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第6話

某日。


書斎で一人本を読んでいた裕司はふと顔を上げた。


誰も居ないはずの家で何か音が、いや、空気が動いたような気がしたからだ。


裕司に武術の心得は無い。


しかし実戦で身に付いた技と軍人だった常春から教わった護身術、そして道具を扱う才能があった。


そして何より友人たちと共にくぐり抜けてきたあらゆる修羅場が、歴戦の兵士のごとく鋭い観察眼と勘を身につけさせていた。


「誰かな?」


妻ではない。


妻は未だに世界中を仕事で飛び回っていて、今はフランスにいると昨日連絡があったばかりだ。


息子夫婦らは他県だし、来るにしても事前に連絡はするはずで、鍵だって持っていないので勝手には入れないはずだ。


とすると居留守を狙った泥棒か。


いや、ただの泥棒の気配程度、敷地内に入ってきた時点で気付かないはずもない。


例え寝ていたとしても、足音を殺した野犬の気配で目覚める裕司が、コソ泥の侵入を許すはずもない。


だとしたら気のせい?


しかし裕司の勘は家の中に、それも“自分のすぐそばに自分以外の気配がある“ことを囁いている。


そして裕司の問いかけに応える存在があった。


「お久しぶりです」


「!君は確か……数珠丸じゅずまるさん」


「毎度のことですが、呼び捨てて結構ですよ。主人の盟友である貴方方であれば」


書斎の壁に掛けられた鏡の前に立っていたのは糸目の男。


そのただずまいは達人のそれだ。


年老いた裕司と向かい合えば親子、いや祖父と孫ほどの外見の違いがあるというのに、何方かと言えば数珠丸の方が老成した雰囲気を纏っている。


「できれば、この“糸“を外して戴けると助かるのですが」


数珠丸がそっと何もない空間に指を這わせる。


するとほんの僅かにその指先が裂けて血がにじんだ。


「ああ、ごめんよ。最近はなくなったけど、暗殺者が部屋で息を殺して待ってたことも一度や二度じゃすまなくて」


裕司が指先を振るうと、それだけで音も無く蜘蛛の糸のように張り巡らされた太さ数ナノミリの糸が巻き取られる。


「いえいえ、お手間を取らせてしまいました」


頭を下げる数珠丸。


数歩進んで、しかし僅かに距離を置いて止まった。


「……出来れば、この“鎖“も解除して下さると助かるのですが」


「それは無理かな。だって、君は僕を殺しにきたんだろう?」


「っ、左様です」


その返答が予想外だったのか、瞬きほどの動揺が漏れた。


「とっくに覚悟はできてるよ。むしろ待ち草臥くたびれたくらいだね。遺書や身辺整理はできてる。最期に妻や孫達と話したかったが…」


「そのくらいの時間はお待ちできますよ?」


「いや、これ以上この世界を歪めるわけにはいかないんだろう?舞霞とは昨日話せたし、子供らもとっくに親離れできてる。……他のみんなは?」


「貴方で2人目です。すでに謙一さんは送りました」


「……そうかい」


微かに数珠丸からはよく嗅いだ臭いがしていた。


血液の臭い。


だからこそ裕司は時間稼ぎをやめた。


“糸“を仕舞ったのは、数珠丸たちにはこの手の“罠“は通用しないからだ。


それに目に見えない糸を操作しながら戦うのは集中がいる。


決定打の欠ける手段に意識を向けるくらいならば、いっそ一つの手段に絞った方が可能性はある。


「貴方も、抵抗なさいますか?」


「そりゃ、ね」


瞬間、裕司の手元から伸びていた鎖がうねり、先に取り付けられた鎌が数珠丸を襲う。


長年愛用してきた鎖鎌は手足以上に自在に操ることができる。


そして、


この日、


日付が変わる瞬間を待つことなく、一人の老人の命が旅立った。

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