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古事記 〜神々の物語〜  作者: 野月 静
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別れ

 それから二人は、さらに六つの島を生み、国生みを終えた。そして今度は次々と神々を生んだ。その数なんと三十五柱。きっと、国を回すにはもう問題はないだろう。しかし、彼らはまだ子を求める。

 正直な話、はじめの方に生まれた子達はとっくに家を出て独り立ちをしている。そのくらい長い間子を成している。


 そして現在、イザナミは火の神 ヒノカグツチを身籠っている。見ればもう直ぐ生まれるとわかるほど、イザナミのお腹は大きくなっていた。


「元気に生まれてきてくださいませ。母はそれだけで十分です」


 イザナミは何度も何度もお腹の中の子に話しかける。くるりと自分の中で動くのを感じると、とても幸せな気持ちになる。

 イザナギは自分の中に別の人間が宿っていて、さらにそれが動く感覚など想像もできないが、神秘的な事であることはわかった。しかし、自分の相手をせず、子供ばかりなのは少々つまらない。今でこそ、数多の子供たちに囲まれていて、寂しさなどあまり感じなくなったが、はじめは孤独感や疎外感を感じたものだった。それのせいでイザナミにちょっかいを出しすぎて鬼の形相で怒られたのは、無かったことにしておく。



 そしてある日。

 遂にイザナミは産気づいて、イザナギや子供達に支えられながら出産が行われる出産小屋へ向かった。出産小屋は、イザナミの出産がある程度近くなった頃に、子供達の手を借りながらイザナギが造ったものだ。


「出産小屋に……殿方は、入れません」


 イザナミは、苦しげな呼吸の中でイザナギや男の子供達に言う。そして、イザナミは旦那と男の子供達が一歩下がったのを確認してから、女の子供達を伴っておぼつかない脚で小屋へと入っていった。


 大丈夫だろうと思っていても、イザナギは不安で不安で仕方がなかった。新しい子に会える喜びよりも、イザナミが無事で小屋から出てくるまでは、不安の方が何倍も大きいのだ。何度経験しても、この感情にはなれることはないし、寧ろ慣れてはいけないものである。


 「母上は、大丈夫ですよね?」と、言う子供達を抱き寄せながら、イザナギは母子ともに無事にお産が終わることを祈った。



 すると……――


「おぎゃあ!」

「きゃああぁ!」

「お母様!」


 赤子の泣き声はあって当然だが、その後のイザナミの叫び声と、焦りを含んだ娘達の大きな声は想定外だった。子供達にここで待っていろと口早に言ってから、彼女達が出てくるより先に小屋に飛び込む。


 小屋の中には体に火をまとう赤子と至る所に火傷を負ったイザナミ、そしてどうしていいのかわからずオロオロとしている我が子たちがいた。


「イザナミ!」


 イザナギは近くにあった布を濡らし、イザナミの火傷を冷やしつつ、近くにいる子供達に布と氷水を持ってくるように指示を出す。


 妻の手当てをしつつ、イザナギは生まれたばかりの我が子を睨みつけた。少しずつ成長しているのが遠巻きにでもわかり、それに伴って、己の力も制御できるようになったのだろう。徐々に炎が小さくなっていくのが伺えた。


 しかし、イザナギの怒りが小さくなることはなかった。寧ろ大きくなる一方だ。


 けれども彼は大人で、目の前で苦しんでいる人の伴侶で、ここにいる子達の父親だ。怒りを心の奥底にやり、小さい子供達と外にいる男の子供達、そして彼らの世話係として年長の子供には先に宮殿に帰るように言う。女の子の数人には、イザナミの寝室を整えておくように言って、残りの子達と手当てを続ける。


「イザナミ。大丈夫だからね。大丈夫」


 イザナミやこの場にいる子供達に……いや。自分自身に言い聞かせるように、イザナギは「大丈夫」という言葉を繰り返した。しかしイザナミは苦しそうに息をするだけで、イザナギの言葉に返事は無い。


 彼女は神だ。そう簡単に死にはしない。そう、信じながら。


 しかしこの世の中、思い通りに行くことばかりではない。



 イザナミの体調はみるみる悪くなっていく。高い熱が出て、食欲もどんどんなくなっていく。イザナギはだんだん不安になってきた。もしかしたら、イザナミはこのまま……。いや、そのようなことはない。絶対に、ありえない。イザナギは良いことも悪いことも、全部考える暇が無い程にイザナミに付き添い、看病をした。



 それでも、イザナミの体調は良くならない。


「イザナミ。早く良くなって。僕たちの国造りはまだ始まったばかりじゃないか……。まだまだ神を産もうよ。もっと……もっとこの地を賑やかにしようよ……」


 自ずと目から涙が零れた。イザナギが握ったイザナミの手が、軽く彼の手を握り返す。

 直後。いきなりイザナミが起き上がったかと思うと、勢いよく吐いた。


 イザナギは驚いた。


 嘔吐はここ数日続いていて、そのことに対しては彼はもう驚かない。驚いたのは、彼女の吐瀉物(としゃぶつ)から神々が誕生したことに対してだった。


 それを見てイザナギはついさっきの自分の発言を強く後悔した。

 自分の気持ちを一方的に押し付けて、そして愛する人を追い詰める。何て自分は馬鹿なのだろうか。


「ごめんイザナミ。ごめんね違うんだ……ごめん。今は良いよ。神なんか、産まなくていい。こうやって子供たちが増えても、君が元気じゃなきゃ意味が無いんだよ。虚しいだけだ……だから、今は、いいんだよ」


 それでもイザナミは自分の吐瀉物から、排泄物から、神を生む。それから数日経ち……


イザナミは、イザナギや子供たちの看病のかいなく、静かに息を引き取った。



     ❇︎



 何も考えられない。何も手に着かない。何も、したくない。


 母を亡くして悲しむ子供たちを、自分は父親として慰めなければならない。


 そう解っていても、力が湧いてこないのだ。一日が非常に長く感じる。「死」というものを始めて目の当たりにし、愛する人が側にいない事の残酷さを知った。


 家にいると、イザナミとの時間が思い起こされる。それが辛く苦しくて、イザナギは一日のほとんどを外で過ごした。それも、イザナミと過ごしたことのない所で。


 そこで、ただただ時間が過ぎるのを待つ。暇ではない。それさえもイザナギにとっては苦痛の時間なのだ。



 その日もただ座ってぼうっとしていた。

 すると、背後から「父上……」と声をかけられた。

 その声色だけで平常心で居られなくなる。

 イザナギが振り向くと。ああ、やはり。そこには事の元凶であるヒノカグツチが立っていた。


「今更何用だ。よく、私に声をかけられたな……私は其方の事を思い出すまいとしているというのに!」


 悪意しか感じ取れない瞳を、そして聞いたことの無い程低い声を父親に向けられたヒノカグツチは本能的に察した。ああ自分はこの人に殺される、と。この場から一秒でも早く逃げなくては。そう思っているのに。


 足が全く動かない。目も、閉じたいのに、閉じられない。ヒノカグツチが最期に見たものは、剣を振りかぶり、自分に向かってくる父親だった。



 イザナギは無心で剣を振った。細かく、細かく、無心で切った。我に帰ると、足元にはバラバラになった我が子と、さらにそこから成り出る新たな神がいた。その光景のせいではなく、自分がした事の重大さに気付き、足の力が抜け、イザナギはその場にへたり込んだ。


 イザナミとの最後の我が子を、自らの手で殺めたのだ。このようなことをして、一体だれが喜ぶというのだろう。少なくとも、イザナミは決して喜ばない。きっと、イザナギに失望する。


 少し離れた物陰で、様子を見ていたのだろう。青ざめていたり、泣き崩れていたりする子ども達が見えた。


 父親として、最悪だ。そう溜息を吐いたイザナギの元へ、一人近づいてきた。


「お父様」


 お父様、と呼ばれる資格など自分にはない。


 そう思ったイザナギは、その言葉を無視する。比較的はじめに生まれた娘だ。敢えてイザナギが無視をしていることも、その理由もわかっているだろうに、懲りずに彼女は呼ぶ。「お父様。……何があろうと、貴方はわたくしの父です。その事実は変わりません。どうか、どうか返事をしてくださいませ」


 声にある力に負けて、イザナギは力無く返す。


「……なんだ」

「実は、数日前。高天ヶ原からカムムスビ様がいらっしゃいまして……そして、このようなことをおっしゃったのです」


 死者は地下の国である黄泉の国へと向かいます。黄泉比良坂(よもつひらさか)を下ると行けるそうですが、真実は我にはわかりません。ああ、そうそう。どうやら、黄泉の国の住人となるための儀式があるようで、それを終えると高天ヶ原や葦原の中つ国には戻れないようですよ。



     ❇︎



 黄泉比良坂は人気(ひとけ)のなく、少しわかりにくい所にあった。娘からカムムスビの伝言を聞いたイザナギはすぐに駆けだしたのだった。


 少し恐怖を感じたが、この先に愛する妻がいる。その事実がイザナギの背中を強く押した。


 意を決して、イザナギは一歩を踏み出し、黄泉の国へ下っていった。

思ったより長くなってしまったので、一旦ここで切ります。

次こそ黄泉の国に行きましょう。


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