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エンカウント率0%の世界で、モンスターを寄せ付ける俺1人だけが強くなる  作者: 如何屋サイと
第1章

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8/10

作戦実行

 作戦を聞いたアドは顔をしかめた。


「反対だ。ルキを(おとり)にするなんて俺はできない」


「危険は承知の上です。私はアド様の命を一番に考えています」


 アドに血を流させてはいけないという命令をアキレス家の主人から受けている。それは絶対だ。アドの代わりに死ぬ覚悟すらできているのだろう。


「囮は俺がやる」


「ダメです。それは旦那様のご命令に背くことになります」


 ルキは食い下がった。アドとルキは直接の主従関係ではないから、ルキはより上位の命令を優先する時はアドの意見に反対もする。しかし、それは解釈の問題だ。


「自己犠牲がいつでも正しいわけじゃない。勇者にでもなる気か?」


 ルキはびっくりしたような泣きそうな、そんな顔をした。

 思えばルキは今までずっと付き人を続けてきたし、生活資金のためにロザリオを売った。アドを守るためにスライムと対峙した。

 それを全否定したような言い方になってしまった。アドは手を合わせる。


「すまん。言い過ぎた」


「いいえ……、私こそ思い上がっていました。おっしゃる通り、勇者にでもなろうとしていたのかもしれませんね」


 危機を脱したという高揚感が気持ちを大きくさせたのだろう。それでなくても彼女は憧れる勇者が倒したというスライムを見て大いに興奮している。


「ただ、一つ理解していただきたいことが。囮は犠牲ではありません。私の命をアド様に預けます、と申しているのです」


 ルキの目に迷いはない。

 命を預けるとまで言われたアドは言葉を呑む。


「わかった……。ルキがスライムを引き付けている間、俺が作戦を遂行する」


 そう言うと、微笑みが返ってくる。

 アドは負けを認めたように肩をすくめた。


「命を預けるのですから、一つ質問に答えてくれませんか?」


「ああ」


「お会いした頃からずっと、私が勇者になると言うとアド様は否定してきましたよね。それはどうしてですか?」


 こんな時だからこそ些細(ささい)な疑問を潰しておきたかったのだ。小さな懸念が命取りになるかもしれない。

 アドは重たそうに口を開いた。


「あまり言うべきじゃないと思ってる」


「いつもそうです。理由も言わず否定されてました」


「それは……」


 アドが答えようとした時だった。

 スライムの矛先が唐突にアドたちへ向く。二人に戦慄(せんりつ)が走った。木箱に両手を付き、敵の動向を窺う。猛烈な突進が木箱へ向けられた。

 積み上がった木箱の一部が崩壊する。それは出入り口を塞いだ。


「アド様、作戦実行です」


 ルキは木箱の蓋を外し、スライムめがけて飛び降りる。蓋を盾のように扱い、スライムの脳天を押し付けた。弾力とぬめりでスライムをクッションにしながらルキは着地する。

 攻撃を受けたスライムが黙っているわけもない。不快な奇声を上げながらルキへ体当たりを繰り出すが、華麗な盾さばきでふたたび天幕の中央へおびき出される。

 ルキは檻の横を通りすぎ、スライムを天幕の奥へ連れ出そうとしていた。


「ルキは順調のようだな、次は俺だ」


 一方、アドは木箱の上を伝って、ぐるりと天幕の奥へ移動しする。時おり不安定な木箱があって、危うくバランスを崩しそうになるが、類まれな身体能力で危機を脱した。

 ちょうど真下が忍び込んだ場所だ。暗がりで地面の様子は詳しく見えないが、燭台の明かりが地面でテラテラと光っているのが見える。

 そこでアドは手を口元に当て、限りなく大声を出した。


「こっちだゼラチン野郎!」


 ルキへ体当たりを繰り出そうと体を縮ませいていたスライムは、アドの声に反応して突進する方向を変えた。


「おっと」


 アドの居た木箱が勢いよく吹き飛んだ。一部は天幕を突き破ったらしい。雨音が大きくなった。同時にガラスの割れる音も響いた。


「さあこっちだ、外にはお前の弱点らしい水が待ち受けている」


 ルキが尋ねた『勇者が最初に覚えた魔法』は水の魔法だったという。つまり、最初に魔法で倒されたモンスターであるスライムは水が弱点だと踏んだのだ。

 そして外はおあつらえ向きの大雨。液体生物はまたたく間に水と混ざり合って消滅するだろう、というのがルキの予想である。


「おいどうしたスライム。早くこっちへ来い!」


 だが、スライムは動かない。

 スライムの前には水たまりが出来ていた。燭台の明かりがテラテラと光っていたのはこの水たまりだ。


「アド様、スライムの弱点はやはり水で間違いないようですね!」


 ルキが嬉々として答える。

 しかし、アドは今ひとつ確信が持てない様子で首を傾げた。


「あの水たまり、どこから?」


 天幕に穴は空いていなかった。今ある穴ができたのはルキが破ったものとスライムの突進で飛ばされた木箱が空けた2つだけ。ならば雨水が吹き込んで、水たまりとなったと考えるのは難しい。

 とはいえ、最初から水はけが悪くて出来た水たまりという線もある。


「スライムはびくともしません。アド様、これを受け取ってください!」


 ルキは手首のスナップで何かを回し、遠心力を使ってそれを放り投げた。うまくアドの胸元に飛んでくる。

 天幕を破る時に使った小刀が鞘に収まっている。


「それでテントの屋根を引き裂いてください!」


 そうすれば雨水がスライムに直撃するというわけだ。アドの立っている場所からテントを突き破るのは難しいことではなかった。

 アドは疑念を覚えながら、小刀を抜く。


「ルキ! 下がっていろ!」


 何が起こるかわからない。スライムはおとぎ話の存在だ。最新の注意を払ってアドはルキをスライムから離れさせ、小刀を構え、跳ぶ。

 木箱から木箱へ、スライムの頭上を飛び越えながら、天幕に一筋の切れ目を入れる。

 天幕は雨水の自重でたわみ、ろうとのようになり、その口先をスライムへ向けた。

 降り注ぐのは大量の水だ。


「やった……!」


 ルキが感嘆を漏らす。

 スライムが震えながら奇声を上げた。水分が蒸発する音が鳴り、たちどころに湯気が上る。これでスライムは消滅するかと思われた。


「う、嘘だろ……?」


 予想とはまるで逆。

 スライムの体はむくむくと膨張し、周囲の木箱を押しのけながら巨大化した。

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