五穀の始まり
「ふう……」
高天原を追放され、葦原の中つ国へ下ってきたスサノヲは軽く息を吐く。
自業自得とはいえ、今回の件はかなり堪えた。姉には追放され、他の兄弟も過去のスサノヲの行いのせいで彼とは距離をとっている状態だ。つまり、今の彼は独りぼっちといえよう。
スサノヲは、トボトボと葦原の中つ国を歩く。前にこちらにいた時は、海の統治を父であるイザナギに任されていた。そのため、今回降り立った内陸の方は地理が全く分からない。もっとも、海辺もよく覚えていないのだが。
「それにしても、腹が減ったな……」
服織屋での事件の後から、ろくに何も食べられていない。そして先ほどは爪を剥かれるなどしたので、思ったよりも体力を使った。取り敢えず、何か食べたい。
しかし、周囲を見ても食べられそうな物は見当たらない。知っている人もこの辺りには恐らくいなかったはずだ。けれど、何かお腹に入れないと空腹で立っていられなくなりそうである。
空腹を一度感じてしまうと、急激にお腹が空いてくるものだ。
どうするべきかと考えながら歩いていると、後ろからスサノヲに声を掛ける女性が一人現れた。
「あら、スサノヲ様ではありませんか。この様なところにいらっしゃるとは……いかがなさいましたか」
「オホゲツヒメ」
オホゲツヒメという名の彼女は、食物の神である。
これ幸いとスサノヲは彼女に軽く事情を話し、少しでも良いから何か食べ物をくれないかと言った。
「なるほど、そう言うことでございましたか。それではわたくしの家へいらっしゃいませ。満足なさるまで召し上がってください」
スサノヲは目に光を宿し、オホゲツヒメの誘いにのった。
少し歩くとオホゲツヒメの家に着いた。イザナギの実子であるスサノヲからしたら、本当に人が住まう家であるのかと思う程に質素な建物だった。
スサノヲは食堂に通され、そこで少し待っておく様に言われる。
「すぐに料理を持って参ります」
オホゲツヒメが食堂を後にしてからしばらくすると、次々と豪華な料理が出てくる。全て非常に美味しそうなものだらけだ。
スサノヲは作法も忘れて、勢いよく目の前の料理を胃に流し込んでいく。どれもこれも非常に美味しいものだらけで、どうしてアマテラスなどの料理人をしていないのか不思議なほどだ。
しばらくして、スサノヲは満足したお腹をさすりながらフゥと息を吐いた。目の前には数十枚ちかく皿が重なった塔がいくつかある。
「自分が思っていた以上に腹が減っていたのだな……」
スサノヲは目の前の塔に少し驚きつつ席をたった。オホゲツヒメにお礼と満腹したことを伝えようと思ったのである。
ぱっと見小さく感じたとはいえ、ここも一応神の家であり、部屋はいくつもある。取り敢えずスサノヲは近くの扉を手当り次第に開けていき、オホゲツヒメを探す。
オホゲツヒメがいる台所は食堂の近くにあった様だ。さほど時間もかからずにオホゲツヒメを見つけた。と……
「ううぅ……」
オホゲツヒメが釜の前にしゃがみ込み、苦しそうに声をあげているではないか。
スサノヲは大丈夫か彼女に問おうと、台所へ一歩足を踏み入れ、静止した。
何と、彼女は口から米や小豆を出しているでは無いか。そして、次は肛門から大豆を出す。
スサノヲは、その光景を見て、逆に吐きそうになる。
今までの料理も、このように出した食材を使って作られていたのか? 私はもう、今までに出された全ての料理を食べてしまった……。
そうだ。まず、あれだけの料理が出てくることを疑問に思わなくてはならなかったのだ。あそこまで大量の食材など、おそらくアマテラスやイザナギの宮殿にある食糧庫がないと一気に出すことなどできまい。
そう、冷静に考える一方で、頭には血が上っているのが自覚できる。スサノヲは無意識に刀に手をかけ、鞘から出した。
そのまま刀を構えつつ、オホゲツヒメに近づく。
「おい」
「あらスサノヲ様。どうなさいましたか」
オホゲツヒメは何と言う事もなさそうにおっとりと言った。
しかし、その態度はスサノヲの怒りを増させた。
「どうしたではないだろう。私に出した料理の食材は、全てその様にして出したのか」
「ええ、そうで……」
「私を侮辱するにも程がある!!」
そう叫ぶと、スサノヲはオホゲツヒメを刀でズタズタに切り刻み、そのままその場を去っていった。
スサノヲによって切られたオホゲツヒメの体は穀物へと変化した。頭は蚕に、目は稲に、耳は粟に、陰部は麦に、尻は大豆へと。
「おや。オホゲツヒメにとっては最高のもてなしであったというのに。残念である」
一部始終を高天ヶ原から見ていたカムムスビは、残念そうに呟く。
「全く……そこの君、あの五穀を取ってきなさい」
「かしこまりました」
カムムスビは近くにいた者にそう指示を出し、持ち帰られたそれを種とし、葦原の中つ国中に蒔いた。
そうすると、葦原の中つ国は潤い、五穀が広まったのだ。
思っていたより長くなったので、一旦ここで切ります。
いくら自分の為で、食材は綺麗とはいえ、他人の口やお尻から出てきたのはちょっと嫌ですよね。世の中、知らない方がいいことはあるし、ふらふらと他人の家を勝手に歩き回るものではないのです。
次こそは「スサノヲの武勇伝」です。




