#11 戦場
地球414を出て、いつものように中性子星域へと向かう。そしてその向こうの連合側の支配圏に入り、こちらの交易航路上を航行しつつ獲物を探す。
今度の航海は、ちょっと長かった。どういうわけか、交易船の数が減少し、獲物となる小型船舶がなかなか通らない。やっと捕まえた船舶で、俺はこんな話を聞く。
「なんだって!?戦闘!?」
「そ、そうだよぉ。戦闘が起こるってんで、多くの交易船は港に待避しちまった。我々も近くの星に降り立とうとしてたところだよぉ。」
その船の船長から出てきたのは、近々戦闘が起こるという話だった。なんでも、連盟軍が中性子星からこちらの星域に向けて進発し、それを阻止すべく、地球188艦隊が出動した、というのだ。
戦闘ねぇ……確かに巻き込まれたら危ねえことには違いないが、そう滅多に出くわすものでもないだろう。何せこの宇宙は広い。そこで1万隻同士がぶつかり合うと言っても、それと出会う確率は、野原のど真ん中に置かれた針の穴に、遠くから投げられた糸をすっと通すようなものだ。
「いや、それほど安全とは言えねえぞ。」
「なんだって?どういうことだ、ドロテオ。」
「戦さの前ってのは、ピリピリしてやがるからな。ちょっとでも船影を見つけると、軍船どもはすぐに追尾してくる。敵の哨戒艇じゃねえかって疑われるんだよ。」
「本当か、それは?」
「ああ、だから戦闘が起こるという話を聞きつけたら、すぐに引き返す。どの交易船も皆どこかの星で待機するから、こういうときはどのみち獲物も少ねえ。迂闊だったな、お前わざわざ軍司令部まで出向いていながら、どうして戦闘の情報を聞いてなかったんだ?」
そんなことを言われてもなぁ……俺が相手したのは情報参謀で、あまり戦闘には関わってなさそうなやつだった。それにあいつは、海賊相手にあれこれと情報を流すつもりもなさそうだ。いずれ俺達に何かをやらせるつもりらしいが、それすらも口にしなかったくらいだ。聞いたところで、教えてくれたかどうか。
しかし、困ったことになった。もう1週間近く、宇宙に出向いている。ぐずぐずしていたら、帰りの燃料が心配になってきた。目的の略奪も終わったし、さっさと帰りたいものだ。
いずれにせよ俺達は、この近くの星に降りるわけにはいかない。ここはまだ連合の支配圏だ。この偽装コードの船でこの辺りの星の宇宙港にでも降り立ったら、いくらなんでも捕まるだろう。さすがに地表の港では、大型船のようにはいかない。
だから俺達は一路、地球414を目指すしかない。燃料が切れる前にたどり着かなきゃならないから、互いの戦闘艦が闊歩する宙域をこっそり通過するしかなさそうだ。
まあそれでも、何とかなるだろう。俺はこの時まだ、そう考えていた。
しばらくの間、誰もいない航路を航行し続けた。軍船はおろか、民間船もいやしねえ。こんな静かな宇宙は初めてだ。
そういえば連盟と連合は、かれこれ200年以上もこの1万4千光年という銀河の端っこで戦争を続けている。その大半は、数十隻から千隻程度の小規模な戦闘だと聞いている。そして次に多いのは1万隻、一個艦隊同士の戦闘。大抵は連盟側が連合側の領域に入り込み、それを阻止すべく連合側も艦隊を送り込み、そこで戦闘が発生する。今回の場合は、このパターンだと聞いた。
非常に稀だが、数万隻同士の戦いというのもあるらしい。こうなるともう、一つ二つの星の問題ではなく、数個の地球から派遣された艦隊がぶつかり合う、いわばその星域を囲む星々の総力戦だ。これは、相当重要な拠点、宙域をめぐる戦いでなければ起こり得ない規模の戦闘だと言われてる。
ただ、はっきりしていることが一つある。
もうこういうことを200年以上も続けているが、一向に状況は変わらねえ。早い話、戦さなんてするだけ無駄だってことだ。駆逐艦が一隻あたり100人の乗員がいるそうだが、そんな船が何百隻も一回の戦闘で失われる。そして結果、引き分けに終わるということが多い。だったらいい加減、過去に学んだらどうかと思うこともあるが、それ以上は海賊がどうこう言える話でもねえ。
俺はただ、自身の先の人生を有意義に過ごすために、今の稼業を続けるだけだ。その先の人生に、グレースも加わるはず……なのだが、どうにも俺には想像できねえな。やつが来てからというもの、いきなり斬りつけられたり、船橋で漏らされたり、大型船に侵入したりと、イレギュラーな出来事の記憶しかねえ。そんなやつと平穏な日々など、過ごせるのだろうか?
いや、平穏な日々になればなったで、大人しくなるだろう。人間というやつは、何もせずのんびりと過ごすことを至上としている生き物だ。どんなに激しい性格であっても、海岸の砂浜に打ち寄せる波の音以外に何も聞こえないところに行けばきっと、今とは違った顔を見せるに違いない。
だが待てよ?その時見せるグレースの顔は、俺にとって喜ばしい顔か?そんな場所で見せる顔は、穏やかで平穏な、優しい顔じゃねえか。いや、だめだ。あいつにはもっと悔しげな、敗北感に押しつぶされそうな屈辱的な顔でないと困る。
「ねえ、ねえってば!」
と、俺を呼ぶ声が聞こえる。呼ぶというより、叩き起こされたというのが正解か。船長席でうたた寝していた俺は、現実に引き戻される。
目を覚ますとそこには、メイド服姿のグレースがいる。こいつ、別に他の服もあるというのに、なぜかこの船ではこの服装を好んできている節がある。そのわりにメイド服を着ていることを指摘すると怒り出す。分からんやつだ。
「……なんだ?」
「なんだじゃないわよ!この先はもう、戦闘域に入るかもしれないわよ!どうするつもりなの!?」
「どうするもこうするも……戦闘域だったら、避けて通るしかないだろう。」
「避けるって……そう簡単に避けられるものなの!?街を一つ、吹き飛ばせるだけの砲火を、1万隻同士で撃ち合うのよ!流れ弾に当たったら、どうするつもりなのよ!」
やれやれ、心配性だな。いくら街一つ吹き飛ばすほどの威力のある砲だといっても、当たらなければどうってことはねえ。いくら1万隻とはいえ、この宇宙からみりゃあホコリみたいなもんだ。
そんなことを考えながら、ワームホール帯に接近する。そこを抜ければその先には、連盟と連合の両者の支配圏の境界となる中性子星域だ。
そしてモレストロ号は、ワームホール帯に到達し、ワープに入る。
ワープ中は、周りに全く星が見えなくなる。この異空間を抜けて通常空間に入ると同時に、また星空が見えるようになる。今までも、何度となく繰り返してきた。だが今回だけは、いつもと様子が違う。
最初におかしいと感じたのは、ワープ終了直後だ。窓の外の星空が、あまりにおかしい。等間隔に並んだ星が、無数に見える。はて、宇宙の星というものは、これほどまでに綺麗な配置をしていただろうか?
が、それが星でないことは、レーダー手のぺぺの叫び声で悟った。
「ぜ、前方に船影多数!これは……えらいことです、数千隻以上の船が、行く手を塞いでますぜ!」
俺はこの時、今までの認識の甘さに気付かされる。数百、数千万キロ、いや、それどころか数光年もの広大な宇宙を前に、たかが1万隻の軍船など、大海原の前のひとさじの砂糖と同じ。そう思って舐めていた。
だが今、俺達の前に立ちはだかっているのは、そのひとさじの砂糖にすぎないはずの艦隊だ。
ステルス塗装を施した軍船といえども、これだけの数がいれば、この船のレーダーでもぼんやりとした細長い雲のような影として捉えられている。なによりも、距離が近すぎる。
おそらく艦隊までは1万キロ以内。おそらく、という言葉を頭につけてしまうのは、横に大きく展開した艦隊のあまりの大きさに、どこから測れば良いのか見当もつかないからだ。それほどまでに圧倒的な存在が、俺達の眼前に広がっている。
レーダーは、その向こう側も捉えていた。同じくステルス塗装で本来ならこの船では捉えられないはずの軍船が、あまりの数でまるで雲のように見えている。手前と向こうの軍船の雲は、だいたい30万キロといったところか。ということはもうまもなく、戦闘が開始される。
まずい、引き返さないと……と思ったが、今引き返すのは危険極まりない。俺達がついさっきくぐり抜けてきたワームホール帯は、もはや戦場になろうとしている。早くあの雲から離れねえと、ヤバいことになる。戦闘経験のない俺ですら、あれが本能的に恐ろしいものだと察知できる。
総勢2万隻の艦隊が、一触即発の状態にあるその脇を、戦々恐々と航行する一隻の海賊船。その海賊船に、新たな脅威が現れた。
「船長!連合の軍船から入電!」
突然、通信と主計担当のガビノが叫ぶ。
「なんだ、読んでみろ!」
「読みます!『地球188所属の哨戒艦17番艦より、付近を航行中の民間船に告ぐ。当宙域はまもなく、戦闘に突入し危険である。直ちに退避せよ。』以上です!」
この船以外に、民間船なんて見当たらねえ。明らかにこの船に向けて打ってきた電文だ。
だが、退避しろといっても、どこに退避すりゃあいいんだ?1万隻以上の船に阻まれて、行き場がありゃしねえ。
で、まごまごしてたら、さらに電文を打ってきやがった。
「船長!追加の電文です!『民間船へ。まもなく戦闘開始、全速で離脱せよ。』以上です!」
「ぜ、全速で離脱って言ったって、どこに向かって離脱すりゃあいいんだよ!?」
ガビノの読み上げる電文に、航海士のラミロが食ってかかる。あまりに大きな戦場に、この船はもはやパニックに陥っている。
だが、さらなる混乱が、この船を襲う。
「は、始まった……」
無数の青い光の筋が、窓からも見える。どうみてもあれは、戦闘だ。とうとう始まりやがった。
戦闘が始まると、思わぬ問題が起こる。なんと、この船のレーダーが効かなくなった。どうやらあのドンパチで放出される膨大なエネルギー波によって、レーダーが使い物にならなくなるようだ。
困ったな……本当に、右も左もわからなくなっちまった。どうにかして、ここを去らねえと……しかし、悪いことというのは、続くものだ。窓の外に時折り、青い光の筋がスッと横切るのが見え始めた。
あれは、戦闘によるビームが、ここまで到達しているのだろう。射程外だから、かなり減衰しちゃいるが、それでもバリアシステムも持たねえこの船にまぐれ当たれりでもすれば、致命傷となりかねないくらいの威力はある。
流れ弾が飛び交う中、一体どっちに行きゃいいんだ……船長として決断しなきゃならない局面だが、判断するための材料がない。こんな事態になるんなら、呑気に海賊なんてやってねえで、さっさと帰ればよかったと、後悔だけが頭をよぎる。
やれやれ、せっかくグレースとも上手くやれるようになってきたっていうのに、つくづくついてねえな、俺の人生。そのうち流れ弾に当たって、いよいよおしまいかな、俺の人生。
そう思った矢先、さらなる危機がこの船に襲いかかる。
窓の外に突如、船が現れた。灰色の角ばった先端を持つ細長い船。それが何か、俺はすぐに察する。
こいつは連合側の軍船だ。横にいるドロテオも、それを見て言葉を失う。ドロテオだけじゃねえ、ここにいるやつ全員が、灰色の軍船を見て凍りついたように動けねえ。
海賊が灰色の軍船の姿を見るときは、それは海賊として最期の時だと、俺達の間では言われていた。まさにその悪夢のような光景が、俺達の目の前にある。
だがその軍船は、こんな電文を送ってきやがった。
「軍船より入電!『これより当艦が、安全な宙域まで案内する。当艦の左側面につけ。』以上です!」
……何ということか。まさかこの船、海賊を助けてくれるというのか?
いや、この船は表向き、地球188船籍の交易船ということになっている。単に、海賊だと気づいていないだけか。だが、まさに渡りに船だ。俺はガビノに指示する。
「ガビノ、返信だ!『案内、感謝する。貴艦側面にて追従する。』と打て!」
「了解!」
電波障害が酷くて、通常の無線通信が効かない。だから、電文に頼るしか方法がねえ。
俺は電文を打たせた後、すぐにその軍船の左側面に船を寄せさせる。雨のように流れ弾がビュンビュン飛び交うこの場所で、この軍船は頼りがいある盾となる。実にありがたい存在だ。
だが同時に、不安も襲う。この船が海賊船だとバレれば、そのままやつらは俺達を拿捕するだろう。いや、ここは戦場だ。そのままその大きなビーム砲で、俺達を沈めるかもしれねえ。さっき襲ったあの商船の通報が、この船にも届いていないとは限らねえ。いつ、バレるのか?流れ弾の恐怖が去ったっていうのに、今度は別の恐怖が俺達を襲う。
だが何事もなく、俺達の船は進む。連合の軍船を伴って。
それにしても、まるで小雨のように降り注ぐビームも、慣れてくればどうとも思わなくなってきたな。考えてみりゃあ、滅多に当たるものでもねえよな……と、そう考えた、その時だった。
突如、隣の軍船がパァッと光る。何が起きたのか一瞬分からなかったが、その後、何事もなかったかのように戻る。それを見て俺は察する。ああ、あれは流れ弾が当たったのだと。
この軍船のバリアシステムによって、俺達は守られた。こいつがなければ、直撃だった。やはりこのビームの雨はおっかねえ。俺は認識を改める。
しかし、味方であるはずの連盟の軍船から放たれたビームが俺達を危うく沈めるところだった。それを敵であるはずのこの灰色の軍船が、俺達を守ってくれた。この不思議な航海は、20分ほど続く。
やっとレーダーが効く場所まで来られた。するとあの軍船が、離れていく。
これでやっと俺達は帰れる。そう思った矢先、また緊張が走る。
「あの軍船から、入電!」
なんだ?もうお前の用事は済んだはずだ。今さら、何を……いや、まさかとは思うが、今頃になって俺達が海賊だってことバレたのか?船内に、緊張が走る。
「……読んでみろ。」
「はい!『貴船の航海の無事を祈る!』以上です!」
……ああ、ご丁寧にもわざわざ無事を祈ってくれたのか。海賊船なのに。いや、俺達が海賊船だとはまだ知らないだろう。しかし、せっかくここまで送ってくれて、わざわざこんな電文まで送ってくれる。応えなきゃ、無礼すぎるというものだ。
「返信だ。『貴艦の護衛に感謝する。』と送れ。」
「了解!」
まさか連合側の軍船に守られることになるなんて、思ってもみなかった。彼等には、感謝してもしきれない。
だからその礼に、俺は海賊を続けよう。せっかく生き長らえさせてもらった命、ならばその分、お返しせねば、非礼に当たるというものだ。




