#10 接近
地球414に帰ってきた。二度とこの地を踏めないかと思った瞬間を、たった2時間のうちに何度も潜り抜けて、俺は今、エステポルナ宇宙港の前に立っている。
そして俺はその足で、あの交易センタービルへと向かう。
タクシーを降りると、そこはあのビルの前だ。横にいるグレースも、ここにくるのは三度目。もう慣れてきた。
今回の品は、銀食器だ。すでに品はここに運び込まれているはずだ。俺とグレースは、食器を扱う店に向かう。
で、結論から言えば、それは2万ユニバーサルドルで売れた。金額としては、さほど大きな額とはいえない。
が、今回のメインのブツを、俺は売りつける相手のところへと向かう。
再びタクシーに乗り込むと、俺はスマホを車内の機器に当てる。予め決めたその行き先に向かって走り出すタクシー。そいつは宇宙港の方角に向かって走る。
「ねえ、どこに行くの?なんでまた、宇宙港に向かって走ってるのよ。」
「別に宇宙港に戻るわけじゃねえ。まあ、行けば分かる。」
相変わらず行き先を明確にしない俺に、少しヤキモキしているようだ。その感情が、顔に表れている。そうだ、俺はこの顔が見たいんだ。
そしてタクシーは宇宙港を通り過ぎて、そのすぐそばにある建物の前で停まる。殺風景なビルの脇にある看板を見て、グレースのやつ、 ここが何だかすぐに理解した。
「ここって……もしかして、軍司令部じゃないの!」
そうだ、俺はあれを、ここに売りつけるために来た。ここなら間違いなく、買ってくれそうだ。
「ここは宇宙艦隊司令部です。民間人の方は……」
「いや、俺はただの民間人じゃねえぜ。こいつを。」
受付に行くと早速追い返されそうになるが、身分証を渡すと、その受付嬢はすぐに内部の者につないでくれる。
しばらくロビーのソファーで待っていると、いかにも士官という姿の男が2人現れる。そのうち上の階級らしき男が、俺の顔を見る。やや憮然とした顔でこちらを見るや、口を開く。
「遠征艦隊司令部付き、情報参謀のモンタネール大尉だ。わざわざ司令部に訪ねてきた海賊とは、お前のことか?」
いきなり海賊呼ばわりか。まあいい、事実だからな。
「そうだ。モレストロ号の船長、マカリオだ。」
「で、その横にいる人物は……」
「ああ、仲間のグレースだ。」
以前だったら、仲間呼ばわりすると嫌な顔をしたものだが、こいつも今はもう慣れた、というより、染まったようだ。
「……地球733出身の帰化人か。元連合側の人間などこんなところに連れてきて、どういうつもりだ?」
「今日は、こいつがいたから得ることが出来たモノを、こちらに売りにきた。1番の功績者なしに、その話をするわけにもいくまい。」
「と、いうことは、連合絡みの何かを持ってきたということなのか?で、そのモノとは一体なんだ?」
「ああ、4日前に入手したばかりの、連合側の船舶識別コードだよ。それも、1万隻分の。」
それを聞いた瞬間、大尉の顔色が変わる。このブツの重要度が、こいつには分かるようだ。俺は続ける。
「いろいろあってな、俺達は連合の大型船に侵入したんだ。で、そこで手に入れたデータがこれだ。なんでも、連合で最近、船舶認識コードのアルゴリズムが変わりつつあるらしいと聞いた。なおこのデータは、地球188付近で1番の大型船から得た1万隻分のデータだ。その新しいアルゴリズムで組まれたものも相当数、存在していると思うがな。」
俺はこの士官に説いたが、その程度のこと、こいつも重々承知しているだろう。だから「船舶識別コード」と聞いた瞬間に、表情が変わった。
「そうか、それをわざわざここまで届けてくれたってことか。」
「100万ユニバだ。」
「……なんだと?」
「ただじゃやれねえ。100万ユニバだ。俺達が命を賭けてぶんどってきた代物だぜ?安く叩かれては困るな。」
いきなり高額の要求を突きつけられて、この士官は険しい表情に変わる。しばらく考えていたこの士官は、応える。
「我々はすでに、偵察部隊や諜報員から、同等程度のデータを入手している。今さらそんな値段で手に入れるほどの価値はない。せいぜい10万ユニバがいいところだ。」
このやろう、10分の1に値切ってきやがった。軍人のくせにケチ臭いな。どうせ俺達の税金で食ってる身分だろう、それくらいの金額、気前よく出しやがれ。
ムッとした俺は、その場で立ち上がる。
「そうか、ならしょうがねえ。他を当たるとするか。」
「なんだと?」
「別に連盟の司令部は、ここだけじゃねえ。地球414だけでもあと3箇所あるわけだし、他の星に行くという手もある。条件の良いところを探させてもらうだけだ。」
「ま、待て!分かった、上層部に掛け合ってみる、しばしここで待て!」
他に行くと言い出したら、急に引き止めにかかりやがった。情報参謀というのも、案外大したやつじゃねえな。俺は、慌ててエレベーターの方へ向かうその士官を見送り、再びソファーに座る。
そんな士官の様子を見て、グレースが心配そうに尋ねる。
「ねえ……」
「なんだ?」
「いいの?軍相手にあんな値段ふっかけて。」
「構わねえよ。あれの数十、数百倍の価値はある品だ。それにお前が言い出して実現した大型船乗り込みのこの話は、それほど価値のねえ話だったのか?」
そう聞くとグレースのやつは首を振る。今度ばかりは、こいつが1番の功績者だ。しかも、俺達と共に命を賭けたんだ。それをたかが10万で買い取ろうなど、みくびられたものだ。俺達海賊の命は、それほど安くはねえ。
しばらくすると、あの士官が戻ってきた。そして俺の向かい側に座ると、意外な金額を提示してきやがった。
「上と話をつけてきた。」
「へぇ、でいくらで買ってくれるんだい?」
「200万だ。」
「は?」
「200万ユニバだ。これで手を打つが、どうだ?」
予想外の答えが返ってきた。10分の1に値切られたかと思えば、今度は倍になって返ってきた。どういうことだ?
「……俺は構わねえが、なんだって急に倍になるんだ?」
「後でぶり返されても困る。だから最初から、それに見合った金額を提示する。その代わり、この件は他言無用。口止め料も込みだ。」
「ああ、なるほどねぇ……」
こちらの想定外の金額を提示することで、機密も守ろうってことか。なかなか軍人てやつは頭が切れる。俺もそこまでは思いつかなかった。
「ついでだが、貴殿らにいずれ頼みたいこともある。それも、この金額に含まれている。」
「……なんでえ、頼みたいことってのは。まさかまた、大型船に侵入しろっていうんじゃ……」
「いや違う。それに比べれば軽いことだ。いずれその件で、貴殿を呼び出すことになるだろう。その時にその内容について話すことになる。」
口止めに加えて、さらにもう一つ、厄介そうな話を抱き合わせてきた。だが、大型船に潜入しろというわけじゃなきゃ、引き受けても良いだろう。おれはこの士官の提案にのることにした。
それから、1万隻のデータの入ったメディアを渡し、その確認が終わったところで、俺の口座にその200万ユニバーサルドルが、その場で振り込まれる。この建物を出た瞬間から、大型船に行ったことはなかったことになる、という条件付きで、だ。
そして司令部の建物を出て、俺は15人の仲間にその分け前を振り込むと、それぞれに電話して口止めの件を知らせる。さもないとあいつら、あちこちで自慢話をし始めるかもしれねえ。早めに手を打っておくに、越したことはない。
で、やっと品の換金を終えて、俺とグレースは街へと戻る。その日の夕食は、とあるホテルのてっぺんにある、豪華なフルコースだ。
さすがにここをメイド服姿で来させるわけにはいかない。昼間のうちに、ちゃんとしたドレスを一着、見繕っておいた。今のグレースは、落ち着いたグレーのドレスに身を包んでいる。
まずは前菜が運ばれてくる。食前酒にはスパークリングワイン、赤と緑の野菜で彩られたサラダにガスパッチョ、生ハムを乗せたパンに、ピンクペッパーのかかったアボガドのスライス、そしてチーズの盛り合わせの載った小皿など、タパスと呼ばれる小皿料理が並べられる。
それらを平らげると、今度は赤ワインと共にメインディッシュが運び込まれる。ファバーダと呼ばれる豚肉の腸詰め料理に、カリョスと呼ばれる牛もつ鍋、そして定番のパエリアだ。
それらの料理を口にしながらグレースは、ワイングラスを回している。そして、俺に尋ねる。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。」
「なんだ。」
「あんたが贅沢しているところを見たのは、ここが初めてよ。荒稼ぎしているわりに慎ましい生活してるけど、いつもはどこでお金使ってるのよ?」
「いや、金はほとんど使ってねえ。大半は、貯金に回している。」
「……そんなにお金を貯めて、どうするつもりなの?」
「いずれ、今の稼業を辞める。そして海辺の田舎町にでも引っ越して、そこでのんびり暮らす。それが俺の目標だ。」
「ふうん、そうなの。」
さすがに、ホテルの上級レストランで「海賊」という言葉はご法度だ。そんなことを公言すれば、出入り禁止にされちまう。だから「稼業」などと敢えて回りくどい言葉遣いで、俺とグレースは会話する。
「そうだ、なんならそこに、お前も一緒でも構わねえぞ。一人寂しく暮らすのも悪くねえが、もう一人くらいいた方が退屈しねえ。どうだ?」
「いや、ちょっと……考えさせてもらうわ。」
俺が誘うと、やや困惑気味に返答するグレース。だが、敢えて即答しないところを見ると、ちょっと脈はあるってことだな。
「だけど意外ね。そんなのんびり願望がある人が、なんだってこんな危険な仕事に就いているわけ?」
「そうだな、強いて言えば、俺の師匠とも言える人物の教えが効いているからかな。」
「あの事故で亡くなったっていう、その人のこと?」
「そうさ。その方は俺に、どうせやるなら太く短く稼げと、日頃から口癖のように言っていた。中途半端にやらず、思い切り飛び出して稼げ、とな。」
「まあ、思い切りがいいのは確かだけど……でも、今の仕事をその人が見たら、どう思うかしら?」
「どうだろうな。ただ一つ言えることは、その人がいたら俺は多分、この稼業には就いていないだろうな。それは間違いない。」
そしておそらく俺は、グレースとも出会ってはいないだろう。まあ、人生ってやつは、分からねえものだ。
さて、そんな話をしたせいだろうか?地上にいるときはグレースのやつ、それまで同じアパートでも別々の部屋で過ごしていたのに、その晩から突然、俺の部屋にやってきて、同じベッドで寝るようになった。
これはつまり、さっきの話に対する、前向きの返事を得たと考えていいんだろうか?




