第2話
S県某所にある銀行で、掠れた悲鳴が上がった。
それをかき消すように怒声も響き渡る。
「さ、騒ぐんじゃねえ!この鞄に入るだけ金を入れろ!」
サングラスに目出し帽、さらにはマスクと顔全体を覆い隠した、おそらくは四十代ほどの男が震える手で包丁を受付窓口にいた二十代の女性に突きつける。
顔面を蒼白にした女性はゆっくりと手を机の下に伸ばすが、それを見た男がカウンターに包丁の柄の部分を叩きつけた。
「へ、変な動きはするな!知ってるぞ!警報を鳴らしたり、警察を呼んだらこのガキを殺すぞっ」
「ひっ…⁉︎」
そう言って男は包丁を持った手とは逆の手で捕まえていた小学四年生ほどの少女の顔に、今しがたカウンターに叩きつけた包丁の刃先を向ける。
「お、お願いですから娘には……!私を代わりにっ」
「うるせえっ!」
母親と思しき女が近寄ろうとすると男は包丁を振り回して威嚇するように叫く。
極度の緊張状態にあるのか声は裏返り、体が痙攣するように不自然に震えている。
おそらくサングラスとマスクを外せば血走った目と泡を吹いた口元が覗くことだろう。
薬物中毒者。
薄汚れた身なりからは男の生活水準が見て取れた。
「早く金をだせぇっ!」
癇癪を起こした男が少女を引きずりカウンターに詰め寄る。
そして受付窓口を遮る強化プラスチック製のボードを何度も柄で殴り始めた。
「う、うえぇぇん!」
男に振り回され、恐怖に身を縮めていた少女は我慢を迎えてしまったようだ。
頭を抱えるようにして泣きだした。
恐怖による決壊。
それは場をさらに悪化させる。
「うるせえっ!うるせぇうるせぇうるせえぁっ!黙ってろっ!」
わめき散らした男はついに少女に向けて包丁を振りかざした。
母親と他の利用客から悲鳴が上がる。
そして数秒後の悲惨な未来が彼らの脳裏に浮かぶ。
しかし
「やめなさい」
次の瞬間、一人の男が素早く包丁を振りかざす男に駆け寄り、包丁を持った方の手首を掌底で打ちすえる。
痛みに男は包丁をとり落とした。
「がっ⁈」
そしてそのまま駆け寄った男はもう片方の手で男の顎を打ち抜く。
脳を揺らされた男はかくんと糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「よし、もう大丈夫だ。よく頑張ったね」
男の手から離れ、優しく受け止められた少女は不意にかけられた優しい言葉に再び泣き崩れ、そこに母親が走り寄る。
「あ、ありがとうございますっ」
「いえいえ。……警察を呼んでもらえますか?」
数分後、強盗の男は警察に捕らえられ、現場の数人は事情聴取に呼ばれることになった。
そこには当然少女を助け出した男も入る。
「ああ、これは遅刻だなぁ」
男は小さくため息をつく。
男の名前は阿部佑樹。
様々な事件、トラブルに巻き込まれ、フラグを乱立する男。
今日もまた事件に巻き込まれた。
そして事情聴取後には別件でトラブルに巻き込まれることになる。