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古事記 〜神々の物語〜  作者: 野月 静
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事の顛末

 ウズメが足を樽に当てる度に、軽快な音が鳴る。他の神々も、近くの物を叩くなどして音をたてたり、歓声を上げてたりしてその場を盛り上げている。


 ウズメの舞は、他の追随を許さないほど技術が高い。けれど、頻繁にみられるわけでもないので、皆の喜びや感動を表現している声は大袈裟ではないのだ。しかし、その歓声の大きさに、オモヒカネは思わず耳を塞いだ。


 一方でウズメは周囲の盛り上がりに気が良くなり、動きはどんどん大きくなる。そのように激しく動けばウズメが身にまとっている衣装はどんどん乱れていく。ウズメの胸元は露わになり、最終的には衣装はすべて脱げ、ウズメの足元に落ちてしまった。


 その様子を見た神々は、高天原が振動するほどに爆笑した。オモヒカネは頭が割れるのではないかを思いつつ、アマテラスがいる岩屋戸を見る。それにつられたようにタヂカラヲをそこを見るが、未だ変化はない。


 次の手段を考えるべきか。オモヒカネはこの作戦ではアマテラスが出てこなかった時を考えて、次の作戦へ思考を飛ばした。



***



 岩屋戸の中でうずくまっていたアマテラスは、外が騒がしくなったことに気付いて顔を上げた。どれが何の音か、正確にはわからないけれど、祭りのような騒々しさだ。


「どういう事でしょう……?」


 アマテラスは当然、自分がどういう神なのかを知っている。だからこそ、外の賑わいに戸惑っている。


「今、外は真っ暗なのではないのですか? 皆は、わたくしがいなくても平気なのかしら? 楽しいのかしら?」


 岩に耳を当てて、外の様子をうかがう。ギャーギャーと不規則に聞こえてくるこれは、長鳴鳥だろうか。ならばやはり外は暗く、故に邪神が多く発生しているに違いない。


 そこでアマテラスは自分のすべきことを再び放棄していることに気が付いた。今まで、自分が注意すべきだったスサノヲの悪行から目を背けてきた。そして今、高天原を統治することを放って引き籠っている。


 アマテラスは、自分に最高神としての適性がないことにがっかりし、そして自分自身がいなくても気にも留めず明るく過ごしているような神々に少し苛立ちを覚えた。


「わたくしを最高神として据え置くのが嫌だったのならば、わたくしに直接言えばよろしいでしょうに」


 そう思ったアマテラスは、一言でも何か皆に文句を言おうと、小さく岩を動かした。当然、他の者には動かせないようにしたままで。


 開けた小さな隙間から覗くと、ウズメが楽しそうに舞って、彼女を取り囲むように神々がいるのが見えた。かなりの人数だが、もしや八百万いるのではないだろうか。


 予想していた通り楽しそうにしている皆を見て、アマテラスはむうっと不満顔になる。想像の倍は盛り上がっているこの状況に、苛立ちなのか嫉妬なのか定かではないが、とにかく負の感情がアマテラスを支配する。


 すると、くるりと回ったウズメと目が合ってしまった。一瞬目を見開いたものの、彼女は変わらず楽しそうに舞い続ける。無視された最高神は、ウズメに問うた。


「わたくしが籠っていることで高天原も葦原の中つ国も真っ暗ですのに、どうしてウズメは楽しそうに舞い、神々はそれを見て笑っているのでしょうね」


 アマテラスの少し圧力のある問いかけに、ウズメは舞ったまま笑顔で答える。


「アマテラス様よりも美しく尊い神が生まれたからでございます。ですからわたくしは舞い、皆さんは笑っているのです」


 その言葉は、アマテラスの心に深く刺さった。生まれた時から皆に「誰よりも美しい」とか「今まで会ったどの神よりも尊い」とか言われ続けていたアマテラスは、その言葉を聞いて頭が真っ白になった。


 しかし、自分より最高神に適している人物がいるのならば、自分はこのまま隠居して、最高神の座をそのものに明け渡すのも良いかもしれない。そう思って、アマテラスは少しずらした岩をもとの位置に戻した。けれど、皆に一瞬で歓迎されている者を一目見てみたい。私は、その者が本当に私の跡を継ぐ者として適切であるのか見定める権利があるのではないだろうか。


 そう考えたアマテラスは、岩は閉じたままにウズメに問いかけた。


「その神はどのような方なのですか。お顔を拝見してもよろしいかしら」

「構いません。では、どうぞ戸をお開けくださいませ」


 ウズメの言葉に従って、アマテラスは再び戸を少し開けた。目の前には、確かに誰よりも美しい女女神がいた。まとっている雰囲気から思わず跪きたくなるほどに彼女は尊い。


 アマテラスはその彼女に見惚れ、もっと間近で彼女を見てみたいと、無意識に彼女に近づいていく。少しずつ岩を動かし、身を出していく。


 その様子を見ていたオモヒカネは、アマテラスの死角に隠れていたタヂカラヲに目配せをする。それを合図に、タヂカラヲはアマテラスの腕を掴み、岩屋戸から引っ張りだした。


「え」


 アマテラスは驚いて声を上げる。と、アマテラスの腕を掴んでいたタヂカラヲはその手を放し、今度は岩屋戸の岩を力任せに放り投げた。気が緩んでいたアマテラスは、結解を解いてしまっていたのだ。あの程度の岩なら、タヂカラヲは簡単に取り払えてしまう。


「え、あ……あの」


 アマテラスは自分の意思に反して外に出された上に、八百万の神々に取り囲まれて落ち着きがなくなっている。そんなアマテラスに、オモヒカネは声をかけた。


「さあ、アマテラス様。もうあそこへは戻らせませんよ」

「で、でもオモヒカネ……。わたくしはもう高天原を統治いたしません。例の彼女に後を任せます。ですから……」

「アマテラス様、気付いていらっしゃらないのですか?」

「え?」


 オモヒカネは何やら含みのある笑みを浮かべながら、あるものを持ってきた。


「鏡?」


 それは、かなり豪奢な鏡だった。


 オモヒカネはアマテラスの言葉に頷きながら、その鏡の鏡面をアマテラスに向ける。


「え、この子は……」

「アマテラス様ですよ」


 その鏡に映ったのは、当然アマテラスなのだが、「アマテラスよりも美しく尊い神だ」と言って見せられた神だった。


 オモヒカネは混乱している様子のアマテラスにネタ晴らしをする。


 アマテラスが顔を少し出した時に、今と同じように鏡面をアマテラス側に向けていたのだと。


「アマテラス様に出てきていただくために少々汚い手を使いました。騙してしまったこと、どうかお許しください」


 アマテラスは嬉しくなった。自分は誰にも必要とされていないと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。今、皆アマテラスが出てきたことに喜び、先ほどとはまた違った歓声を上げている。アマテラスは自然と頬が緩むのを感じた。


「許します。その代わり、これからもずっとわたくしに仕えてくださいませ」

「もちろんでございます」


 すると、高天原にも葦原の中つ国にも太陽が差し、邪神たちは消えていった。


「さてアマテラス様」


 皆で再び太陽が差し、普段の国が戻ってきたのを喜んでいると、オモヒカネがアマテラスに声をかけてきた。


「最高神として、高天原と統治する者として、やらねばならないことがございます」




 とある宮殿の中で正座して小さくなっているのはスサノヲだ。


 アマテラスはあの後オモヒカネに連れられてこの宮殿にやってきた。最高神としてやらねばならないことというのは、スサノヲの処分だった。


 さすがのスサノヲも今回の件はかなり堪えたようで、小さくなったまま言い訳も何もしてこない。


 アマテラスは、オモヒカネから差し出された一つの木簡に視線を落とす。そこには、高天原にやってきてからのスサノヲの悪行がつらつらと書き連ねてある。アマテラスの記憶にないことまで書いてあることから察するに、オモヒカネはスサノヲに思うところがあるようだ。それでも今までスサノヲに何も言ってこなかったのは、アマテラスの実弟で、アマテラス自身が許してきたからだろう。厳しいことで有名なオモヒカネが今まで雷を落としてこなかったのは、ある意味彼を誉めるべき事柄のように思える。


「さて、どうしましょうか」


 アマテラスは頬に手を当て、スサノヲに何を科すか考えた。一般的には、贖罪の品を納めるのみだが、それだけでは高天原に住む者たちは納得しないだろう。これ以上荒らされないようにするため、高天原を追放しようか。


「……決めました。スサノヲ、貴方のした事は全て許されるものではございません。故にわたくしはあなたに二つのことを科します。まず一つ目は、贖罪の品を納めてください。そして、二つ目です。わたくしは貴方を高天原から追放します」


 スサノヲは、アマテラスの言葉をゆっくりと頷くことで了承した。


 贖罪の品の内容としては、刀や弓矢などの武具や、布、米や酒といった飲食物に馬などだ。


 以上の二つをスサノヲに科す罰としてアマテラスが決定しようとしたところで、オモヒカネがスッと手を上げた。


「アマテラス様、私に一つ意見がございます」

「何でしょう」

「スサノヲは一人の服織女を殺めております。他にも田畑を荒らしたことで生活が困窮したものの多々います。ですから、それだけではまだ罰として軽すぎるかと存じます」

「そう言われればそうね……。ではオモヒカネ、何か案はあるのかしら」


 スサノヲはオモヒカネの発言にさらに委縮している。どのような罰が下されるのか戦々恐々としているのが手に取るようにわかる。


 オモヒカネはそのようなスサノヲを横目に、冷たい声でこう放った。


「髭をすべて剃り、手足の爪を剥いだうえで、清めのお祓いをするのはいかがでしょうか」


 その提案は、肉体的な罰というよりも、体の一部を捨て去ることで彼に宿る悪しきものも捨ててしまうという意味の方が強いとオモヒカネは説明した。


 想像しただけでも痛みで卒倒しそうな罰に、アマテラスにはオモヒカネの後者の説明が建前にしか聞こえない。


「わ、わかりました。スサノヲには以上三つの罰を受けてもらいます」

「はい」


 アマテラスは責任者として、スサノヲが罰を受けるところを見届た。何度嫌だと訴えても、オモヒカネにあの笑顔で凄まれたら、「見届けます、見届けますよ! それで良いのでしょう!」というほか無いだろう。




 スサノヲは、全ての罰を受け、その日のうちに高天原を去っていった。

アマテラスは天の岩屋戸から出てきて、スサノヲは高天原から追放されました。

髭はともかく、手足の爪を剥ぐとは……想像しただけで痛すぎる。採血で泣くような私では、きっと気絶してしまいますね。

さて、しばらく高天原とはお別れです。


次は、「スサノヲの武勇伝」。有名なヤマタノオロチが出てくるお話です。

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