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古事記 〜神々の物語〜  作者: 野月 静
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アマテラスとスサノヲ

 葦原の中つ国を追い出されたスサノヲは勢いよく空を駆け上がっていた。あのスサノヲが全速力で移動しているものだから、周囲の木々や川の水は轟音を発した。

 さて、どうしてスサノヲは母のいる地下ではなく天界を目指しているのかと言うと、姉であるアマテラスに暇乞いをしてから母の元へ行こうと考えたためである。




 ゴゴゴゴゴゴゴ……!

 すさまじい轟音に、アマテラスはただ事ではないことを察した。執務の手を止めて立ち上がる。


「何事ですか!?」


 アマテラスの問いかけに、一人の側近が「確認してまいります」と素早く部屋を出る。アマテラスは必死に冷静を保っているが、徐々に大きくなる音に不安は増すばかりだ。

 まもなくして冷静を失った側近が戻ってきた。


「アマテラス様、スサノヲ様が勢いよくこちらに向かってきております。この轟音は彼によって生まれているようです」

「スサノヲが?」


 スサノヲが海を放りだしてこちらに来る理由など、一つしかありません。きっと、わたくしが治める高天ヶ原を奪おうとしているのでしょう。


 そう思ったアマテラスは、側仕えによって美しく結い上げられていた髪をほどき、自ら角髪(みずら)に結いなおした。着替える余裕は無いので、襷で袖が邪魔にならないようにする。そして、胴には鎧をつけ、背には千本の矢が入った矢入れを、胸には五百本の矢が入った矢入れを掛けた。さらに、左右の角髪と手に沢山の勾玉が付いている玉飾りを付ける。最後に、左の腕に竹の(とも)を付け、強弓を手にとり、雄々(おお)しくスサノヲが登場するのを待った。



 然程待つことなく、スサノヲは勢いよくアマテラスの前に現れた。姉の男らしい格好に、かなり面食らったようだが、アマテラスはそのような事は意にも介さず問いただした。


「どういう訳があって、わたくしの治める高天ヶ原へ来たのかしら?」


 アマテラスの雰囲気や語気から、誤解されているという事をスサノヲは察した。


「姉上、私は別に姉上に背く邪心などございません。私がここへ来たのは、今から母上の元へ行こうと思うのですが、その経緯をお話しさせていただくためでございます。本当に、姉上に逆らう気など、全くありません」


 スサノヲの眼は真剣なものであったが、アマテラスは未だ信じられないようだった。


「そのような事、口だけなら何とでも言えましょう。本当に、あなたの言う通りなのでしょうか」


 スサノヲは、アマテラスの返事に軽く目を見開いた。実の弟を、普通ここまで疑うだろうか。

 しかし、どうにかして信じてもらわなければ、アマテラスの恰好からして争いが起こってしまうのは明らかだ。姉と戦うために来たわけではないのだから、スサノヲは自分の言ったことを信じてもらう必要がある。


「姉上。そこまで私を信じられないというのならば、誓約(うけい)をして子を産み、正邪を判断するのはいかがでしょう」

「なるほど。では習わし通りにあなたが女性を生むことが出来たら、先程の言葉を信じましょう」


 アマテラスとスサノヲは、お互いの所持品を物実(ものざね)にすることにした。

 そして、アマテラスはスサノヲの十拳の剣(とつかのつるぎ)から、タキリビメ、イチキシマヒメ、タキツヒメの三柱の女神を生んだ。

 一方のスサノヲは、アマテラスの八尺の勾玉(やさかのまがたま)から、アマノオシホミミら五柱の男神を生んだ。


「あら、あなた。あなたの子らは皆、男ですね。つまり……」

「姉上、お忘れですか?」


 姉上が子を生み出す時にお使いになったその剣は、私のものです。つまり、その三柱の女神は私の子。そして、姉上の勾玉から生まれた五柱の男神が、姉上のお子でございます。


 少し間が開いて、アマテラスは思い出した。まだ幼かった頃に側近たちに教えてもらった事を。


 誓約で大切なのは、物実の所持者であるのだ。


 例えば、今回アマテラスが三柱の女神を生み出すのに使った剣は、アマテラスのものではなくスサノヲの持ち物である。その場合、生み出したものが親となるのではなく、生み出す時に使われたものの所持者が親となる。その為、今回の誓約の結果は、スサノヲが(・・・・・)女神を生み出したので、スサノヲの言っていたことは正しい、という事だ。


「姉上、これは……」

「わかっていますよ。誓約の結果です。私は、先程の貴方の言い分を信じましょう」


 そう、アマテラスが言うと、スサノヲがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、アマテラスは幼い弟を思い出して、懐かしくなった。


「スサノヲ。せっかく高天ヶ原まで来たのだから、しばらくゆっくりしていきなさい」

「良いのですか!?」


 末っ子らしく甘えん坊で寂しがりやなスサノヲは、アマテラスからのその提案を素直に受け入れた。



 しかし、それからスサノヲは高天ヶ原でやりたい放題に暴れまわりだした。


「アマテラス様、スサノヲ様が田の畔を壊していらっしゃいます!」

「いえ、きっとスサノヲは田を耕してくれていたのです。その時に、畔との区別がつかなくなってしまい、結果として畔を破壊したように見えたのでしょう」


「アマテラス様、スサノヲ様が今度は田に水を引く水路を止めてしまわれました……!」

「きっとスサノヲは、為を植える場所を増やそうとしてくれていたのよ。さすが、わたくしのおとうとですね。民の事をよく考えてくれています」


「アマテラス様! スサノヲ様が大嘗祭の御殿で排泄されました……‼」

「あらあら、きっとお酒を飲み過ぎてしまって吐いたのね。今後はお酒を飲み過ないように注意しておきましょう。申し訳ないけれど、清掃を頼んでもいいかしら?」


 側近と、何度このようなやり取りをしたかしれない。

 繰り返されるスサノヲのいたずら(・・・・)だが、誓約での結果がある以上、強く咎めることはできない。だから、アマテラスは姉として、弟の暴挙を、最高神という権力を使いつつTも庇ってきた。

 しかし、それにもそろそろ疲れてくる。何事にも、限界というものはある。



「アマテラス様、少しお顔の色が優れないようですが。少し休まれてはいかがでしょうか」


 そう言われたのは、天つ神に献上するための衣を織るため服織屋(はたおりや)に出向いた時だった。アマテラスが入ってくると、一人の服織女(はたおりめ)が軽く顔を覗き込んできたのである。


 ここ数日のスサノヲの行いも、それをアマテラスが必死に庇っていることを、高天ヶ原にいる者たちは知っている。今日はまだ何も起きていないが、蓄積された疲れは、もう隠しきれない程になっていた。


 服織女の提案に側仕えが同意するように頷いているのが、アマテラスは視界の端で見た。けれど、これも大切な仕事だ。


「気遣いをありがとうございます。わたくしは大丈夫です」


 そう返してアマテラスが衣を織り始めると、服織女たちもそれぞれの仕事にとりかかった。



 服織屋が天井から崩れたのは、少し経っての事だった。

スサノヲは、誓約によって「アマテラスに背く邪心は無い」というものが証明されたのを良いことに、やりたい放題やっています。

実の弟とはいえ、庇うのに疲れてきたアマテラス姉さん。


次は有名なお話、「天の岩屋戸籠り」です。

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