする気配がする。「んん?」と目を凝らしてみると、お膳に乗せられた盃の中へ、人の指らしきものが入り込んでいた。

 らしき、というのはそれがあまりに緑がかっていたからだ。指のあちらこちらにも、いぼというには、鋭すぎる突起がぽつぽつと生えている。

 指はお神酒をじわじわと吸い上げていき、やがて飲み干したのか、つと浮かんで隣にある梅干しを軽くひとなで。柵の向こうへ引っ込んでいく際、その指の付け根に細い細い糸がつながっていて、それを頼りに操られているのだと、元店員は察したとか。

 すべての店員に暇が出されたのは、件の店が取り壊される、ひと月前のこと。いざ店が無くなっても、誰も不穏の気配を感じなかったあたり、すでに処理は終わっていたのだろうな。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお! 実際にも蜜蝋ラップというものがあるので、この風呂敷の発想にはちょっと真実味も感じました。 「蜜」って、やっぱりあの緑の人の……処理とありますが、枯れてしまったのでしょうかね。偶然の産…
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