青い魔石
慟哭は虚しく夜空に響く。
天幕の柱が炎を巻きながらスライムに倒れ込む。大量の湯気が立ち上った。
スライムは奇声を発する。断末魔だ。都市部の窓ガラスが音波で割れる。
何事かと街に明かりが点く頃には雨は収まり、スライムの巨大な影がしぼんでいくのが見えた。
「ルキ……」
消火隊はスラムの火事など相手にしないから、天幕は夜じゅう燃え続けた。不幸中の幸いで、周囲に燃え移ることはなかった。
天幕の商人は一夜にして財をすべて失ったことを嘆き、自殺をしようとしていたところを酒場の親父たちに引き止められ、ちょっとばかり温かいエピソードが語られることになるが、それはまた別の話である。
悲しみに暮れるアドの背中を支える者は誰も居なかった。各々が身の安全を優先しているのに、アドはちっとも自分を顧みようとしないからだ。それどころか日が上ってとうに三時間も過ぎた頃になってやってきた役人は、アドを放火の犯人だと決めつけてかかった。
「アドの旦那は放火しちゃいねえよ! むしろ俺たちを救ってくれた。役人さんはあの巨大なスライムを見ていないだろうが、俺はしかと見た。そして、旦那はスライムの倒し方を俺たちに教えてくれた。火を放ったのはおいらさ。連れて行くなら好きにしな」
酒場の親父が擁護してくれる。
役人は舌打ちをした。
「アドルファス、貴族の面汚しめ」
どうやら役人はアドを知る人物だったらしく、腹いせのためかアドを放火犯に仕立て上げようとしていたようだ。
役人が立ち去り、アドは親父に声を掛けられる。
「恨むんなら恨め。でもなぁ、俺は家族を守らなきゃならねぇのさ……。
アンタが他の貴族と違うのは知っていたよ。力になれることがあるなら何でも言ってくれ」
そう言ってアドの肩をぽんと叩き、親父はその場を立ち去った。
アドは一人残されて、焼け跡を呆然と眺める。
雲の切れ間から光が差し込んだ。何かが光を反射し、アドの目がしばたく。
「あれは……」
ゆっくりと歩き出し、やがて駆け足になって焼け跡へ来た。炭化した木材とひん曲がった鉄の棒だけがあり、瓦礫というのはほとんどない。未だくすぶる火がそこかしこから細い煙を立てている。
雲間から柱のように光が注いでいた。その真下にきらめくものがある。
木材を手でよけると、そこにはぐったりと横になったルキの姿があった。
「ルキ!」
アドが呼んでも返事はない。傍らに寄る。彼女の頬は煤が付いているが、五体満足だ。真っ先に焼けそうな髪が焼けた様子もない。
「ルキ! 返事しろ!」
頬を手のひらで軽くはたく。
それでアドは気づいてしまった。
「う、嘘だ。こんなこと」
恐る恐るルキの頬に手を添える。
氷のように冷たい。親指で口元の煤を拭ったのに、唇は石のように弾力がない。
「守れなかった……」
あきらめが口をついて出る。
その時、きらりとアドのそばで光がちらついた。
傍らに落ちていたそれは青い結晶だ。子供の握り拳ほどのサイズで、六角形の柱がいくつにも組み合わさってフラクタル構造になっている。光を吸い込んで青く澄んだ輝きを放つ。
アドが触れるときらめく音がした。
「たしか……、勇者は魔法を取り戻すためにモンスターを倒したんだ。つまり、これは魔法の結晶ってことか?」
アドは勇者に詳しくない。ましては魔法についてなど無知だった。
青い結晶を手に取るとルキの胸の上に乗せた。
「ほら。スライムを倒した証だ」
確証はない。ただ、もしも天幕の商人の持っていた財産だったら、商人が探しに来るはずである。その前に商人は自殺を試みるほどだから、財産にはならないか、本当にスライムを倒した証なのかもしれない。
「ルキ……。俺がお前に勇者なんかになるなと言っていたのはな、おとぎ話の最後に魔王から世界を救った男が帰ってこなかったからだよ」
アドは乳母の子守唄代わりの物語を思い出した。
『それ以来、モンスターが出ることはなくなりました。
しかし、彼は戻ってくることはありませんでした。
やがて人々は彼を讃え、勇者と呼ぶようになりました』
「ルキ、お前は勇者になれたんだよ」
アドの涙がルキの胸に乗せた結晶に落ちた。
その時、石が輝く。
次で最終回となります。





