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古事記 〜神々の物語〜  作者: 野月 静
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スサノヲの武勇伝 後編

 準備を十分に終わらせてしばらく待っていると、ズシッズシッという重たい音と少しの地の揺れを伴ってオロチが姿を現した。


「……!」


 その姿を目の当たりにしたスサノヲは、思わず息を呑んだ。


 正直、翁の話は半分疑っていたのだ。次々と娘を食われた恐怖から、多少大蛇について大袈裟に言っているのだろうと思っていた。


「八つの谷と八つの峰……」


 あの、翁の形容が蘇る。今スサノヲの視界にあるヤツ(・・)は、その言葉通りの見た目をしていた。


「スサノヲ……」


 頭上からクシナダの不安げな声が聞こえてきた。


 その声に、スサノヲはハッと我に帰る。自分はもう、彼女の婚約者、いや伴侶と言ってもいい存在だ。

 

 大事な女ひとり守れなくては、男が廃る。


 スサノヲは一つ深呼吸をして、オロチの前へと歩み出た。近付いてくるスサノヲに気付いたオロチがゆっくりとこちらを向く。計十六個の目全てが、スサノヲをじっと見つめる。


 その迫力に、スサノヲはゴクリと唾を飲んだ。そして、ニコリと他所向きの笑顔を向ける。


 自分らはあなたよりも身分が低いことを理解していると、まずは態度で表す。


「これはこれは、オロチ様。遠い所からようこそいらっしゃいました」


 オロチに言葉が通じるかなど知らないが、口から出る言葉に任せてゴマをする。


 好物を与えて、強者の機嫌を取るというのはよくあることだ。


「ささ、こちらに皆様がお好きだというお酒を用意いたしました。食前酒として、いかがでしょう」


 スサノヲは皮肉を言いながら微笑む。


 そのスサノヲの言葉に、八つの頭は互いを見る。飲むか否か。その話し合いを無言でしているようだ。


 たまにチラリとスサノヲに視線が向けられるが、彼は初めに浮かべた笑みを変わらず浮かべているだけだ。


 しばらくして、一つの首がたっぷりの酒が入った樽に顔を突っ込んだ。舐める様にして少量の酒を含み、毒味をしているのか味見をしているのか、少し口元をもごもごさせた後、嚥下する。


 そのまま、その頭がもう一度酒樽に顔を突っ込んだかと思うと、今度は勢いよく酒を飲み始めた。


 その様子を見て、残りの七つの首も酒樽へと伸び始める。


 ゴクゴクとオロチが酒を勢いよく飲む様子を、スサノヲは満足げな笑みをたたえて見ていた。


「おかわりはたん(・・)とございます。どうぞ心ゆくまでご堪能ください」



***



 注いでも注いでもあっという間になくなる酒を、翁は呆然と見ていた。


 村中からかき集めた酒も、もう残りが少なくなってきた。


 指示を聞いた時は、スサノヲが何を企んでいるのかわからなかったが、なるほど。オロチをベロベロに酔わすのだろう。


 酒というものは毒にもなり得る。


 あれだけ強い酒をあの量も飲めば、体の大きなオロチも普通でいることはできないだろう。


 スサノヲを始めとする人間側の願いは一つ。




 酔っ払って、寝てしまえ。



***



 しばらくすると、オロチの一つがゆっくりと眠りについた。それをきっかけに、一つ、また一つと頭を地面につけ眠り始める。


 相当量の酒を飲んでいたオロチは、かなり大音量のいびき(・・・)をかいて寝ている。


 それを確認して、しかし恐る恐るスサノヲはオロチに近づいた。


「もしもし、オロチ様?」


 軽く一匹の頬を叩きながら声を掛けてみる。わかっていたことであるが、全く反応はない。徐々に声を大きくして、最終的にほとんどの人が「うるさい」と感じるであろう声量で呼びかけた。しかしながら、相変わらず反応はない。


 オロチの状態を確認したスサノヲはニヤリと笑みを浮かべる。


「計画通り……」


 小さくそう呟いたスサノヲは、(つか)に手をかけた。そして鞘から刀を出すと、すぐに一つのオロチの首を深く切りつける。


 そこまでは計画通りだった。


 しかし、その凄まじい痛みに残りが起きて悲鳴を上げ、刀を構えたスサノヲへ反撃に出ようとする。けれども、運が良い。


 奴らが目を覚ますというのは、愚かにも予想できていなかったが、多少寝たところで酔いは覚めないものだ。故に、オロチはしっかりと首を立てることができないでいる。


 オロチが目を覚ました時は少し焦ったスサノヲだったが、変わらず自分が圧倒的に有利な状況であると解ったスサノヲは、一気にオロチを切り刻んでいった。



***



 側に流れていた()(かわ)は、多量のオロチの血によって赤く染まった。


 近くの物陰に隠れて事の一部始終を見ていた翁は呆然と、動かなくなったオロチとヤツを倒したスサノヲを見ていた。


 オロチが姿を現し始めてから七年。毎年娘がヤツに食われっていった。一人一人が、掛け替えの無い、大切な娘たちだった。当然、初めのうちはオロチを倒そうと、村に住む男も女も構わず全員で立ち向かった。けれど、どの戦いも手応えを感じる事すらなかった。


 もう退治できないと悟ってからは、オロチが来る時期が近づくと、その娘との最後の時間を涙と共に過ごす様になった。


「っ……」


 自然と涙が出た。長年の悪夢から覚めたのだと、今やっと理解できたのだろう。そして、たった一人だけであるし、他人の力によってだが、娘を守る事ができた。それが嬉しくもあって。


「良かったっ……良かったですね……」


 いつの間にか側にいた老婆が、翁の手を取って泣いていた。


 その言葉が、これが現実であると再び感じさせて、また涙が溢れてくる。


 櫛となり、戦いをそばで見ていたクシナダも、元の姿に戻った様だ。スサノヲに泣きながら抱きついているのが見える。その娘の様子を見て、守ってくれたのがスサノヲで良かったとも思った。


 翁は涙を拭って妻の手を引き、二人の元へと向かった。



***



 スサノヲは、自分にしがみつく様にして泣くクシナダを見て、どこかホッとしていた。


 会ってから今まで、死がすぐそこまで近づいているというのに飄々(ひょうひょう)としていて、どこか他人事のようにしていたクシナダは、スサノヲには見た目よりも遥かに大人びて見えていた。


 しかし、今目の前にいるのは、年相応か少し幼く見えるクシナダだ。きっとこれが、本来のクシナダなのだろう。


 気を張って、平気だと自分に言い聞かせなければ、彼女の心などとうに壊れていたに違いない。


 スサノヲは、そんなか弱い娘を……いや、妻を優しく抱きしめた。


 腕の中におさめられたクシナダは、思っていた以上に細くて小さくて、一生をかけて彼女を守り抜こうと、スサノヲは静かに心に誓ったのだった。

思っていたよりも早い段階で切りが良くなったので、ここまでにします。


ヤマタノオロチ、「何となく怖いなぁ」と思いますが、文章通りのものを想像すると「いや、ヤバくね?」と、語彙力がない感想になりますよね。

というか、よくそんな巨体の持ち主が酔っ払うほどの酒があったなぁ、とか、神とはいえスサノヲ強すぎでは?とか、まあ色々思ってしまいますけど(作者が言うな)。


そういうのも含めて、私は古事記を面白いと思うのです。



次は「草薙剣と須賀」です。

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