#17 救助
やっと本業の海賊に戻れたぜ。軍務とは違い、こちらの方がやはり俺の性に合っている。ただ大人しく航行し、しかし軍船に怯えながら進むよりも、獲物を捕らえて積荷を奪い、軍船がきたら即座に逃げる。これこそ、海賊ってものだ。
ところで俺達は今、ブラックホール宙域にいる。狭い回廊の、あの宙域だ。むしろこういう危ない宙域の方が仕事が捗るんじゃねえかと考えて、ここに来た。
実はここまで進出できるようになったのには、理由がある。
ここまで訪れた経験があることが大きいのは確かだが、もちろん、それだけじゃねえ。俺達はあのヴァレンナ要塞を、拠点として使えるようになったからだ。
ここを拠点とすることで、片道にして1日分、往復2日分の燃料を浮かせることができる。しかも、地球414と要塞との間は、普通の日用品を運ぶという、真っ当な交易船としての役割も果たす。
連盟と連合の境目付近に拠点を持てることは、海賊船としてはとてつもなくありがたい。
いやあ、あの軍務の時は不眠症に悩まされたが、この拠点を得られたのであれば十分に元が取れた。おまけにあの要塞の街は、遊びがいがある。グレースと共にカジノに興じたり、酒に料理とあらゆる娯楽に溢れている。
税金を投入して、勝手にこんなものを築いてやがったとは、最近まで知らなかった。ならばせいぜい、使い倒してやろう。俺はそう思い、街に興じ、海賊に励むことにした。
そして今、モレストロ号はブラックホール回廊にいる。
俺は考えた。このブラックホールという天体を上手く使えば、狙った獲物を簡単に追い詰められるんじゃねえかと。
獲物の前に回り込み、ブラックホール側へ追い込む。そのままビーム砲で脱出重力圏ギリギリまで追い詰めれば、普通の民間船なら肝を冷やしてすぐに逃亡を諦めるだろう。天体をも活用した、短時間で追い込む方法。これを試したくて、わざわざここまでやってきたといってもいい。
「どうだ?何か、獲物になりそうな船はいるか?」
「いやあ、いないっすよ。だいたいここ、船が密集し過ぎなんでさあ。」
ところがだ、当てが外れる。考えてみりゃあ、この宙域は狭い航路を多くの船が行き交う場所。当然、船は密集している。
とてもじゃないが、一隻の船を狙い撃ちしてブラックホール重力圏ギリギリに追い込もうなんてことは、とても出来そうにない。そんなことをすれば、たちまち他の船から反撃されちまう。この間ここに来た時だってそうだった。そのことを俺はすっかり忘れていた。
結局、半日も経たねえうちに引き返すことにした。手前の白色矮星域に戻り、星雲宙域まで戻ることになる。
この白色矮星域も、相変わらず船が多い。航路図によれば、この星域は地球987と188以外に、4つの星とつながる航路となっているようだ。しばしばここは、艦隊まで通りかかる。こんなところで海賊なんて、とてもやってられねえ。
最短距離で航行しても2日はかかるこの宙域を、モレストロ号は行く。
このままおとなしくここを抜けるつもりだったが、そうはいっても船影を見ればついつい探しちまうのは、海賊の性ってやつだ。万が一、格好の獲物でも見つかれば当然、襲いかかるつもりだ。ただし、見つかればの話、だが。
で、あと数時間でこの宙域を抜けようって時になって、気になる船を見つけちまった。
「……何だろうな、こいつ。小型船で、単独行動。軍船もいねえと来た。」
なぜかこんな場所で、都合のいい船を見つけちまった。少し航路から外れ気味に進んでいるためか、周りに他の船がいねえ。
「随分と呑気に進んでやがる。まるで危機感がねえ船だな。」
俺はドロテオにこう応える。つまり、こいつを狙えと暗に指示した。それを聞いてうなずくドロテオ。
「よし、あれを狙おう!だが、場所が場所だからな、一気に片付けるぞ!」
「了解!両舷前進いっぱい!目標、前方の小型船!」
もう長いこと一緒に海賊をしてる仲間だ。俺の言葉を聞き、阿吽の呼吸で反応する。
機関音が鳴り響く。しかしベニグノのやつ、あっという間に4基の機関を全力運転に切り替えやがった。あいつじゃなきゃ、同期させるのもままならないあのじゃじゃ馬機関を、よくまあ容易く手懐けられるものだと、俺はいつも感心する。
そういえばあいつは元々、軍の教練所で機関科を目指していた。成績は良かったようだが、それを妬んだある同期生が、ベニグノに不祥事の濡れ衣を着せやがったらしい。それが元でこいつは教練所を去り、海賊の道へと進んだ。
軍にいりゃあ活躍しただろうに、お馬鹿な教官もいたものだ。こいつの才能よりも、無能者のタレコミの方を信頼するとは、そこの教官どものレベルが知れる。だから連盟軍の軍船は、連合軍より遅いって言われてるんじゃねえのか?俺はいつもそう思う。
で、機関音が鳴り響いた途端、船橋にグレースが飛び込んできた。
「何!?まさか、こんなところで獲物が見つかったの!?」
退屈だといって部屋でのんびり過ごしていたこいつは、勢いよく回る機関音を聞いて、慌てて飛び出してきた。
「おう、グレース。いい獲物が見つかった。今から捕物の時間だ。」
「大丈夫なの!?だってここ、天下の往来の白色矮星域でしょう!?」
「大丈夫だ、見てみろ。」
相変わらず心配性なこいつに、俺はレーダーサイトを指差す。そこには集団から外れ、単独で航行する小型船舶の船影が映っていた。
「……妙だわ。これ、罠じゃないの?」
「俺もそう思ったが、軍船はいねえし、他の船も見当たらねえ。航路から外れちまってるのが気になるが、おかしいのはせいぜいそれくらいだ。」
「そうかしら?何か、気になるわ……」
グレースの予感ってやつは、あまり当てにならねえ。いままでも同じことを何度も口にしちゃいるが、何か起きた試しはない。こいつは単なる心配性だ。だが今度は、俺も薄々、何か違和感というか、どこかしっくりこねえ感じがする。
それがよりはっきりしてきたのは、船に接近した時だ。普通ならこれほどの異常接近があれば、大慌てで逃げるもんだ。が、この船はまったく逃げようともしねえ。
「ほんとに妙だな。何だあの船、まさかこっちに気づいてねえのか?」
「いや、まさかな……だが、これだけ接近して、しかも警告も出してるってのに、まるで反応もねえとは……」
さっきから通信で警告も送ってるが、一向に返事がねえ。まるで幽霊船のように、この白色矮星域を漂ってやがる。
まさかこいつ、本当に幽霊船か?それとも、何かの罠か?
「ねえ、やっぱり、手を出さない方がいいんじゃない?」
グレースが心配そうに俺に忠告する。だが、俺は決断する。
「いや、あの船に横付けする。機関停止!横付け用意!」
なんとなくだが、俺はあれに乗り込まなきゃいけない気がする。理由は、特にない。俺の直感というか、それともただの意地かもしれねえが、心の奥底がそう訴えている。
罠だとは思えねえ。わざわざこんなところに、そんなものを仕掛ける理由がねえ。海賊向けの罠を仕掛けるなら、もう一つワープした先にある星雲域の方が、海賊が多い。
小型船の右側面に、ハッチが見える。窓も見えるが、ここからじゃ船内がどうなってるかよく見えねえ。モレストロ号を右側面に近づけて、エアチューブを伸ばす。そして俺は、この船のハッチに向かう。
ハッチをこじ開ける。バカッとハッチが開いた瞬間、その奥を見て俺は叫ぶ。
「モレストロ号側のハッチを、すぐに閉じろ!」
後ろからついてきたオレガリオが、急いでハッチを閉じる。そして小型船のハッチからは、黒い煙がもうもうと湧き出してきた。
今回は、グレースの予感は当たったな。ただし、罠とかそういうものじゃねえ。俺はハッチから中に入る通路から船橋がある方向を見ると、そこに火の手が見えた。
これは、火災だ。こんな小さな船で、火災が起きてやがる。
船外服を着ているので、黒煙をくらっても何ともねえが、炎の熱ばかりはどうしようもねえ。
「おいっ!誰かいねえのか!?」
船橋に向かって叫ぶが、返事はない。まさかもう、生存者はいないのか?
いや、こういう時は船外服を着用して対処するもんだ。あの炎の向こうに、おそらく誰かいる。俺はそう考えた。
俺は銃を取り出し、その炎に向けた。そして一発、発射する。
バンッという鈍い音と共に、ビームが放たれる。炎が吹き飛ばされ、一瞬、船橋が見える。そこには、船外服を着た人物が5人、寄り添っているのが見えた。
「こっちだ!」
俺は手を振りながら叫ぶ。それが通じたのか?それとも炎の勢いが落ちたからなのか?そこにいた5人は、一斉にこちらへ駆け寄る。
俺はその5人を通路に通す。モレストロ号のハッチが開き、その5人を一時的に匿う。クレメンテが持ってきた消火器を小型船内に持ち込み、まだくすぶる炎にとどめをさした。
が、船内は煙だらけだ。一酸化炭素濃度も高い。これではとても、船に戻れない。そこで俺は一旦チューブを切り離し、中の煙を宇宙に放出することにした。
ハッチの開口部から、もくもくと上がる煙。5分ほどでそれは収まり、再びチューブを結合する。
で、あとはこの船のタンクとモレストロ号から酸素を送り込んで、何とか小型船内に空気を満たした。
「はぁー……」
船外服を着たまま走り回ったせいで、全身汗だくだ。とりあえず、この船の乗員は皆、無事だと分かった。
「……で、どうしてあんなところで、火災が起きたんだ?」
「はい、実は……」
原因はどうやら、漏電らしい。よりによってそこに紙束が積まれてて、それに燃え移って一気に広まったという。
「おい、どうして船内に、紙束なんてものがあるんだ?」
「いやあ、うちの社長がどうしても、紙の受領書でなきゃ嫌だというんで、今まで品の受け渡しのたびに書類が増えていったんです。で、気づいたら、船橋の一角に積まれっぱなしになってて……」
交易品の受け渡しの証明を、今どき紙でやってる会社があるとは驚きだ。そんなもの、普通は電子上でやるもんだろうが。
「はぁ~、それじゃあ結局これは、人災みてえなものじゃねえか。だったらせめて、その紙束をまめに下ろしておけばよかったんじゃねえのか?」
「ええ、そうなんですけど、うちの会社は皆、忙しくて、書類の置き場が作れないからと言われて……結局、ここに置くしかなかったんです。」
……ますますダメな会社だな。つまりその職場は、書類の束で溢れかえってるってことか。
「まあいいや。とにかく、俺達が見つけていなかったらどうなっていたことか……運が良かったな、お前ら。」
「はい、なんとお礼を言って良いのやら……」
船長以外の4人と、モレストロ号からも3人が入り、船内についたすすを拭き取る作業をしている。グレースは、燃え残った書類の整理をし、セリオのやつは漏電箇所の修理をしているところだ。
「まあ、これでやっと本業に入れるってもんだな。」
「えっ?本業?」
俺がそう言うと、この船長はあっけに取られた顔でこちらをみる。だが、俺が銃を取り出し、その銃口を船長に向けると、その顔は一気に色を失う。
「申し遅れたが、俺達は海賊だ。おとなしく積荷を引き渡せば、命までは取らねえ。」
「ええーっ!?か、海賊だったんですか!」
「なんなら紙の受領証が欲しけりゃ、書いてやるぜ。」
「い、いえ、いいです。もう受領証なんて、まっぴらごめんですよ……」
てことで、ちゃっかり俺達は本来の仕事もこなし、この船の積荷も頂いた。
「船長、あの船から電文です。『救助に感謝する。航海の安全を祈る。』以上です。」
「そうか……じゃあ、返事を送れ。『貴船の航海の無事を祈る。火の元に注意せよ。』とな。」
結局、あの船長は俺達を通報しないと言っていた。火災が起こり、そして積荷は燃えた。たまたま通りがかりの船に助けてもらった。ただそれだけを報告すると、やつは話していた。
まあ、いまさら通報されようがされまいが、あまり関係はないのだが、ともかく偶然にも人を助けちまった。何かあるとは思ったが、まさか人助けにつながるとは考えてもいなかったな。
「変な人よねぇ。」
グレースが、俺の横でそう呟く。
「何がだ?」
「いや、海賊のくせにさ、人は殺さないし、悪のキューピット役をやったり、人助けをしたり……」
「火災から乗員を助けるのは当たり前のことだろう。他の海賊だって、それくらいはやるさ。」
「へぇ、そうなんだ。そんな話、聞いたことないけどねぇ。」
ニヤニヤと笑みを浮かべて、俺の顔をまじまじと見つめるグレース。くそっ、こいつめ、この後ベッドの上でその顔を歪ませてやるさ。
こうして俺達は、あの拠点へと向かう。だが、最近はちょっと働きすぎだ。気づけばほとんど宇宙にいる。エステポルナへ戻ったら、少し長い休暇を取ろう。でなきゃ、さっきの交易船を所有する会社のようになっちまう。




