第7話
県立稲穂学園。
S県の中心部からは少し離れた、生徒総数約三千人のマンモス校。
佑樹たちが学生時代に出会った場所である。
全ての始まりの地であり、すでに終わりを迎えたはずのその場所に、佑樹はいた。
早朝、朝日が顔を覗かせ地平線から大地が照らされていき、稲穂の海が朝焼けに染まる。
稲穂学園は田園に囲まれていて、辺りに高い建物などは一切ない。
そして年に数度、まともに立って歩けないほどの暴風が吹き荒れる。
通称『稲穂風』。
その地形故に吹く風は『稲穂(学園)から風が吹く』と生徒たちから言われるほどだ。
稲穂学園に向かう際には向かい風が吹き荒れ、立ち去る際には追い風になる。
そして稲穂学園を中心地に風が嵐のように吹き荒れるのだ。
そんな『稲穂風』が猛り狂うその日に両者は対峙する。
「探しましたよ、佑樹殿」
「うん、待ち草臥れたよ、数珠丸さん」
広大な敷地を誇る稲穂学園を一望出来る時計塔。
その屋上部分には教室ほどの広さがある。
手摺はなく、本来であれば立ち入ることはできないそこで対面するのは鞘に入った日本刀を杖にする佑樹と、一目で満身創痍と分かるほどに傷付いた姿の数珠丸だった。
風が吹き荒ぶ中、時計塔だけが台風の目のように凪いでいた。
「全く、年老いてなお貴方方は油断できない。神器も何もかもを手放し、ただの人間に戻ったはずの貴方方が、それでなおここまでの武を誇るのですから。しかしそれ故に私はここに来なければならなかった」
「つねから連絡があって、大まかに状況は把握してるよ。……みんな、逝ってしまったんだね」
「はい。あとは貴方だけです」
傷だらけの姿でありながら、その表情は涼やかだ。
しかしそれが虚勢であることは見た目だけでなく佑樹はすでに見破っている。
「数珠丸さん、彼らはどうだった?ここであった闘いの日々を忘れずに闘い続けてきた、自慢の友人たちは」
「見ての通りですよ。枷もなくこちらから仕掛けておきながら、手酷くやられました」
数珠丸は苦笑いを浮かべながら肩をすくめてみせる。
実際に謙一、裕司、常春たちは人の身でありながら仮にも神の眷属である数珠丸を本当にギリギリまで追い込んでいた。
存在そのものは日本刀である数珠丸の人としての姿がここまでボロボロなのも、ダメージがそのまま反映されているからだ。
謙一の『盤上戦略』は数珠丸をして攻略に数時間かかり、裕司の『技巧の不落城』は本気で挑まねば腕の一本も覚悟したほど。
そして常春に関しては『何でもあり』だった。
実のところ、ダメージのほとんどは常春によるものだった。
「佑樹殿、無抵抗で終わらせてはもらえませんか」
「素直にはいと答えるわけがないことくらいは分かるだろう?」
「ええ。しかし、如何に貴方方が規格外であろうと、私が消耗していようとも、それでも最後に立っているのは私です」
「……だろうね。けどそれじゃあ“いずれ確実に殺されることが分かっていた“みんなに合わせる顔がない。カリヤも分かっていたからこそこうして君に殺させるっていう手段を取ってる訳だしね」
「……お辛い決断だったでしょう。彼の方にとって貴方方は盟友とも言うべき存在なのですから」
「ケジメはつけないと、折角頑張ってきたこれまでが水泡に帰すことになるからね」
そう言って佑樹は刀を鞘から抜いた。
朝日を反射して、独特の波紋が浮かぶ刀身が姿を現わす。
「せめて最期は私の手で送らせていただきますよ」
「ああ、よろしく頼むよ。最期にいい死合いをしよう。この日本刀が鬼丸じゃないのが残念だ」
暴風によってできた台風の目に一瞬強風が吹き抜けた。
そして次の瞬間、刀身同士の鍔迫り合いによって戦いの火蓋が切って落とされた。