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古事記 〜神々の物語〜  作者: 野月 静
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草薙剣と須賀

 さて、翁たちの脅威となっていたオロチを倒したはいいが、このオロチの亡骸をこのままにしておくわけにもいかない。


 埋葬するのか、焼いてしまうのか。選択肢はいくつかあるが、いずれにせよこの大きさの体を人間が動かすのは無理がある。



「取り敢えず、複数人で運べるくらいの大きさに切り裂くか」


 そう言って、スサノヲはまずオロチの八つの首を切り落とし、次に尾を切り始める。


 すると、ガキンッと刀が何か他の硬いものに当たった。不思議に思ったスサノヲは一旦刀を抜いてみる。よく刀を見ると、なんと刃が欠けているではないか。


 何に当たったのだろうと疑問に思い、スサノヲは欠けた刀でオロチノそこを割いてみた。


「な、何だこれは……」


 なんと、オロチの中から刃渡りの長い刀がでてきたのだ。先程スサノヲの刀に当たったのは、間違いなくこの刀だろう。


 しかし、何という事だろう。当たったことでスサノヲの刀は欠けてしまったというのに、こちらの刀は傷すらついていない様に見える。相当硬い素材で作られた刀であることがわかり、同時に相当高価なものであることもわかった。


 これは、自分が所有しておくべきものではない。


 直感でそうスサノヲはそう思った。自分なんかより身分が高い者こそ、これを所有するのにふさわしい。そう思ってスサノヲが思い浮かべられたのは一人しかいない。


 アマテラスだ。


 スサノヲは姉であるアマテラスにこの刀を献上することに決めた。


 オロチの後始末を終えたスサノヲは側仕えを呼び、アマテラスに面会を申し込むように指示をした。実の弟とはいえ、スサノヲは高天ヶ原(たかまがはら)を追放された身だ。突然の訪問を歓迎されるとは思えない。


 側仕えに指示を出したスサノヲは、今度は翁たちのもとへ向かう。


「翁よ。クシナダと結婚すると言ったが、まだ住まうところが準備できない。一生住む宮殿になろう。場所はしっかりと選定したいのだ。だから、すまぬがしばらく私も其方らの家にいても良いだろうか?」

「もちろんでございます。すぐに客間を準備いたします」


 そう言うと、老夫婦は数人従えて家へ戻っていった。


 彼らを見送って、最後にスサノヲはクシナダに視線を戻した。変わらず彼女はスサノヲにしがみつくように抱きついている。


「私はこれからも君を守る」

「ふふ。心強いお言葉ですね。けれど、守られてばかりでいるわけにはまいりません。わたくしも、貴方をお守りいたします」



  ***



 アマテラスは、側仕えに連れられて客間に向かっていた。今日は、スサノヲとの面会の日だ。


 例の件からさほど時間は経っていないが、「面会の予約を取る」ということができるようになっていることから、彼の成長がうかがえる。しかし、短期間でここまでの変化が現れたスサノヲに、アマテラスは正直驚きを隠せない。


 それは、今はアマテラスに仕えている別天(ことあま)(かみ)のひとりであるタカミムスビも同じようだった。


 スサノヲの仕えが高天ヶ原に来て面会を申請してきた時から数日が経っているが、その日から今日まで彼の振ってくる話題の大半はスサノヲのことになってしまった。最終的にこちらを油断させて追放を撤回させる気ではないか、とスサノヲに疑いをかけている。


「流石にそれはないと思いますけれど……」

「アマテラス様は甘いですよ。身内だと仕方ないのかも知れませんが」


 あの時、スサノヲの行いに目を瞑っていた自分を思い出し、アマテラスは言い返せず黙り込む。


 気付けば客間に着いたようで、タカミムスビは一つ息を吐き、アマテラスに言う。


「今回は、甘さはいりませんからね。貴女は最高神でいらっしゃいます。その事を、どうかお忘れなきよう」


 そう言って、タカミムスビは扉を開けた。


 アマテラスは促されるまま、入室する。


 スサノヲは静かに席に座っていて、アマテラスが入室するやいなや立ち上がり(こうべ)()れた。


「久方振りにお目にかかります、姉上」


 あまりの礼儀の良さに、アマテラスは視界の端にいるタカミムスビが軽く目を見張って固まったのを見る。そしてアマテラス自身も、彼の変化にある意味不安を覚えた。


 アマテラスは努めて表情に感情が浮かばないようにしながら微笑み、スサノヲに言う。


「ええ、久しぶりですね、スサノヲ。本日はどのような要件ですか?」


 その言葉に、スサノヲは誇らしげな笑みを浮かべながら刀を取り出そうとした。


 その彼の動きに素早く反応して、アマテラスの護衛達が彼女を守るように一歩前に出て、それぞれ刀を構える。


「あ、いや、違います! この刀を、姉上に献上しようと……!」


 刃先を向けられたスサノヲはかなり慌てた様子で弁明しつつ、刀を鞘に入れたままアマテラスの前に差し出した。


 アマテラスはさっと手を振り、護衛達を下がらせる。


「非常に立派な刀のようだけれど、これはどこで手に入れたのかしら?」


 アマテラスの問いかけに、スサノヲは誇らしげに語り始めた。




「そう。貴方の強さを正しく使ったのね」


 スサノヲは姉の言葉にニッと笑って頷く。


「貴方のやった事を無かったことにはできないし、もちろん高天ヶ原にこの先置いておくこともできない」


 客間に少し重たい空気が流れた。スサノヲは、それまで真っ直ぐに姉に向けていた視線を、少し落とす。


 アマテラスは当然の事実を述べているだけだが、その内容が厳しいものなのだ。


「けれど、貴方がわたくしの弟である事もまた、変わらない事実です。わたくしは、貴方のこれからが明るいものになる事を祈っています。クシナダと、仲良くするのよ」


 アマテラスは、微笑んでそれだけ言うと、タカミムスビに目で合図をして立ち上がる。そのまま一切振り向かず、客間を後にした。


 恐らく、スサノヲを会う事はこの先ないだろう。それは、アマテラスはもちろん、スサノヲやタカミムスビを始めとする皆がわかっていた。


 一度立ち止まってしまうと、ましてや振り返ってもう一度弟を見てしまうと、離れ難くなってしまう。


 だから、ここは最高神らしく凛々しさを纏って立ち去らなくては。


 タカミムスビにだけは主のその心境が伝わったのだろう。少し硬い表情を軽く俯かせた。



  ***



 高天ヶ原から戻ってきたと思ったら、また数日行方をくらませた夫は、恐らく隠し事が苦手である。


 クシナダはじとっと疑いで一杯の視線を夫であるスサノヲにむけているところだ。


 早速他の女に心が向いてしまっているのだろうか。別に一夫一妻と決まっているわけではないし、複数の妻を持つ男も珍しくはない。加えて自分達の馴れ初めは一目惚れである。スサノヲが惚れやすい男である可能性は否めない。


 あれこれと言いながら鋭い視線を向け続けていると、スサノヲが降参だというように両手を挙げた。


「わかった。本当の事を教えるから、これ以上は勘弁してくれ」


 そう言うとスサノヲは袖から帯状の布を取り出し、クシナダの目を覆うようにして巻きつけた。


「ちょ……何ですか!?」

「まあまあ。怖い事はない。行くぞ」

「視界を奪われるというのは十分に怖いことですけれど!?」


 ぎゃいぎゃいと言い合う二人を、翁たちは笑顔で見送っていたことなど、クシナダがわかるはずもない。




「着いたぞ」


 それだけ言うと、スサノヲはクシナダに付けていた布を取る。突如明るくなった視界に目が眩み、クシナダは反射で強く目を瞑る。


 徐々に目が光に慣れてそっと目を開く。ざあっと風が草花を鳴らす。


八雲(やぐも)立つ 出雲八重垣(いずもやえがき) 妻籠(つまご)みに  八重垣作る  その八重垣を」

「え?」

「良い歌だろう」


 スサノヲは得意げな表情を浮かべている。


「ここは出雲だ。この土地に辿り着いた時、私は清々しい気持ちになった。そこで、私はここを『須賀(すが)』と名付けた」

「清々しい気持ちはなったから、須賀……」


 率直すぎる名付けに突っ込みたくなったが、何となくそういうところに彼らしさを感じて、クシナダは黙り込む。


「こここそ、我々の宮殿を建てるのにふさわしい場所だと思わぬか?」


 疑問形ではあるが、既に目の前には立派な宮殿が建っている。


「クシナダ。これから末永くよろしく頼む」


 歯を見せて豪華に笑う笑顔はあの時「君のことは、必ず私が守ろう」と言って見せたそれに似ている。


 いつの間に、わたくしは彼に絆されてしまったのでしょうね。


 クシナダは自分で自分に呆れてしまう。


 そう簡単に他人に心を開くものではないでしょうに。


 頭でわかっていても、心は制御できるものではないのだろう。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 クシナダは、柔らかな笑顔でそう返すのだった。

ここで一区切りです。

次回からは、また別の神々によるどんちゃん騒ぎが始まります。


次回は、完全創作の短話を投稿します。

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