#13 離脱
最近、実に調子がいい。大型船に侵入したあの日から、続け様にいい船に出会う。
海賊がいいと呼ぶ船は当然、金目のものを大量に積んだ船のことだ。貴金属に絵画などの美術品、それに広範囲な航路情報を持っていた船までいた。情報はまた、あの情報参謀のところに売りつけてやった。
なるほど、あの自称一流海賊が縄張りを主張するわけだ。この宙域の獲物は、確かにいい。もっとも、それがやつの命取りとなったのだが、今となっては俺が逆に縄張りを主張したくなるくらいだ。それぐらいここは、いいカモが多い。
しかし、そろそろ潮時だろう。海賊が同じところにとどまるわけにはいかない。いずれ軍船にマークされるだろう。
ということで今回、俺は別の宙域に向かうことにした。中性子星域を超えて恒星域も超え、地球188の近くにあるという地球987という星につながる航路まで出向くことにした。
先日奪った航路情報で知った星だ。6年くらい前に連合側に発見された星で、地球188からは220光年離れている。もっとも、そんな遠くまでは行けねえが、まだ開拓途上の星だから、交易船が多数行き来しているに違いない。そう思った俺は、少し遠出してみることにした。
「そんなに遠くまで行って、大丈夫なの?」
相変わらず、心配性なやつだ。俺の横で、グレースが心配そうにつぶやく。
「それじゃあ聞くが、海賊そのものが、大丈夫な仕事だと思うか?」
「いえ、思えないわね……」
「じゃあ、遠い近いなどという程度のことを心配しても、仕方ないだろうだろう。」
「そうだけど……」
こいつは時々、大胆なのか心配性なのかが分からない時がある。大型船に乗り込めといい出したかと思えば、新天地に向かうことを恐れている。変なやつだ。
「さて、そろそろ俺は船橋に行かなきゃならねえ。お前はどうする?」
「そうね……シャワーを浴びてから行くわ。」
「気をつけねえと、また覗かれるぞ。」
「平気よ。その時はまた、お湯をぶっかけてやるんだから。」
しかしグレースのやつ、ここにきたばかりの時に比べて、随分と肝が座ってきた。男ばかりが14人もいるこの船で女がただ一人。よく張り合えるものだ。
最初はグレースに警戒心を抱いていたベニグノとクレメンテだが、あの大型船の一件以来、不信感を丸出しにするようなことは無くなった。いや、口では相変わらず信用ならないだのと公言しているが、そのわりには機関室の出入りを許しているし、砲撃室でこいつと会話するクレメンテもよく見かける。
実はグレースの役割は、明確にはない。こいつは機関や砲撃が分かるわけではないし、通信士や航海士の資格を持っているわけでもない。レーダーが得意というわけでもなし。あるのはただ、交易商人の父親を持っていたという、ただそれだけだ。
しかしそのおかげで、連合側の交易事情には詳しい。元々、この新たな宙域を開拓しようって話にしても、グレース自身が、発見まもない星への交易船の多さを語っていたことに端を発する。
連盟側にだって、新たな星の発見はある。が、地球414の周辺では近年、聞いたことがない。星の発見数は、連合の方が比較的多い。年毎に、連盟と連合の勢力差が広がっているようだ。
もし地球414のそばに新しい星でも発見されたなら、俺も一攫千金を夢見て堅気の交易に精を出すことだろう。が、残念ながらそういう話は聞かねえ。である以上、俺は海賊を続けるしかない。
中性子星域を抜けて、連合側支配圏に入る。そして地球188の側の星雲に入る。新しい航路図によれば、その向こうに白色矮星域があるらしい。そこからいくつかの天体を経由して、ようやく地球987にたどり着ける。
もちろん、地球987まで行くつもりはない。ていうか、行けねえ。あまりに遠すぎて、燃料がもたない。行った先で補給する場所があればいいのだが、この星は完全に連合側支配圏のど真ん中。連盟の船が補給できる場所なんてねえ。その手前の、地球188寄りの航路、そこを行くたくさんの船が俺達の狙いだ。
モレストロ号は航行を続け、ついに星雲内のワームホール帯、白色矮星域へ抜けるワープポイントに到達する。ここまでですでに4日の行程だ。
ということはだ、往復に最低8日かかる。巡航で16日間、多少、追いかけっこをすると考えれば、14日間が限度。となれば、獲物探しにはせいぜい5、6日が限度ということか。
やはり遠いな……だが、この先は獲物が多いと聞くし、きっとすぐに収穫が得られるだろう。俺はこの時、そう考えていた。
が、やはりというか、世の中ってものは思い通りにはいかないものだ。
読み通りだ、確かにここは、交易船が多い。それこそ大小様々、無数の船が、その白色矮星域を行き来していた。が、多過ぎる。あまりに多過ぎる。そして、多過ぎることが問題だ。
こんなところでどこかの船に襲撃をかけようものなら、あっという間に他の船が応援に来てしまう。考えてみれば、船の密集地域というのは、海賊船には不向きだ。
こんな簡単なことに気づかないなんて……俺としたことが、情けない。だが、せっかくここまで来たのだからと、俺はしばらくそこに留まることを決意する。
その決意した日の夜、といっても、宇宙は常に夜だが……船内時間で、夜の21時。風呂に入り、寝床へ向かおうとする俺を呼び止めるやつが現れた。機関担当の、ロルダンだ。
「おう、ロルダンか、どうした?」
「ええ、ちょっと船長にご相談があって……」
こいつはどちらかというと調子のいいやつで、皆を笑わせつつもその場を和ませるような、ペースメーカー的なところがある。そいつがこれほど深刻そうな顔で俺に話しかけてくるとは一体、どうしたというのか?
俺とロルダンは、食堂に腰掛ける。ちょうどそれを見つけたグレースも、食堂に入ってくる。6人がけのテーブルに3人。しばらく黙っていたロルダンだが、ついに口を開く。
「実は船長……俺、今回の航海が終わったら、船を降りようと思ってるんです……」
それを聞いた俺は、思わず叫んじまう。
「なんだってぇ!?船を降りるだぁ!」
この叫び声を聞いて、何事かとさらに3人ほどが集まってきた。同じ機関担当のベニグノにオレガリオ、そして航海士のドロテオだ。
「なんだなんだぁ!今、船を降りるって言わなかったか!?」
「船長、誰が降りるだなんて言ってるんですか!?」
が、その場に集まった3人は、俺とグレースの前に座っているロルダンを見て、状況を理解する。
「おい、ロルダン!おめえまさか……船を降りるってのはおめえか!?」
「どういうことだ!お前、ここでうまくやってきたじゃねえか!」
機関長のベニグノに、ベテランのオレガリオから攻めたてられ、口を閉ざすロルダン。そこに、グレースが口を挟む。
「ちょっと!まだ話をちゃんと聞いてないんだよ!最後まで聞いてやらなきゃ……」
「おめえは黙ってろ!これは、機関室の問題だ!おめえにゃ関係ねえよ!」
「そうだそうだ!お前は船長の抱き枕でもやってりゃいいんだよ!」
「なんですって!?誰が抱き枕ですってぇ!?」
ちょっと待て、話がこじれてきたぞ。どうしてそういう方向に、話が流れるんだ。俺はテーブルを叩いて、このくだらない痴話喧嘩を強制的に止める。
「おい、お前らちょっと黙ってろ!まずは、ロルダンの話を聞くのが先だろ!」
まあ、俺が叫んじまったからこういうことになったのは間違いねえんだが、さりとてここで知られなかったとしても、結局は皆に知れることになる話だ。となれば、結果的に主要な面子が集まっているんだ、ここは曖昧にせず、じっくりとこいつの話を聞いた方がいい。
俺が周りを黙らせると、意を結したのか、ロルダンのやつは口を開く。
「……実はそろそろ、海賊を辞める時じゃねえかって、そう考えていたんだ。」
この一言に、ベニグノが食いつく。
「はぁ!?おめえまさか、機関担当が嫌になって……」
「いや、そうじゃねえんだ!この仕事は、俺の天職だと思っている。だけど、さすがにいつまでも海賊をやってるわけにはいかねえって、そう思っているだけだ。」
「なんでぇ、海賊のどこがダメだって言うんだ!」
俺はチラッとグレースの方を見る。グレースのやつ、今のベニグノの一言に突っ込みたくて仕方ないようだ。そりゃ当然だろうな、逆に海賊のどこがいいのかと内心思っているだろうから。
「……そりゃあベニグノさん、人様のものを奪う職業だ。これと同じことを地球414の、エステポルナの街中でやったら、それこそ犯罪行為だ。宇宙だからってそれが許されるのも、妙な話じゃねえか?」
別に許されているわけじゃ無い。許しているのはあくまでも連盟側で、連合側は当然、俺達を取り締まるべく、全力で潰しに来ている。
「そ、そうだがよ……」
「そうなんだよ。だから俺はそろそろ、海賊を辞める時じゃねえかと思ってたんだ。まだ俺は24歳だ、やり直せる歳じゃねえかって、そう思っていたらやっぱりちゃんと相談しようと思って、それで今、船長に話したところだったんだ。」
こいつはそれほど頭がいいやつとは言えねえ。だが、自身の将来の行く末をよく見抜いてやがる。確かに、海賊をずっとやり続けるわけにはいかないだろう。この職業は、離職率以前に死亡率、失踪率が高すぎる。とてもじゃねえが、何年もやり続ける仕事じゃねえことは明らかだ。
と、俺のすぐ横に、その海賊をもう何十年も続けている老練な航海士がいる。ドロテオだ。しばらくこのやり取りをじっと聞いていたが、ついにこの男が口を開いた。
「……そうだな、俺はロルダンに賛成だ。」
だが、そのベテラン海賊からは、意外な一言が飛び出した。
「お、おい、親爺さん、なんてことを……」
「ロルダンと同意見だって言ったんだよ。海賊なんざ、辞められる時に、辞めたほうがいい。」
てっきり俺は、ドロテオはロルダンに反対すると思っていた。だがこの海賊何十年の男は、意外にもロルダンを支持する。
「どういうことだ、ドロテオ。」
「どうもこうもねえ、海賊なんて職業にあまり長いこと足を突っ込んでると、本当に辞められなくなるぞ。まさに俺がそうだ。今でも時々、若い時に辞めときゃよかったって考えるくらいだ。」
「はぁ!?親爺さんが、海賊をやめようと思っていただなんて……」
「それくらい考えるさ。周りを見てみろ。この船で皆と過ごしたこの3年のうちに一体、何組の海賊が消滅したと思ってるんだ。いくら稼ぎがいいからって、いつまでもやってられる職業じゃねえよ。ましてや、俺と同じくらいの時に海賊になった奴らの内、生き残ってるのはほんのひと握り。その中で、引退もせず海賊をやり続けているのは、俺くらいのもんだ。俺はそんな現実を目の当たりにしているから、ロルダンのこの決断を無碍にはできねえ。」
この船一のベテランにこう言われちゃあ、誰も反論できない。いや、この話を聞いたら皆、辞めたくなっちまうんじゃねえのか?俺だって目標の金額が貯まれば、すぐにでも辞めようと思っているくらいだ。
「……決まりだな。ロルダン、お前は今度の航海を最後に、引退だ。」
俺は口を開く。それを聞いたベニグノが反論する。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ船長!代わりはどうするんだ!?」
「仕方がねえだろう。街で成り手を探すしかねえ。」
「成り手って、海賊なんぞになりたがる奴なんて、そうはいねえぞ!」
まあ、気持ちは分かる。しかし、海賊のお前がそれを言うか?それじゃあお前はどうして、海賊なんぞになろうと思ったのか。
「だがよ、ロルダン。考えてもみろ。元々海賊だったやつを雇ってくれるところなんて、あると思うか?」
と、そこにオレガリオが疑問を投げかける。それを聞いたロルダンのやつ、ため息をつきながら応える。
「いや、その通りだ。だからしばらくは仕事に就けないと思うよ。幸い、蓄えはあるし、それを使い切るまでにはなんとか探せるかなぁと。」
いくら連盟内でも、元海賊を雇ってくれるようなところは少ない。海賊というのは言ってみれば、公認された犯罪集団だ。どこまでいっても俺達は、所詮は犯罪者。いくらロルダンの機関担当としての腕が確かでも、それだけで雇ってくれるようなところはないだろう。
が、俺は財布を取り出す。その中にあった古い紙切れを抜き出し、それをロルダンに渡す。突然、無言で渡されたこの紙切れを、ぽかんとした顔で受け取るロルダン。
「あの、船長、これは……」
「昔、世話になった人から渡された紙だ。」
「でも、これは一体、なんなのですか?連絡先のようなものが書かれてますが。」
「もしも生きるのに困ったら、ここを頼れと教えてくれた。一言で言えば、堅気の職を紹介してくれるツテだ。今度の航海が終わったら、この紙にあるところへ連絡しろ。」
「せ、船長……」
「ただし、この手が通用するのは一回きりだ。2度目はねえ。それを覚悟で頼るんだ、いいな。」
その紙切れを受け取ったロルダンは感極まったのか、うっすらと涙を浮かべている。そんなロルダンを見つつ、俺は周りに言った。
「さあ、この話はこれで終わりだ!皆、持ち場に帰った帰った!」
そして俺はグレースと共に、部屋へと戻る。
「ねえ、あれ、本当はあんたが使いたかったんじゃないの?」
あの場で抱き枕呼ばわりされたグレースだが、どちらかと言えば、今は俺の腕がこいつの抱き枕に……いや、そんなことはどうでもいい。今はこいつのこの質問だ。俺は応える。
「冗談じゃねえ。堅気なんてまっぴらごめんだ。いっそ海賊か、いっそ無職か。だからおれは無職でやっていけるよう、金を貯めてるんだよ。」
「ふうん、そうかしら?」
何をいってやがる、こいつは。俺が堅気な仕事なんぞに戻るつもりがないことくらい、もう分かっているだろう。
堅気の世界は、とかく理不尽だ。大して能力もないくせに口ばかり達者なやつが上に立ち、能力のある奴らをこき使う。散々利用するくせに、そいつの賃金を上げないばかりか、自分に迎合するやつだけを重用する。そういうやつは、その無能と同じくらいの能力しかねえから、その結果、また無能が上に立ち……この悪循環から抜けられない世界、それが俺の知る堅気の世界だ。
その点、海賊はいい。能力がねえやつは、消されちまう。生き残れるのは、運と実力の備わったやつのみ。実に合理的だ。口だけのやつなど、そもそも生き残れねえ。
そんなわけで俺は、海賊を辞めたら働くつもりなどない。そのために今、働いている。しかも今回、ロルダンが引退ということなら、それだけ大きな獲物を得てやらないといけねえな。俺はこの多数の交易船が渡り合う白色矮星域で、なんとか獲物を探し続ける。
が、そんな思いとは裏腹に、事態は悪化の一途を辿る。何ということか、この宙域に大艦隊が現れた。数は優に3000を超える数の軍船が、この白色矮星域に布陣しやがった。これでは、とてもじゃないが海賊行為は無理だ。
仕方なく俺は、引き返すことにする。ワームホール帯を抜け、赤い星雲のある宙域に入る。そのまま中性子星域を経由して、地球414に戻るつもりだった。
が、ここで俺達は、思わぬ船を見つける。
「なあ、これ……どう見ても、小型船だな。」
「周囲に、他の船影なし。軍船らしき影も見当たらねえ。」
ここも地球987に繋がる航路ではある。さっきの白色矮星域ほどじゃねえが、それなりに船はいる。が、それほど多くはない。だからこそ俺達の望む、単独行動をする小型船てのは、それこそたくさんいる。
そこである船に狙いをつけて、俺達は接近を試みる。だがその船は、異常接近する俺達の船に気づかないようだ。警戒心が無さすぎる。何考えてるんだ、こいつらは?
いや、考えてみりゃあここは、それだけ海賊とは無縁の宙域なのだろう。だからこそ、警戒が緩い。
そんな獲物を、俺達が見逃すはずがない。
「よし、行くぜ。全速前進!あの小型船を、追い詰める!」
俺は突撃を指示する。ここでやっとあの船も、異常事態に気づく。慌てて逃げ始める小型船。
だが、本気を出した俺達から、そんな警戒心もねえ素人が、逃げられるわけもねえ。あっさりと捕まっちまった。俺はその船の船橋に乗り込むと、剣と盾を持って、震えながら待ち構える船員らに出迎えられる。
つい先日、バリケードでの歓迎を受けたばかりだが、今度は剣と盾とは……俺は銃を取り出し、一発、その盾の一つに向けて放つ。盾は吹き飛び、それを持っていた人物がその場に倒れ込む。
俺は銃を向けたまま、笑顔でこう告げる。
「俺達は海賊だ。抵抗せず、おとなしく積荷を渡してくれりゃあ、命までは取らねえ。おい誰か、荷室まで案内してくれねえか?」
結論からいうと、こいつらは地球987出身の商人だった。聞けば、つい数年前まで自分の星で、馬車を使った交易商人をしていたそうだ。で、馬車から船に乗り換え、交易商人を続けていたのだという。
まさか宇宙に海賊などというものがいたとは、夢にも思わなかったようだ。そんな話しは、彼らにこの宇宙の文化と技術を伝えてくれた地球188の連中は教えてくれなかったと言っていた。
まあ、そういう意味じゃ俺達は彼らに、この宇宙の常識を嫌というほど分からせてやったわけだ。積荷を全部奪われるという、高い授業料と共に。
その積荷は、ロルダンの引退航海に相応しいものだった。なんとそれは、金塊だった。
かつてない価値の品を手に入れて、俺達は自分の星へと向かう。その後、新たな人生を歩むはずのロルダンにとっても、これは一生忘れることのできない航海になったことだろうな。




