第3話
約束の時間から時計の長針が2回ほど回った頃、ようやく店に待ち人が現れた。
「ごめん、遅くなった!」
やや草臥れた様子の阿部佑樹である。
なにやら壮絶な戦いがあったように衣服のあちこちに焦げ目や切れた跡があるが、不思議なくらい身体に傷はない。
銀行強盗事件の後にも交通事故や火災に巻き込まれた人を救助したり、迷子の子供を親元に届けたり、脱走したオランウータンを捕獲したりとちょっとした冒険があったが本人にとっては日常である。
「阿部君!遅かったね」
「またトラブルに巻き込まれた?」
「銀行強盗に巻き込まれたらしいな。他にも事故やら何やらエトセトラ。オランウータンはさすがだな」
「「「なんで知ってるの!?」」」
宮崎以外の声が揃った。
わりと学生時代からよくある光景である。
再会を喜び合う4人。
彼らの付き合いは高校生の時から続いているので、もはや半生以上の友人関係である。
互いの子供や孫まで付き合いがあった。
4人はそれからしばらく喫茶店で談笑し、そして別の店へと移動した。
同じ場所に長時間いると何かしらのトラブルに巻き込まれてしまうが故に。
そして
「交通事故やら強盗、誘拐、他国のトラブル、はたまた異世界の神々の罠、色んな厄介ごとに巻き込まれてきたけど、なんやかんや自爆テロに巻き込まれたのは初めてだね」
「うーん、前に工場立て籠もり犯がダイナマイト持ってたし、それと同じカテゴリでいいんじゃない?」
「俺は海外で3回くらいあるな。まだ髪が残ってた頃に。あの時は爆発で引火した火事のせいで毛根まで燃えるんじゃないかってくらい炎にまかれたな」
「今月で2度目かな」
「「「さすが阿部ちゃんだ」」」
やはり事件に巻き込まれた。
ここ数年で建設された展望台付き電波塔。
そこの公開スペースにて引き起こされた爆発物を用いたテロ。
老若男女の観光客たちは十数人の武装した男達によって人質にされたのだった。
男達が仕掛けた爆弾により、電波塔に掲げられたS県のシンボルマークはすでに吹き飛び、まるで狼煙のように天高く煙が登っていく。
巻き込まれた人々は混乱と恐怖に震えるしかなかった。
しかしこの4人にとってはもはや日常に近い。
若い頃は訪れる困難に協力して立ち向かって行ったものだが、年老いた今となっては老後の無聊を慰めるイベントの一つでしかないとばかりに平然としている。
もはや個人個人の実力は一個人に収められるものを大幅に超えている。
間違いなくこの場でもっとも危険なのは爆弾や重火器などではなく、この老人たちである。
「てめぇら何呑気にしてやがる!静かにしてろ!」
「ボケてやがんのか?」
不安げな周囲とは一線を画す日常の空気はもはや異常とさして変わらない。
すぐに見張りの男たちが銃器を見せびらかすようにして脅しつけるが、
「ああ、こちらはお構いなく」
「ほら、脅すならちゃんとセーフティ外して」
「TNTなんてよく用意したな。けど設置箇所はちゃんと選べよ?そこの柱とあの壁のトコにも置いとかねぇとフロアの中が吹き飛ぶだけで上下階すら崩れねぇぞ」
まったく相手にされなかった。
いきり立つ男たちに対しても本人たちはあくまで日常の延長のように接する。
杉山は喉が渇いたからお茶を飲み、ジミーは自然な動作で男の銃の安全装置を外す。
と同時に空撃ちして慣れた手つきで銃を分解してしまった。
宮崎に関しては何処からか取り出した工具でより破壊力が出るよう配置から構造まで手を加える始末。
そして“なぜか紛れ込んでいた接合不良でいつ暴発してもおかしくない爆弾“については解体して無力化してしまう。
「ごめんね、みんなマイペースで」
謝りつつも阿部は自然な動作で“何故かいきなり暴発した“銃から飛び出した弾丸を指先で摘まみ上げるように、弾丸の回転と合わせながら手首をそらして弾く。
そして驚く男たちの首に両手を添える。
それだけで男たちの意識は切り取られてしまった。
「それじゃ申し訳ないけど、そろそろ帰る時間だし“終わらせるね“」
最強の老人たちによる理不尽が幕を開けた。
この老人たちに常識を問い詰めたい。