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小官は裏方ですので任務は目立たないことであります

作者: しのだしのぶ



「仕事だよ、ベイビー」


 この国には、絶対的な王者というものが存在する。


 いいや。世界には、か。


 その王者を護るため。与えられる任務を完璧に遂行する。それだけが、小官の使命であり唯一の生きるための手段である。


 たとえそれが、『戦争』だろうと『暗殺』だろうと。


 小官の耳に、ノイズと共に機械的な声が届く。


【コードネーム"ワン"、当該地域にてS級魔法師およびS級魔獣キメラドラゴンの発生を確認した。視認できるか?】

「…距離約5000。視認可能」 

【コードネーム"ゼロ"より入電。強制抑制魔法解除、現地点からの魔獣殲滅を許可。繰り返す…】

「了解」


 キン、とわずかな音を立てて小官の腕につけていた腕輪が光る。小官がやるべきことはただ一つ。


 手を伸ばし、魔法陣を宙に描く。


「…トワイライト…」


 突如上空から現れた光の矢が遠く離れた所へと落ちた。それはまるで夜に流れる流れ星のようでも、あるいは真昼の日差しのようでもあった。


 その間、僅か数秒。その光の矢が降り注いだ場所には、何もなかった。


 魔獣も、魔術師も、戦争も。


【対象の消滅を確認。任務の完了を確認。コードネーム"ワン"の魔力抑制を試行。ロック】

「ロック」

【完了。帰還せよ。繰り返す、帰還せよ】


 小官の任務が終了した。さて、帰ろうか。


 ーーー腹減ったなぁ。


「テレポート」


 その日、この場所で起こったことは、誰も知る事はない。











 この世界は、高度に発達していた。ありとあらゆる人や動物は魔法と呼ばれる技術を使い、文明を築いている。


 それは、このヤポニャ皇帝国でも例外ではなかった。皇帝と呼ばれる最高権力者によって、先進した国としてこの世界に名を馳せる大国である。


 皇帝陛下は偉大な魔法師であり、ヤポニャの魔法の父とも言われる存在だ。


 それを支えるのが、皇帝の縁者である"皇族"と高度な魔法技術を持つ五つの"華族"である。


 表向きは、な。光があれば闇があるように、表があれば裏がある。


 ーーー裏は、表にはなり得ない。


「ファース!いよいよだな!入学試験!」

「…特務武官!これは失礼を」


 任務を終え、郊外にある地下施設にて消毒入浴を済ませた時、バシン!といきなり小官の背中を叩いた人がいる。


 小官の上官にあたるクラウス・ジャポナ特務武官であった。慌てて小官は胸に手を当て敬礼する。特務武官は、サラサラの金髪と皇帝陛下譲りの紫の高貴な瞳を持つ優秀で尊敬できるお方だ。


「おいおいファース、敬礼とか要らんから!あっはっは」

「はっ」

「相変わらず固いんだよなぁ…さあ早く着替えて行ってこい!もう話はつけてある。適当でも受かっから!あははは」

「はっ!小官なりに頑張ります」

「あははっ、その小官って言う癖直しとけよ〜」


 この国では十八歳になると、魔法を学ぶための学校への入学が義務化されている。それは現時点で十七歳である小官でも例外はない。


 と言っても、この国の魔法学校は一つだけなので入学試験もクソもない。入学試験でたとえ魔法が使えなかったとしても、入学は出来る。


 小官は特務武官に言われた通り私服に着替えて、街に出るために転移魔法陣に乗った。


 ヤポニャ皇帝国の首都トウキはそのほとんどが魔法で出来ていると言っていい。あちこちに魔法陣があって移動は便利だし、身体強化して街を駆け抜けたって誰も気にしない。


 まぁ、小官も例にもれず転移陣で『ヤポニャ皇立魔法大学』の前までやってきたわけである。


「入学試験を受ける方はこちらでーす!受験番号を受け取ったら試験会場へ向かってくださーい!」


 試験は筆記に面接に…魔力測定と実技。


 小官は筆記試験を受け、希望する学科を決めて実技だ。ドキドキしながら、小官の番を待つ。


「次、君はぁ…"分析科"希望か。はぁー、じゃあ魔力測定して。魔力は…12!実技はいいよ。どうせできないでしょ?」

「は、はぁ…」

「はい次の人〜」


 呆気なかった。それどころか面接すらなかった。聞いてはいたが、酷い扱いだなぁ。


 学科は五つに分かれている。魔力や魔法技術共に最高峰である者達が選ばれる「高度魔法科」と一般生徒が入る「普通魔法科」、ほかに「回復魔法科」「魔道具科」「研究科」がある。


 そして…魔法を使うことが苦手な学生が入る「分析科」である。実は六つの学科があるが、ないことにされている。


 魔法を使えない人の未来は、軍か企業の事務員になることしかない。それはこの国では底辺を意味する。


 周りの生徒がひそひそと小官を笑っているのがなかなか残酷だ。


 でもいいのだ。小官の夢は、何を隠そう軍の「文官」になることなのだから。


「おい見ろよ!"皇族"様に決闘を申し込んだ奴がいるらしいぞ!?」

「マジか!!行こうぜ!!」

「きゃーっ!皇子(おうじ)よぉお!!!」


 入学試験で揉め事らしい。あちこちから入学試験を終えた人たちが出歯亀をしようと集まってきた。


 そういえば任務から帰ってきてから何も食べてないな。お腹空いたし、どこかに食べにでも行くか。


 そんな時、人垣の中心から慣れ親しんだ声がした。


「ふざけるな!"華族"であるクロユリ家の僕が普通科だと?!」

「華族とか関係ある?うちの学校は実力至上主義、それ以外に理由なんてないよ」

「ぐっ、貴様ァ!!ハイクラスだからと胡座をかいているなら痛い目を見るぞ!!」

「んも〜…まぁ()を見てわからない程度の家ならしょうがないのかなぁ……ま、いいよ?勝負しようか?」


 あれ。クラウス特務武官じゃないか?そうか、生徒会長だから入学試験の様子を見にきていたのか。


 クラウス特務武官、いやクラウス殿下はこの国の皇子でありこの大学二年生にして最強と言われる。高度魔法科(ハイクラス)の大学主席を獲得している逸材だ。


 特務武官は心底面倒そうにしながらも、勝負にのるつもりらしい。このクロユリとかいう奴、とてもではないが勝ち目はないな。


 小官はそそくさとその場を離れることにした。


「あ、あああのっ!」


 校門まで行くと、いきなり見知らぬ人に話しかけられる。


 瓶底眼鏡とキャラメル色の三つ編みが可愛い女生徒のようだ。女の子と話すのが久しぶりすぎてドキドキする。


「さっき聞こえたんですけど、分析科志望なんですか?!」

「え、はい小か…俺は魔法が使えないので」

「や、やったぁあ!!!嬉しいですぅう!!!」


 いけない、小官と言おうとしてしまった!慌てて一人称を俺に変えた。


 その女生徒は、たゆんたゆんと服の上からもわかるおっぱ…胸を揺らしながら俺の手を握ってぴょんぴょん飛んだ。なんだこの可愛い生物は?


 しばらくぴょんぴょんしていた女生徒はハッと気がついて、顔を真っ赤にしながら手を離した。


「ご、ごめんなさい。嬉しくってつい…」

「いえ、眼福でした…」

「眼福…?あっそうでした!私、アナスタシア・オウカです。私も分析科志望なんですッ」

「えっ本当に?一緒ですね!」


 アナスタシアさんというらしい。オウカって珍しい名前だな。


 分析科は、希望する人も少ない上にそもそも今のこの国には魔法が使えない人がほとんど居ないのが現状だ。そのため、分析科は大体一学年に一人居るか居ないかだと聞いている。


 でも妙だな。アナスタシアさんには魔力があるように見えるけどな?


「私、魔力は有るんですけど、実は魔法が使えないんです」

「そうなんですね。俺は魔力がほとんどないんです」

「そっか〜えへへ!分析科に同級生がいるなんて思ってもいなかったので、とても嬉しくって!」

「俺もですよ」


 ぱああ、と嬉しそうにアナスタシアさんが笑うので、俺もつられてふふふ、と笑ってしまう。


 そんな話をしながら、俺たちは魔術陣乗り場まで向かうことにした。


「へー、ファースさんっていうんですね!」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ!」


 アナスタシアさんはニコニコと俺の隣を歩いている。なんだか恋人みたいでちょっと恥ずかしいような。


 俺は恥ずかしさから、空を見上げて誤魔化すことにした。


「ーーーッ!」


 その時、突如警報が鳴った。ウゥゥゥ!という嫌な警報音。


【緊急速報、緊急速報!市民の皆様は至急避難してください。災害レベル魔獣の出現が確認されました。繰り返します、市民の皆様は…】


 上空には、まるで雲の様にゆったりと飛行するクジラに似た魔獣がいた。


「警報?!逃げないとッ」

「…SS級のソラクジラか…ま、特務武官がやるだろうし…」

「ファースさん?!何ぶつぶつ言ってるんですか!早く校内に戻りましょう!!」

「えっ、あ、ああ。そうでしたね。行きましょう!」


 俺たちは警報に従って、恐らくこの辺りで一番安全であろうこの学校の校内に戻ることにした。他の生徒たちも急いで戻っている。


 いつの時代からか。有史以来、人間はそれらと戦っている。


 不思議なことに、この世界に自然に発生する魔獣と呼ばれるモンスターが時折こうして都市を襲ってくる。


 とはいえ、ここ数百年この国が攻撃されたことはない。それはこの国の魔法使い達が昼夜問わず市民を守っていることに他ならないだろう。


 ドゥン、ドゥン、と鈍い音が聞こえる。どうやら戦闘が始まったらしい。


「は〜、よかった。校内は安全ですからっ」

「ああ、本当ですね。お互い無事で何より」


 大学校内には強力な保護魔術陣が敷かれているため、シェルターとしての機能がある。アナスタシアさんはそのことをちゃんと知っていたようだ。


 生徒達は体育館に集められ、身を寄せてじっとしている。もちろん、俺たちもだ。


 しかし、無慈悲にも軍から配給された魔法通信端末マジフォンが震えた。


〈屋上〉


 ただそれだけの文章。それだけで、()()任務が始まったことを俺は理解した。


「アナスタシアさん、俺トイレに行ってきます」

「はい〜私はここにいますから」

「では」


 アナスタシアさんは俺が体育館から出ても心配していないようだった。校内にいれば大丈夫だと思っているのだろう。楽観的だと言いたくなるが、今はそれがありがたく感じる。


 次々に体育館に入ってくる生徒達に逆らうように、俺は屋上へと駆け上がる。


 屋上への扉の前には。


「カサブランカ大尉ッ!」

「ファース特務官。校内では先生と呼ぶように。さぁ行って」

「はっ!」


 白衣を着た青年。ジェイク・カサブランカ大尉だ。軍に所属はしているが普段は教師として魔法を教えている。俺にとっては上官であり先生である。


 屋上は既に軍による拠点が展開されたと考えていいだろう。


 俺はカサブランカ大尉に敬礼し、屋上への扉を開けた。


 葉巻を咥えてぼーっと空を眺めているのは、俺の唯一にして絶対の司令塔ホワイト・ローズ特別将軍。通称"ビッグ・マム"。ピンク色のポニーテールが風に靡いて揺らめいた。


「ファース、現着しました」

「うーす。お仕事ですよーベイビー」

「イエスマム!」


 特務武官や学校の華族たちが上空で強力な魔法を放ちまくっているのが見える。


 それほど俺が必要な状況には見えないが。


「じきにデカブツが落ちる」

「はっ」

「"張れ"」

「…イエス、マム」


 俺が許されているのは、肯定の返事のみ。


 左手につけている魔法通信端末マジフォンに付いたスイッチをカチリと押す。


【フォーム:ウィザード 起動!認証者を選択してください】


 ブゥン、と端末から音がし、俺の服が黒い光学スーツに一瞬で切り替わる。


 相変わらずぼーっと空を見ているローズ特別将軍は、俺を見ることもなく言った。


「認証コード、ホワイト・ローズ」

【声帯認証、確認しました。強制魔力抑制、解除】


 その瞬間、俺の()()()()()()の魔力が爆発的に膨れ上がった。


 俺の魔力は膨大だ。そのため、軍によって俺の魔力は制御されている。裏方はあくまでも裏方でなくてはならない。


 上空で戦っていた魔法使い達が一斉に、俺を見た。笑顔、驚きの顔、苦々しい顔、真顔、反応は様々だった。しかし、彼らはすぐに魔獣に再び攻撃し始める。


 俺も、俺の任務を遂行する。


「第一魔法陣展開。第二魔法陣展開。範囲指定トウキ全域。第三魔法陣。付与魔法陣による物理強化、展開」


 魔法陣による魔法の展開。現代では図を書くという非効率さから倦厭されつつあるが、基礎の基礎たるこれこそが魔法だと思う。


 トウキ全域を包む為にトウキの端から端まで大きな魔法陣を描く。更に、壊れにくいように物理的に強くした。


「…半径百キロ規模の作陣に約1秒。化け物め…」

「第四魔法陣、展開…第五魔法陣…展開!」


 すっ、と人差し指を上空に向け、魔力を放出する。


「…アルティマ・バリア」


 キィン、と音を立てて魔法陣が光る。薄緑色の分厚い結界がトウキの空を覆った。


 任務完了。


「ご苦労、ベイビー」

「はっ!光栄です」

「拡声魔法てんかーい。…こちら"R"、対象の墜落を許可する。繰り返す。さっさと排除しろ」


 ホワイト・ローズ特別将軍は胸ポケットから年季の入った杖を取り出して、くるくると魔術陣を宙図した。


 展開したのは、広範囲に声を届けるための魔法だ。


 その声の直後、空に浮かんだ巨大な魔獣は…クラウス特務武官の魔法によって無惨にも切り刻まれ、巨大な雹のようにトウキに降り注ぐ。


 しかしその雹がトウキに降ることは、()()()()


「諸君、ご苦労。学生は学校に戻って構わんぞ。一般兵!残骸の回収を急がせろ」

「イ、イエスマム!」


 ホワイト・ローズ特別将軍は素早く待機中の兵士達に指示を飛ばす。


 そして、今日初めて俺を見た。


「ベイビーもご苦労さん。んで、バリアはどのくらい持つ?」

「1時間といったところでしょう」

「充分だ。さてと…ファースの魔力を抑制。ロック」

「ロック」

「行っていいぞ」


 その言葉と同時に、俺の服が元あった服に戻る。魔力も一気に最低限に戻った。


 次にホワイト・ローズ特別将軍を見た時、そこには既に葉巻の煙しか残っていなかった。相変わらず忙しい人だ。


 さてと、体育館に戻ろうか。アナスタシアさんが待ってるしな。急いで体育館へ向かうと、まだ生徒たちは警報が解除されるのを待っているようだった。


 すすす、と人を避けてアナスタシアさんの元に戻った。


「ファースさん!戻ってこないからお腹を壊してるかと心配していたんですよぉ〜」

「…い、いやぁ、ずっと入り口らへんに居たんですよ」

「あっ確かに!ぎゅうぎゅうですから、戻るのも大変でしたよね!」

「そ、そうなんですよ!」


 危うく大便男に認定されるところだった…危ない危ない。


 五分後、警報は解除された。それに伴い、俺たちも漸く帰宅することが出来そうだ。


「また入学式で!」

「ええ。またアナスタシアさんに会えるのを楽しみにしてます」

「えへへ!私もですぅ〜!」


 互いに転移魔法陣乗り場で別れた。


 そうして俺はやっと軍に与えられた家に戻ることができたのだ。


 ほっと一息ついた時、またもやマジフォンが震えた。嫌な予感がする。


<会議>


 やれやれ、今日は忙しいな。


 グギュルルと盛大に腹の虫が鳴いて、空腹を伝えてくる。そういえば今日は一日何も食べてない。


「腹減った…」


 悲しいかな、そんな暇はない。ため息をつきながら、俺はいつものように裏方小官になるのであった。


閲覧ありがとうございました。

これはハイファンタジーでしょうか…それともローファンタジーでしょうか…

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