#16 作戦
この街じゃ、かつてないくらい、俺は散財した。
といっても、俺とグレースが受け取った2万ユニバーサルドルのほとんどを使っただけで、自分の金はまったく使っちゃいねえ。とはいえ、たった2日で2万ユニバだ。
おかげで、カジノでぼろ負けしても腹が立たねえし、高価なワインを躊躇わず注文できる。もう一生、こんなチャンスはねえだろうな。
他の13人も似たようなもので、やはり貰った金のほとんどを使い果たした奴ばかりだ。いきなり大金を貰うと、ろくな使い方をしねえ。身をもって、それを実感する。
で、約束の時間に俺達は再び、モレストロ号に戻ってきた。二日酔い気味な奴らばかりを前に、呆れ顔でモンタネール大尉が、俺達に今後のことを伝える。
「あー……これから諸君らには、地球987方面に向かってもらう。」
「は?おい、まさかあんな遠い星に降りろというのか?」
「いや、その星の衛星軌道上まででいい。そこからまっすぐ、ここに引き返す。」
「そりゃあ構わねえが……だけどよ、うちの船じゃ、そこまで燃料がもたねえぜ。」
「荷室を改造して、燃料を詰め込んだ。この先、230光年向こうの星に行って帰るだけの燃料は持つはずだ。」
おい、海賊船から勝手に荷室を取るんじゃねえ。それじゃあ俺達はどうやって襲った船の積荷を載せるんだ?
「安心しろ、ここに戻ったら元通りに戻す。この改造は、今回の作戦だけだ。」
作戦。つまりここから先は、軍事行動ってことか。しかし不可解な話だ。連合側の星の星域に行ってただ帰るだけのことで、こいつらは一体何が得られるというんだ?
「じゃあ、そろそろ出発するぜ。こんな仕事、さっさと終わらせてえもんだ。おい、みんな、乗り込むぞ!」
「おい待て、まだ一つ、話していないことがある。」
「……なんだ、まだあるのか?」
「この船に一隻、同行する船がある。その船と合流し、共に地球987に向かえ。」
船?なんだって2隻で、その地球987って星に行かなきゃならねえんだ。その船との合流先を大尉から聞いて、俺は船に乗り込む。
まるで天国のような2日間を過ごし、その後、不可解な任務を押し付けられたヴァレンナ要塞を後にする。で、俺達に随伴するというその船とは、この要塞のすぐそばで合流することになっている。俺達はその座標に向かう。
で、そこで待っていた船を見て、俺達は唖然とする。そこにいたのは、赤褐色の軍船、いわゆる駆逐艦というやつだ。
この船よりも、一回り大きいこの船が、モレストロ号の脇につく。そして、その船から通信が入る。
『駆逐艦1030号艦よりモレストロ号。私は本艦の艦長、グアハルド大佐だ。』
「船長のマカリオだ。」
『マカリオ船長、よろしく頼む。では、作戦の詳細を伝える。本作戦は……』
艦長さんから、この作戦について語られる。かいつまんで言えば、俺達の船は隠れ蓑の役割を担う。駆逐艦てのは、ステルス塗装が施されているため、レーダーには映りにくい。が、相手が軍船となれば、話は別だ。
軍船というやつは、ステルス塗装に対応したレーダーを搭載している。だからこっちの駆逐艦が単艦で連合側の宙域に乗り込めば、見つかる可能性がある。
ところが、だ。民間船の影に隠れて航行すれば、あちらの駆逐艦からは民間船にしか見えなくなる。海賊行為さえしなきゃ、この船はただの交易船。あちらの港に入港でもしてコードの照合でもされねえ限り、海賊船だとはバレねえ。だから、こいつを隠れ蓑にして地球987へ出向き、その星を偵察して帰ってくる。俺達はただ、行って帰るだけ。あの情報参謀の言ったことは、嘘じゃねえ。
しかしこの仕事、明らかにリスクは高い。高すぎる。何せこの船はあの星に向かう交易船を何隻も捕まえたことがある船、海賊船だとバレるかもしれねえ。
なんだってあの情報参謀は、この船にそんな重要な任務を与えやがる。せめて海賊未経験な交易船を使えばいいじゃねえか。
……という話は、直接モンタネール大尉に話したな。だがやつは俺に、地球987近辺まで航行した経験のある民間船はこの船だけだから、この船に任せたいと言ってたな。あの時はまだ、駆逐艦が随伴するなんて知らなかったから、それ以上突っ込まなかったが、こういう話だと分かっていたら、もっと主張すればよかった。
だが、この船だってせいぜい入り口までだ。俺達は地球987まで行ったわけじゃねえ。それに、航路図を見りゃ誰だっていけるだろう。
要するに俺達は捨て駒だ。いざという時、俺達を囮に逃げるつもりだろう。失っても何も困らない、それが海賊船という存在。だからこの任務には、うってつけだというわけだ。
その代わり俺達は以前、情報量と合わせて200万ユニバーサルドルという大金を受け取った。今度の仕事がうまくいけば、さらに追加で100万ユニバを渡すと言っている。この金は、いずれ俺が海賊を辞めるためには絶対に必要な金だ。たった一度でこれほどの大金を手に入れることなんて、滅多にねえ。
さて、いよいよ最初のワームホール帯に突入する。この先は、連合側の支配圏だ。ワープした直後から、随伴する軍船は無線封鎖を行う。ここから先は、この船のレーダーだけが頼りだ。
そうそう、さっき知ったのだが、この船のレーダーも勝手に交換されていた。連合の駆逐艦も捉えられる、ステルス対応レーダーだ。なんて勝手なことを……と思ったが、こればかりはありがたい話だ。いつも軍船を見つけるのに苦労しているからな。どれほどこのレーダーを渇望していたことか。
だが、残念ながらこのレーダー、この作戦が終われば取り外されて元に戻される。ちっ、そのままつけておいてくれりゃあいいのに、ケチなやつらだ。
なんて考えていたら、ワームホール帯が接近してきた。この船も、横の駆逐艦も、ワープ準備に入る。
「ワームホール帯まで、あと1分!ワープ準備、空間ドライブ作動!」
『駆逐艦1030号艦よりモレストロ号へ。これより当艦は無線封鎖に入る、あとは諸君らのレーダーが頼りだ。健闘を祈る。』
まあ軍人に頼られるなんてことは、これが最初で最後かもしれねえ。ならばせいぜい、その期待に応えてやるとするか。俺はそう心に決めた。
ワープを終えて、いよいよ連合側の宙域に入る。片道230光年、往復460光年、18日間の長い航海が始まる。
今回の航海は、実に単純だ。まず、獲物を探す必要はねえ。小型船に出くわさなくても、落ち込むことはない。ただ真っ直ぐ、航路通りに進む。ただし、軍船らしきものを見つけたら、できるだけ距離を取る。可能なら航路を少し外れてでも、こっちの軍船を隠すことを優先する。
ただし、これをなるべく怪しまれずにやれという。いや、航路を外れた時点で怪しいだろう。
だが、ワープ直後の恒星系、それに続く星雲宙域と、特に問題なく進む。ここは元々、軍船も少ないところだ。そしてあの要塞を出て3日目に、俺達は白色矮星域へと達する。
ここに出ると、途端に船の数が増える。いくつかの航路が入り混じっているため船が多い宙域ではあるのだが、その多くが地球987へと向いている。その多数の船に紛れて、モレストロ号と連盟の軍船は進む。
だが、ここで問題が起こる。とんでもない船団が、前方に現れる。
いや、あれは「船団」とは言わない。「艦隊」と呼ぶべきだろう。レーダーによれば、1000隻の艦隊が、こちらに向かって接近している。なんてことだ……あれを無難にやり過ごせというのか?
「おい、どうする?」
「どうするも何も……そうだな、少しづつ、航路から外れる。いきなり大きく進路を変えば、かえって怪しまれるだろうからな。」
こういう時は、ドロテオが頼りだ。かつてこいつも、連合の一個艦隊に出くわした経験がある。その時も海賊船だとバレねえように、少しづつ航路をずらし、難を逃れたという。
その時と比べれば、こちらはたったの1000隻だ。10分の1の艦隊、ドロテオにかかりゃあ、どうってことはねえだろうな。
と思いきや、ドロテオが珍しく険しい表情をしている。さすがのベテランでも、あれだけの軍船相手には焦るものなのか。
ところがだ、徐々に航路を外している我々に対し、前方を航行する他の船は大きく航路を外し始めた。あの艦隊の周辺には、民間船が100隻以上いるんだが、まるで1000隻の艦隊にはじかれた水飛沫のように、四方に別れて避けているのがわかる。
なんだ、艦隊に対してはあれくらい大きく避けても怪しまれないんだ。それを知った俺は、指示を出す。
「よし、他の船に倣おう。仰角15度、面舵30度!」
「仰角15度、面舵30度!」
操舵の情報は当然、そばにいる駆逐艦にも近接通信で送られる。揃って大きく回避運動をする2隻の連盟船籍の船。その横を、1000隻の艦隊が通り過ぎる。
「連合の艦隊、離れていきます!距離、150万キロ!」
まるで何事もなかったかのように離れていく艦隊。1000隻もいるというのに、どうやらこちらの素性はバレなかったようだ。俺は胸を撫で下ろす。
その後、再び航路に戻り、前進を続ける。その2日後には、再びワープを行う。
ついに俺達は、未踏の宙域に入る。そこはブラックホールのある宙域だ。この特殊な天体について、話には聞いていたが、俺は見るのは初めてだ。といっても、あれは見えない天体。見えるのは、大きく歪んだ空間。ここにあるのはシュバルツシルト半径20キロのブラックホールらしいが、遠くの星雲が大きく歪んだ姿で見える。
そして困ったことに、この宙域はこのブラックホールのおかげで、通過できる領域が限られている。少しでもブラックホール寄りに進めば当然、あれの重力圏に捕まってアリ地獄に引き込まれ、離れすぎると今度は航路が長すぎて燃料がもたねえ。だから、ブラックホールから半径1200万キロのところを円弧状に沿って進むのが、この宙域での航路だ。
こんな細道で、こっちの軍船に出会えば厄介だ。幅はせいぜい70万キロの回廊を、ゆっくりと進む。
この狭い回廊に、100隻以上の船がいる。今のところ、軍船の姿は見られない。このまま、この回廊の先にあるワームホール帯に突入できれば……
ところがこのモレストロ号は、再び緊張状態に陥る。
「せ、船長!レーダーに感!軍船らしき船影、その数10!」
向こう側のワームホール帯から、軍船が現れやがった。しかも10隻。だが、どうにも避けられない。
「仕方がねえ、このまま進む!堂々としてりゃあ、何も恐れることはねえ!」
基本的にこの船は、ただの交易船にしか見えない。今回は海賊行為もしちゃいねえ。ただ、横に赤褐色の、こっちでは敵方の船を引き連れているというだけだ。
姿さえ見られなきゃ、バレることはねえ……そうと分かっていても、やはり気が気でない。徐々に接近する10隻の艦艇。もうすぐ、やつらと20万キロの距離ですれ違う。射程内だ、バレた瞬間にいきなり撃たれるかもしれねえ。
この時、俺は当直時間を終えて、部屋に戻るはずだった。が、とてもじゃないが戻れねえ。別に息遣いが伝わるわけじゃねえが、息を殺しながら無事の通過を祈る。
ところが、ちょうどその20万キロまで接近した時だ。通信担当のガビノが叫ぶ。
「ぐ、軍船から入電!」
緊張は、最高潮に達する。俺はガビノに向かって叫ぶ。
「なんだ、読んでみろ!」
「はい、ええと……『この周辺宙域では、海賊船が目撃されている。注意されたし。』……以上です!」
なんだ、注意喚起の電文か。焦らせやがって。だが、まさかその目撃された海賊船が、今ここを通過しているなどとは、奴らは思ってもいないようだ。俺は席に座り込む。
こうしてこのブラックホール宙域を、なんとか通過する。それから先の航路を3日で通過する。そして、目的の地球987に到達した。
青い星が見える。今、俺達はこの星の衛星軌道上にいる。
「綺麗な星……まだ大気も汚染されてないわね。」
窓からその星を眺めるグレース。確かにこの星は、地球414と比べても澄んだ青色をしている。それだけ大気も海も綺麗な証拠だろう。
「どうせなら、こういう星に住みたいわね。」
グレースが半分冗談、半分本気とも取れるセリフを、俺に放つ。が、俺は特に応えなかった。さすがにこの星に降りるわけにはいかねえ。ここは俺達にとっては、敵地だ。
で、その敵地上空にとどまって何をしているかと言えば、ぐるりと一周回って、この星の表面の情報を得ているところだ。それは横の駆逐艦が今、全力でやっている。俺達はただ、その隠れ蓑として並んで回っているだけだ。
で、やっと軍船から偵察終了の連絡が入る。それを受けて俺は、モレストロ号をこの星系外縁部に向けた。
それからまた9日間、行きのあの艦隊やら10隻の戦隊との遭遇はなんだったのかと思うくらい、平穏な航海だった。そして最後のワームホール帯を抜けて、連盟側支配圏である中性子星域に入る。
「もう俺は、絶対にあいつらの仕事はやらねえぞ!」
ここは再び、第2ヴァレンナホテルの一室。その部屋のダブルベッドの上で、俺は叫ぶ。
「何言ってるの、楽な仕事だったじゃない。」
いや、お前は何もせず、ただ外を眺めていたからそう思うだけで、こちらは緊張の連続だった。たった18日間だが、この半月ほどで、血圧が異常に上昇した。睡眠障害の傾向もあると、このホテルに備え付けの簡易診療機器にも言われるほどだ。確かに俺の身体は、この半月余りの間にかなり消耗した。自分でもよく分かる。
「ねえ、また1万ユニバもらったんでしょう?せっかくだから、遊びましょうよ!」
「ああ、そうだな……と言いたいところだが、俺は寝たい。今はとにかく、ぐっすり寝たい……」
そう言い残すと俺は、ベッドで深い眠りにつく。もしこの時、グレースが俺の寝込みを襲うつもりだったなら、絶好のチャンスだったことだろう。だが、目が覚めて俺が見たのは、グレースの欲求不満な顔だった。
2日後に再び、モレストロ号に集まる15人の仲間。乗員は皆、1万ユニバーサルドルを受け取っていたが、前回とは違って、その金の大半を使わずに残したやつばかりだった……




